衡平な選択⑩

【都にて】

  寝ているNANOとALICEを伏し目に、そっとダイヤを手に取ったKEIは、一番近い都、オオミヤに向かう。ダイヤの売却手段は2つある。1つは店舗に赴いて鑑定してもらうこと、もう1つはネットを利用することだ。後者の方が高い額がつく可能性があるが、KEIはネットカフェの料金すら払えない。何より身分証明書もないのだ。そこで、KEIは価格調査のためにこうしている。
「こんにちは~」
「いらっしゃいませ、どのような御用で?」
 口は笑っているが、目は笑っていない。いつものことだ。
「このダイヤを鑑定してほしいんですが」
 店員の目の色が変わる。
「ほ~いいダイヤですね。少し汚れているので洗浄してきていいですかな?」
 これもよくある手口だ。裏ですり替える。
「いえ、洗浄は結構です。その分安く買えるならお得じゃないですか?」
「ふむ、たしかに、では汚れの分も差し引いて5万円でいかがですか?」
「この辺で一番高くダイヤを買ってくれるところはどこですか?」
「ふむ、もちろん、当店です」
「二番目は?」
「しいていうなら、Cryt.coですが、オオミヤにはありませんな」
「サンキュー」
 KEIは勢いよく飛び出した。Cryt.co。KEIは念じる。KEI自身も分からないのだが、そうするとなんとなく方向が分かるのだ。気配を消せるNANOと探索能力があるKEI、二人の相性は完璧だった。
 KEIは15分ほど南下すると、再びビル街に辿り着いた。ここにあるといいんだが。ここには官公庁の地方部署がある。KEIには一生縁のないところだろう。そもそも、税金も消費税しか払っていない。それにしてもここは風が強い。と、その時だった。強風が吹いたかと思うや否や、一輪の向日葵が空に舞った。KEIは思わず手を伸ばした。しかし、届かない。そこに黒い影が舞い上がり、向日葵を掴んでいた。まるで鳥のようであった。
「すまない、ありがとう」
「いえ、よかったですね。向日葵」
「あぁ、彼女の命日なんで...... ん?」
 その黒い影はKEIをじっと見つめる。
「そうか、君か」
 KEIにはなんのことだか、よくわからない。

「一緒に来てくれるか?」
「えっ?その、どこに?」
「あぁ、そうかまずは向日葵か、これはちょっとした旅になるな」
 なんだか嫌な予感がする。NANOもALICEも置いてきてしまっているのに...... 。
「でも、そうか、君は一体ここで何をしているんだい?」
「ぼくは、このダイヤを換金しないといけないんで、ここで」
「百万」
「えっ?」
「百万円で買おう、そのダイヤ。それならいいだろう?」
「そんなの信じる人...... 」
 すでに彼の右手には札束が握られていた。
「これで君の用件は終わった。違うかな?」
 百万円あれば、NANOもALICEも豊かな暮らしができるそれが一時的なものだと
しても。
「分かりました。僕やります」
 NANO、ALICE、少しだけ待っててくれ。
「よし、決まりだ。私のことはKとでも呼んでくれ」
「あれ?僕もKEIです」
「運命とは面白いな」
「えっ」
「KEIこっちだ」
 KEIは言われるがままについていく。KEIは思う。この黒ずくめの男を。まず第一に、暑くはないのか?気温は恐らく40度は超えている。黒のズボン、黒のトップスにコート?、そして黒のニット帽からは銀色の髪が覗かせている。黒のサングラスをしているので、表情が読めないどころか、年齢も分からない。そうこうしているうちに霊園に着いた。自分はこんなに立派なところに埋葬してもらえるのだろうかとKEIは考える。
「水を汲んできてもらえるかな?」
「分かりました」
 KEIは近くの水道場に行き、蛇口を捻る。流れているときには分かりづらいが、バケツに入れると微かに濁っている上、浮遊物も散見される。それでも都会の水は綺麗だ。水がいっぱいになると、KEIはKのもとに駆け付ける。機嫌を損ねて百万円を失うわけにはいかない。Kは「佐藤家」と書かれた墓の前に立っていた。向日葵を手向ける。そして、KEIが渡したダイヤを隣に置く。
「今年は特別だよ。遥。80周年の命日に2つのプレゼントを持ってきた。このダイヤと少年だ」

 ん、僕がプレゼント?というか80年も前に亡くなった人を参るなんて一体?
「この青年はね、欲しいものを探すことができるんだ。そうだろう?KEI君」
 心臓の拍動を感じた。どうして?一体?
「私はね、人の能力や心を読み取ることができるんだ。そして、長年探してきたんだ、君をね」
 この人もまた特殊な能力を持っていたのか。登場からなんとなく察せられたので、さほど驚きはしなかったが、それは次の台詞を聞くまでの間だけであった。
「君が協力してくれれば、遥は生き返る」


