衡平な選択⑭

【占い館】

  とある商店街の一角で、十代と思しき女性が緊張した面持ちで両手を出している。その両手を握っているのが、これまた珍妙な風貌をした女性であった。鮮やかな色をした黄色の上物にその上に鮮やかな紫色のたすき帯があり、ハイウエストのロングスカートになっている。その上にピンクのもこもこのフリルダウンを前を開けて着ている。コンセプトが分からないが、寒さに負けたことは否めない。
「それで、先生どうですか?受験、まずはセンター試験上手くいくでしょうか?」
 先生と呼ばれた女性が隣のピンクモヒカンをした男性に耳打ちをする。
「そうですね...... 。今のままでは難しいです。でも、あなたがもう一歩前に進み出れば、道は開けます。先生の催眠術で暗示をかければ、あなたは今よりもっと勉強に打ち込めるはずです。あなたの熱意を応援したいので、通常では1万円のところ九八○○円で行うと先生は仰っております」
「あの...... 。口コミでは千円でやってくれた人もいるようですが...... 」
「それは昔の話...... じゃなくて、ケースによって難しさが異なるので、九八○○円になります」
「そしたら、絶対受かりますか」
「ぜったい、ではないですが...... 」
「じゃぁ、千円のコースでお願いします」
 先生がきつい目つきで耳打ちする。
「では...... 千円頂戴します」
 女性が男性に千円を渡すと、先生は女性の両手を左右に揺らした。そして女性の両肩をトンと押した。
「これで、あなたへの暗示は終了しました」
「私こんなところで何してるんだろ。家に帰って鬼滅の刀見なくちゃ」
 そう言って、女性は去って言った。こういうケースはままあるものだ。
「相変わらず上手くいってないようだな」
「K,珍しいな、こっちまで来るなんて」
「ちょっと協力してもらいたいことがある。車に乗ってくれ」
Kが運転する軽自動車はもちろん4人乗りだ。残りのメンバーは、KEI、ピンクモヒカンをした男性、占い師、満穂と1人多い。
「KEIはトランクだ。じゃぁ、出発するぞ」
 どうしていつも僕だけこんな目に...... 。
 新宿の歌舞伎町。大通りを三回曲がり小道に入る。そのビルは喧噪が静寂に変わる一角に位置していた。空きビルなのかテナント募集中と書かれている。ビルの二階に上がると、いくつか部屋がある。Kが扉を開けた部屋の表札には「超能力研究会」と書いてある。
「まぁ、適当に座ってくれ」
 と言っても、コンクリートの地べたにパイプ椅子が一脚あるだけだ。
「はっぁ~、てん!あんた、ほんと交渉が下手ね」
 今まで黙ってた占い師が喋りだす。
「いつになったら、千円以上取れんのよ!占いは無料なんだから、催眠術で金取んないとどうしようもないじゃない!」
「そんなこと言ってもオイラだって一生懸命やってるんだよ。くるみちゃんこそなんだよあの催眠術の動作。全然進歩してないじゃないか」
 何を言ってるのか分からないが、二人の名前だけは分かった。満穂さんはどうしていいか分からないだろうな。
「あははっ、あなたたち付き合ってるの?まるで夫婦漫才ね」
 はじめて満穂さんが笑顔を見せた。
「「そんなわけない」」
 二人が合唱する。
「いいかな、みな」
 Kが場を正す。
「これから行ってもらいたいことを説明する。こちらの女性、満穂は『人の  心に声を届けることができる』能力を持っている。だが、未熟だ。それをくるみちゃんの「人にときめきを与える」能力で、開花させてもらう。その後、満穂にSDGsの大切さについて、全人類76億人に伝えてもらう。これで世界は変わる」
 今の説明で理解できたものがこの場にいただろうか。
「ねぇ、K.思うんだけど、まず自己紹介から始めない?あと、オイラ達まだご飯食べてないんだよね」
「そうか、じゃぁピザでも頼もう」
「いっつもピザじゃん。乙女の気持ちも考えてよねっ」
「なら、寿司でいいか?」
「私、美味しいところ知ってるんで、そこにしましょう」
 いつの間にか満穂さんが馴染んでる。KEIは疎外感を感じた。


