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『書くことについて』全文公開:     (はじめに、目次、第1章~3章)

書くことについて』が、株式会社KADOKAWAから刊行されました。

11月10日から全国の書店で発売されています。

これは、はじめに目次第1章~3章全文公開です。

はじめに―誰もが本を書ける

苦労の連続だが「この上なく楽しい」作業
 私は、2019年には書籍を9点刊行しました。そして、現在ウエブ連載を5本書いています(うち4本は毎週、1本は隔週)。これは、ずいぶん大変な作業だとお考えの方が多いでしょう。
 しかし、決して大変ではありません。
 本書で提案する方式を用いれば、どんな人でも(つまり文章を書く才能に恵まれていると自覚しない人でも)、この程度の分量の文章を書くことができます。
 本書で紹介するのは、私自身が行なっていることの説明です。
 このシステムは、きわめて有効に機能しています。この方法に従えば、確実に、記事や書籍を書くことができます。
「あまり苦労せずに書ける」といいたいところですが、実際には、作業は苦労の連続です。「大変な作業ではない」といったのに「苦労の連続」というのは、矛盾していると思われるかもしれません。しかし、矛盾ではありません。なぜなら、本書が提案している方法に従えば、苦労はあるけれども、間違いなく成果を得ることができるからです。それが重要な点です。
 もう1つ重要なことは、本を書く作業が楽しいものになることです。「文章を書く作業は苦労の連続だ」といったのに「楽しい」とは、ずいぶん混乱していると思われるかもしれません。しかし、決してそうではないのです。
 自分の考えが1つの体系にまとめ上げられていくのを体験するのは、とても楽しいものです。さらに、それが書籍などの形で公開されて、多くの人々の目に触れるだろうと考えると、もっと楽しくなります。
 ここで述べているのは、昔から多くの人が無意識的に行なってきたことです。
 それをIT(情報通信技術)、とくにクラウド技術の助けを借り、また、音声認識というAI(人工知能)の力を用いて行なう仕組みに組み上げていることがポイントです。
 この仕組みの本質は、多くの人がこれまでやってきたことです。それを新しい技術の助けを借りて明示的な仕組みとすることによって、「アイディア製造工場」といってもよいようなシステムを作ることが可能になるのです。
 これによって、魔法のように本を書き上げることができるようになりました。

これまでの文章読本には「最も重要な点」が抜けていた
 これまで多くの「文章読本」が書かれてきました。本書がそれらと違うのは、「テーマをいかにして探し出すか?」、「アイディアを逃さずに保存するにはどうしたらよいか?」、「それらを組み上げていくには、どのようにするか?」といった作業を重視していることです。そして、それらについて、具体的な仕組みを提案していることです。
 多くの文章読本は、文章をいかに正しく、読みやすく、印象に残るように書くかを論じています。これらは重要なことです。実際、本書でも第6章でこれを論じています。
 しかし、こうした注意は、何もないところから始めて文章を書き上げていくためのアドバイスではありません。これは、文章が目の前にあり、それを改良する場合の注意です。こうした注意に従うだけでは、そもそも最初の文章ができません。
 編集者や校閲者の立場からすると、それでもよいでしょう。しかし、著者の立場からすると、もちろんこれでは不十分なのです。
 何もないところに文章を書くには、まず書くテーマを見いだす必要があります。そして、それに関して浮かんでくるアイディアを逃さずに捉え、それを成長させていくことが必要です。
 ところが、多くの文章読本は、こうした点について親切なアドバイスはしてくれません。「一番重要な点が抜けている」といわざるをえないのです。
 これまでの文章読本は、文章のスタイルに重きを置きすぎました。しかし、何よりもまず、中身が必要なのです。本書では、これを「アイディア」という言葉で表現しています。これこそが重要なのであり、文章のスタイルや表現方法はその後の問題です。

「創作ノート」の現代版を作る
 本書が提案する「アイディア製造工場」は、作家の創作ノートのようなものです。
 これまで多くの作家が「創作ノート」というものを作ってきました。いまでは、最新の情報技術を用いて、強力な「創作ノート」を作ることができます。
 これまでは頭の中だけでやっていた操作を、かなりの程度、PC(パソコン)やスマートフォンでの操作として行なうことが可能になっています。まさに、工場と呼んでも大袈裟ではない状況になってきているのです。「植物工場」というものはすでにあるのですから、「アイディア製造工場」があっても、少しもおかしくありません。
 外から入ってくる情報や、頭の中で生まれるアイディアをうまく保存し、整理し、関連付けて新しい体系を作り上げ、書籍・論文などに仕上げていく。これが、アイディア製造工場の目的です。
 まずテーマを探し出します。さまざまなことが頭に浮かんでくるでしょうが、そのうち何が考察に値するものかを判断する必要があります。これが、本書の第2章で述べていることです。
 テーマが決まったら、それに関連するデータや資料を集めます。それと並行してさまざまなアイディアをうまく捉えそれを整理していく仕組みを作ります。これが、第3章と第4章で述べていることです。そしてそれらを組み上げていきます。これが第5章で述べていることです。さらに文章を推敲し、分かりやすく力強いものになるようにします。これが第6章の内容です。
 第7章と第8章では、こうした作業を支えるための環境作りについて述べています。

主要な内容は3つ
 本書の主要な内容は、つぎの3つです。

(1)クリエイティング・バイ・ドゥーイング
「とにかく始める」のが重要なので、そのための仕組みを提案します(第2章の2)

(2)アイディア農場
 アイディアを迷子にせず、育てるための仕組みを提案します(第4章の2)

(3)多層構造で本を書く
 アイディアの基礎単位を積み上げて書籍にします(第5章)

 これらによって何ができるのか、これまでの仕事のやり方に比べてどこが優れているのかについて、各章で述べています。

本を書くのは特殊な人の仕事ではない
 本書で提案している方法は、広い応用範囲を持つものです。したがって、本を書くこと以外にも使えます。
 例えば、会社で新しい事業計画を考える場合に利用可能でしょう。会議のための報告書の作成にも有用です。議事録を作るのにも役立ちます。
 上司から与えられていた問題に対しての解決アイディアや、会議で行なう予定のプレゼンテーションのメモなどは、多くのビジネスパーソンが日常的に作成していることでしょう。そうした作業に対しても、本書の方法論は役に立ちます。
 また、本を書くのは、「著述業」とか「作家」と呼ばれる一部の人たちだけが行なうことではありません。もっと多くの人が本を書くべきです。
 自分史を書くのもよいでしょう。あるいは、家族史を書いたらどうでしょう? ウエブに文章を発表するのは、いまではきわめて容易になっています。こうした機会をぜひ活用すべきです。

学ぶための最強の方法は「本を書く」こと
 学ぶための最強の方法は、人に教えることです。とくに、独学の場合がそうです。
 勉強している人であれば、「本を書く」のは、勉強を進めるための手段だと考えてください。これは、『「超」独学法』(KADOKAWA、2018年、第6章の5)で述べたことです。
 いまでは、教えるために、教壇に立つ必要はありません。自分で本を書けばよいのです。
 具体的には、ブログに「○○講座」といったページを作るのがよいでしょう。例えば、公認会計士の試験を受けるために会計学を勉強しているのであれば、簿記講座を作ります。
 これは、人に教えるという形式をとっていますが、実際のところは、自分が勉強するための手段です。

 本書の刊行にあたっては、企画の段階から、株式会社KADOKAWAの伊藤直樹氏にお世話になりました。また、大川朋子氏、黒田剛氏にお世話になりました。何回ものブレインストーミングを通じて、大変有益なアドバイスと示唆をいただきました。ブレインストーミングには、noteの玉置敬大氏にもご参加いただき、アドバイスをいただきました。これらの方々に御礼申し上げます。
 本書の第7章で述べているブレインストーミングは、この方々との実際のブレインストーミングの経験を紹介したものです。

