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『2040年の日本』全文公開 第5章の3

『2040年の日本』 (幻冬舎新書)が1月20日に刊行されました。
これは、第5章の3全文公開です。

3 日常生活にメタバースを使う

メタバースからビッグデータを入手する
 メタバースの活用について通常言われるのは、仮想空間でのイベントやコンサート、ゲームなど、エンターテインメント関係のものが多い。しかし、メタバースの利用範囲は、もっとずっと広い。
 企業から見て最も重要なのは、データの収集だろう。これまでSNS等によって収集していたビッグデータを、メタバース内での行動から収集することができる。それによって、多数の人々から、これまでは想像もできなかったほど詳細なデータが得られる。それらのデータを利用して、広告などさまざまな用途に利用することが考えられる。
 メタバースで得られるデータは、メタバースの提供者が握ることになる。メタ(旧Facebook)がメタバースを構築しようとする大きな理由は、ここにあると思われる。
 なお、メタバースで収集したデータを医療に活用することも考えられる。これについては、第4章で述べた。

自動車の試乗をメタバースで
 メタバースを日常生活に利用することがもっと進められてよいだろう。まず考えられるのは、買い物での利用だ。
 自動車を購入する前に試乗してみたい人は多いだろう。メタバース上であれば、それが簡単にできる。
 日産自動車は、2022年5月に新型軽電気自動車「サクラ」をメタバース上で試乗できる仮想空間NISSAN SAKURA Driving Island を公開した。VRゴーグルを持っていれば、いつでも、世界のどこからでも試乗できる。充電ステーションで充電することができるし、茶屋にある抹茶茶碗やお団子などを手に取ることもできるそうだ。
 前節で述べたように、経済活動を最後までメタバース内で完結させようとすると、本人確認、契約違反への対処、課税などの難しい問題が発生する。これらは、簡単に解決できるものではない。法改正、制度改正が必要だ。少なくとも、すぐには使えない。
 しかし、メタバースを広告、勧誘、商品選択に使い、実際の契約は従来のようにオンラインで行なえば、以上のような問題を回避することができる。自動車であれば、試乗はメタバースで行なうが、売買契約は、従来の方式で行なえばよい。

メタバースの役割は広告や商品選択
 オンラインの買い物では、実物に触ったり動かしたりしてから商品を選ぶわけにはいかないので、買いたいもののサイズや使い勝手を確かめることが難しい。そのため、買ったものが目的と微妙にずれていることがよくある。
 電気製品などで、こうしたことがよくある。大きさが考えていたのと若干違い、そのために使いにくい。実際に使う場合の動かし方が、考えていたのと違う、等々。
 家具も、実物に触ってみないと、使い勝手が分からない。衣料品でも、試着してみないと、どれがよいのか分からない場合がある。靴が足にフィットするかどうかも、オンラインでは分からない。
 メタバース上の仮想店舗では、こうした問題を解決できる。このための試みは、日本でもスタートしている。
 凸版印刷は、2021年12月、仮想空間上に構築した複数の店舗を集約したスマートフォンアプリ「メタパ」を開発したと発表した。同月、仮想空間にオープンした「バーチャル大丸・松坂屋」では、3Dで表示される食品を手に取って見ることができ、電子商取引(EC)サイトに移行して購入できる。22 年8月には、「パラリアルニューヨーク」の街に「バーチャル大丸・松坂屋」が期間限定で展開された。
 オンラインショッピングの時代の実店舗の役割は、「商品を確かめること」だが、右で見たような試みが広がれば、小売り販売が大きく変わるだろう。いまの実店舗の主要な機能をメタバースが代替し、メタバースの店舗でのPRで売れ行きが決まるようになるだろう。

マイナンバーカードの取得・更新をメタバースで
 メタバースの実生活での利用として考えられるのは、以上だけではない。地味だが重要なのは、官庁の窓口手続きだ。
 例えば、マイナンバーカードの申し込みや更新の手続きだ。新しく作るためには、地方自治体の役所に出かけて申請しなければならない。3年に一度は書き換えが必要になる。
 これをメタバースの市役所で行なうことは、十分可能だろう。とくに審査が必要とされるわけでもないので、あっという間に手続きが完了するだろう(入力には、PCのキーボードを使う。あるいは、スマートフォンの電話のキーパッドでもよい)。
 「こうしたことなら、いまでも大した手間ではない」との意見があるかもしれない。確かにそうだ。しかし、車椅子の利用者など、わずかな距離の移動でも、大変な苦労をする人たちがいる。
 いま、マイナンバーカードの健康保険証としての利用が進められている。紙の健康保険証は郵送してくれるが、マイナンバーカードになれば、入手や更新には役所に出向かなければならない。
 政府は2022年6月にまとめた「経済財政運営と改革の基本方針2022」(骨太の方針2022)に「保険証の原則廃止を目指す」と明記した。報道によると、厚労省は24年秋の原則廃止で調整している。
 そうなると、更新のたびに、役所に出向かなければならない。高齢者にとって健康保険証は不可欠のものだが、更新ができないでは、大変困る。この手続きを自宅からできるようになれば、高齢者にとっては、大きな福音だろう。

