衡平な選択②

【邂逅】
 口から小玉。そして智也とのデート、正確にはしていないが。その日からすぐにGoo gleで手がかりを探し始めたが、既に一週間が経過した。国立図書館でも医学書を斜め 読みしたが、そもそも専門知識のない遥にはうんともすんとも分からない。こんなこと誰 にも― 親にも友達にも相談できない。いや、したくない。私自身が何か人でないものに変 わりつつあるのではないかという、疎外感と恐怖感をないまぜにした混沌から遥は抜け出 すことができない。そんな遥がとあるインターネット掲示板に辿り着いた。
 「超能力研究会」どこにでもあるようでどこでも関わったことのない世界について記載 がある。貼られてあるリンク。神にも祈る気持ちでリンクをクリックした。開いたページ には数多くのリンクが貼られていた。念動力、サイコメトリー、テレパス…… 。ためしに 念動力をクリックしてみる。「念動力」… 「物体を精神の力で動かす能力。一部ではポルタ ーガイスト現象として知られている。思春期の女子がいる家庭でよく確認されているが、 関連は不明。そもそもの経緯としては…… 」文章は続く。ここに私の期待する答はあるの だろうか。サイトの末尾にcontactと記載がある。超能力研究会会長K。メールアドレスも併載されている。藁にもすがる思いで遥はメールを書いた。自分の口から歪な小 玉がでること、原因が不明であること、頼れる情報源がないこと。思いの丈をぶつけた。 すぐに返信があった。
「あなたが孤独に押しつぶされる前に連絡を頂き、ありがとうございます。よろしければ 一度直接お会いしてお話し伺えればと思います。都内在住K」
 遥は新宿区に住んでいる。都内であればどこでも一時間ほどで行ける距離感だ。その旨 を伝えると、
「では一週間後に新宿駅で待ち合わせしましょう」
と回答が来た。本当にこの男、いや女かもしれない、に会ってもよいものなのだろうか。 溺れる者は藁をもつかむ。藁の頼りなさに今一度気づかされる今日であった。
 期日はやってきた。この一週間何にも手がつかなかった。もちろん、智也に連絡などで きるはずもない。智也が遥のことを化物のように吹聴しているのではないかという被害妄 想さえも膨らむ。しかし、クラスでの遥の扱いは変わらず、居ても居なくても変わらない 影のような存在だった。なにかいじめでも始まるのではないかと恐れていた遥が唯一安堵 できる点だった。
 目印は黒のニット帽に黒のコート、黒のサングラス。体形は中肉中背、どうやら同伴者 がいるらしい。新宿の東口を出るとまもなくして喫煙所がある。そこでの待ち合わせだ。 ほどなくしてある光景が目に飛び込んできた。レースの襟にピンク色と黒色のワンピース。 細部には白色で刺繍が施されている。これはリス?いわゆるゴスロリという部類なのだろ うか。無意識的に距離を取っていると、その男はいた。黒のサングラスに黒のニット帽、 黒のコート。まさかこの男がKなのか、そして同伴者はゴスロリ女?疑問が頭を過ぎる、 とその瞬間、男に声をかけられた。
「あなたですね。こんにちは。Kと申します」
 黒の影が丁寧にお辞儀をした。咄嗟に言葉が出ずしどろもどろになる。 「あ、こんにちは。なんで…… 私だと分かったんですか」
「分かりますよ。あなたは特殊な人間だ。こちら側の人間ですよ、ね?」
 Kの眼力が強くなった、ような気がした。眼光とはこういうことを言うのだろうか。
「はい、はる…… Hと申します。よろしくお願いします」
「では、行きましょうか」
「どこへですか」
「ついてきてください、来ていただければ分かります」
 Kは歩き出した。ゴスロリ女は口を開かない。遥は言われるままについていく、しかな かったと言っていい。他に手がかりはないのだ。姉だったら、何か分かったかも知れない。 あるいは一緒について来てくれるだけでも良かったかもしれない。しかし…… 。遥は一人 顔を横に振る。きっと姉はいつもどおり遥に同情の目を向けるだろう。遥はそれが耐え切れなかった。
