『生成AI革命』全文公開:第4章の4
『生成AI革命』(日経BP 日本経済新聞出版)が1月19日に刊行されました。
これは、第4章の4の全文公開です。
4.ChatGPT がコピーライターの仕事を奪いつつある
ChatGPT がコピーライターの職を奪う
コピーライターとは、広告、ウェブサイト、ブログ、ソーシャルメディア、パンフレット、カタログなどで用いる文章やコンテンツを作成する専門家だ。彼らは、特定のメッセージを伝えるための効果的な言葉を選び、顧客層の心に響くようなコンテンツを作成する。
デジタルマーケティングとは、インターネットやデジタル機器を活用して行なわれるマーケティング活動のことだ。これには、商品やサービスの宣伝、ブランド認知の向上、顧客との関係構築などが含まれる。コピーライターは、この分野での中心的な存在だ。
ところが、コピーライターの仕事が、いま、急速に ChatGPT によって置き換えられつつある。
すでに何度も述べているように、ChatGPT には、ハルシネーション(幻覚)と呼ばれる問題がある。これは、出力した内容に誤りが含まれることだ。このため、実務で利用するには問題があるが、コピーライティングの仕事は、ハルシネーションの影響をあまり受けない。内容に誤りがあれば、人間が容易にチェックできるからだ。
また、これまでのコピーがどのような効果を上げたかのデータを参照することによって、コピーの内容を改善することができる。このため、ChatGPT の利用は、デジタルマーケットの分野において最適の手段と言える。これは、産業革命の際に機械が人間の労働を奪ったのと似た状況だ。経営者がこの新しい強力な手段を使用しないという選択は、難しいだろう。したがって、新しいラダイト運動(機械取り壊し運動)をしても、効果は限定的だ。
従来、創造的分野は機械による代替が難しいとされていた。これまでのAIも、工場や物流倉庫での繰り返し作業の自動化や、データ分析を通じた在庫管理の効率化などの分野で使用されていた。しかし、ChatGPT をはじめとする生成AIは、データを分析するだけでなく、新しい創作物を作成することができる。そのため、知的労働に影響を及ぼしているのだ。
AIによる人員削減が実際に始まっている
ワシントン・ポスト紙の記事(2023年6月2日)「マーケティング・コンテンツ分野の代替が始まる」は、つぎのように報じている(注13)。
AIはマーケティングとソーシャルメディアコンテンツ分野での雇用をすでに代替し始めている。2023年の4月、あるコピーライターは、AIの導入を理由に解雇された。「コピーライターにお金を払うより、ChatGPT を使うほうが安いという管理者からの通知文を見て、解雇の理由を知った」と彼女は話している。
この記事は、さらに、AIがすでに雇用を奪っている証拠は統計にも現れていると報じている。アメリカの人事管理コンサルティング会社、チャレンジャー・グレイ・クリスマス(CG&C)は、2023年6月に発表した報告書で、5月にアメリカの企業がAIを理由に行った人員削減が3900人に上ったと明らかにしている。ブルームバーグは、この報告書が人員削減の理由としてAIを挙げたのは初めてであり、「AIによる人員削減が実際に始まったことを示している」としている。
品質よりもコストが重視されている
アメリカの投稿型ソーシャルサイト『Reddit』に投稿された「AIに仕事を奪われた」という話題が注目を集めた(注14)。10年以上の経験を持つあるフリーライターは、時給50ドルで仕事を開始したが、クライアントが80ドルにまで上げてくれたので、それが主要な収入源となっていた。しかし、クライアントから「AIの仕事があなたの仕事ほど良くないことは理解しているが、利益率を無視できない」とのメールが届いた。「優れたスキルを持っていればAIに仕事を奪われることはない」と考えていた彼女は、「企業が品質よりコストを重視するため、ChatGPT に仕事を奪われた」と述べている。その後、彼女はフードデリバリーサービスのドライバーとして登録した。