官公庁の窓口業務をメタバースで
 同じようなことは、運転免許証の返納についても言える。高齢になれば、免許証を返納したいと考える人も多くなるが、これも現在は警察署、あるいは運転免許試験場に出向いて手続きをしなければならない。免許証の返納は、取得や更新とは違って、試験も必要ないし、視力検査なども必要ない。ほとんど形式的な事務だ。唯一必要とされるのは本人確認だが、これは、マイナンバーカードを用いることによってできるだろう。だから、運転免許証の返納は、メタバースで十分可能なことだ。
 以上で述べた例は、「メタバース」などという大げさなものではなく、単なる「オンライン化」にすぎない。いまでも、その気になれば、すぐにでも導入できることだ。ただし、いまのようなオンライン方式だと、利用しにくいと感じる人が多いかもしれない。
 画面に現れる文字の指示にしたがって操作しなければならないからだ。手続きに分からないところがあっても、対面の場合とは違って、質問ができない。
 それに対して、メタバースでは、アバターの係員(その実体は、AI)の口頭の指示にしたがって操作すればよい。質問も簡単にできるだろう。まさにuser friendly な環境の中で手続きができるわけだ。
 なお、AIによる質問への応答は簡単なことではないが、現在でもすでに企業のコールセンターに導入され、実用化されている技術だ。官公庁の窓口でも、導入できるはずだ。
 また、以上のような利用に、3D空間での立体視などは必要なく、動画と音声のやりとりができれば十分だ。だから、ゴーグルのような特別な機器なしに、PCやスマートフォンで簡単に利用できることが望ましい。
 金融機関の窓口業務も、同じようにメタバースで済ますことができるはずだ。そうなれば、金融機関の支店は不要になるだろう。
 メタバースの一般的な利用が広がれば、必要とされる機器も簡単で安価なものになるだろう。そうなってくれば、次項で述べる運転免許証実技試験のための運転シミュレーターなども利用できるようになる。
 納税は、現在すでにかなりオンライン化されている。これをメタバースに移行させることは、比較的容易だろう。
 民間の企業間、事業者間の取引がオンライン化されている場合、そのシステムも同じメタバースの中に取り入れられるだろう。
 そうなれば、単に納税事務だけでなく、企業の会計事務の自動化が進み、企業事務の効率化が進むだろう。これは、きわめて広範囲な変化を引き起こしうるものだ。

運転免許証の試験をメタバースで
 以上は、現在の技術ですぐに導入できるものだ。
近い将来に可能になると思われるものとして、運転免許証の試験がある。筆記試験と視力検査は、オンラインで行なうことが可能だろう。
 問題は実技試験だが、メタバース上に設置されたシミュレーターで受験者が運転を行ない、その結果を採点することは、十分可能だろう。
 問題は、技術的に可能か否かというよりは、このような転換が行なわれる結果、現在の試験要員が失業することであろう。それへの対処が、現実には困難な課題となるだろう。
 「官公庁の窓口業務をメタバースで」という動きがデジタル庁から出てこないのは、大変残念なことだ。

学校教育をどこまでメタバースで行なえるか
 楽器の練習やスポーツ指導などには、メタバースは最適かもしれない。
 学校教育もメタバースで行なうことが十分に考えられる。ただし、学校教育には、単に内容を教えるだけでなく、集団生活を通じて人間関係を築くという側面がある。これをメタバースで再現できるだろうか? 決して容易なことではない。ただし、さまざまな取り組みが行なわれるだろう。
 2022年7月、東京大学の大学院工学系研究科・工学部は「メタバース工学部」を設立すると発表した。現役の工学部生の他、中高生やその保護者などを主な利用者層と想定しており、キャリア総合情報サイトや、ジュニア向け教育プログラムなどを展開する。


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