衡平な選択⑪

【過去へ】 

「国連へ行くぞ」
 唐突な彼の言葉にKEIはなんとかついていく。もっともいつも唐突だが。
 国連の本部はアメリカのニューヨークにある。国連は各国の拠出金により、複数の下部組織と共に運営されている。言わば、政府の中の政府である。そんな国連はいまや各国からの拠出金はなくなり、人員派遣という形で共同運営されている。いわばスパイで成り立っているのだ。つまり、幾度の非常事態環境に晒されて生まれた、自国優先的危機回避権により、国家間の移動と貿易が許可制になり、国際協調というものは形骸化した。国連の仕事で最も重要なことは各国のホワイトペーパーをホチキス止めすることであった。
 そんな国連に行く日が来るとは、KEIは夢にも思わなかった。
「着いたぞ」
 Kの言葉に我に返る。ここがニューヨーク、なわけはなかった。ここは...... アオヤマだ。
「国連大学だ。この中には数々の国連組織が入っている。支部が中心だが、本部機能をもった組織もある。私達が向かう国連広報センターもその一つだ」
 国連広報センター、なるほど確かにそこなら、僕の能力を使えるかもしれない。

1時間前。
「何度も言ってるが、儂は知らんからな。辛い思いをするのはお前だからな」
「辛い思いをするのはあなたでしょ。私がいなくなったらどうするの?さぁ、協力して」
 いくらか老婆の口調が活気づいたような気がした。
「これで最後だぞ。最初で最後のチャンスだ。必ず遥を助け出せよ」
「あぁ、プラン通り行けば問題ないはずだ」
「じゃぁ、いくよ、ええとどちら様でしたっけ?」
「はい、えっとKEIです」
「あらまぁ。一緒なのね。それじゃぁいくわよ。何年ぶりかしらね」
「何年ってレベルじゃないだろうに」
「あなたは早く『心を落ち着かせる』音楽を流してちょうだい」
 老人の姿が消え、BGMが流れ始める。気持ちが安らぐ。
「えええいぃい!」
 老婆が叫ぶ。KEIは心の奥底がほんのり暖かくなるのを感じた。感じて終わった。
「あれ?成功したんですかね?」
「あたしゃね~失敗したことなんてないんだからね」
「もしかしたら、タイムラグがあるのかもしれない。どっちみちくるみちゃんにはこれ以上力を使わせることはできない」

「あれまぁ、Kったらちょっと見ないうちに人間らしくなったわね、うふふ」
 よく分からないが、これで僕の能力は強くなったということなのだろうか。
「じゃぁ、私たちはこれでお暇するよ。お嬢さん、かき氷ご馳走様」
「もう二度と来るな、黒梟」
 てんさんが毒づいた。


 そして、KEIは言われたのだ。「国連へ行くぞ」と。そして、この状況である。30代か40代の女性が後ろ手を手錠にかけられている。女性もさぞかし驚いたことだろう。銀行や店舗ならいざ知らず、警備員さえ雇えない国連のしかも広報センターを襲う輩がいるなんて。
「あなたたち、何を考えているの?ここには、お金も無いし、機密情報もない。広報センターなの。誰もが知る権利のある情報しか載ってないわ。むしろ、拡散してくれるなら、大歓迎よ。パスワードも教えるから、毎日来てちょうだい」
 女性の意見はもっともだ。天地がひっくり返ろうとも、KEIならこんな場所は襲わない。
Kは女性からパスワードを聞き出すと、黒い画面を開き、何やら打ち込んでいる。
「管理画面にはここからは入れないわ。パスワードの問題じゃないの。ここのアドレスからは入れないの」
「ふむ、でもつながっているということだな。KEIやってみてくれ」
「ええ、そうですね~」
 とりあえず、返事をしたものの、どうしたものか。こんなことやったことがない。
「ていっ」
 KEIは掛け声を放った。何の反応もない。
「そうだな。練習をしよう。エネフォンはあるか?」
「いや、なくて...... 」
「お嬢さん、エネフォン貸して」
 お嬢さんと言われたのが嬉しかったのか、女性はすんなり渡した。そういえば、Kは何歳なんだ。
「エネフォン同士でやり取りできるのは知っているな?しかしそれでは、世界中のエネフォンとつながってしまう。だから、近距離しか利用できない周波数でやりとりをする。そうすれば、君は私しか検知できない」
「いや、ちょっと待ってください。世界中のエネフォンとつながれるなら、ここに来る意味なかったんじゃ」
「それはセンシティヴィティとセンシヴィリティの問題だ。君の負担をできるだけ軽くするために、範囲は狭める必要がある。私の読みが正しければ、時間を操る能力者は重役の影にいるはずだ」
 短周波で実験してみると、Kの存在を端末からほのかに感じられた。
「その感覚を意識して、パソコンに向かってみてくれ」
「...... 」
 KEIは真剣に集中する時間を操る能力者、能力者、そうか日本とは限らないんだ。ということは…… 。
「Kさん、分かりました」


