衡平な選択⑫

【潜入】

  飛行機に乗って空を飛ぶのが夢だった。KEIは施設にいるとき、交代制で使えるエネフォンで見る飛行機の動画が好きだった。それは閉塞した世界からの脱出が、新たなる束縛でないことを意味していたからかもしれない。そして遂に空港に来てしまった。人はほとんどいない。
「K、ここからどうすればいいんだ」
「まずは荷物を預ける」
「荷物なんて持ってないじゃないか?」
「今に分かる」
 二人は搭乗券を買い、荷物預かり所に向かう。
「お預かり荷物がある場合、こちらにお乗せ下さい」
 機械からアナウンスが流れる。
「乗れ」
「えっ?」
「いいから、乗れ」
 KEIはしぶしぶと台の上に乗った。
「こちらのお荷物は積載サイズ、重量共にオーバーしております」
 Kが話しかける。
「こいつは私のペットだ。搭乗券は2枚買ってある。ペットを預ける価格より高い。仮に死んだとしても文句は言わない」
「えっ??」
「...... 少々お待ちください」
「必要ならもう1枚搭乗券を買おう」
 結局、KEIは3枚の搭乗券をお土産にすることを条件に貨物室に運ばれた。1枚はNANOの分、1枚はALICEの分、最後の1枚はKEIの分、これで3人で旅行に行った気分になれるかな。そう思いながら離陸まで2時間が過ぎた。KEIは半ば寝ていた。というより寝ていた。そのあとの3時間が地獄だった。


早朝の北京は気持ちいい、そう思う男はここにはいなかった。無表情な男と寝不足で頭痛と吐き気の三重苦の男が空港前に降り立った。
「市街まで遠くない。が、その様子だと自力での移動は無理そうだな。車を呼ぼう」
 Kがエネフォンで操作している間、KEIは昨夜、弁当を2つ食べたことを後悔していた。なぜ同じ種類の弁当にしたんだろう。
 程なくして車が到着する。楕円体を半分にして、水平面を地面に向けたような形をしている。最近、流行りのオヴァールと呼ばれるものだ。

「こんないいものに...... 」
「空輸は大変だったろうからね。気楽にしてくれ」
 狭い密室で二人となると、何だか緊張する。何か話した方がいいのだろうか?
「遥...... さんとはどんな関係だったんですか?」
「私は遥のペットだった」
「えっ?」
 この人は「ペット」という言葉の使い方を分かっているのだろうか。
「そして、私のせいで死なせてしまった」
 日が出てきてKの表情が良く見えるようになってきたが、表情に変化は見られなかった。
80年前、Kがてんとくるみちゃんとそして遥と共に挑んだ社会変革に失敗し、遥が犠牲になったことなど、KEIには預かり知らぬことであった。
「ここでポーターと接続します」
 車内アナウンスが流れると、前方から黒の百葉箱のような形の車体が流れてくる。交差点の角でこちらのオヴァールは停止すると、ポーターは左折し、つまりこちらから見ると右に曲がり車体に近づくと、車道と歩道の間の防護柵にするすると入っていく。まるでパズルが組み合わさるかのようだ。ポーターの窓とオヴァールの窓が同時に開き、ポーターからスライドが飛び出し窓の淵にかかる。
「君の朝食だ」
「えっ?」
 正直気持ちが悪くて食欲どころじゃないが、この親切心を無下にするほどKEIの心は汚れていなかった。
「あ、ありがとうございます」
 スライドの上の紙容器を手に取ると、ほのかに熱が伝わってくる。スライドは引っ込み、ポーターは逆走して柵から抜け出すと、そのまま来た道を逆レーンで帰っていく。オヴァールの先頭車両になる形だ。オヴァールも走り出す。先ほどに比べて加速が緩やかな気がする。
「いただきます!」
 KEIはそう言って蓋を開けた。かつ丼だった。
「ゲン担ぎだ。二人を絶対助けるんだろ」
「...... 」
 えっ?これ食べないと二人は助からないの?そんなわけないよね。これ食べなくてもいいよね。
「食えるときに食うんだろ?遠慮するな」
 えっ?この人昨日の夜からなんか怖くない?なんか悪いことした?
「ああ、そろそろ着きそうだから、手早くな」