 2020年10月
 野口悠紀雄 

目 次

はじめに 誰もが本を書ける 3

第1章 文章を書くための仕組みを作る 27
1.文章を書く教育はなされていない 28
  「文章を書く」とはどういうことか?/「読む」教育だけで「書く」教育はない/これまでの文章読本とどこが違うか
2.文章が自動的にできるわけではないが「手続きに従えば」書ける 32
  「魔法のような」方法の提案/AIに文章を書かせるのとは違う/化合物を作るのと同じように文章を作れる
3.私が現在の仕組みにたどり着くまで 36
  テキストエディタで文章を作成してきた/グーグルドキュメントを使いだす
4.「多層ファイリング」の提案 39
  目的のファイルをどのように見いだすか?/メタキーワードを用いた検索/多層ファイリングシステム/「層」とは何か?/3層で1000個のファイルを管理できる/柔軟な仕組み
5.多層ファイリングによる「数秒の差」が決定的 45
  必要なデータをリンクによって即座に引き出す/数秒の差で結果が変わる/「メタインデックス」というルートファイル/メタインデックスを素早く引き出すには
6.文書をクラウドで管理することが必要 50
  クラウドに上げる/なぜクラウド保存が必要か/クラウドは簡単に利用できる/会社がクラウドの利用を制約している/クラウドは在宅勤務にも不可欠
7.「敵と思えば敵」になり「味方と思えば味方」になる 56
  人間は新しいものを「敵」と考える/グーグルドキュメントは「敵」と見なされやすい/ワープロを敵だと考えた人は多かった/本書が提案する仕組みを「味方」にしよう

第2章 テーマをどう見つけるか? 63
1.テーマを見いだすことこそ重要 64
  テーマ探しは金脈を探すようなもの「うまく見つかれば8割は完成」/「よい質問」をすることが重要/問題だけを残した人も数学に寄与した/テーマに関する需要と供給の法則/AI時代に「テーマ選択の重要性」は高まる
2.クリエイティング・バイ・ドゥーイング 71
  テーマを見つけるには「考え抜く」しかない/仕事を続けていればテーマが見つかる/とにかく仕事を始めること/思いついたことを音声入力で書き留める/グーグルドキュメントを強く推奨/どうしたら成長させられるか
3.質問ジェネレーター 78
  異質な考えに接する/本を読んで著者に質問する/講義とブレインストーミング/メモと対話する/私は質問をたくさん持っている/漠然とした問題設定ではだめ/クリエイティング・バイ・ドゥーイングのまとめ

第3章 アイディアの材料を集める 87
1.新聞記事の整理は簡単でない 88
  保存した記事のほとんどは使わない/「プッシュ」される情報の選別は難しい/最終的な体系をできるだけ早い時点で作っておく/新聞記事を写真に撮って無限に保存できるようになった/短い文章を書いてツイートしたりnoteの記事にしておく/外国語の文献を恐れてはならない
2.自分のデータベースから検索する 95
  Gmailはきわめて強力な資料アーカイブになっている/手書きのメモやノートも写真に撮って編集する
3.写真のメモを検索できるか? 98
  メモの写真は自動的にはアルバムにしてくれない/AIによる画像認識を利用して、写真を検索する/紙のメモ用紙に「メモ」と書いておく/メモや新聞記事などを引き出すための検索語/機能しない検索語も多い/写真メモは、漫然と眺めていても意味がある

第4章 アイディア農場:アイディアの「たね」を育てる 105
1.アイディアが生まれやすい環境を作る 106
  問題設定と材料集めのつぎに必要なのは「答えを探す」こと/アイディアを生み出すための2つの条件/原料を頭に詰め込んで歩く
2.思いついたアイディアを逃さずに捉えておく仕組み 110
  思いつくがすぐに忘れる/将来の自分に伝達することが必要/簡単に書き留められて、しかも見失わないシステムを作る/グーグルドキュメントの多層システムを利用する/コメントの形でメモを作る/リンクを張る/後から引き出すには/原稿が徐々にできあがる/多すぎるファイルを心配する必要はない/試行錯誤の結果たどり着いた方法
3.「たね」から「作物」を作る 122
  「たね」=考えの断片/「作物」=「基本ブロック」=まとまった論考/「たね」から「作物」を作るには/メタキーワードとキーワードの組み合わせで関連のある断片を見いだす/メタキーワードによるアイディアの看板付け/メタキーワードの役割/メタキーワードはたくさん作らない
4.デジタルとアナログの区別があいまいになってきた 128
  紙にメモする方法の問題点/関連付けて成長させるため「デジタル情報をクラウドに上げる」

第5章 アイディア製造工場:アイディアを組み立てる 133
1.基本ブロックと全体の分量はどの程度か? 134
  単行本の字数は11万~15万字程度/ブロックの字数は1500字程度/ブロックを100個積み上げると本ができあがる/1冊の本を2層構造で書くか、3層構造で書くか?/グーグルドキュメントで全体を2層または3層構造に/最初は目次ページだけの場合も
2.「構造を作る」のが難しいのは「内容が多次元」だから 142
  文章は1次元/歴史の叙述は比較的簡単/多次元の内容を処理するには/頭の中でやるしかない/ブロックを正しく関連付ける/多数のデバイスを同時並行的に使う/捨てることの重要性と難しさ/「はじめに」と「まとめ」があると読みやすくなる
3.体系ができてからアイディアを思いつくことも多い 153
  全体の体系を一覧できればアイディアが生まれる/寝かして熟成させる/コメント方式でアイディアを付け加える/自分自身と対話する/途中過程を公開することの意味

第6章 分かりやすく正確に力強く伝える 161
1.分かりやすく書く(その1)論述の構造 162
  見かけではなく、内容こそ重要/見かけばかり気にしてもしようがない/書き手がよく理解していることが必要/論理を正しく。「逆は真ならず」をつねに意識/論述の構造/論述の順序/文章を推敲する
2.分かりやすく書く(その2)複文問題と戦う 169
  分かりにくくなる原因は「複文」にあり/日本語は節の明示が困難/複文の分かりにくさを克服する/複文を重文や単文に分解する/接続詞を多用しよう/ねじれ文を根絶しよう/読みやすくするための注意
3.悪文の代表選手に学ぶ 180
  悪文の代表選手(その1)日本国憲法を読んでいると陶酔状態に導かれる/分かりやすいように書き直してみると/急いで翻訳したから変な文章になった?/悪文の代表選手(その2)一読難解、二読誤解、三読不可解
4.説得力増強のためのテクニック「例示と比喩」 187
  例示する/複雑な概念を比喩で分かりやすく説明する/引用とエピグラフ/図を用いる
5.タイトルをどう付けるか 190
  タイトルはますます重要になっている/辟易するウエブ記事のタイトル/名前を付ける
6.「避けたい表現」と「なんとか退治したい間違い表現」 195
  そんなに省略してどうする?/間違いがのさばっている/外国語についてどう考えるか?/根絶できなかった「さらなる」/「さらなる」はなぜ誤りか?/言語感覚の問題/言葉が変化することを認めないのではない/うんざりする表現、気持ちの悪い表現/自分の文章が気持ち悪い文章に直されてしまう/スティーヴン・キングに救われた

第7章 ブレインストーミングをもっと活用しよう 217
1.アイディア生産のためにブレインストーミングが有用 218
  創造的な仕事でブレインストーミングをもっと活用すべきだ/メンバーの選択が重要/どう進めるか「準備と記録」/ブレインストーミングに何を期待するか
2.オンライン・ブレインストーミング 222
  オンライン・ブレインストーミング/グーグルドキュメントの「共有」と「コメント」の機能を用いる/本書はオンライン・ブレインストーミングで作った/共同文書の作成や会議議事録の作成にも使える/noteによる共同作業
3.オンラインで書籍を作れないか? 228
  オンライン書籍作成プロジェクト/いくつかの形態/どのような書籍が可能か
4.オンライン・ブレインストーミングは在宅勤務にも応用できる 231
  在宅勤務を導入している企業は少ない/どのような仕組みで行なっているか/克服すべき点(1):成果主義への転換/克服すべき点(2):「会議文化」から脱却する

