見出し画像

青きしあわせ すむところ 〜 my blue heaven (邦題: 私の青空) 〜

私のファミリー•ヒストリーにおいていちばん大切なこの曲について、まだ書いていませんでした。あまりにもシンプルでストレートな歌詞だから、あえて書くまでもないかと思っていたけれど、いや、シンプルでストレートだからこそ大切で、書いておくべきことなのかもしれません。

「私の青空」は、うちの父がよく歌っていた曲です。親戚の集まりなんかがあって、少しお酒も入って、さあ盛り上がりましょう、では一曲、と。いわば、父の持ち歌です。朝ドラの「虎に翼」で寅ちゃんが事あるごとに「うちのパパ」を歌う、ちょうどあんな感じ。

堀内敬三さんの訳詞が素晴らしく、戦前から日本でも大ヒットしていたこの曲、きっとどなたもどこかで耳にしたことがあるのではないかと思います。

父が歌うたび、母は「おとうさんは、”根深節” やからな…」と苦笑いしていました。根深とはネギのこと。節の無いネギのような節まわし、そんな意味です。いやしかし、父の歌声を思い出すたび、父の歌はちっとも悪くなかった、しっかりと声量もあるし、なかなかいい声だった… 私はそう記憶しています。ただし、リズム感がいまひとつ。父が「私の青空」を歌うといつも、曲の途中でリズムがずれて、そうすると母はいつも「ほらズレた…」と小声で私たちに聞こえるように言って、笑っていました。

エノケン(コメディアンの榎本健一さん)が歌って大ヒットした「私の青空」の、この白黒動画を見つけたとき(そう!これこれ!)と私は思いました。歌うエノケンやその左手の坂本九さんたちは2と4でリズムを取ろうとしたけれど、後続のおじさんたちが1と3で手拍子… そしてフレーズのあたまで盛大にズレていく…(あゝこれ、うちのお父さんとおんなじ!)昭和の日本人に最もフィットするリズム感覚は、盆踊りであり演歌や民謡であり揉み手であり、軽やかに揺れる "スウィング" にはどうしてもならない… 32小節AABA形式の、ごくシンプルなスタンダード•ナンバーながら、当時の日本人には案外難しい曲だったのかもしれません。どんどんズレて(だから必ずアカペラで)それでも気持ちよく歌っていた、あの頃の父の歌を聴いているようで、私は、なんとも懐かしく、微笑ましい気持ちになりながら、ズレが気になって仕方ない、ヤキモキして苦笑する母の気持ちも、同時に味わうのです。

堀内敬三さんの訳詞は、誰もが認めるとおり、名訳です。原詞の世界観をしっかりと包み込んで、昭和スウィングに乗る、シンプルでいて、日本人の心に沁みいる日本語を付けて下さいました。けれどひとつだけ、私がこの曲を歌っていて気になることがあります(日暮れて夜も近いのに、どうして青空なんだろう… 夕焼けの茜空ならまだ分かるけれど)と。

原詞のタイトルは “my blue heaven” つまり「私の青い天国」です。しかし「天国」では日本人の感性に馴染まない… メロディにも乗せづらい… きっとそう悩まれて「青空」にしたのでしょう。ちなみに、大瀧詠一さんは曲タイトルだけを「私の天竺」に変えて歌っていますね。そうしたかった気持ちも良く分かるし、なかなか良い解決策かもしれません。

夕暮れの道、右へ曲がると、小さな灯りが見えて… 彼の視線はいきなりズーム•インして、まず最初に見えるのが笑顔。そしてカメラがパンして暖炉、ズーム•アウトして部屋の全景… それが、家路を急ぐ彼の心象風景です。突然でてくる Molly って誰?そんな問いは愚問です。

ここでは、シナトラをお聴き下さい。どうです、このスウィング感!言葉の意味と音節拍リズムを最大限に生かした、軽やかでのびやかで、文字どおり身体を揺らしたくなるフレージング… スウィングってこういうことだと、改めて目が開かれる思いです。スウィングとは何か… 私にとってのひとつの答えがここにあるように思います。以下【超•ゆき訳】と共に、どうぞ!

青きしあわせ すむところ 〜 my blue heaven 〜

ヨタカが鳴いたら
夜はもうすぐそこ
僕はいそぐ 青きしあわせの場所へと

右へ曲がると
小さな白い灯りが見えて
君をいざなう 青きしあわせの場所へと

笑顔があって、暖炉があって、そのくつろぎの部屋は
ささやかな愛の巣 薔薇の花咲く

モリーと 僕と
僕らのベイビー しめて三人
僕らが住まう そこが青きしあわせの場所

********************
改めてこの歌詞と向き合って、いまやっと気付きました。なぜそのしあわせの場所が、ピンクでも赤でもゴールドでもなく「青」なのか。きっとそれは、誰もが知っているメーテルリンクの童話「青い鳥」の青、私はそう思い至りました。壮大な旅を終えて帰り着く、元いた場所、そこで改めて発見するしあわせ、その「青」なんだろうと思います。

There is no place like home. - The Wizard of Oz

よろしければサポートをお願いします。頂いたサポートは、活動費に使わせて頂きます◎