【この国の中心】

 薄汚れた窓の外では、すごい勢いで景色が後方に遠ざかっていく。これが「鉄道」か。巨大生物が大きな口を開けたような入り口、人はまばらだが、そこに入るのは一抹の恐怖を覚えた。他の人と違ってKは、小さな入り口の方へ向かう。コンピューター画面にカードのようなものを照らすと、
「何名様ですか」
 と、コンピューターが問いかけてくる。Kが答えると、コインが1枚出てくる。
「これを失くさないようにな」
 自分を失くさないようにな、と聞こえた。そのコイン一枚を握りしめて、KEIは外の風景を見渡す。僕は、一体どこへ向かうのだろうか。
「というわけなんだが、分かったかな」
 Kが話しかける。いや、話しかけていたのか。
「えっと、どの部分のこと、かな?」
「まぁ、簡単に言えば、私の旧友に会うということだ、もっとも生きてるかどうかは分からないがな」
 恐ろしいことを平然と言ってのけるな、この人は。この人くらいの年代で特区に暮らしている人はそう簡単にはなくならないだろう。
「イケブクロ、イケブクロです」
 電車のアナウンスが鳴る。
「次の駅だ。準備はいいか?」
「え、あ、はい」
 何の準備だろうか。降りる準備?しかし、KEIは人生で特区に来ることがあるなんて思ってもみなかった。この国には中心がない。いや、行政や商業が賑わっている場所はあるものの、各地域に分散しているし、どこかを中心と特定しようものなら、某国のターゲットとなってしまう。首都機能は終わりを告げ、特区制度になってから50年。その1つが...... 。
「シンジュク、シンジュクです」
 KとKEIは、再び小さな入り口に向かう。Kは素通り、そして、KEIはコインを機械に入れる。
「ありがとうございました」
 アナウンスがなんだか、心許ない。
「というわけで、ここからは君の出番だ」
「えっ?」
「この女性を探してほしい」
 そこには黒とピンクの派手なドレスを着た可愛い女の子が写っていた。20代くらいだろうか?
「名前はくるみちゃんだ。80年前の写真だ」
 くるみちゃん。可愛い名前だ。それでリスの刺繍が施されているのか。ん?80年前?
「え~っと百歳ということですか?」
 当たり前のことを意味もなく口にしてみる。言って初めてやはり当たり前ではないことに気づく。
「生きていればな」
 KEIの住んでいる地域では、50歳頃になると、何らかの方法で消息を絶つものが多かった。施設で子供の面倒を看ることはできても、老人の面倒を看ることは難しい。それが百年というのだから、潤沢なお金があってしかるべきなのだろう。
「ん~くるみちゃん、くるみちゃん」
 必死に思い浮かべるが、答えが1つに定まらない。
「では、こっちはどうだ?」
 そこには灰色のパーカーを羽織った、ピンクのモヒカン頭の青年が写っていた。
「これも80年前ですか?」
「そうだ」
 やれやれ、こんなことやったこともないのに。さっきより反応が強い。しかし、10か所以下に絞れない。
「一つずつ回るしかないな。何、時間はある」
 NANO、ALICE、まだ帰れそうもないよ...... 。


【再会】

  KEIとKがシンジュクを歩き回り1時間。目的の人物だろう人に出会うことはなかった。
「すいません、お力になれなくて...... 。50万円でもいいんで、そろそろ終わりにしませんか?」
 KEIはKの顔色を伺う。そろそろ帰らないと、ALICEが何をしでかすか、分からない。
「ふむ、そしたら、これはどうかな?」
nKが出してきたものは、小さな石だった。あれ、さきほどのダイヤ、ではないな。しかし良く似ている。
「ガイアモンドだ。いまや街中で使われている。もっともこれはそのベータ版とでもいう、荒いものだがな」
 ガイアモンド、名前はもちろん聞いたことがある。水素製造や有害物質の除去に使われていたはずだ。しかし、そんなものでスクリーニングしたら、街中が引っかかってしまう。ベータ版と言ったが、どういうことか。
「試しにこれで探してみてくれ」
 Kは疲労をよそに改めて集中してみる。やはり街中に光を感じる。ガイアモンド?を握る手に力がこもる。すると、1点だけ強い光を発する場所を見つけた。ここは...... 。