第8章 「外部脳」を活用して脳を解放する 237
1.「頭を整理する」のでなく「外部脳を活用する」 238
  覚えるのは外部脳に任せて「自分の脳を解放」する/外部脳に記憶させるべき情報/どのような仕組みで外部脳を作るかが問題/外部脳に創造的活動はできない
2.同時並行的な仕事の処理のための3層システム 242
  仕事を複数層のグーグルドキュメントファイルで管理/すべてのファイルを収納する/いまの方法に問題はないか?
3.「使うと便利」になるが「使わないと錆びる」 247
  いつも使っていれば「好循環」で使えるようになる/「超」メモ帳に押し出しファイリングの手法/「好循環」のためには、「箱」は変えないで「中身」を変える/アイディア農場も、ある意味での箱固定/クリエイティング・バイ・ドゥーイング


  図1―1 アイディア製造工場の仕組み 33
  図1―2 多層ファイリング 41
  図2―1 多くの人の考え 84
  図2―2 クリエイティング・バイ・ドゥーイング 85
  図4―1 3層アイディア農場 115
  図5―1 3次元の概念を1次元で表現する 145
  図5―2 文章を一覧すれば構造が分かる 147

索引 263


第1章 文章を書くための仕組みを作る

 自分の考えを系統立った文章として書くのは、容易なことではありません。
 学校でもそのための教育は行なっていません。文章読本に書いてあるのは、正しい文章を書くための注意であり、書くべき内容をどのように見いだし、どのように構成していくかの方法ではありません。
 本書が主として述べているのは、後者のための具体的なアドバイスです。そして、それを実行していくための仕組みを提案します。

1.文章を書く教育はなされていない

「文章を書く」とはどういうことか?
 本書は、文章を書こうと考えている方々のためのガイドブックです。
 文章を書いて自分の考えを他の人々に伝えるとは、どういうことなのでしょうか? なぜいまの時代にも、その方法を学ぶ必要があるのでしょうか?
 本書で、「文章を書く」というのは、手紙で近況を伝えることではありません。また、日記をつけることでもありません。
 考えを伝える。意見を言う。主張を述べることです。つまり、論述文が本書の対象です。
 ツイッターのように140字では、まとまった考えを伝えることはできません。まとまった考えを伝えるには、最低限でも、一定の構造を持った1500字程度の文章を書く必要があります(これについての詳しい説明は、第5章で行ないます)。
 これは、訓練をしないとできないことです。
 手紙を書いたり日記をつけたり、ツイートをするために、特別の訓練は必要ありません。
 しばしば、「手紙の書き方」といった指南書があるのですが、私は、こうした指南書は不要だと思います。
 しかし、まとまった考えを述べるためには、訓練が必要です。そして、適切な仕組みを作る必要があります。

「読む」教育だけで「書く」教育はない
 右に規定した意味での「文章」を書くための教育は、学校教育でなされていません。正確にいえば、満足のいく形ではなされていません。
「読み・書き・算盤」というのですが、「書き」でなされているのは、文字を教えることが中心です。
「文章を読むための教育」はなされています。文字を学び、教科書を読み、内容を正確に理解しているかどうかをテストされます。
 また、「作文」というものもあります。しかし、これは、日記や手紙のような文章しか対象にしていません。まとまった考えを伝えるのは、「何でも自由に書いてよい」ということではないのです。
 最近では、「プログラミングの教育が必要だ」といわれます。これには、賛成です。また英作文の教育も必要だと思います。しかし、その前に、日本語で文章を書く教育が必要です。
 この教育は、実は大変難しいことなのです。本当は個人教育が必要なのですが、学校で一人一人の学生を相手に教育するのは不可能といってよいでしょう。
 文章の添削というサービスはありますが、そこで直してくれるのは、言葉遣いなどです。「この内容では面白くない」という類の添削が必要なのですが、そうした添削サービスを求めるのは、難しいことです。これは、自分でやるしかないことです(ただし、第7章で述べるブレインストーミングは、この目的のために有効です)。

これまでの文章読本とどこが違うか
「文章を書く約束をしてしまったが、どうしたらよいか?」と困っている人は決して少なくありません。本書は、そうした方々の要請に応えることを目的としています。
 この目的のために、昔から「文章読本」というものが書かれてきました。しかし、これまでの文章読本は、書く内容があって、それを正しい表現で書くための指南書でした。
 実際に重要なのは、まず、書く内容を見いだすことです。
 本当は、「これを伝えたくてしようがない」ということがあって、文章を書くのですが、実際にはそれが逆になっていることが多いのです。つまり、「文章を書く必要があるが、何について書いたらよいのか分からない」という場合が多いのです。
 したがって、まず重要なのは、メッセージ、主張、考え、要求、指摘、発見などをどのようにして見いだすか、ということです。そして、アイディアを成長させ、それを組み上げていくことです。
 本書はそうした要請に応えることに重点を置いています。
 そのためには仕掛けが必要です。本書は、そのような仕掛けを提案します。

2.文章が自動的にできるわけではないが「手続きに従えば」書ける 

「魔法のような」方法の提案
 文章を書くための仕組みとして本書で提案している主要な方法は、つぎの3つです。

(1)クリエイティング・バイ・ドゥーイング
   これは、「とにかく仕事を始める。そのための仕組みを整える」ということです。これについて、第2章の2で述べています。

(2)3層構造のアイディア農場
   思いついたアイディアをすぐに捉えて、迷子にしない仕組みを作る必要があります。これについて、第4章の2で述べています。

(3)多層構造で本を書いていく
   1500字程度のブロックを100個積み上げて、15万字の構造にする。なお、「ブロック」という言葉の意味は、第5章で説明します。

 これらのどれもが、これまでどこでも提案されていない新しい方法です。そして、きわめて強力です。「魔法のような方法」だといっても過言ではありません。
 以上の仕組みが「アイディア製造工場」です。その詳細をこれからの章で説明していきますが、全体の見取り図をあらかじめ示しておくと、図1―1のようになります。

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AIに文章を書かせるのとは違う
 ここで提案しているのは、文章作成を自動化しようという試みでしょうか?
 そうではありません。
 AI(人工知能)で文章を書こうとする試みは、すでに行なわれています。新聞記事などでは、すでに一部実用化されています。AIに広告の文言を作成させようとする試みもなされています。個人が利用できる文章サービスも、ウエブに登場しています。
 では、人間が文章を書こうなどと努力する必要は、なくなりつつあるのでしょうか?
 私は、そうは思いません。
 なぜなら、AIに文章を書かせる仕組みは、「創造」とは言い難いものだからです。それは、これまで書かれた多数の文章をコンピュータが覚え込み、その一部分ずつを切り抜いて、組み合わせるだけのものです。素になる文章は、人間が書いたものです。それがなければ、AIが文章を作成することはできません。
 将来、本書が提案しているような仕組みをAIが実行するようになり、個人でも利用できる時代が来ることはありえます。
 しかし、その場合においても、第2章で述べている「テーマの発見」や、第4章、第5章で述べている過程(アイディアの「たね」を育て、書籍という体系的な論考にまとめていくこと)をAIだけで行なうことはできないでしょう。これらの過程における人間の役割の重要性は、かえって増すでしょう。
 人間が考えることが必要であり、それこそが最も重要なことなのです。

