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Fairy tale from my soldier

Day 9 , Fairy tale from my soldier

昨日の台風の影響もあってか、ダムは大量の水を放流していた。まるで巨大な岩の塊になって落ちているように見える。窓を閉めていても、ごうごうと恐ろしいほどの音が響く。
私はいつも父が停めていたパーキングに車を停めて、ダムが真っ直ぐ前に見える橋に歩いて行った。
橋の欄干で、ダムから落ちてくる水の塊を眺めていると、私は多分、ここに呼ばれたんだと思った。そして、これは父が最期に見た光景なんだろうと思った。

最期の場所、命の最期。
父は糖尿病が悪化しすぎて、薬無しには半日も耐えられない体だった。その薬も、身分証明になるものも、僅かな現金が入った財布も、全て家に置いたままだったと聞いた。

後日、私は、かたっぱしからタクシー会社やバス会社に聞き回ったり、電車の駅の防犯カメラにそれらしい人物が映ってないか電話し続けた。するとしばらく経って、このダムのある駅から、「カメラに、杖をついて歩きにくそうな男性が映っています」という連絡をもらった。
たくさんの中から見つけてくださったのだろう。私は心からお礼を伝えた。駅員の方は「タクシーか、バスかもしれませんが、何か乗り継がれたかもしれませんね。早くお会いできるといいですね!また、カメラご確認に来てください!」と、電話口で私を元気付けるように言ってくれた。
でも、もう、私は確認しに行かなかった。

父は車の整備工場を経営していたが、ズブズブなイメージで倒産した。
「誰にも頼らない」「力ずくでやり切る」「わしが社長だ」をモットーにしていた事、現金で売上が入ってきたらその日のうちに、社員のみんなに飲めや食えやで使ってしまう事などが理由で、あれよあれよという間に資金が底をつき、が、プライドが高くてやめたくないから、じわじわ苦しい経営状況が長期間続き、次やる事も見えない中、倒産したのだと思う。
倒産してからは、父は省みるどころか、ますます次の人生への夢に磨きがかかり、次はお米屋さんを開くと言って、店舗付き物件を見つけてはどこへでも飛んで行き、これからは農業が日本を支えるとか言って急に勉強にハマり出したり、わしはこんなもんでは済まへん男や!!と、大変前向きだったのは理解できたが、計画性も資金繰りも何もかもはちゃめちゃすぎて連日絶賛夫婦喧嘩、ご存じのようにそのしわ寄せは私に来ていたのだから、残念極まりない日々だった記憶しかない。

でも今ここにいてくれたら、絶対気が合うビジネスパートナーだったな。

ダムを眺めていたら、スッと吸い込まれそうな気持ちになってくる。
非通知の電話をよこしていたのは、秋のお彼岸前に、早目におじいちゃんのお墓参りに福井へ行く約束をしていた件だと思った。
どこでどうしてなぜ父の電話が非通知設定になったのかわからない。
私の固定電話は非通知で架かるとベルが鳴る事もない。携帯電話は端末を変えたところだったので、登録してなかったのだと思う。
だからと言ってそういうのが運命とは思いたくなかった。
時計を見てもお風呂を見ても「たまご〜」という、なんちゃって17歳の母と二人だけの生活の父は、どうして私が電話に出ないのか、どんなに不安で心細かったかと思うと、ただただ切なかった。

この橋で撮った写真。まだ幼稚園に入る前の小さな私がお人形を抱っこして父と手を繋いで撮った写真があった。私も父も幸せいっぱいに笑っている写真だ。
が、これからもっと幸せになるから、写真なんて過去のものはもう要らないと言って、私はあの日、アルバムでさえも破片に変えた。
それから、大事にしていたそのお人形も。

どうして「今」を生きてこなかったのだろう。「今」あるものがどんなことでも自分に与えられたプレゼントだということを、どうしてわからなかったのだろう。

私の後悔は止まらず、次から次へとブラックホールに溜まっていった。
そして、お先に溜まっていた、両親を置き去りにしてきた背徳感、と混ざり合う。
それに蓋をして見ないようにし、なかったことにして「がんばって」きたのだった。

ダムは雲間から差し込む夕陽に照らされて荘厳に輝いている。
こういう建造物には、ここに架けた人たちの労力、そして夢やロマンが一体となって創り出そうとするエネルギーで溢れている。
この期に及んで、ダムの美しい曲線に心を奪われ、密かに萌えてしまう自分をやや責めながら、私は父をこの場所であの世へ見送ってあげようと決めた。
そして、私には見送ってあげる自信があった。

ふと、私は『過去世切符』を手に持っていることに気がついた。私の意識は今、過去世に存在しているのだ。

「ゆうちゃんは、前世や今世で積み重なってきた課題を消すためにこの切符をくれたんだ。」

ゆうちゃんは進おじいちゃんのノートに、おじいちゃんから答えが来るとわかってるように、毎日毎日小さい字で書き続けた。そしてそこで得たインスピレーションをまた書き加え、解決方法を見つけていた。そうしてるうちに出来上がった『おうふくきっぷ』だった。

