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Fairy tale from my soldier

Day 7 , to the past life

オンラインミーティングが終わり、リビングに戻ってソファにゴロンとなった。
私はお昼前に近所のスーパーに買い物に行き、その帰りに若いおじいちゃんに会って、気がついたら過去住んでいた家に居て、小学生の自分に会った。
洗面所で雰囲気を察するに、お昼ご飯を食べようとしていたということは、学校が休みか、翌日が日曜日で休日であろう父の車でお墓参りに行くのだから、土曜日である線は濃厚だ。

そして、さっきパソコンの画面に映った居間にはゆうちゃんしかいなかった。
母はバザーに行っていると言っていたし、おばあちゃんもいなさそうだったし、すでに長崎へ帰っていると思われる。
ということは私が訪れた日の土曜日ではなく、一週間は経っているはずの土曜日である。

でも、今私が『存在している』と思われる『この世界』では、数時間しか経ってない。しかも買い物に出かけてから、オンラインミーティングが終わり、この瞬間の時間まで進んだり遅れたりせず、何も変わらず現在の時間は正確に刻まれているようだ。

私は、浦島太郎の逆だなと思って笑ったり、クリスマスキャロルのスクルージおじさんみたい、と思ってゾッとしたり、でも、亡霊かタイムトラベルか、もうそんなことどっちでも良くて、今度はどんな展開でゆうちゃんに会えるのか楽しみになってきた。

インターホンが鳴って出ると、映ったのはさっき買い物に行ったスーパーの店員さんだった。届け物があるというので、もしかしたら、何か忘れ物したのかなと思って玄関を開けると、彼はそんなに暑くないのに汗だくで、私の顔を見て不思議そうに、しかもやや顔がこわばりながら、一枚の封筒を私に差し出した。

『東京都〇〇○区〇〇〇〇町
〇〇スーパー様へ
丸山由紀子さんに渡してください』

「この、ふ、封筒を、さっき郵便局員さんから渡してもらったんですが…」
彼は封筒を差し出し、その手が小刻みに震え出した。
「あ、ありがとうございます。それ私の名前ですが、どうして〇〇スーパーさんに配達されてるんでしょう?」
「日、日、日付が昭和なんです………うううううわぁぁぁぁぁ!!!!」

彼は私にその封筒を渡すか渡さないかくらいの勢いで手渡した後、転がるように走り去って行った。

私はその封筒の裏をみた。

『ゆうちゃんより』

どうやらゆうちゃんは、コロッケに貼ってあった値段ラベルに印刷されたスーパーの住所を宛名書きしたようだ。

そりゃあこれは店員さんもおぞましかったでしょうね…
私はゆうちゃんの字を見て微笑ましくなってクスッと笑い、部屋に持って入った。


『ゆっこちゃんへ
さっきはミケちゃんと会えてうれしかったです。
あれから、またミケに会えると思ったら元気になりました。
それから、きっぷをあげます。セロテープのはがれたやつもう一回作り直そうと思ったけど、できなくて、残りの3まい入れときました!
このきっぷは、
①前世おうふくきっぷ
②過去世おうふくきっぷ
③来世おうふくきっぷ
です。どのきっぷから使っても、ちゃんともどってこれるから安心してね!
使い方は、電車にのる時みたいに、ハサミでチョッキンってしてね!』

お分かりいただけであろうか…ハサミでチョッキンする切符など、この令和の時代に存在しない…ピ。だ。ピ。

相対性理論とか、量子論とか、シュレディンガーのねことか、全部合わさったようなことが起きていることも楽しかったけど、この切符で、『前世』『過去世』『来世』三つの世界に行けると思うと、楽しくてゾワゾワした。

私は、あの日記を23歳で捨てたことを心の奥底から後悔した。
捨てただけじゃなくて、何を書いていたのか、どういうつもりでどうなりたかったのか、記憶ごと捨ててしまったのである。
もう取り戻すことはできない。あ、もしかして昔の世界にこの切符で行けるなら、23歳で家を出る時の自分に会って、それは捨ててはいけないって言おうか。でもそんなことしたら、未来が変わってしまって、今あるこの自分もないことになるかもしれない?