化合物を作るのと同じように文章を作れる
 ウエブには、自動文章作成アプリがすでに現れています。テーマをキーワードの形で与えると、文章を書いてくれるというものです(もっとも、現在のところ、ほとんど実用になりません)。
 本書で提案する仕組みは、これらの方法とは違います。
 本書が提案する方法に従っても、実際の作業には大変苦労するでしょう。「テーマは見つからないし、見つかったとしてもどう組み合わせればよいのか分からないし……」という状況になるでしょう。
 テーマが見つかった後も、文章が自動的にできあがっていくわけではありません。執筆と編集の過程で、大いに苦労するでしょう。
 しかし、この仕掛けに従って作業すれば、必ず一定の成果が得られます。
 化学の実験で、原料を決められた分量だけ混ぜ、決められた時間、決められた温度で熱すれば、必ず化合物ができます。それと同じように、成果が得られるのです。
 これらによって何ができるのか、これまでの仕事のやり方に比べてどこが優れているのか、そうした点について、以下の各章で述べていくことにします。
 本書のアドバイスは、「アドホックに、そのときどきによってマチマチの方法で進める」のではなくて、「考えを進める仕組みを作っておく」ということです。ここで提案する手続きに従っていれば、必ず結果が出てくるような、そのような手続きの仕組みを作るのです。
 それに、この方法で仕事を進めれば、文章を書く作業が、この上なく楽しいものになるでしょう。

3.私が現在の仕組みにたどり着くまで

テキストエディタで文章を作成してきた
 私自身がこれまでどのようにして文章を書いてきたかを紹介したいと思います。
 私は、1980年代、NECのPC―9801というPCで「松」というワープロソフトが使えるようになって以来、文書作成をデジタル化していました。
 その後、MS―DOSの時代になり、さらにはウィンドウズの時代になって、「松」が使えなくなったため、文書作成・編集のソフトを、テキストエディタに切り替えました。「テキストエディタ」とは、文章を書くことに特化したPC用のソフトです。秀丸エディタやWZエディタを使ってきました。
 いま、文章作成のために多くの人が使っているのは、「ワード」というソフトです。なぜ私がワードを使わずにエディタを使っていたかというと、機能が大変優れているからです。具体的には、ジャンプ、一括置換、バックグラウンドの色の選択、1行の字数の変更、それに合わせた文字数の計算、などができるからです。私がワードを使わないのは、こうした機能が使えないからです。

グーグルドキュメントを使いだす
 スマートフォンを用いて音声入力ができるようになったとき、早速これを使いました。そして、音声入力した結果を記録するために、グーグルドキュメントを使うようになりました。この間の事情は、『究極の文章法』(講談社、2016年)で述べたとおりです。
「アイディアが浮かんだら、まず最初に、グーグルドキュメントに音声入力で記録する」という方式は、大変大きな成果を挙げました。
 ただし、それを文章にまとめていく作業は、依然としてエディタを用いていました。グーグルドキュメントは、入力した文章を編集するには、あまり便利ではないからです。とりわけ、その編集機能は、ワードと同じように貧弱です。この事情は、現在に至るまで変わりません。
 しかし、グーグルドキュメントは、文書やファイルを管理するためにはきわめて強力です。
 このため、私はあるとき、グーグルドキュメントを文書ファイルの保存場所とし、そこにある文書を正本とする方式に転換しました。
 そして、簡単な編集作業は、グーグルドキュメントで行ない、ある程度の量の編集を行なう際には、それをPCのファイルにコピーし、PCのテキストエディタで編集することとしたのです。その結果は、再びグーグルドキュメントにコピーします。
 PCにも記録を残しますが、これは予備用のものです。
 こうした利用法をするのは、グーグルドキュメントに保存しておけば、どんな端末からもアクセスできるからです。PCに記録したものは、そのPCによってしか開くことができません。
 グーグルドキュメントでは、コメントをつけたり文章を共有したりすることもできます。入力は、キーボードからだけでなく、音声入力でもできます。
 これによって、エディタだけで文章を書くのとは格段に異なる文章の書き方ができます。

4.「多層ファイリング」の提案

目的のファイルをどのように見いだすか?
 グーグルドキュメントを基本的なアーカイブ(文書保管庫)にした場合、目的のファイルをどのようにして見いだすことができるでしょうか?
 ファイルの総数が少ないうちは、「ファイル一覧」のページを開いて、そこに列挙されているファイル名を頼りにして見いだすことができます。
 私も、グーグルドキュメントを音声認識の記録用に用いていた頃には、そのようにしていました。ただし、ファイルの数が多くなってくると、この方法では、目的のファイルを見いだすことが困難になります。
 そこで、ファイル総数を増やさないために、「完成したファイルはPCで保管し、グーグルドキュメントからは削除する」ことにしていました。
 その後、前述のように、グーグルドキュメントを基本的な文書保管庫にすることに転換しました。これは、目的の文書をシステマティックに見いだすことができる仕組みが構築できたからです。
 グーグルドキュメントは「グーグルドライブ」という仕組みで管理されており、グーグルドライブには「フォルダ」という仕組みがあります。これを用いると、ウィンドウズの場合に「エクスプローラー」で開かれる「PC(旧マイコンピュータ)」と同じようにフォルダを分類していくことができます。ただし、この仕組みはあまり使い勝手がよくありません。そこで別の仕組みを考案する必要があります。

メタキーワードを用いた検索
 最初のうち行なっていたのは、検索によって目的のファイルを見いだす方法です。
 ファイルの中に入っていると考えられるキーワードを用いて検索していたのですが、その後、「メタキーワード」というアイディアを思いつき、これを併用して検索するようになりました。
 例えばアイディアに関するファイルであれば、「ああああ」というキーワード(これを「メタキーワード」と呼びます)をファイルに書き込んでおきます。そして、これと文章中のキーワードを組み合わせることによって検索するのです。
「ああああ」というのは通常の文章にはおそらく登場しないと考えられるために、文書の種類を識別するのに有効なキーワードとなります。
 これが、『「超」AI整理法』(KADOKAWA、2019年)で提案した方法です。そして、この仕組みを「超」メモ帳と名付けました。
 この仕組みは、メモに関してはかなりうまく機能するのですが、完成原稿をも含めた文書の保管庫とするためには、もう少し改良する必要がありました。
 あらゆるファイルを、もっと素早く、かつ確実に、引き出すことができる仕組みを構築する必要があるのです。

多層ファイリングシステム
 そこで考えたのが、リンクを用いる多層ファイリングシステムです。これは、図1―2に示すようなものです。

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 まず最上部に「メタインデックス・ファイル」があります。これはシステム全体の目次の機能を果たすファイルです。
 ここに、図で1、2、3などと示されているいくつかの項目があり、各項目から第2層のファイルにリンクが張ってあります。例えば5の項目からは、図で第2層の一番左に示してあるファイルにリンクが張ってあります。したがって、メタインデックスファイルで「5」をタップすれば、第2層の一番左のファイルが開かれます。以下同様にして、次々に下の層のファイルにリンクを張っていくのです。
 この具体的な形を、本書では、つぎの3つの箇所で述べています。

(1)第4章の2の「アイディア農場」
   思いついたアイディアを逃さずに捉えておく仕組みです。
(2)第5章の「アイディア製造工場」
   多次元の内容をシステマティックに構築していくための仕組みです。
(3)第8章の2の「外部脳」
   同時並行的な仕事を処理するための仕組みです。

「層」とは何か?
 層というのは、建物の階のようなものです。同じ階に部屋がたくさん並んでいるのと同じように、1つの層には、たくさんの構成要素が並んでいます。
 世の中にある誰もが知っている多層構造の具体例としては、住所表示、生物分類、図書分類、目次などがあります。
 日本の住居表示は、第1層が「都道府県」、第2層が「市区町村」、第3層が「番地」となっていて、分かりやすい構造です。これに比べて、欧米のは、市町村の下になるとstreet number(通りの名称)となるので、実に不合理です。
 生物分類は、典型的な層構造になっています。図書館ではいくつもの層によって、すべての書籍を分類しようとしています。
 層とは分類です。
「超」整理法、とくに押し出しファイリングは、分類して整理する方法論への挑戦でした。
 本書で、情報を層構造で保存しようとするのは、「超」整理法の基本思想の否定であると考えられるかもしれません。
 確かに、その側面があることは否定できません。
 しかし、これは、情報処理技術の進歩に伴う必然的な変化なのです。「超」整理法で対象としたのは紙の情報で、これに対して検索をしたりリンクを張ったりすることはできませんでした。
 それに対して、デジタル情報では、検索とリンクが可能になったのです。このような進歩を活用しようというのが、本書で提案している仕組みです。

