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Fairy tale from my soldier

Day 3, encounter with my soldier

桜の木から漏れた夕陽がシャワーのように降り注ぎ、優しい風が彼の上着の裾を少し揺らした。そして沈み始めた夕陽の逆光に照らされて、太陽のダイヤモンドダストのような煌めきの中に彼は立っていた。白い手袋に覆われた手のひらから伸びた指は、きれいに揃ってこめかみあたりに添えられている。

美しい深緑色の軍服姿。さっきのボロボロの革靴は、紐のついた茶色いブーツみたいなものに変わっていた。この人があの時代、どれほどの艱難辛苦を受け、この世を去ったのか、もはや一筆に絶する。しかしこの輝きの中たたずむことができるのは、この人が生きて来た人生を神に受け入れられた証で、彼もまた神の愛を永遠に与えていただいたからだと直感的に、いや本能的に悟った気がした。

私は溢れる涙を止めることができなかった。「やっと出会えた感動」や、「会えて嬉しいです」というような表現や言葉など当てはまらない、神聖で美しく、静寂でありながら全身の細胞が躍動する、神の世界の煌きを感じたからである。

「さっきは、お茶をありがとう。」

彼は手を戻し、姿勢を正してそう言った。はっと気がついたのは、その声は私の大好きな父の声だった。似ていただけなのかもしれないが、その優しい声のトーンに私の魂が解されて行くのがわかった。

「おじいちゃん…なんですよね?私の。あの写真の…。」私はようやく声を絞り出して聞いてみた。

「そうだよ。さっきは指示を聞き間違えてうっかり地球世界に出てしまって、自己紹介できなかったんだ。こんにちは。ゆっこちゃん。はじめまして。僕はゆっこちゃんのおじいちゃんだよ。」

おじいちゃんは生身の人間ぽく私にそう言って、隣いいかな?と、私の横に座った。ずっと会いたいと願っていたおじいちゃんが、今横にいる。それは、出逢えた事をようやく現実的に認識できた感覚だった。だって、「地球世界」とか、「指示を聞き間違える」とか、ちょっとオカルトな会社員みたいな事を言い出すんだもん。私はおじいちゃんを、ぐっと身近に感じた。

話したい事や聞きたいことは山盛りあったのに、気分が盛り上がりすぎて確実に私はテンパっていた。

まず、その軍服が萌えきゅん対象だ。白い手袋で敬礼とか、私にとっては撲殺そのものである。私の長らくの自衛隊萌えはこのおじいちゃんが起因している説を確信。「軍の統制では…」とか「衛生隊長を命ぜられた…」とか、美しく散りばめられた凛々しい日本語の凶弾を浴びせられ、私の萌え意識側のブラックホールは、もはや『命ずる』の下一段変格活用で充満していた。

次に歳だ。どうみても写真通り、35歳前後に見える。おじいちゃんなんて呼んでいるが、他人から見たら、50代のおばちゃんが30代半ばの兵士さんと藤棚の下のベンチでおしゃべりしてるとか、こんなところ見られた暁には、ご近所さんへはワイドナチョーナイネタ提供だし、他の萌えきゅん側のみなさんからは、多分「良いですね〜」なんて言われるも、持続的に憎悪の念を送り続けられるに違いない。

そして、若さゆえのみずみずしい端正な顔立ち。ずっと思い続けていた写真そのままで、涼し気な目元は父にそっくりだったし、チラ見した感じ、個人的な願望であるが指の形が似ているなと思うと、大日本帝国国旗に神恩感謝と書いて今すぐこの大空に掲げたい衝動に駆られすぎて動悸がして来た。

実に恐ろしいほどのおじいちゃん愛を再確認した私は、ふと、これが夢なのか現実なのか、急に気になって来た。そもそもの自宅に帰れるのだろうか?

小さな私は今頃そろばん教室で、等級が上がらないから低学年の女子たちの席に一緒に座らされてるに違いない。私は知っている。いや、覚えている。計算や数字など体質に合ってない事をどうして母はさせたのだろう。またもや過去のいろんな記憶がふつふつ沸いてきて、気持ちが落ち込んできた。

そんな事を考えてやや冷静になってきた私は、最大の素朴な疑問をおじいちゃんに投げかけた。

「おじいちゃん、どうして私の前に現れたの?なんで会いにきてくれたの?」

崇高な神の光を散々感じてからのやや下世話な問いかけにも思えたが、まさか、夢は叶うんだよなんてベタなこと言ったらどうしようとか、失礼すぎる不安が押し寄せては来たが、おじいちゃんは穏やかに私に話し始めた。

「僕は博(私の父)に何も教えてやれなかった。一緒に日々過ごしたり食事をとる事さえ。父として何も。」

「おじいちゃん、あのね、お父ちゃんは…。」

「でも僕は人間界には肉体を持って存在できなかったけど、博がいつも僕の代わりにお母さんを大切にしてくれていたのも知っているんだよ。そして博が家庭を持ち、ゆっこちゃんという子供に恵まれ…。いや〜あの時まるで僕が初めて博を抱っこした時に見せた顔と同じ顔をしていたなぁ。はっはっは!可愛かったんだよ。いつも君のことを『お父ちゃん』は愛していたんだ。」

おじいちゃんは私の言葉を遮って、愛に満ちた光のような言葉を発する。私は優しかった父のことを思い出し、声を出して泣いてしまった。

「おじいちゃん、ごめんなさい。お父ちゃんは11年前に…」

「ゆっこちゃん、どうして、今まで一度も誰にも助けを求めなかったのかな?」

ごめんなさいごめんなさい。もう言わないでください。私は過去を頑丈に封じ込めた開かずの扉が崩壊していくのを感じた。

「僕は君を責めにきたのではないよ。ゆっこちゃん。この宇宙には君の住んでいる世界と並行していくつもいくつもの世界が存在している。今は過去の世界と肉体が滅びた後の魂が集まる世界が重なり合っている。でもゆっこちゃんがいる地球世界は、目に見えるものしか信じにくい世界だね。僕がなぜ君の前に現れたのか、その理由は…」

「ゆっこちゃーーん!!」

遠くから聞こえる大きい声。このタイミング。お母ちゃんと一緒やん。

「あの子には僕は見えないんだ。」おじいちゃんが微笑みながら言う。そうなんだ。何が重なると見えるんだろう。「見えないだろうけど、あの子は持ってる能力に気が付かないでいるだけなんだ。だから、僕の存在に勘づくかもしれないね。」

「ゆっこちゃーーん!隣の席の女の子にクッキーもろたぁ!一緒に食べよう〜」

父は、進駐軍が父に差し出したチョコレートを手を後ろにして、「僕らの父さんを...!!」と言って何がなんでも受け取らなかったと聞いていたが、ゆうちゃんはそこのプライドが低かったのだと思われ、2年生の女の子に分けてもらったクッキーを私にも一枚くれた。

「これ、あみちゃんのお母さんがつくらはってんて〜いいな〜うちのお母ちゃんもこういうの作ってほしいわ…ん??誰かいたん??」

おじいちゃんの言う通り、何かを察知したようだけど、彼女の気持ちはもう別のところに向いていた。

長崎から持って帰ってきたあの『日記』に。


続く



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