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『CBDC 中央銀行デジタル通貨の衝撃』:全文公開 第3章の3

『CBDC 中央銀行デジタル通貨の衝撃 』(新潮社)が11月17日に刊行されました。
これは、第3章の3全文公開です。

3 デジタル人民元はいかなる影響を及ぼすか?

ウォレットが扱える資金量
 デジタル人民元ウォレットが扱える資金量には、一定の制約が加えられる。本人確認の厳格さによって、いくつかの階層に区別される(ただし階層の振り分けが何を基準に行われるかは不明)。
 ウォレットは、次のような4階層のシステムで提供される。ユーザーが利用できるデジタル人民元の額は、層によって異なる。
 ティア2(第2階層)のウォレットが保有できる金額は、最大1万元(約1500ドル、16万円弱)。1回の取引の上限は5000元以下、1日および年間の累計支出額の限度は、それぞれ1万元と30万元(約4万2000ドル、約440万円)。
 ティア3(第3階層)とティア4(第4階層)のウォレットでは、保有できる金額と1日および年間の累計支出額は、より厳しくなる。
 なお、ティア1(第1階層)のウォレットに制限があるかどうかは、不明。つまり、巨額の送金に用いることができるようになるかどうかは、不明だ。

企業間の巨額の国際取引ができるか
 日本の立場から最も興味があるのは、デジタル人民元の仕組みを外国の企業が利用できるかどうかである。
 技術的な観点だけから言えば、可能である。
 ウォレットとは単なるアプリに過ぎないからだ。したがって、当然、誰でも簡単に持てる。中国人でなくとも持てる。
 ただし、それは技術的に可能だということであり、それを認めるかどうか、認めるとしてもどの程度の制約を課すか、などは、人民銀行が審査することになる。どのような政策をとるかは、現在の段階では分からない。
 しかし、仮に無制限の取引を認めるとすると、国際的な決済に極めて大きな変化が起きる。
 例えば中国に輸出する日本企業は、代金をデジタル人民元で受け取ることができる。4大銀行に口座を持たなくても、多額のデジタル人民元を使えるようになるのである。それは支払いに使える。それを受け取った企業も同様に使える。
 デジタル人民元には、国境がない。しかも、送金手数料もおそらくゼロに近い。さらに、面倒な手続きなしに、瞬時に送金が完了する。こうした特性は、現存する国際的送金手段に比べて明らかに優れている。そのため多大の影響を与えるだろう。
 ただし、中国当局がこのような取引を無制限に認めるとすると、中国の富裕層が資産を外国に持ち出すために使う可能性が高い。したがって、ウォレットの保有限度額や送金限度額で何らかの制約が加わるだろう。このあたりがどうなるかは、中国政策当局の判断にかかっている。
 なお、一帯一路地域におけるデジタル人民元の利用を中国政府が積極的に推し進め、「人民元通貨圏」を作ろうとする可能性もある。

デジタル人民元導入の目的は情報把握?
 ハードウェアウォレット(CBDCの取引に特化した端末。通常のスマートフォンに比べて安全性が高い)があれば、巨額のデジタル人民元を安全な形で保管できる。これは、富裕層の要請にあったものだ。
 富裕層の要請を満たすことによって、中国からの資本逃避を間接的に抑制しようとしているのだろう。これがデジタル人民元の重要な目的だ。
 もちろん、それを海外の資産に投資することは可能だ。しかし、巨額の取引については、そうした投資があったことを当局が捕捉できるだろう。
 ハードウェアウォレットであれ、モバイル機器のアプリのウォレットであれ、ユーザーが最初にウォレットを動作させるためには、IDや電話番号などを用いた本人確認が必要だ(この確認は、銀行が行うと考えられる)。したがって、紙幣のような匿名性はなくなる。
 このため、デジタル人民元は追跡可能だ(ただし、ハードウェアウォレット同士のオフライン取引だと、匿名の取引ができるのかもしれない)。

貴重な取引情報を収集できる
 ウォレット登録する際に本人確認を厳重に行えば、現実世界の個人、あるいは企業がどのような取引を行っているかを詳細に把握できる。
 巨額の資金取引が行えるウォレットについては、厳格に本人確認がなされているはずだから、多額の取引は極めて詳細にわかることになる。
 仮にブロックチェーンで運営がなされており、それが各銀行共通のブロックチェーンであるとすれば、それを構成するノード(コンピュータ)が取引の詳細を把握できる。
 そして、この情報は間違いなく、人民銀行と中国政府に報告されることになるだろう。このようにして、中国当局は、国内の経済取引を正確にとらえることができるようになる。このデータは極めて重要だ。
 現在はアリペイなどの電子マネーがこのデータを把握しているが、それが人民銀行と中国政府に渡ることになる。仮にデジタル人民元が中国外で用いられることになれば、そのデータも中国当局が把握することになるだろう。
 巨額の取引ができるウォレットの本人確認は厳格に行われるはずだから、不正資金やマネーロンダリングの規制に多大の貢献をすることは間違いない。

金融政策に使うことができるか
 金融政策に関しては、つぎの3点が重要である。
 第1に、発行額を調整できるか?
 デジタル人民元になっても、中央銀行と仲介金融機関の間で当座預金の調整をすることが可能である。ただこれによって市中に流通する人民元残高をコントロールできるとは限らない。
 これは、現在の仕組みと同じことだ。そして、議論があるところだ。
 当座預金を増減させることによってマネーストックを動かすことが可能だという考えがあったが、実際には、日銀の異次元金融緩和で見られたように、当座預金だけが膨張してマネーストックは大きく変化しなかった。この点に関しては、現在の仕組みと基本的に違いはないと考えられる。
 第2に、信用創造ができるか?
 信用創造とは、準備率が1未満の貸出を行うことによって、マネーストックを増加させることだ。これは、デジタル人民元において可能だろうか?
 CBDCの世界においても、銀行が貸出を行うことはもちろん可能である。それによって預金が増大する。それがCBDCの形で引き出されるにせよ預金の形で残っているにせよ、マネーストックは増大する。したがって、信用創造は現在と同じようにできる。
 第3に、利子をつけることができるか?
 中央銀行券の場合には、それに利子をつけることはできない。しかしCBDCであれば、デジタルであるので、それに対して原理的には利子をつけることが可能だ。プラスの利子だけではなく、マイナスの利子をつけることも可能である(ただし、現在計画されているデジタル人民元は、前述のように利子をつけない)。
 だから、金融政策の道具が増えることになる。これを用いれば、中央銀行は極めて強力な金融政策の手段を得ることになる。不正取引を排除することができ、かつ金融政策も強力に行えるようになるので、当局の力は増すことになるだろう。
 さらにマネーの取引に関する情報も、当局が得る。これを活用して国民の詳細なプロファイリングを行い、統治の道具として使う可能性も十分に考えられる。
 結局、デジタル人民元は、中国政府の力を、国内的にも国際的にも著しく強めることに寄与するだろう。


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