【エール】 

3人が寿司をつまみながら酒を飲んでいる。まだ、昼過ぎだというのに。その3人はもちろん、くるみちゃん、てん、そしてパイプ椅子に座る満穂さんだ。
「てんくん、次はウニね」
「まほほん、はい!」
「ちょっと~満穂ちゃん、さっきもウニ食べたでしょ?」
「もう1皿あるんだからいいじゃないですか。あ~ウニ美味しい」
 この3人が仲良くなったのは理由がある。まず、行きの車中にて、Kが満穂さんの悩みの種を解決したからだ。彼女は卒論のまとめ方に悩んでいたのだ。アイドル稼業と学業の並行は大変だろう。年末年始はお仕事が多く、1月締め切りの卒論を終わらすべく引きこもっていたのだ。そこに、Kがぺらぺらとあることないこと語ったのものだから、満穂さんは卒論の目途がついたのだ。そして、自己紹介のとき彼女は実名ではなく、芸名を名乗ったものだから、てんが反応したのだ。
「えっ、川口満穂ってあのアイドルグループの?」
「はい、そうです」
「ええ~そうなの、オイラ大好きなんだよ。今度、まいやんのサインもらってきてくれよ」
「あ、はい。1枚ならなんとかなるかと」
「やった~、まほほんありがと。立ってると疲れるでしょ、まぁ椅子に座ってよ」
「まぁ、握手会で慣れてるので...... じゃぁ、お言葉に甘えて」
 と、そこに、寿司と酒が来たものだから、話も弾む。くるみちゃん、に至ってはもとが歩くスピーカーのような子だったらしく、「代償」でこの部屋以外で話せないものだから、自然と口数も多くなる。
「その代償の話なんだけど、代償がないと能力は使えないの」
 満穂さんが問いかける。
「この時代では代償がないとコントロールできない」
「あたしはこの部屋以外では話せない。もちろん、手話覚えたけど」
「オイラは『心を落ち着かせる』能力を使うとき人から姿を認識されなくなることが代償さ。便利なときもあるけど」
 なんだかずいぶん代償に差があるな。
「そして、KEIについては、セックスができなくなることが代償だ」
「「ええっ」」
3人が驚く。そして、当の本人も驚いている。もっと良い嘘のつき方があるだろう?
「一生童貞なんて可哀そうっ。ちょっとてん!あんた、そういう店連れてってあげなさいよ」

「オイラッ?で、でもそうだな、ん~これが終わったら一緒に行こう」
「私の、写真だったら、好きにしていいから」
満穂さんがさらっと驚くことを言う。でも、アイドルだもんな。そういう目で見られるよな。
「それで、満穂。君は何を犠牲にする?」
「私は...... 」
 突然誘拐されて、何かを犠牲にしろと言われる。そして、何を犠牲にするかを即決するというのは無茶がある。
「代償は大きければ大きいほど、能力が強くなる」
「っていってもKさっ。全人類に声を届けるなんて無謀にもほどがあるよ」
 くるみちゃんが制する。確かにそれは満穂さんの命を懸けても達成できることなのか?
「しかし、彼女の知名度は上がるだろう。アイドルとしては良いことなんじゃないか?」
「でも、私の一存で芸名を使うことはできないし、実名を出すのもちょっと...... 」
「君はなんのためにアイドルになったんだい?人々を幸せにしたいからじゃないのか?アイドルとはもともとは偶像という意味だ。つまり、ある種の神であり、信仰の対象なんだ。これは本当のアイドルになれるチャンスだ。それができないのなら、アイドルなんていっそのこと辞めてしまえばいい」
「まほほんになんてこと言うんだよ。まほほんが被災から立ち直って、アイドルになるまでどれだけ苦労したか。今だって、大学と並行しながら、頑張ってるんだよ。そのうち、もっと有名になる日が来るっていうのに」
「いえ、でも...... ありかもしれない」
 満穂さんが神妙な面持ちで話す。
「アイドルの寿命は短いわ。大学も卒業するし、そのうちアイドルも卒業だって思ってはいたの」
「そんなまほほん、夢だったモデルや女優になるチャンスもあるのに、これからだよ!」
「てんくん、別に諦めるわけじゃないの。女優や歌手なんて向いてないと思うし、芸能界で生き残るにはモデルかなって思ったの。でも、震災のとき本当に苦しかった。そんな人が世界中にいるんだって思ってSDGsのことを学び始めたの。アイドルは一度もセンターどころか、選抜に選ばれなかったし、このまま続けてもたかが知れてるわ。海外に出て演出側に回ってみたいと思うの。それで世界中を明るくしたい」
「ひゃ~あたしとそんな変わらない年なのにしっかりしてるわねぇっ」
「まほほん!感動したよ」
 てんが涙目になってる。
「ただ卒業公演は出させてほしい。もしかしたら、センターを踊れるかも。そういう代償は可能?K」