だんだん難しくなってきたので、私は考えるのをやめて『それっぽく』切符を切ることができる『一穴パンチ』を持ってきた。一般的には『二穴パンチ』だが、文房具にも並々ならぬ萌え感情を持つ私は、パンチの種類も揃えてしまっているわけだ。

どの前世に行こうか?
そもそも前世ってなんだ?
これも考えるのをやめて神様にお任せした。

「神様!私に必要な前世に連れて行ってください!」

『パッチン』


何も変わらなかった。「なんなのよ〜〜ゆうちゃん〜〜」そう思った時だった。
またインターホンが鳴った。

「#$%&&%&()|+<>⭐︎?!」

「は?はい?!」

明らかに英語ではない外国語だ。女性の声で何言ってるのかさっぱりわからない。
お願いされているような感じだったので、怪しい勧誘などかな..と思いつつ私はまた玄関に行って、怖かったのでドアを少しだけ開けた。

「ど、どちらさ…うああっ」

猛吹雪が吹いてきて、私は一瞬で真っ白になってしまったのだ。
「えぇ〜〜どうなってるのこれ…!?」
衣服についた雪を払って、顔を上げた時、もうそこは全く別の世界だった。
そして私はさっきの声の主であろうある少女に目を奪われてしまう。

その子は雪の中、底の薄い布の靴みたいなものを履いて立っていた。
何か、道ゆく人に声をかけている。年はせいぜい10歳前後だ。
薄いストール、長めのチェックのスカート。私は直感的にその女の子が、前世の自分自身であることもわかった。

彼女は私の存在に全く気がついていない。私は近くまで寄ってみたが、どうやらこの前世という世界はまるでスクリーンに映し出された映像のように、3Dみたいに目の前で見ることができるようだ。

彼女は、お金持ちそうな男性に近寄り、何かを話す。そして、話がついたらその男性を連れて路地奥の家に入っていく。その家の中には2、30代くらいの女性が4人と、おじいさんが一人いる。彼女は男性をおじいさんに渡すと、また雪の中歩いていく。そしてまた声をかけて…。

その家の中で、何が行われていたのかは、歴然としていた。
彼女はその家に男性を誘い込む役割だった。

生きていくための仕事だった。彼女は『ロケア』と呼ばれていた。
まだ幼くて『現場』に出ることはなかったのだろうが(そうであって欲しいと主観的に思ってしまった自分もいた)、お客さんやお姉さんたちに温かいスープを持って行ったり、たまに男性にちょっかいをかけられたりしていた。

ロケアはスープを配り終えると、帰る支度を始める。先の見えない日々を送っているであろう彼女の目からはなんの生気も感じられない。
おじいさんはロケアに自分のスープを分けて食べさせた後、日当とオーナーに内緒でチップをひっそりと渡していた。

ロケアはそれを奪い取るようにポケットに入れ、また雪の中をどこかへ帰って行った。

寂しくて暗い風景だった。
そしてそれが、私だった。夢も希望も見当たらない毎日を送る私。あまりの切なさに、そのスクリーンをじっと見つめるしかなかった。

「ゆっこちゃん」

不意に後ろで声がして、振り返った。
そこにはゆうちゃんが言っていた、進おじいちゃんではないおじいちゃんが立っていた。

「おじいちゃん!!!」

私はそのおじいちゃんに飛びついた。この祖父は私が5歳の時に亡くなったが、そんな小さい時の記憶なのに、ずっと一緒にいて遊んでくれていたのを覚えている。大好きな大好きな祖父だった。兵隊さんのおじいちゃんとはまた違う、現実の私にとっての心の支えだった。

「ゆっこちゃん。おじいちゃんはあのスクリーンの中にいるんだよ。実は前世でもああやって出会っていたんだ。あの時は身内ではなかったけど、小さいのに辛いところで働かされて、なんとかして助けてあげたいと思っていた。」

祖父は穏やかに話しはじめた。

そう言われてみると、祖父の私への愛情は異常なほどだったと聞いた事がある。私も私で一心に祖父の愛情を受けて、心が満たされていたと思っている。

「もう一度生まれ変わって、ゆっこちゃんのおじいちゃんになれた事が本当に嬉しかったよ。ゆっこちゃんの成長する姿も見たかったけど、今ここで会えるなんて…。」

「おじいちゃん、私なんにもおじいちゃんに返せてへんかった。可愛がってもらうばっかりで...」

それでいい、本当にそれだけでいい、生まれてきてくれたことが、一緒に5年間過ごせた事が、ほんとにおじいちゃんが望んでいた事だったんだよ。とおじいちゃんは何度も言って、「さ、そろそろゆっこちゃんも帰る時間だよ」と、空気の中の光に包まれるように、すーっと消えて行った。

短い短い時間だった。光に吸い込まれるおじいちゃんを見送って振り返ると、また私は自宅の玄関に立っていた。


誰かが誰かにもう一度会いたいという強い想いや、その時にやり残した事、交わした約束は、きっと計り知れない神の采配によって、何度も次の人生に課題として運命づけられるのではないか。


そして、私は残り2枚の切符をじっとみた。

                                     続く

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