3層で1000個のファイルを管理できる
 層はいくらでも増やしていくことができます。ただし、実際にはそれほど多くする必要はありません。なぜなら、2層か3層だけで、かなり多数のファイルを管理することができるからです。
 各層に10個の項目があるとすれば、3層構造のシステムでは、1000個のファイルを収納することができます。そして、これらをリンクで選べるようにしておけば、「メタインデックス」(ルートファイル)から始めて、1000個のファイルをほぼ瞬時に開けます。
 仮に4層にすれば、1万個のファイルを開けます。
 人間の脳の情報処理能力はかなり限定的なものであり、一度に7つ以上の対象を識別することはできないといわれています。これは、「マジカルナンバー・セブン」といわれる法則です。
 この制約は、多層ファイリングシステムを構築することにより、大幅に克服されることになります。

柔軟な仕組み
 多層ファイリングは、「超」メモ帳のメタキーワードの仕組みと併用することができます。
 さらに、1つのファイルにたどり着くルートが単一である必要はありません。複数のルートがあっても構いません。
 これらの点において、多層ファイリングシステムは、ウィンドウズの「エクスプローラー」で開かれる「PC(旧マイコンピュータ)」よりも優れています。

5.多層ファイリングによる「数秒の差」が決定的

必要なデータをリンクによって即座に引き出す
 多層ファイリングシステムにおいては、上位の層から下位の層にリンクを張ることによって、目的のファイルを即座に引き出せるようになっています。
 グーグルドキュメントで目的のファイルを引き出すためのもう1つの方法は、先に述べたキーワード検索です。もちろん、この方法でも目的のファイルは引き出せます。他のファイルには現れない特殊なキーワードを用いることができる場合(とくに、かなり長い文章を用いて全文一致検索ができる場合)には、即時に見いだせます。
 キーワード検索は、リンクを張るよりは、簡単にできます。
 ただし、一般には、この方法では、確実に1つのファイルだけを引き出すことはできません。メモなどであれば、これでもよいのですが、仕事の関係のファイルでは、どんな場合にも、「即座に、1つのファイルだけ」を引き出せることが必要です。
 ここで「即座に」というのは、「数秒のうちに」という意味です。
 実際には、数秒の違いが大きな差となるのです。

数秒の差で結果が変わる
 仕事相手と話しながら、必要な資料などが入ったファイルを開く必要がしばしば生じます。その場合、数秒で開けるのと、1分かかるのとでは、大きな差があります。数秒の違いで結果が変わるのです。仕事の効率が圧倒的に変わります。
 自分だけで用いる場合もそうです。私は、noteに「使える日本経済データ」というページを作って、自分自身が頻繁に使っていたのですが、noteのホームページからこのページを開くのは、若干面倒だと考えていました(noteとは、誰でも手軽に情報発信ができるサービスです。無料で記事を公開できるほか、有料販売もできます。2020年5月時点でアクティブユーザーが6300万人を突破し、注目が高まっています)。
 ところが、これを、3層構造のシステムに入れたところ、「数秒」だけ早く開けるようになりました。それができるようになってから、使用頻度が上がりました。また、見つからない資料がほぼなくなりました。
 仕事も生活も、「数秒」で大きく変わるのです。
 この「数秒」を稼ぐためには、若干の手間が必要です。つまり、キーワードだけでは十分でなく、リンク方式によらざるをえません。
 なお、原稿の場合、ファイルの中身は何度も書き換えることになるのですが、いったん作ったリンクは、そのままで利用できるので、全体として大した手間になるわけではありません。

「メタインデックス」というルートファイル
 「メタインデックス」とは、全システムの出発点となるページです。「基本インデックス」といってもよいし、「全体の総目次」といってもよいものです。
 ここから、さまざまなページにリンクが張られていきます。
 私は、ファイルを見いだすために、「書籍ファイル」、「連載ファイル」などというルートファイルを作っています。そして、これを「メタインデックス」というルートファイルからリンクしています。
 つまり、メタインデックスを引き出すことができれば、あとは数珠つなぎでリンクをたどることによって、目的のファイルを即座に開くことができるわけです。
 これを開ければ、目的のファイルに必ずたどり着くことができます。この安心感は大変大きなものです。

メタインデックスを素早く引き出すには
「メタインデックス」は、簡単な手続きですぐに開ける必要があります。
 メタインデックスは、頻繁に参照するにもかかわらず、編集することはそれほど頻繁ではないため、何もしないと、一覧ページの下のほうに行ってしまって、見いだしにくくなる場合があります。
 これを防ぐためには、いくつかの方法があります。

(1)第1の方法は、メタインデックスのページに、「うううう」などというキーワードを書き入れておくことです。グーグルドキュメントのファイル一覧の画面で、検索ウィンドウに「うううう」と入力すれば、「メタインデックス」を開くことができます。この「うううう」を、私は「メタキーワード」と呼んでいます。「うううう」としたのは、ファイルの本文ではまず使われていない言葉であるし、簡単に入力できるからです(これが簡単に入力できるのは、私は、PCでもスマートフォンでもアルファベット入力を用いているからです。スマートフォンでフリック入力を用いている場合には、入力しやすい別の文字列を選ぶのがよいでしょう)。

(2)第2の方法は、「スター」をつけることです。この方法を用いる場合、スターを付したページはごく少数(できれば、2、3個)にとどめておく必要があります。そうでないと、他のページに紛れてしまって、メタインデックスをすぐに見いだすことができません。

(3)第3の方法は、「メタインデックス」のどこかに「あ」という文字を入力しておき、それをときどき削除したり、再入力したりすることです(もちろん、「あ」でなく、別の文字であっても一向に構いません)。こうすると、編集されたことになるので、「メタインデックス」は、いつもページの上方に位置することとなり、使いやすくなります。

6.文書をクラウドで管理することが必要

クラウドに上げる
 以上で提案している仕組みで文章を書いていくためには、必要な条件があります。
 第1は、文書がデジタル形式になっていることです。つまり、紙に鉛筆やペンで書くのではなく、PCやスマートフォンなどのデジタル機器を用いて文章を書くことです(ただし紙のノートなどにメモを書くことを否定しているわけではありません。これについては、第3章の2で述べます)。
 第2は、デジタルデータがクラウドに上がっていることです。
 いまでは、原稿用紙に原稿を書いている人はほとんどいないでしょう。しかし、「いまの方法で十分だから、それでよい。現在の仕組みを変えて、クラウドに上げる必要などない」と考えている人が多いでしょう。
 それに対して本書は、「考えを変えてください」と提案します。

