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タンスの肥やしと擦り切れたジーンズ

 タンスの中にいったい何本のジーンズがあるのだろうか。数えてみた。

 結果、20本。思いのほか多くのジーンズがタンスを肥やしていることがわかった。むろん、全てのジーンズが稼働しているわけもなく、その多くはデザインが古過ぎたり、色が落ち過ぎたり、膝小僧やお尻のあたりが擦り切れていて、肥やしにもならなさそうなボロ布ばかりである。

 タンスに収まっている一番古いものは、たしか高校生のときにジーンズメイトかどこかで買った安い黒のストライプのもの。ブルージーンズではなく、ブラックジーンズなところがオシャレと勘違いしていた高二の夏。

 安いと言っても2,980円はしたように思う。今のように980円とかでジーンズが買えるような時代ではなかった。リーバイスもボブソンもリーもラングラーも今とたいして変わらず、1本7,000円も8,000円もしていた。 幸い、当時からほとんど体形が変わっていないし、穴も開いていないので今でもはけるのだけど、いかんせんデザインもシルエットも古過ぎて着ることはない。

 なのに、なぜこの黒ストライプジーンズがタンスを肥やしているのかというと、喫茶店のアルバイトで貯めたなけなしのお金で、デート用に初めて買った思い出のジーンズだったからなのだった。

 今思えば、バイクに乗るようになるまでは、日常的にジーンズをはいていたわけではなかった。ジーンズをはいたとしてもそれは外出用のファッションアイテムの一つであって、1、2度着れば洗濯したし、何も敷かずにそのまま地べたに座るだなんて言語道断。そんなことがバレたら「女の子なのにハシタナイ!」とお母さんに怒られること必至なのであった。

 バイクに乗るようになって、バイク乗りたちが何の気兼ねもなく地面に座ったりするのを見て、自分もバイクのかたわらで地べたに座ってみたところ、何とも言えない解放感を味わったことを覚えている。

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 バイクに乗り始めた頃、ジーンズに特有のシワ状の色落ちができるのが恥ずかしくてたまらなかった。バイクに乗っているからできるわけでもないだろうけど、股下の放射状に伸びる、あのシワの痕。サイズやカッティングが身体に合っていないのだろうか、とか、洗濯の仕方が悪いのだろうかとか思い、股下にちょっとでも放射状の色落ちが出来たらタンスにしまいっぱなしになることも多かった。

 それが、である。「ダメージ加工」なる手法が生まれ、わざわざ、あのこっぱずかしい放射状の色落ちをさせて新品のジーンズを売る時代が到来してしまった。

 放射状の色落ちを恥ずかしいと感じるのはわたしだけなのだろうか?

 ジーンズの特定の場所が擦り切れることが分かったのは、バイクに乗り始めて3年目くらいのことだった。バイク便のバイトを始めたり限定解除の練習をしたりと、年間4~5万kmほども乗っていた頃は、シーズンごとに買い替えなければならないほどすぐに擦り切れた。学生時代は収入のほとんど全てを音楽とバイクにつぎ込んでいたため、替えのジーンズを何本も買う余裕はなく、どんどん傷んでしまったのだろう。

 擦り切れる場所はたいてい左側の膝からだった。これには理由があった。

 運転免許試験のお作法的にはNGなのだけど、足着きの問題とシフトチェンジのための足の着き替えの問題で、停車時にはいつも右足を着くクセがあり、いつも曲げている状態となる左脚の膝から擦り切れるのだった。

 膝の次に擦り切れはじめるお尻側はなんでかなぁと不思議に思っていたのだけど、もともと足が短いこともあって、足の着き替えのときに少しだけお尻をずらさなければならないのと、曲がり角やワインディングでちょっとだけカッコつけてお尻をずらしたりしていたからだと思い当たった。

 膝やお尻がちょこっと擦り切れているジーンズは、ある意味カッコいいのではないかと感じていた。バイクで転んで盛大に穴が開いたジーンズは安全面から考えてもはき続けるのは言語道断だけど、生地が薄くなってきたり少しほつれているくらいなら、「おっ、コイツはきこんでいるな」なんて思われるかも、なんて。ライダーにとってジーンズをはきこんでいる、すなわち、バイクにさんざん乗り続けているバイク乗りの証になるわけだ。

 股下の放射状の色落ちがこっ恥ずかしいと感じていたのに対して、自力で膝が抜けるまではき込んだジーンズは「ロックでしょ!」なんて思っていた。

 だから、ダメージ加工からさらに進んで「クラッシュ加工」なる手法が流行り始めたときは、なんだかなぁと感じたものだ。

 もともと擦り切れているジーンズを買うなんて、バイクに乗り続けた証を証明することができないではないか。なにより、すぐに痛んではけなくなってしまうではないか。

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 そんなわけで、わたしは色落ち加工やダメージ加工されたジーンズが好きではない。買うときはいつも、ノンウォッシュを選ぶ。

 わたしは第一次ケミカルウォッシュ・ブームを経験している世代なので、化学的に色を落としたジーンズが格好良かった時代も、一転してそれが格好悪くなった時代も知っている。あるいは、自分好みのジーンズになるよう「育てる」という言い方があることも知っている。

 だけど、日常的にジーンズを着続けているバイク乗りとしての感覚から言うならば、色落ちやほつれ・擦り切れは、自分のストーリーそのものでなければならないと思っている。

 だから、膝小僧が抜けていても、お尻のあたりが擦り切れていても、それぞれのジーンズに思い出が詰まっていると感じて、なかなか捨てることができないのだ。

 そんなわけで、いいかげん初めてのデート用ジーンズは捨てようと思う。思い出は詰まっていても、擦り切れたりするほどのストーリーは詰まっていないから。

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