この記事に対するコメントでは、多くのユーザーから、AIが執筆業の仕事を奪う脅威となっているとの声が上がっている。そして、品質よりコストが重視される現状を指摘する意見が多く寄せられた。たとえば、多くの人々は、チャットボットよりも人間のほうが優れていると感じているが、人間がチャットボットに取って代わられているのが現状だ。フリーランスの翻訳者の多くは、Google 翻訳に仕事を奪われている。翻訳者は Google 翻訳よりも確実に優れた仕事をしているが、Google 翻訳は高速で、しかも無料で利用できるため、多くのクライアントがそれを選ぶ傾向にある。このような現象は、イラストレーターなどの職種でも起きている可能性がある。
「能力が高いから、ChatGPT を使うのだ」という考えもある
実際、『Reddit』にも、単にコスト削減の問題だけではない、という意見が寄せられている。もし ChatGPT が高品質のテキストを提供する能力がなければ、それはプロフェッショナルのスキルを補完するニッチなツールにすぎず、実際のプロフェッショナルにとっての脅威とは言えないという意見だ。実際、ChatGPT の応答でのハルシネーションは、それぞれの分野で高いパフォーマンスを持つ多くのプロフェッショナルの誤りより少ないと思われる。
そして、最近の『ウオールストリート・ジャーナル』の記事からの逸話が紹介されている。ある経営者が、就職の応募者にマイクロ波タワーに関するツイートとプレスリリースを書くように求めた。これは研究が必要なニッチなトピックで、通常、多くの候補者はこのテストに失敗する。しかし、今回は5人全員が合格した。
すべての回答が非常に似ており、「まるで一人の人が書いたかのようだった」。疑わしいと感じた経営者は、ChatGPT にプロンプトを入力して、それがどのような答えを生み出すかを確認した。その結果、「提出された5人の候補者すべての答えとほぼ同じ答えを得た」と彼女は述べた。
正規社員と非正規の問題
以上で述べたのはアメリカの話だ。コストが低ければ、情け容赦なく人間を切り捨ててしまうというのは、アメリカだからできることと考えられるかもしれない。日本ではそうした非情なことは起こらないだろうと考える人がいるかもしれない。しかし、コピーライターの仕事は、日本でもフリーランサーとして行なっている人が多い。これらの人々は、雇用契約によって保護されていないために、仕事を失う危険が現実にありうる。したがって、日本でもアメリカのような状況が起こることは、十分に考えられる。
ところがその一方で、雇用契約によって守られている正規社員を解雇することは難しいだろう。すると、生産性の高い人が職を失い、生産性の低い人が雇用され続けるといった事態が生じうる。つまり、日本経済は、ChatGPT が引き起こす大きな変化に、適切に対応できないかもしれない。
1950年代に起きた農業社会から工業社会への転換は、経済全体が成長していたために達成できた。しかし、現在は経済全体の成長が停滞しているために、それと同じような転換ができない可能性が高いのだ。
「タダには勝てない」か?
「AIはタダだ。タダには勝てない」とよく言われる。しかし、この問題は、実はかなり複雑である。「タダには勝てない」というのは、必ずしも正しくないからだ。その理由は、つぎのとおりだ。
いま、ある商品の生産費が500であるとする。これまでは、コピーライターに100の費用を払ってキャッチコピーを書いてもらい、その結果、売り上げが1000になったとする。この場合の利益は400(=1000−500-100)だ。ところが、ChatGPT でキャッチコピーを書けば、費用は0。そして、売り上げは700になるとする。この場合には、利益は200(=700-500)でしかない。つまり、ChatGPT を使うことで、たしかに宣伝費はゼロになるのだが、ChatGPT の宣伝では売り上げがあまり伸びないので、利益が減ってしまうのだ。
このように、コストがゼロだからといって、必ず ChatGPT のほうが良いというわけではない。人間のコピーライターが斬られてしまうのは、コストに見合う売り上げ増を実現できないからなのである。もちろん、実際にはこうした計算が行なわれずに、コストがゼロというだけの理由によって、ChatGPT を採用する企業もあるのだろう。しかし、長期的に見ればそうした企業は淘汰されてしまうだろう。
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