なぜクラウド保存が必要か
 なぜデータをクラウドに上げることが必要なのでしょうか?
 第1の理由は、さまざまな文章をリンクや検索などの方法によって自由自在に管理するためには、文書がクラウドに上がっているほうが便利だからです。
 PCなどの端末に保存してあるデータを検索する機能は、不完全なものです。例えば、Windows10の検索では、検索キーワードがファイル名に入っている場合には、そのファイルと本文中の該当箇所を示します(ただし、ファイル名と検索キーワードが完全に一致していないと、引き出さないことがあります)。
 しかし、検索キーワードがファイル名に入っていないと、本文中に検索キーワードがあっても、「検索条件に一致する項目はありません」という結果が出るだけです(ただし、検索キーワードがファイル名に入っていなくても、本文に入っていれば引き出すことも、稀にあります。どのような場合にこうなるかは、よく分かりません)。
 これでは、ほとんど使い物になりません。
 クラウドにあるデータは、さまざまな方法で引き出すことができます。「全く手がかりを失った」と思うときでも、本文中のキーワードをなんとか思い出せれば、検索で見いだすことができます。魔法のようです。
 もう1つ重要なことは、クラウドのほうが安全だということです。自分のPCでは、マシンの不具合で問題が生じる場合があります。うまく保存できないときなど、ヒヤリとします。仮にマシンが故障すれば、保存してあったデータが引き出せなくなることがあります。
 これまでは、できあがった文書はできるだけ早くメールで送ってしまおうと思っていたのですが、いまはグーグルドキュメントに上げれば安心と思っています。間違って削除しても取り戻せます。
 クラウドに馴染んでいない方は、「クラウドのほうが遥かに安全」ということを実感できないのではないでしょうか? それは、クラウドに上げると、誰かに内容を読まれてしまうという錯覚があるからではないでしょうか?
 しかし、そうした人たちも、メールにはあまり抵抗がありません。メールもクラウドなのに、なぜ抵抗がないのでしょう? 「慣れ」の問題だけではないでしょうか?
 クラウドの威力を知らないために、使っていない人が多いのです。きわめて簡単な操作で効果が大きいことを強調したいと思います。実際、私自身が、ついこの間まで、グーグルドキュメントの機能の1%も使っていなかったのです。

クラウドは簡単に利用できる
 クラウド保存は、現在では、きわめて簡単にできます。
 すでにグーグルドキュメントのアプリをダウンロードしてある場合には、それを用います。あるいは、DropboxやEvernoteをダウンロードしている人は、それを利用します。OneDriveもあります。iPhoneを利用している人であれば、デフォルトで付いているメモアプリを使うことも考えられます。
 私はグーグルドキュメントの使用を強くお勧めします。無料であり簡単にダウンロードできます。これを用いるための障害は、「面倒」だという思い込みだけです。それを乗り越える意味は非常に大きいので、ぜひ転換してください。
 また、単なる惰性もあります。実際、「音声入力を人前でやるのは恥ずかしい」という人が多いのですが、それは、単に慣れていないからというだけのことです。その証拠に、携帯電話なら、多くの人が何の抵抗もなしに人前で話しています。新しいことをやるのは、どんな場合にも抵抗があるのです。
 以下、本書では、このような態勢が準備できているものとして話を進めます。

会社がクラウドの利用を制約している
 グーグルドキュメントの活用は、大量の文書管理のためにきわめて有効な手段になります。
 私は『「超」AI整理法』で、これを用いた個人用情報管理システムを提案しました。
 ところが、ある人が、「この仕組みは大変便利だが、会社の仕組みでは使うことができない。会社から支給されているスマートフォンは、ダウンロードできるアプリが決まっており、自分勝手にアプリをダウンロードするわけにはいかないから」というのです。これを聞いて、私は仰天してしまいました。
 実は、私がnoteで行なったアンケート調査でも、62・3%が、「グーグルドキュメントは使えない」と回答していました。
 日本の大企業の多くは、独自のデジタル情報システムを構築しており、すべての社内情報を社内サーバで処理しようとしています。
 右のアンケートでも、「いまだにCOBOLでできた基幹システムを、高齢のエンジニアが徹夜でメンテしている。自社の独自性に固執しすぎている」、「セキュリティポリシーに縛られて、思考停止状態」、「社外で顧客情報を取り扱うことができないため、テレワークが難しい」などの意見がありました。こうした状況は、ぜひとも改革すべきです。

クラウドは在宅勤務にも不可欠
 グーグルドキュメントは、在宅勤務のためには、きわめて有効な手段になります。
 それにもかかわらず、情報システムは自社で閉じており、グーグルドキュメントのようなクラウド情報管理を排除しています。だから、在宅勤務しようとすると、アクセスが集中してパンクしてしまうようなことが起きるのです。
 日本では、多くの企業が自分自身のネットワークに閉じこもっていて、それを外部のネットワークにつなげていません。そのため、自社の人との間ではデジタル情報交換ができても、他の会社の人との間で行なうのは不可能、ということになります。
 会社だけではありません。日本政府もそうです。政府は2020年にクラウドを導入することを決めました。「今頃クラウドか!」と驚いたのですが、それが日本の実態なのです。
「オープンイノベーション」ということが叫ばれますが、デジタル情報管理システムが自社中心で固まってしまっていては、望むべくもありません。こうした状況は、なんとかして改革する必要があります。

7.「敵と思えば敵」になり「味方と思えば味方」になる

人間は新しいものを「敵」と考える
 やや唐突と思われるかもしれませんが、ここで、「敵味方理論」と私が呼ぶ考えを述べたいと思います。これは、私が長年信じている考えです。仕事の進め方について、重要な意味を持つ「理論」だと思います。
 人間は、新しいものに対しては本能的に警戒心を持ちます。そして「敵」だと考えて身構えます(人間だけでなく、動物一般がそうです)。
 新しい道具の場合もそうです。それに対して警戒心を持ち、「敵」だと考えると、反感を持ち、自分から進んで使うことはありません。したがって、ますます離れていくことになります。
 逆に、何かのきっかけで、新しい道具が自分にとって利益をもたらしてくれるということが分かると、それをますます使い、仕事の能率が上がり、さらに使っていく、という好循環が起きます。つまり、力強い味方になるわけです。
 考え方を「敵」から「味方」に転換しただけで、このような大きな変化が起きるのです。

グーグルドキュメントは「敵」と見なされやすい
 IT関連の新しい手段は「敵」と考えられやすいのです。
 なぜなら、ある年齢以上の世代については、ITは「生まれたときからあった」ものではなく、「生涯の途中で新しく登場したもの」だからです。
 本書で述べている「グーグルドキュメント」や「共有」、「コメント」などの機能について、それが典型的にいえます。
 いままで使っていなかった手段なので、馴染みがなく、警戒感を持ちます。「これはごく一部の特殊な人が使うものであって、私には関係がない。かえって邪魔になる」と、本能的に考えてしまうのです。
 私自身がそうでした。例えば、グーグルドキュメントの共有機能です。うっかり共有してしまうと、「そのファイル以外のものまで、見えてしまうのではないか?」という恐怖心がありました。そのため「君子危うきに近寄らず」と、敬遠していたのです。
 グーグルドキュメントの「コメント」もそうです。「私は、自分で文章を編集しているだけだから、こんな機能はいらない。うるさくて邪魔なだけだ」と考えていました。しかし、いったん使いだしてみると、これらがきわめて強力な機能であることが分かりました。
 グーグルドキュメントが、ワードやテキストエディタなど、端末だけで使う文章作成ツールとは、全く違うものであるということが実感できます。

ワープロを敵だと考えた人は多かった
 私は、音声入力については、かなり早い時点で自分の味方であると意識したので、積極的に使い、それを自分の仕事の体系での重要な道具として位置付けてきました。
 このため、いまでは、スマートフォンを用いた音声入力は、私の仕事において、欠くことのできない重要な道具になっています。
 思い返してみると、同じことは、1980年代においてすでに生じていたのです。
 その頃に、初めて「ワープロ(ワードプロセッサ)」というものが登場しました。しかし、多くの人は、これに対して反感を持ちました。つまり、「敵」だと考えたのです。
 そして、「ワープロを使うと文章が機械的になる」とか、「味気がなく、人間味のないものしか書けない」、「文章は、ペンの重みを手に感じながら、原稿用紙に書いていかなければならない」などということが、盛んにいわれました。
 私はワープロが登場した直後からこれを使い始めたのですが、それには理由があります。ワープロに対して敵意を持つのは、それがコンピュータだからということもあるのですが、多くの場合、理由はキーボード入力にあります。
 欧米ではタイプライターが普及していたため、キーボードから入力することに対して大きな抵抗がありませんでした。
 ところが、日本では、タイプライターはごく一部の人しか使っていなかったのです。しかも、それは「和文タイプライター」という奇妙な存在でした(欧米のタイプライターのように少数のキーボードだけでなく、漢字を打つためのきわめて多数のキーボードを備えた装置)。
 ところで、私は、1970年代にアメリカに留学し、博士論文を書くために、自分でタイプを打たなければならなかったのです(仕事のために渡米した人たちは、会社のオフィスでタイピストにタイプを頼んでいたでしょう。私は貧乏学生だったので、タイピストを雇えなかったのです)。
 このため、ワープロが登場したとき、キーボードからアルファベットで入力するのは、きわめて簡単なことでした。こうして、原稿用紙からワープロへと、スムーズに移行できたのです。
 ワープロを自分の味方だと考えたのは、このような理由によります。そして、そのことによって、私の仕事の能率は、それ以降、大きく向上しました。