 二人は光を頼りにとある場所に来ていた。今からおよそ二○○年前に生まれた皇室の庭園。もっとも今や、皇室の「人間宣言」を基に皇室は事実上解体し、誰が皇族の血を引くのかは明らかにされていない。皇室の所掌事務は政務が行うものとされ、政務ポストが増やされるという「民主主義の拡張」が行われたのだ。もっともKEIが生まれる前の話であるが。そんなKEI達が訪れたのが、ここシンジュク御苑であった。
「あそこです」
 KEIは御苑の隅にこぢんまりと佇む甘味屋を指差す。中に入ると、ひんやりとした空気が店内を包み込んでいる。寒い。しかし、Kは、
「かき氷を、抹茶、あんこ、バニラアイスをのせて」
「はい、そちらさんは?」
 目がくりっとしたショートヘアの女性が注文を取ってくれている。
「えっとお茶を」
「少々お待ちください」
 女性はさっと奥の方へ引っ込んでしまう。ん~たしかにくるみちゃんさんに似てないこともないかな。伝票をちらっと見る。「三」という数字が見える。、あとは見えない。三〇〇円ってことはないだろうから、三千円か、う~む。
 すぐに女性がお茶とてんこ盛りのかき氷を持ってくる。

「きみ、ちょっといいか?」
 Kが女性に話かける。
「この女性に見覚えはないか」
 80年前の写真に見覚えはそうそうないだろうなと思いながら、KEIはお茶をすする。
「いや~分からないですね~。すいません」
 そういうと、女性は奥に引っ込んでしまう。思ったより短い旅だったな。珍しい経験もできたし、帰りにお土産を買って帰ろう。Kはというと、かき氷にも手を付けず黙ったま
んまだ。微かにBGMが聞こえる。恐らくこのまま冷凍庫に入れてあったのだろう。なかなかかき氷は溶けない。かき氷が溶けるのが先か、Kの沈黙が解けるのが先か。もうすするお茶もないのにすすっていると、Kが立ち上がった。
 何を思ったのか、店の奥へと足を踏み入れる。おっとお茶を頼んでくれるのかと達観していると、
「きゃっ、お客さん何ですか!」
 と大きな声が聞こえてきたので、近づいてみる。
「てん、いるんだろ。Kだ。出て来い」
 てん?くるみちゃんじゃなかったのか?
「何をしに来たんじゃ、Kよ」
 突然、空間から人影が現れた。うん、だんだん慣れてきたぞこの感覚。
「そこにいるのが、くるみちゃんだな?」
 Kの目の先にはベッドに横たわった老婆がいた。ゆったりとした服のようではあるが、細部に飾りつけなどあり、若かりし日のころを連想させる。脇の棚の上にはパーティの写真と石が飾られている。
「おじいちゃん、知り合いなの?」
 女性店員が問いかける。
「誰にでもある忘れられない過去の一つと言ったところかのう」
 くるみちゃん、と呼んでいいのか、老婆は黙ったまんまだ。体調が悪いのだろうか。
「妻はこの通りだ。儂も若くない。何をしに来たか知らんが、できることなぞないぞ」
 てんと呼ばれた老人はそう言って、また姿を消した。再びBGMが鳴り出す。どことなく心が落ち着く。
「遥を救える、と言ったらどうする?」
 遥さんとは何者なんだ?KEIは緊張感に耐えられず、再びお茶をすすりたくなったが、もちろんない。というか、トイレにも行きたい。
「遥...... 」
 老婆がかすれた声を出す。今の平均寿命は何才だっただろうか。確か分散が大きいから中央値の方が意味があったはずだが、目の前の百歳は超えているであろう、老婆の体調が心配だった。
 Kが老婆のもとで耳打ちをする。何と言っていいるのであろう。
「ダメだ」
 Kの背後から、怒気を孕んだ声がする。姿は見えない。
「妻の体調が優先だ」
「あなた、わたしは...... 長くないわ。そうでしょう?あなたと...... 一緒になれて幸せだったわ。お商売も山あり谷ありだったけど、時代と共に変わる環境に適応していけたわ。でも、遥のことだけは気がかりだった。あなたもそうでしょう?」
「しかし、私は遥よりお前の方が大切だ」
「あなたはいつもそう言ってくれたわね。あなたが奏でる音楽より、あなたの甘い言葉の方が私は好きよ」
 KEIは自分がここにいる意味がいよいよ分からなくなってきた。どうしたものか。
「さぁ、KEIくん、君の出番だ」
 えっ?
「君の能力をくるみちゃんの『ときめきを与える能力』で強くし、時を操る魔女を探し出してもらう」



まだま若輩者ではございますが。皆さんの期待に応えられるように頑張ります(*'ω'*)