 Kは歌舞伎町の方面に歩いていく。遥がそれについていき、何故かゴスロリ女がその後 ろをついてくる形だ。見張られているのだろうか。遥は歌舞伎町には詳しくない。大通り を三回曲がり小道に入る。そのビルは喧噪が静寂に変わるその一角に位置していた。空き ビルなのかテナント募集中と書かれている。
「どうぞ」
 Kは短く促す。ゴスロリ女が遥を追い越してビルに走りこむ。不信感が高まる中、不思 議とここなら得体のしれない何かが自分をなんとかしてくれるのではないかという怪しげ な期待感も沸いてきた。
 ビルの二階の一室。表記は超能力研究会とある。扉を開けると、ヒーリングミュージッ クが聞こえてきた。部屋の中には一脚のパイプ椅子、ただそれのみが置いてある。
「は~い、座って座って~!」
ゴスロリ女が突如口を開いた。
「あ~しんどかった。今日寒いよね~。ヒートテック着てるんだけど、カイロ持ってくれ ば良かった~あ~最悪~」
突然のことに遥は閉口した。
「くるみちゃんはこの部屋でしか喋れないのです」
白髪の男、Kは説明する。ニット帽を脱いだKは、白髪が美しくなびく。 「それが彼女が決めた『ルール』なんです」
「あたしの能力は人にときめきを与える能力。疲れたサラリーマンにやる気を与えたり、 恋愛に臆病な女の子を後押ししたりする能力。その代償として、あたしはこの部屋でしか 会話ができない。文字を書いたり、メールはできたりするけどね」
「代償?」
「そう、能力をコントロールするには代償が必要になります。それがこの宇宙の法則なの です」
 白髪のKが続ける。
「宇宙の法則…… 」
遥の耳には言葉が入ってくるが、頭には入ってこない。
「どうやらあなたは何も知らないようですね。能力をコントロールできていないようです。 こんな風に」
 というと白髪のKは遥の胸をいきなり掴んだ。咄嗟の反応が出る前にその現象は起きた。
カツカツカツーン。
 小玉だ。また例の歪な形をした小玉がでてきたのだ。
「大切なのは平常心」
 白髪のKは更に続ける。
「このように」
 音楽の音量が大きくなる。しかし煩くはない。どこか心地よい。胎動のような感覚を覚 える。すると、小玉が落ちるのが止んだ。
「僕の能力は人の才能を見抜く能力。Hさん、あなたの能力は二酸化炭素を固定化させる 力のようだ」
「なになに?理系なの?なんか地味な力だな~」
ゴスロリ女が絡んでくる。
「人の呼気に含まれる二酸化炭素は約一%。一日で排出する量は約一㎏。あなたはそれを 固定化する能力を持っている」
白髪のKは続ける。
「でも、代償がないとコントロールできないよ」
ゴスロリ女は本来お喋りなようだ。 「オイラみたいにね」 どこからか声がする。気づくと部屋の隅に灰色のパーカーを着た小さなシルエットが浮か び上がる。フードを被っていて男か女かは分からない。
「彼の能力は人の心を安定化させる能力。代償は…… 」
「透明になることだよ」
灰色のパーカーが消える。と同時に今度は川のせせらぎのような環境音が流れ出す。
「ってね」
再び灰色のパーカーが現れる。音が止む。服まで消えるのはどういう原理なのか。
「正確には他者に存在を認識されないってことさ、あ、オイラてんって言うんだよろしく な。存在を認識されないから精神科医にはなれないんだよね笑」
「あたしは占い師やってるよ。占えないんだけど、後押しができるからね笑」
ここの人間は皆良く喋る。
「能力の暴走は感情の起伏によって生じます。てんの能力はHさんのような扉を開けたば かりの人には必要な力なのです」
白髪のKがまとめる。
「状況は理解できましたか」
遥は考える。
「ちょっといいですか」
パアン。遥はKを平手打ちした。
「おっぱい…… さわらないで」
「ひゃっはっはっ」
ゴスロリが下品に笑う。
「え~と、私は病気じゃないの?」
「ギフト。あなたの才能です」
白髪のKがフォローする。
「代償はどうやって決めるの?」