本書が提案する仕組みを「味方」にしよう
 なぜ敵味方理論について述べたかといえば、その理由は、本書で述べる仕組みについても、「それは自分には関係のないものであり、敵である」と感じる方が多いと考えられるからです。
 しかし、これを使うのに、何の障害もありません。ワープロの場合のキーボードのような障害もないのです。必要なのは、考え方を変えることだけです。ぜひ、これを味方だと思って使い始めてください。
 そうすれば、あなたの世界は一変することになるでしょう。


第1章のまとめ

.本書で「文章を書く」とは、「自分の考えを伝える。意見を言う。主張を述べる」ことを指します。このための教育は、学校ではなされていません。これまでの文章読本が指南してきたのは、書く内容があって、それを正しい表現で書くことです。しかし、実際に重要なのは、まず、書く内容を見いだし、アイディアを成長させ、それを組み上げていくことなのです。本書はそれに重点を置いています。

.本書で提案している主要な方法は、つぎの3つです。
   (1)クリエイティング・バイ・ドゥーイング
   (2)アイディア農場
   (3)多層構造で本を書く

.ここで提案しているのは、文章作成を自動化しようという試みではありません。しかし、ここで述べている方法に従えば、苦労はしますが、誰でも本を書き上げることができます。

.作業中の文章をクラウドに上げて作業することが重要です。「マジカルナンバー・セブン」といわれる制約は、多層ファイリングシステムを構築することにより、克服されます。多層ファイリングシステムにおいては、上位の層から下位の層にリンクを張ることによって、目的のファイルを即座に引き出せます。これによる「数秒の違い」が決定的な場合があります。

.新しく登場した道具を「敵」と見なせば、どんどん離れていってしまいます。逆に、それを「味方」と考えれば、大いに役に立つ存在になってくれるでしょう。


第2章 テーマをどう見つけるか?

 書籍のテーマが、あらかじめ決まっている場合には、執筆は比較的楽です。
 しかし、実際には決まっていない場合が多いでしょう。こうした場合に重要なのは、伝えたいメッセージを見いだすことです。「テーマを探し出すこと」が、文章執筆の第1歩です。
 テーマは、基本的には「考え抜く」ことによってしか見いだせませんが、この章ではそれを補助する仕組みを提案します。とくに重要なのは、「クリエイティング・バイ・ドゥーイング」です。

1.テーマを見いだすことこそ重要

テーマ探しは金脈を探すようなもの「うまく見つかれば8割は完成」
 文章を書く場合にまず最初に必要なのは、「そもそも何について書くのか?」を決めることです。
 私は、『「超」文章法』(中公新書、2002年)において、「問題を捉えることが最も重要」と書きました。そして、それが8割の重要性を占めているとしました。
 このことはいまでも正しいと思っています。
「何について書くか?」、「何を目的にするのか?」という「テーマの選択」、あるいは「目的の選択」こそ、最も重要です。
 これは、創造活動の第1歩です。適切なテーマが見つかり、問題を設定できれば、仕事は8割はできたといっても過言ではないでしょう。
 物書きにとって、「テーマ」とは金鉱のようなものです。それをうまく探し当てられれば、そこを採掘することによって、大量の金を掘り出すことができます。
 アルキメデスは、「我に支点を与えよ。そうすれば地球を動かしてみせる」といったそうです。文章を書く場合に当てはめれば、「我にテーマを与えよ。そうすれば世界の常識を覆してみせる」ということができます。
 逆にいえば、金脈がないところをいくら掘っても、金は掘り出せません。採掘の努力は徒労に終わるのです。
 金鉱は、地表からはなかなか見つかりません。大量の金が埋蔵されている金鉱を見いだすことは、物書きにとって、最も重要なことです。
 組織の一員として仕事をしている場合、「何をすべきか」についてのおおよその方向付けは、上司の判断などによって決められている場合が多いでしょう。しかし、その枠内においても、それをどのような観点から見て、どのように処理するかということについては、あなた自身の判断が重要なはずです。

「よい質問」をすることが重要
 私がアメリカに大学院生として留学したときに最も印象的だったことの1つは、教授が学生の質問に対して、「それはよい質問だ」としばしばいったことです。
 アメリカの学生はよく質問します。その質問がよい質問か、平凡な質問か、あるいは悪い質問かの評価をされるのです。
 日本の学校では質問をする学生がそれほど多くないので、教師からこうした反応を聞くことはありません。そのため、「よい質問だ」というコメントは、大変新鮮な印象でした。
「よい質問をした」ということは、「よい問題を捉えた」ということです。つまり、「探求すべきテーマを見いだした」ということです。ですから、「よい質問をする」のは、大変重要なことなのです。
 教授自身が、学生の「よい質問」に触発されて、何かを思いついたこともあるのではないかと思います。
 私は、日本に帰ってきて大学で教えるようになったとき、学生からできるだけ多くの質問を受けるようにしました。そして、その質問をメモしていました。質問に触発されて私が思いついたことを、メモしていたのです。

問題だけを残した人も数学に寄与した
 問題を設定して、その答えを書かなかった人もいます。
 最も有名なのはピエール・ド・フェルマー(1607年―1665年。フランスの裁判官)です。
 フェルマーの最終定理と呼ばれるものは、「3以上の自然数nについて、xn+yn=znとなる自然数の組(x, y, z)は存在しない」という命題です。フェルマーの死後330年経った1995年にアンドリュー・ワイルズによって初めて完全に証明されるまで、この命題が正しいかどうか分からなかったのです。
「問題を設定できれば答えを見いだすのは簡単」といいましたが、どんな場合にもそうであるわけではないのです。
 数学には、「○○○予想」といわれるものがいくつもあります。問題だけで、それが正しいかどうかの答えがいまだに見つからないのです。しかし、こうした問題が数学を進歩させたことは間違いありません。質問こそが重要なのです。

テーマに関する需要と供給の法則
 書籍や論文のテーマであれば、需要が大きいもの、つまり、多くの人が必要であると考えているもの、あるいは多くの人が関心を持ちそうなものを選ぶというのが、多くの著者の選択です。
 しかし、そのようなテーマに対しては、供給も多いのが普通です。そこで、供給側の条件、つまりあなた自身の相対的な位置を考える必要があります。
 多くの人が書けるようなものを書いても、大量の供給の中に埋もれてしまうでしょう。その逆に、あなた以外の人には書けないものを書くことができれば、大変有利な立場に立つことになります。
 現代の世界では、インターネットの反応を全く無視するわけにはいかないので、ツイッターなどの「いいね」の数を無視するわけにはいきません。霞を食って生きている仙人であればともかく、世の中の動向を全く無視して超然としているわけにはいかないのです。しかし、私は、それに振り回されることがないように努力しています。
 需要が大きいものに対応することは必要です。しかし、それだけでなく、自分がどのような供給ができるかを考えることも重要です。この両者の調和が必要なのです。
 なお、多くの人が関心を持っていることについて、一般にいわれていることが間違いであるとか、観点を変えれば全く別の結論が出てくるといった場合があります。多くの人の考えをただ受け入れるのではなく、それにチャレンジすることが必要です。
 事実そのものに関する情報は、いまやウエブの検索をすればいくらでも得られます。そんなことを述べてもしようがありません。それに、事実に関しては、現場にいる人のほうが詳しく知っているのは間違いないことです。2次情報や3次情報を広げたところで、価値は少ないでしょう。
 事実に関する2次情報を、あなたが書く必要はありません。リンクすればよいだけのことです。
 しかし、その事実の意味、背景、解釈、あるいは将来における予想などを述べるのであれば、価値があります。そうしたことにこそ、力を注ぐべきです。
 なお、「問題の設定こそ重要」というのは、書籍や論文の執筆に限ったことではありません。「何をしたらよいのか?」、あるいは、「そもそもどんな職業に就いたらよいのか?」ということこそ、最も重要な選択なのです。これらの選択に関しても、先に述べたこと(需要、供給の両面を考慮する必要がある)がいえます。