 KEIは諦めた。考えることを。そして口にした。旨い。あれ、もしかしてまた水ない?
 オヴァールはスムーズにある建物の前に止まった。KEIはかつ丼の残りをこっそり座席に残して降りた。オヴァールは逆走して帰っていく。Kはというと、既に入り口の警備と話している。Kが何かを見せながら話しているが、何を話しているのか分からない。警備も語気が強い。KEIがそろそろと近づくと、警備の顔がこちらを向き、何かをまくしたてる。「子供」と言ってるのは分かった。そこで、KEIは驚いたのか口から出してしまった、かつ丼を。警備が明らかに怒り狂っている。ゲートが開き、中からR2D2のような円塔型のロボットがやってくる。KEIのかつ丼の上に覆い被さるとなにやら機械音を立てて、逆走して戻っていった。そのときKが持っていたものを放り投げ、国務院の中へと走り出す。
「行くぞ」
 KEIも警備員も舞い散る紙幣に目を取られている。はっと気が付き、KEIが走り出すものの、警備もさすがに行動にでる。ゲートは閉まり始めていた。まずいっと思ったものの、警備員がKEIのかつ丼があった場所で滑って転倒する。KEIは押し出されるような形でゲートの中へと滑り込んだ。すぐに警報音が鳴り出す。KEIは慌てて走り出し、Kの後へ続く。しかし、建物の扉はロックされている。すると、KEIはなぜか知らないが気持ちが悪くなってきてその場にへたり込んだ。こんなときにまたかつ丼のせいかと思いきや、Kも座り込んでいる。これは飛行機のときの感覚と似ている。
「おはよう。非中国人の方々。どこの誰かな」
 目の前に映像が映し出され、音声が聞こえる。なぜかNANOの容貌から女性の声がする。
「こういうものだ」
 Kがエネフォンを見せる。するとNANOはにやりと笑い、
「ようこそ、非中国人。北京大学第一病院産科・小児病院に行きなさい。合言葉は...... 」
 そう言うと映像が消えた。気持ち悪さも治まったようだ。出口に向かうと、警備がしかめっ面をしている。ただで通してくれるのだろうか。思った通りゲートは開かない。すると、上空からドローンが2体飛んできた。ドローンが両脇からリングを2つ出し、脇を固定する。すると、二人は北京の上空を舞った。これは本当に空を飛んでいる。すると、前方に茶色い屋根をした建造物の集合が見える。とてつもなく広い。周りが水で囲まれてい
る。その奥には南北に長い池がある。
 いよいよ建造物の上に差し掛かると、一部の色が周りと異なっている。それが2か所ある。これは影?試しに手足をばたつかせてみると色が揺らぐ。これは投影されているのか?KEIの位置が池に差し掛かると、同様に影ができたが、それは単なる黒色であり、先ほどのものとは異なった。先程のものはまるで…… 。

 二人は池を通り過ぎると、病院の屋上に降り立った。ドローンは自動的に帰っていく。屋上には扉はあるが、もちろんロックがかかっているであろう。先程の合言葉で空くのだろうか。
「妲己・呂雉・武則天・西太后」
 KEIがそう唱えても、扉は開かなかった。代わりに機械音がどこかから聞こえる。振り返ると、床の一部が開いていた。中を覗くと梯子があり、降りられるようになっている。行く先は明るい。
 梯子を下りるとそこは病室であった。一人部屋であり、物がほとんどないところはKEIの家と似ていた。ただ違うのは、清潔であり、いろいろな器具がベッドに寝ている女性につながっているところだ。美― 美を擬人化したような、白く透き通った肌をして、整った顔立ちをした女性が横になっている。
「起きろ」
 Kが女性の身体を揺らす。本当に恐れ知らずの男だ。何度か揺らしたのち、女性が体を起こした。女性は何も身に着けてなかった。
「なんじゃ、こんなあけがたに」
「明け方というより朝だな」
 本当に礼儀というものを教えてやりたい。
「ふたりとも、わらわをみてもなんのはんのうもないのう。おとこであることをすてたか」
「私は人間ではないし、こいつは同性愛者だ」
 同性愛者?なんのことだ。なぜ区別する?
「あ~むかしからおったのう。そうりょにおおかったきがするが、あえてそうりょになったものもいたのかものう」
「用件だが、世界を二〇二〇年に戻してほしい」
「かっかっかっ。そんなことをしたらわらわはしんでしまうだろうのう」
 世界を?二人だけが戻ればいいのではないか。
「世界を戻せばおまえも戻るだろう、西太后。それとも妲己と呼んだ方がいいか?」
「久しく聞いたな。その名前を。たしかにうまくいばな。しかし、わらわはもどりたくない。ふたりでいってきてくれ」
 この人が西太后?そして妲己なのか?。
「わらわはじかんがあやつれる。そのおかげでときのけんりょくしゃのもとでおおきなちからをふるってきた。せいたいごうもそのかたちのひとつじゃ。しかしできないこともある」
「時の権力者とはおまえのことだろう。何が望みだ」
「わらわのけつえんかんけいをしりたくてのう。にせんにじゅうねんじてんのでかまわない。もどったらわらわにつたえてくれ」
 そんなふわっとした約束でいいのか。
「だそうだ。KEI」
「えっ」
「もの探しはおまえの仕事だろ」
 血縁関係って何親等までなんだ。
「二人を救うためには何でもするんだろ?」
 何だか、いつも追い込まれてるな。
「はい...... やりますよ」
 少しの静寂が訪れる。
「だめじゃな。ほんきでそうおもっとらん」
「真剣に考えろ」
 え?そんなこと言われても。
「ほら、こっちへこい、おまえさま」
 KEIは抱きしめられる。柔らかい身体に包まれ、良い香りがする。
「わらわのことをもっとかんがえよ。いぬがにおいをおぼえるように、わらわをどこでもとくていできるようからだでおぼえよ」
 特定。特定。心の中で念じる。
「もうよいかの」
 女がエネフォンを取り出すと、そこから映像が部屋全体に広がる。それは家系図なんてものじゃない。進化の過程を表した系統樹のようだった。勿論、規模は筆舌に尽くし難いが。
「かっかっかっ。これでまたおもしろいげーむができるのう」
 何が何だか分からない。
「二〇二〇年でおまえが調べたことが、今反映されたんだよ」
「まだ、確定していないのに」
「おまえの気持ちもこの魔女の気持ちも確定したから、他の選択肢がない。運命は決まったんだ」
「まぁそういうことじゃな。ではまいるぞ~それい」
 二人が過去に戻される。確かに他の選択肢がない。


まだま若輩者ではございますが。皆さんの期待に応えられるように頑張ります(*'ω'*)