「ああ、言わば借金みたいなもんだな。『代償の借金』。その代わり、能力にも制限がかかる。このプロジェクト中しか能力は制御できないと考えた方がいいだろう」
「それで良いわ。ちゃんと自分の力で声を届けたいもの。あとは私だってことをばれないようにして欲しいんだけど」
「それなら、こいつを使おう」
 Kはスマホの画面を全員に見せた。


【バーチャル】 

武蔵高校の椎名智也は忙しい。朝5時に目を覚ますと、1時間英語の勉強をする。その後、メールを10通ほど女性に送る。パターン化されているので、コピペするだけだ。佐藤遥、あいつはなんだったのか。昨日のことを思い出す。いきなり訳の分からないゴミをまき散らしたのだ。歪な形をした球状の物体。もうちょっとでヤれるところだったのに。ゴミはとりあえず燃えないゴミとしてまとめておいた。学校生活は楽だ。授業中はキーワードだけ抑えて、あとは教科書を読んでおけばいい。何故なら、教科書を作った先生の方が授業をしている先生より偉いからだ。剣道部で全国大会に出場し、文化祭実行委員長もやってる、内申点も高いはずだ。大学受験の推薦もどこか貰えるだろう。そんな椎名智也の誰にも明かしていない楽しみの一つが、バーチャルYoutuberココロアイを見ることであった。
 Youtuberという存在は既に大衆に認知されているものになっているが、不特定多数に自分の容貌を明らかにするのは抵抗があると感じる人も少なくないだろう。そこで生まれたのが、バーチャルYoutuber、略してVtuberである。画面で話してるように見えるのは、アニメキャラクターであり、3Dモデルで設計されているものまである。音声に至っても今やボイスチェンジャーはハードウェアでもソフトウェアでも存在しており、永遠の不在証明をしながらも、不特定多数にメッセージを届けることができる。ココロアイはヲタクが好みそうな可愛い容貌と声はもちろん、表情や動きがリアルであり、人気を博していた。
 椎名智也は陰ながら、ココロアイの熱狂的なファンであり、サブスクや投げ銭もしていた。つまり、無料で見られるYoutubeにお金を払ってより良いサービスを享受していたのである。いくら女を喰っても、ココロアイには代え難いものであった。そんなココロアイが新しい動画を公開したと通知が来た。何やら「SDGsを応援しよう」とある。クリックしてみると、映像が流れだす。
 「は~い、バーチャルYoutuberのココロアイで~す。ちょっと、ちょっと、そこのあなた!何してるの?私のこと見てる場合じゃなないでしょ!いや、私のことは見て!もっと見て!FacebookやTwitterで拡散して!もっといろんな人に見て欲しいの!なんでかって?そう、SDGsよ!えすでぃいいじ~ずよ。これはね...... 」
SDGs。聞いたことがある。国連の開発目標だったはずだ。もっとも国際ルールは各国の自治権に干渉することができないため。強制力がないものばかりであり、実質玉虫色の建前に過ぎないと思うのだが、知名度が高いのはESG投資と結びついているせいか。関連動画をみるとココロアイはもちろん、他のV― tuberもサジェスチョンに出てきた。どれもSDGsを謳っている。しかも、どれも再生回数が1K以上だ。Youtubeを収益化するには、チャンネル登録者数が千人以上、1年間の再生時間が四千時間以