【国境を越えて】

  中国。この国の隣にある最も大きな国。それが第一認識だろう。もっともそれすら碌に知らずに人生を終える人も少なくないだろう。そして、この国から文字を奪った国。日本では、地名に漢字を使うことは公に認められていなかった。英語と言えば、イングランドというように、漢字と言えば中国でなければダメなのだ。だから、日本を指し示す地名に
漢字を用いることはできない。それで、一方では人名にはアルファベットを使わなくてはならない。これはアメリカの影響だ。日本は独立した国ではあるが、いまや米中の支配下にある宙ぶらりんの存在。だとKEIは思っている。何しろ学校に行ったことなどなく、施設の本や盗品で断片的に得た情報だからだ。
 しかし、流石に中国に行くのであれば一度帰りたい。
「K、悪いが一度家に帰りたい。金も渡さないと、死にかねないからな。いや、死ぬのはアイツらじゃないんだが」
「ああ、構わない。道筋は大体見えた」
「じゃぁ、空港で待ち合わせで」
「ダメだ。私も行く」
「えっ、いやっ来なくていいよ。何しに来るんだよ」
「KEIはエネフォンも持ってないし、このまま逃げられると困るからな」
 確かにそうか。Kの立場からすると、日給百万円で逃げようとしている男に見えるのか。NANOともしばらくしてないからとも思っていたんだが、どこか空き家を探すか。
「分かったよ。家にお姫様がいるから、彼女の相手をしておいてくれよ」
「ああ、よく分からないが、大丈夫だろう」
 それにしても腹が減った。朝から何も食べていない。そうだ、お土産を買わないと。
「K、ここらへんで何か旨いものはないか」
「ふむ、旨いかどうかは分からないが、エネフォンで注文するのが早い」
「いやまぁ、そうなんだけど、都会のものを食べたいじゃんか」
「今はどこでも何でも手に入るはずだが」
「はいはい、お金がある人の言い分ですね」
「アオヤマ、旨いもの」
 Kがエネフォンに話しかける。
「お客様の好みの情報がインプットされておりません」
 女性の声が聞こえる。まるで人間そっくりだ。
「KEI、適当に使ってくれ」
 適当にったって。KEIは特に好みはなかったが、持ち運びのことを考えて、お弁当を3つとケーキを2つ買った。KEIはあまり甘いものが好きじゃないというわけではなかったが、罪悪感があって食べる気になれない。施設でケーキを食べられるのは年に1回だった。誕生日という意味ではない。施設全員の子が1年に1回1つのケーキを分けて食べるのだ。もちろん、そんなに大きなケーキではない。スポンジにチョコレートをかけただけのケーキ。事実上、チョコレートをなめているようなものだ。そんな環境でKEIとNANOは育ってきた。施設にいられるのは10歳までだった。法的には15歳までいられるはずだが、補助金の金額が変動するうえ、「維持管理費」が増大するため、10歳の誕生日に「サヨナラパーティ」を開いていた。ケーキを食べるたびに恐怖感が募っていく。そんなとき、心の支えだったのがNANOだった。そして、10歳の誕生日の前夜に二人で施設を飛び出して、3年。お互いの能力でなんとか生活してきた。しかし、この生活もいつまで続くことか。
 住居に戻ると、整然とした惨状が広がっていた。もともと物などないので、荒らされる余地がないのだから、その対象は二人以外になかった。白と黒。闇夜の中、僅かにそれだけ感じられる。白、つまりALICEは全裸で手が後ろに変な角度で回されている。少し開いた股からは赤黒い液体があった。そして、NANOは、NANOは他の黒と同化してよく分からない。服は着ているようだが、ボロボロだ。そして、腹に突起物がある。これは...... 。
「それはナイフだ。KEI。触らない方がいい。二人とも暴行されたようだ。時間もかなり経っている」
「よくわかるな、K」
「なに、夜目は効く方なんでね」
 二人が暴行を受ける。今までトラブルがなかったわけじゃない。この近辺で住むためのルールは理解していたつもりだ。しかし、ここまでのことが突然...... 。KEIはその場にへたり込む。膝がぴしゃりと液体を弾く音を出した。どうすればいい?病院になど行けるわけもない。施設に戻るか。いや奴隷になるだけだ。そもそも二人は生きているのか?生
きていたとして何ができる?
 KEIはポケットにある百万円の存在を思い出す。そうだ、これを使えば...... ナニカデキルカモシレナイ。
「そろそろいいか、KEI。中国に行こう」
「この状況で、そんなことがよくも言えるな!人でなしが!」
「あいにく人じゃないんでね。冷静になった方がいいのは君の方だ。過去に戻ればこんなことは起きない」
「過去に戻る、過去に戻るってホントにそんなことできんのかよっ。それよりいまこの二人を救う方が先決なんじゃないのか」
「君は何か勘違いしている。私は頼んでいるわけではない。命じているのだ。この状況で誰が一番強いか分かるかな?二人をかばいながら、私に勝てるほど君は強いのかな、おチビちゃん」

この闇夜の中で見えるのは、銀髪と黄色い目。Kの大きさは闇夜と等しくなった。
「..... 分かった。付き合おうじゃねぇか、K。中国に行ったら、二人は助かるんだな?」
「正確には過去に行ったらだ。中国で二人とも死ぬ可能性がある。もっとも私は死なんがね」
「過去でもどこでも行ってやるよ。その前にだ」
 KEIは弁当箱を2つ開ける。
「ありがたいが、私は食べない」
「食える時に食っておくんだよ。もう食えないかもしれないからな」
 KEIは弁当をかきこみ、咽る。水が飲みたいと思うが、今日は水汲みをしていなかったことに気づく。もし、うまくいかなかったら、二人を埋葬するか、川に流すか、と一瞬考えが過る。いや、うまくいかなかったら帰ってこれるわけない。これから行こうとしているのは、世界を牛耳っているあの中国なのだから。

まだま若輩者ではございますが。皆さんの期待に応えられるように頑張ります(*'ω'*)