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『リープフロッグ』逆転勝ちの経済学 全文公開:第1章の9

リープフロッグ逆転勝ちの経済学が、文藝春秋社から刊行されました。
12月20日から全国の書店で発売されています。
これは、第1章の9全文公開です。

9 中国の成長は、これまでの経済発展論では理解できない

リープフロッグは、キャッチアップとどこが違うのか?
「リープフロッグ」の特徴は、「遅れていたことが有利に作用した」ということです。これは、「後発的利益」と言われることの一種です。
「後発的利益」論でもっともよく知られているのは、「キャッチアップ」論でしょう。これは、経済発展を説明するモデルとして、最も広く受け入れられている考えです。では、「リープフロッグ」と「キャッチアップ」はどこが違うのでしょうか?
「キャッチアップ」論によれば、まず先進国が新しい技術を開発し、発展します。そして、遅れて発展する国が、それをモデルとして追いつきます。ところで、技術の発明と開発には、多大のコストがかかります。またリスクも大きく、成功するとは限りません。ところが、後発国は、そうしたコストを負担することなしに新しい技術を用いることができます。したがって、先進国より簡単に短期間で経済成長を実現することができるわけです。
 一般に、新技術の開発でもっとも難しいのは、その技術が実際に機能するかどうかが分からないという点にあると言われます。例えば、原子爆弾の開発で最も難しかったのは、「核分裂反応によって、兵器として使えるような爆発が生じるかどうか?」という問題でした。また、「爆発力が強すぎて、地球が崩壊してしまうのではないか?」との危惧もありました。つまり、「そもそも原子爆弾というものが実現可能なものなのか?」ということが最大の問題だったのです。アメリカが原子爆弾を作ったあと、他国が同じものを開発・製造するのは、さほど難しいことではなかったといわれます。
 経済発展の場合も同じです。新しい技術を利用した経済システムの可能性を先進国が実証した後であれば、それを真似すれば成功するだろうということが分かります。したがって、容易に発展することができます。
 以上については、リープフロッグもキャッチアップも同じことです。しかし、キャッチアップの場合には、先進国に追いつくことはできても、それを追い越すというメカニズムは働きません。
 リープフロッグの場合には、先進国を飛び越えてそれより先にいってしまうわけで、これが重要な違いです。キャッチアップの場合には、前を行くものとの差が縮まるだけで、逆転ということにはなりません。これが、リープフロッグとキャッチアップの大きな違いです。キャッチアップは常識的ですが、リープフロッグは常識に反します。
 逆転が起きるのは、技術の導入には社会的制度が対応する必要があり、古い技術体系に適応してしまった社会は、新しい技術に対応できない場合が多いという理由によります。先進国の立場からすると、キャッチアップされるだけであれば、大きな問題とはなりません。しかし、リープフロッグされると、自分たちのほうが立ち遅れてしまうわけで、大問題です。中国とアメリカの間で、AIなどについて、まさにその問題が生じようとしているのです。米中経済戦争の根底にあるのは、それに対するアメリカの強い危機感です。

中国のキャッチアップ
 社会主義経済時代の中国においても、「先進国をモデルにしてそれに追いつく」という政策が試みられたことがあります。毛沢東が1958年から1961年の間に行った「大躍進政策」がそれです。農業と工業の大増産政策で、イギリスをモデルとし、追いつくことが目標とされました。そして、毛沢東は、15年以内にそれを実現すると宣言しました。しかし、これは無残な失敗に終わりました。それは、計画経済の枠内で成長を実現しようとしたからです。
 1970年代末から行なわれた改革開放で、中国は計画経済を放棄し、市場経済の仕組みを導入しました。日本をモデルとし、それにキャッチアップすることが目標とされました。しかし、単なるキャッチアップであれば、いくつかの分野で世界の最先進国を追い抜くことにはならなかったでしょう。
 いまの中国は、ある分野で先進国を「飛び越え」て「先に行っている」という点が重要なのです。現在中国で起こっていることは、単なるキャッチアップでは捉えられないものを含んでいます。それは、「リープフロッグ」という概念を持ち出さないと理解できないものなのです。

中国は「ルイス転換点」後も成長している
「ルイス転換点」とは、発展途上国が労働過剰状態から労働不足状態へ移行する点です。経済が工業化すると、農村部から都市部へ低賃金の余剰労働力が供給されます。しかし、工業化が進展すると、労働力の余剰が解消され、労働力不足に転じることになります。この転換点が「ルイスの転換点」です。これは、イギリスの経済学者、アーサー・ルイス(1979年のノーベル経済学賞受賞者)が提唱した概念です。
 日本は、1960年代後半頃にこの転換点に達したと言われます。中国も、工業化の初期の段階では、低賃金労働に依存し、それに成功して、中国は世界の工場となったのです。ただし、この過程だけであれば、成長には限度があったでしょう。ルイスが指摘するように、賃金が上がってくると成長は停滞してしまいます。
 中国では、労働力が過剰な状態はすでに過ぎたと思われ、賃金は上昇を続けています。しかし、ハイテク分野においては、そうしたことにもかかわらず成長が続いています。つまり、中国は「ルイス転換点」を克服したと考えられるのです。
 ルイス転換点は、「中所得国の罠」と言われる現象と同じものです。「中所得国の罠」とは、発展途上国が一定段階にまで発展すると、成長が鈍化し、高所得国と呼ばれる水準には届かなくなる傾向です。一人当たり所得が1万ドルに達したあたりで、こうした現象が見られると言われます。
 中国の一人当たりGDPは、2019年に1万276ドルとなりました。したがって、まさに「中所得国の罠」に達したわけです。しかし、今後も成長を続けるだろうと考えられています。

「周辺論」とは逆のことが起きている
 後発国が有利という「後発的利益」の考えとちょうど逆に、「後発国が不利」という考えもあります。
 ラウル・プレビッシュは、1964年の国連報告書『開発のための新しい貿易政策をもとめて』において、高度に工業化された先進国を「中心」と捉え、開発途上国を「周辺」と捉えました。そして、自由貿易体制は「中心」にとっては有利だが、「周辺」にとっては不利であると論じたのです。
 この考えは、その後、「世界システム論」に引き継がれています。これは、アメリカの社会学者・歴史学者、イマニュエル・ウォーラステインが提唱した考えです。周辺は、中央に対する原料・食料などの一次産品供給地として単一産業化されてしまうために、「低開発」状態に固定化されてしまうという考えです。
 これらは、「巨視的歴史理論」と呼ばれることもあります。すでに見たことから明らかなように、中国に関しては、周辺論的な考えは成立しないと言えるでしょう。


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