【感想文】こんな時だから『ペスト』読もうぜ(その3)
どうもどうも。みんなうがい手洗いしてる? 俺なんてもう史上最高に清潔で、逆に(必要な菌まで洗い流してないか?)って不安になるよ。
俺の不潔伝説はさておき、昨今のスマホには検索語句から持ち主の興味を推測して記事を垂れ流すゲスい機能が付いてると思うんだけど、先日『ペスト』が注目されてるって記事がピックアップされたぜ。こうした名作がまた脚光を浴びるのはまったく喜ばしいことだけど、たまにポケモンGOの記事を見るからってマニア用語だらけの意味不明なゲームの記事を紹介するのは勘弁して欲しいよ。
ということで初めて『ペスト』を読む機会を得た幸せな人がいると想定して、くれぐれも注意して欲しいことがある。この小説には感染者に関するけっこうきついシーンが出てくる。そうじゃないと物語が成立しないからしょうがないんだけど、とりあえず今はそういう箇所は思い切って読み飛ばしちゃおうぜ。
なにしろ作者の筆力が凄すぎて、読んでるうちに自分が具合悪くなったような気になっちゃうんだよ。まさか生きているうちにこの小説を追体験できるとは思ってもみなかったけど、こんな時に一番大事なのは『気』。今は陰惨な描写はスルーして「そんなこともあったね」って言えるようになってから再読しよう。
さて前回奥さんとの悲しい別れを終えたリウー先生、感傷に浸る間もなく重要なキャラたちと出会う。早々に顔見せするこの三人、それぞれ「ん?」ていう表現がされているんで、ちょっとその辺りについてちょっとメモっとこう。
まずはオトン判事。長身で色黒な、人情の機微に通じていそうで、さらに『〜something of an undertaker’s assistant』な雰囲気を持った人物だという。イディオムだろうと当たりをつけて検索するとこれがないのよ。見つかるのは同タイトルの小説のみ。
仕方ねぇ。なんでも検索で片がつくなんて思ったら大間違いだ。とりあえずこの不可解なタイトルの小説がどんなもんだか読んでみると「カリスマ性のある国会議員のアシスタントをした女性の物語」らしい。undertakerは辞書によると葬儀屋もしくは請負人、起業家とある。
決め手には欠けるけど判事って職業も鑑みると「人情の機微に通じていると同時に、野心家の懐刀という雰囲気もある」って感じだろうか。翻訳版ではどうなっていたか思い出せないが、葬儀屋ではなかったような気がする。
次にランベール。背が低く、いかり肩で、決然とした表情と鋭く知的な目をした新聞記者だ。この若者はめんどくさい。絡む。とにかく絡む。リウー先生に会うなり質問をぶつけ、情報は提供できないと断わられると微笑みながらこう言う。「先生の仰ってるのは『Saint-Just』の言葉ですね」とくる。
はい知らない。Saint-Just。誰それ? 調べるとフランスの政治家、革命家だそうだ。サン=ジュストと読む(表記する)らしい。なんと『ベルばら』に出てるって。愛読者には馴染みがある人物なんだろうか。『革命家の言葉ですね』とでも解釈すべきなんだろう。
最後に神父パヌルー。大きな丸眼鏡をかけたイエズス会の神父で、博識かつ『militant』な人物だ。これは辞書を引くと『(政治活動などの)闘士;好戦的な人』とあるんで間違いではないんだろうけど、初めて翻訳版を読んだ時に(好戦的な神父?)って引っかかってたような記憶がぼんやり残ってるんだよね。過激な思想を持った『急進的な』宗教家って感じなんだろうな。
またもやたっぷり時間が潰れた。まったく外国語って難しいよ。でもこれはある意味当たり前のことで、例えば「もったいない」に一対一で対応する外国語はない、っていうじゃない? それと同じで、ある国の一つの単語の背景に膨大な言わずもがなの情報が含まれるってのは当然のことだからね。
時系列的にはリウー先生のお母さんと、もう一人の主役であるタルーをとばしてるんだけど、その理由がこの三人の職業。判事、記者、そして神父。そう、平素なら心の拠り所になるべき《司法・報道・宗教》の代表者ってわけ。ちなみにこの三人は厄災前と後で考えや行動が変わる組、という点でも一致してるんだ。
彼らは言うなれば権威。例外は認めない。認めたら収集が付かなくなる。そんな立場にある人だ。ところが想定外の厄災が起きたことによって判事は『幼い息子』、記者はよそ者である『自分自身』、そして神父は『罪なき個人』という、例外を認めたい存在と対面することになるんだ。
後に描かれる究極の状況での彼らの行動がまたしびれるんだけど、それはまたこの感想文が続いたらにしておこう。それにしても考え抜かれてるよな。マジリスペクトだぜ。
本編に戻るとオランでは増殖し続けるネズミの死骸が話題になっており、しかしながらまだ自分たちと関係あるとは思っていない、という状況。そんな中、カレンダー的には七十数年前の一昨日である四月二十九日。リウー先生は回診中に自分が住むマンションの管理人を目撃する。ところでコンシェルジュ(concierge)って管理人だったのね。
この管理人さんが作品初の感染者。ひどい熱。首に木のこぶのようなしこり。後で診察に行くから寝ているようにと伝えたリウー先生にまた別の事件が降りかかる。長いこと先生の診察を受けているある患者から突然「隣人に問題が起きたので来て欲しい」と電話がかかってくる。さあ、いよいよ『俺の一推し』ジョゼフ・グラン氏の登場だ! というところでこう感じたのよ。
(グランの逸話、多すぎじゃね?)
当時は気づかなかったけど『ペスト』ではこのグラン氏にまつわる話にやたらとページを割いてるんだよ。それも濃厚な、モデルがいたんじゃないかって思うようなリアルなやつ。それがまた切なくてさ。皆に知って欲しいわけ。でもこんな感じで書きすすめると、肝心のグラン氏の話も要約せざるを得ないじゃん? それって本末転倒じゃん?
ということで小説『ペスト』から『グラン氏の物語』を年末ぐらいを目処に別途抜き出してやろう、と思い立ったのよ。いいアイディア過ぎ。という具合に妄想が膨らんだところで力尽きよう。最後に彼が持ち込んだ事件、その一部を紹介するぜ。
五十絡みで背が高く、だらんとしたなで肩、細長い手足に黄ばんだ口髭。彼はリウー先生に語った。
「今はよくなったみたいなんですが、ほんとにもうだめか、と思いましたよ」
そして力いっぱい鼻をかんだ。最上階である三階で、リウー先生はドアの左側に赤いチョークで何か書き殴られているのに気がついた。
入んなよ。俺ぁ首を吊ってるぜ
(He was a man of about fifty years of age, tall and drooping, with narrow shoulders, thin limbs, and a yellowish mustache.
"He looks better now," he told Rieux, "but I really thought his number was up." He blew his nose vigorously.
On the top floor, the third, Rieux noticed something scrawled in red chalk on a door on the left: Come in, I’ve hanged myself.)
登場人物と属性
(※やっぱイラストかな? どうやったら分かりやすくなるか考え中)
名前|役割|権威|属性|厄災の影響で…
ベルナルド・リウー|医師|否|陰|変わらない
ジョゼフ・グラン|事務員|否|陰|変わらない
老スペイン人|喘息病み|否|陽|変わらない
M・オトン|判事|是|―|変わる
レイモンド・ベルナール|新聞記者|是|―|変わる
パヌルー|神父|是|―|変わる