上となっている。1K、つまり千回以上の再生回数を出すと、今後有望であることが分かる。そんなにバズってるのか。さらに調べると、英語、フランス語、スペイン語、中国語の動画が散見された。中国に至ってはVPNなど工夫をこらさない限り、Youtubeは見られないよう国が制限しているが、それでも再生回数は1Mに近い。これは何が起きているんだ。
 薄手のダウンとウールのパンツに身を包んだKEIが街を散策している。今日は3人は用があるからと、KEIは自由行動の日となったのだ。ならば、せっかくだから東京観光を、ということになったのだが、KEIの頭からは2人のことが離れない。そもそも満穂さんが見つかった時点でKEIはお役御免ではないのか。早く元の世界に帰りたいと思いながら、冬のバーゲンというものを体験し、行列のできるつけ麵屋に並んでいる。いま、何かできることはないのか。たとえば手紙をKEIの住処に隠しておけば...... いや、前の住民が見つけるだろうし、改築工事もあるかもしれない。あるいは、自分の先祖を見つけて殺してしまえば運命は変わるんじゃないか?そんな残酷な思考が頭を一瞬よぎりぞっとする。とにかく明日Kに元の世界に戻してもらうよう聞いてみよう。そう言えば遥さんはどうなったんだ?
 翌日、Kから電話で、仕事は終わりだ、と告げられた。なんだかあっさりしたものだ。最後に、できるだけ金を買ってから帰るといい、と言われた。確かに物価が時間と場所によって違うということは体験した。その方が価値があるのだろう。航空券を買うお金を残して、金を購入した。手のひらに収まる大きさで何だか心許ない。KEIはそれをポケットにしまうと。空港へ向かった。残念ながら、税関のことなど良く分かっていない。
 空港に着くと、待ち時間の間にFacebookを開く。SDGsについて発信しているページやアカウントが散見されているのはいつものことだが、KEIが探しているのはそこではなかった。広告が出ているアイドルグループの新潟ページを見る。「このたび、わたくし、川口満穂は3月の大学卒業と同時にこのグループを卒業することになりました。第二の故郷である新潟を盛り上げたいとこれまで全力で駆け抜けてきました。ファンの皆様には感謝してもしたりません。卒業式のあと、新潟のイベントホールでライブを、その後バスで移動して都内でライブを行います。CDを買ってくださった方から抽選で10名様にこのバスツアーをご同行して頂けます。なお、未成年の方は対象外となります。詳しくはHPから...... 」
 商魂たくましい。Kがあの日、満穂さんに提案したのはGAFAMを使うことだった。すなわち、Google(Youtube)、Apple、Facebook(Instagram)、Amazon、Microsoftだ。これらのIT企業の巨大ネットワークまたはデータベースを使うことで効率的に全人類にアクセスするということだった。これこそがハッカーである。満穂さんは少し考えてから、
「サーバーや役員にアプローチするってことよね」
「理解が早いな。そういうことだ」

 巨人達による同時進行の広告費不要、対象制限なしのマーケティングが展開される。そして、
「私の卒業公演もステマ、さりげなく入れさせてもらうわね」
「好きにするがいい」
 こうして、満穂さんはくるみちゃんに能力を開花され、ミッションをこなしたのだった


まだま若輩者ではございますが。皆さんの期待に応えられるように頑張ります(*'ω'*)