「代償は自由に決められるけど、程度によってコントロールの度合が変わってきます」
「結局自由なの?制限されるの?」
「あなたの選択次第です。どれくらいの能力を発揮したいかによります」 「そんなこと言われても分からないよ…… 」
遥は突然の情報量に困惑する。
「そこであたしの出番ってわけ」
ゴスロリが口を出す。
「あたしのときめきを与える力であんたは能力に対して前向きになれる。準備はいい?」
「やめて!」
 遥は叫ぶ。
「人の心を勝手に安定化?したり、ときめかせたり、何だと思ってるの?もう私に干渉し ないで」
「あなたは答を求めにきたのでしょう。私達は知っています。あなたの能力は大きな可能 性を…… 」
「なに。やめて。重い。私は普通でいたいの。こんな能力いらない!」
 カツーン、カツーン。
 再び遥の口から小玉が零れる。零れる。零れる。
「あなたは能力を制御できていません。これは私の電話番号です。いつでも連絡してきて 下さい」
 遥はそれを受け取ると逃げるように部屋を出ていった。紙はくしゃくしゃにポケットに しまい込んだ。遥は泣いた。涙がぽろぽろと落ちる。
 カツーン、カツーン。
 それにシンクロするように小玉も落ち続ける。それは遥が自室に籠るまで続いた。

 電車内で謎の石を撒き散らした女子高生A。彼女を写した投稿は5つ。床に落ちた石を 写した投稿は二〇を超えた。投稿した5人にメッセージを送る。彼女はどこの駅で降りた のか。どんな様子だったのか。
 5人とも揃って、石を撒き散らした後、すぐ次の駅で降りたと回答してくる。だがどこ の駅かは分からないようだった。ただ、分かったことは一つある。京王線の上り列車だっ たと。制服の特徴はなんとなく分かる。そして京王線を使う。アイツに聞いてみよう。 若い女性が身に付けるものは何でも売れる。言わずもがな若い女性は買うし、ませた幼 い女児も、若作りしたい妙齢の女性も買い求める。そして、男性も買うのだ。それは女性へのプレゼントということもあれば、女装癖のある男性、ニューハーフなど市場は大きい。
 そしてもっと注目されているのが、中古市場である。女性の使用済み商品は市場を選べ ば通常の商品より高い価格で販売できる。想像に難くないのが下着である。付加価値をつ けるやり方はいくつかあるが、通常通り使用して捨てる時に販売するだけで定価以上の価 格がつく。また、意外なものは赤本と呼ばれる大学の過去問である。これは女子高生か男 子校生が使った可能性が高いため、簡単にJKの中古品を手に入れることができる。使い 捨て下着はアラフォーが販売している可能性があるのだ。もちろん、そっちはそっちで需 要があるのだが。そして、王道中の王道は女子高生の制服である。 「もしもし、ネズミか。いま、写真を5通送ったが、どこの制服か分かるか」
「オーソドックスなネイビーの制服だニャー。絞るのが難しいニャー」
「あと、京王線の上り電車で帰宅している」
「京王線…… そうすると、昌華高校、如月高校、武蔵高校、いくつかあるニャー」
「そうか、じゃぁ、リストにまとめて送っておいてくれ」
 霊司は電話を切ると、別のところにかける。
「1月7日の京王線の車内に石のようなものが不法投棄されていたようですが、その後ど うされましたか」
 電話口のものはやはり把握しておらず、しばし待たされる。
「お待たせしました。そのようなものは当社としては確認できておりませんが」
「こちらは証拠写真があるんで、虚偽の説明を行ったという記事を書く方針でいいですか ね?」
「なんですか?証拠写真って?勝手に我々の車両を撮影されても困るんですが」
「撮ったのは俺じゃねぇし、撮り鉄を敵に回すのか?で、どうしたんですか?」
「記事にはしないで頂きたいのですが」
「鉄道会社については伏せますよ」
「でしたら― 」
 霊司は石の処理先を聞くと、黒のトレンチコートを着て会社を後にした。


まだま若輩者ではございますが。皆さんの期待に応えられるように頑張ります(*'ω'*)