「なぁなぁ…うちの髪の毛、わかめちゃんみたいになるん??」

「えっ、ゆ、ゆうちゃん!?なんでこんなとこにいるの?!私の住む世界には来れへんのちゃうん?!」

「お母ちゃんてひどいやんな…信じられへん…。」

ゆうちゃんはお人形のエミリーちゃんを持って欄干にだら〜っと寄りかかり、今後体験するであろうわかめちゃんヘアにかなりのダメージを受けていた。でもまたすぐに元気になって、

「これはうちの世界やねん。うちの世界にゆっこちゃんを呼んでるねん。」

と、言った。そうなんだ。これはゆうちゃんが私の過去世を拭うために作り出してくれた世界なんだ。

「ゆうちゃん、ありがとう。」私は声が詰まってやっとそれだけ言えた。

「進おじいちゃん、カッコ良かった?」ゆうちゃんは少し遠くを見て言った。

ゆうちゃんが思ってる通りものすごくカッコ良かったよ、おじいちゃんのおかげでゆうちゃんにも会えたんだね。というと、うちはおじいちゃんっ子やったから、どっちのおじいちゃんにもなんでも聞いてもらえると思ってん。といたずらっぽく笑った。

今、ゆうちゃんは、父がここでいなくなった事はわかってるのか、知らないふりしているのか、私にはよくわからなかった。
そして、もうすぐゆうちゃんはわかめちゃんヘアになり、大人になって悪魔の囁きを受け、私と同じ人生を辿るのか、いや、もしかしたら、過去は変えることはできないけれど、

『私が今ここで過去のあやまちをひとつひとつ拭って行ってあげれば??』

「ゆっこちゃん!来世おうふくきっぷちょっと見せて!」

過去の罪を自身で許し、神からも許されるのかもしれないと思いながら、ぼんやり切符を出すと、ゆうちゃんはサッと取って、

「これなー、ちょっと字書き直さなあかんねん〜。」

と言って私を見て笑った。

「ゆうちゃん!ゆうちゃん!なんで体が透き通ってるん!?」

「もう、うちが帰る時間や。お母ちゃんがまたキーキー言うやろ…」

ゆうちゃんの声もだんだん小さくなっていった。

「ゆっこちゃん、ずっと夢叶えていってな…ノートはうちがずっと持ってて書き続けるから…」


ゆうちゃんを通して橋から見える川面は、キラキラと流れて、まるでおじいちゃんの光みたいだった。ゆうちゃんはエミリーちゃんを抱っこして、バイバイ。ありがとう。と、きっとそう言った。

ダムの放流はいつしか終わっていた。
出てきてくれたゆうちゃんとの時間は、儚くて淡い時間だった。
蓋をされた闇は、もうない。
そして私が葬った全てのものに生命力が戻ってきた気がした。

すると、現実感というか、重力を感じるというか、一気に自分に戻った気がした。

「あーー!!ゆうちゃん、来世切符持って帰ったやん!!」

私はそう言って自分の手を見て、顔を上げるとまた自分の家の玄関に立っていた。
キネマが伸びをして大きなあくびをしている。
私はパーカーの袖を少し上げて、手首のシュシュをとり、ゆうちゃんみたいなポニーテイルにした。

キッチンに行くと、今日からダイエットしようと久しぶりに気持ちが湧いてきた。

ピンポーンとインターホンが鳴り、はーいと言って玄関に行ったら、ドアの向こうで聞いた覚えのある声がした。

「あ、あの…また、封筒が届いたんですけど…うわわわぁぁぁぁぁ!!」

スーパーの店員さんは、ドアのポケットに、昭和からきた封筒を入れて、走り去っていったようだ。

「ゆっこちゃんへ
さっきは消えてしまってびっくりしたと思います。
でも大丈夫です。ゆっこちゃんに会えて良かったです。
来世おうふくきっぷ送りました。
使ってね!」

書き直さなきゃとか、絶対ウソだった。何も変わってない文字と折り紙だった。

私は、封筒を持ってキネマとアトリエに行った。
今始まっている新しいお仕事の資料でいっぱいになっていたが、どれも希望に満ちているように見えた。
私は、大切な仲間たちの新しい夢がいっぱい詰まった間取図面を広げた。
半年後の完成と出発に向けて、もう準備は万端だ。

封筒から『来世おうふくきっぷ』を取り出して、サンキャッチャーにクリップで止め、デスクに向かった。
どこからでも人生はやり直しができる。どんな事があっても。精一杯生きて、小さな私の夢を叶えて、来世の私に報告に行こう。

ひんやりした空気が心地よく感じる五月の夜。
私はロケアのように、薄いストールを軽く巻いてみた。


「……と、ゆっこちゃんはみらいにいけることをワクワクしていました。
いろんなことがあっても、しんじていれば、たすけてくれるひとがやってきたり、だれかがいつもみかたになってくれたり、かみさまはなにかのメッセージをおくってくれるみたいです。あなたにふるいノートがみつかったときは、ゆめがかなうときなのかもしれませんね…おしまい。」

進は絵本を閉じた。

「父さんはノート見つかったの?」

博は進の膝の上で、不思議そうに顔を上げた。

「見つかったとも!だからこうしてまた博や母さんに出逢えたんだよ!」

「お父さん、博、ご飯ができましたよ。」

「母さん、父さんがね、あとでお絵描き一緒にしてくれるんだって!」

進は博のために、たくさんのおとぎ話を絵本にしていた。
あの時、自分が遺したノートに書き記されたある女の子の物語によって。


終わり


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