AI時代に「テーマ選択の重要性」は高まる
 ITの進歩によってもたらされた大きな変化は、テーマさえ見つけられれば、それに関する情報を探し出すのが簡単になったことです。
 30年ほど前までであれば、テーマを見つけたとしても、それを掘り下げていくための情報を得るのは、容易なことではありませんでした。そのためには、書籍や雑誌などを参照しなければならなかったのです。
 しかし、いまでは、そうした情報は、ウエブを検索することによって簡単に集まるようになっています。とくに統計データについて、そのことがいえます。また、海外の論文へのアクセスも、グーグルスカラーによって可能となっています。
 ただし、ウエブで得られる情報は断片的なものが多く、ものの考え方、とくに基本的なものの考え方について、ウエブが適切な情報を提供してくれるのかどうかは、大いに疑問です。
 第1章の2で紹介したように、AIによって自動的に文章を書くアプリも、すでにインターネットで提供されています。実際、スポーツ記事などについては、AIが書いた記事が配信されています。一般的な文章については、現在のところ性能が悪く、ほとんど実用にならないのですが、将来は進歩するかもしれません。
 しかし、こうした機能を利用するためには、「何について書くのか」というテーマを与える必要があります。
「何について書くのか」、「どのような観点から書くのか」は、著者が決めなくてはならないことです。それについての重要性は、AIの時代に高まるでしょう。

2.クリエイティング・バイ・ドゥーイング

テーマを見つけるには「考え抜く」しかない
 では、どうしたら、「適切なテーマ」や「よい質問」を見いだせるでしょうか?
 テーマは何もしないでいるときに天から降ってくるものではありません。また、テーマ探しをやれば必ず見つかるというわけでもありません。「ボタンを押せば適切なテーマが示される機械」などというものも、ないのです。
 よいテーマを見つけるためには、「つねにテーマ探しを意識し、さまざまな情報を捉え、考えに考え抜く」ということしかありません。
 探して探して、探し続けるのです。「2階の窓から飛び降りたくなるほど」探さなくてはならないのです。
「たくさんの情報を収集すればテーマが見つかる」というわけでもありません。あまりに大量の情報を集めれば、情報洪水に飲み込まれて、方向を見失ってしまうでしょう。

仕事を続けていればテーマが見つかる
 2002年に『「超」文章法』を書いたときには、「テーマの発見は8割の重要性を占めているにもかかわらず、明確な方法を見いだすことができない。具体的な方法はない」と書きました。
 では、この問題については、全く答えがないのでしょうか?
 実は、この点について、私の考えは変わりました。以下でそれについて述べます。
 テーマを見いだすための最も確実な方法は、「仕事を続けること」です。仕事を続けていると、その中から新しい疑問が生じ、新しいテーマが見つかるのです。
 これを「クリエイティング・バイ・ドゥーイング」ということにしましょう。
「ラーニング・バイ・ドゥーイング」ということがいわれますが、知的生産においては、「クリエイティング・バイ・ドゥーイング」が重要なことです。これは、「仕事をしながら創り出す」ということです。アイディアの多くは、仕事がある程度進んだところで出てくるのです。
 テーマも同じです。「テーマ探しをやって適切なテーマを探し当て、それから仕事を始めて進めて完成させる」ということは、滅多にありません。
 そうではなく、「何かのテーマで仕事を始めていろいろ調べたところ、別のもっと適切なテーマがあると分かり、実はそれが本当の金鉱であることを見いだし、テーマをそれに変更して仕事を進める」という場合のほうが多いのです。つまり、テーマも、試行錯誤でしか見いだせない場合が多いのです。

とにかく仕事を始めること
 したがって、必要なのは、「とにかく始める」ことです。準備ができてから始めるのでなく、準備がなくとも始めるのです。
 多くの人は、テーマが見つかってから動きます。その順序を逆転させることが必要なのです。「とにかく何か書いてみる」、「すると成長する」。このことを、私は、毎日実感しています。
 仕事の中で一番難しいのは、出発することです。出発すれば進みます。そして完成します。
 多くの人は、テーマが見つからないから始めないのですが、そう簡単にテーマが見つかるはずはありません。そして、仕事を始めないと、そのことに頭が向きません。しかし、仕事をとにかく始めることなら、誰にでもできます。
「クリエイティング・バイ・ドゥーイング」は、本書が提案する最も重要なノウハウの1つです。そして、本書は、ただ「始めよ」というのでなく、そのための仕掛けを、以下のように提案しています。

思いついたことを音声入力で書き留める
「仕事をとにかく始めることなら、誰にでもできる」といいました。しかし、しばらく前までは、PCで作業をする場合においても、「仕事を始める」ことに対して一定の障壁がありました。
「仕事を始めよう!」と決心して机に向かって座り、PCの電源を入れるという作業が必要だからです。現実には、たったこれだけのことが大きな障壁になるのです。
 しかし、現在では、この障壁が非常に低くなっています。スマートフォンを取り出し、メモのページを開き、音声入力でとにかく何かを話してみる。それだけの操作でテキストファイルの原稿ができます。これに関して、後で述べるようなさまざまな仕組みを構築していくことが可能です。思いついたアイディアを逃さないようにする仕組み、そして、そうしたアイディアを育てていく仕組み、それらのアイディアをまとめて組み上げ、構成していく仕組みです。これらについてこれから述べます。
 ただ、これらの整備は徐々に行なえばよいことで、とにかくこの第1歩を踏み出すことが創造活動で最も重要なことなのです。
 そうした中で最も重要なのは、「まず何かを書く」ということです。そのための重要な手段が音声入力です。
 仕事を始めていれば、朝起きたときに何か考えが浮かぶはずです。思いついたことを音声入力でメモします。
 昨日、人と会って話したことを思い出してみましょう。そこに何かよいアイディアが潜んでいないか? 昨日読んだ本で、何か手がかりになることはなかったか?
 このようにして思いついたことをすぐに記入できるように、スマートフォンを枕元に置いておきます。
 朝食のときに新聞を読んでいる人も多いでしょう。何か意見をいいたい記事を探します。そして、その記事に対する意見や感想を書いておきます。
 仕事が一段落して立ち上がるとき、アイディアが浮かぶ場合も多いでしょう。

グーグルドキュメントを強く推奨
「とにかく始める」方法として、「スマートフォンのメモのページに音声入力する」と述べました。「とにかく始める」方法は、これ以外にもあります。思いついたことを書き留める方法としては、紙片やメモ用紙、あるいはノートに書き留めるという方法もあります。
 これらのどれを用いてもよいのですが、いつでもどこでも書くことができ、そこから成長させられるという点から、スマートフォンを用いてグーグルドキュメントに書くことを強く推奨します。その際に音声認識を用いることも強く推奨します。
 メモ用紙やノートなどに書き留めたメモは、そこから成長させることが、できなくはないのですが、効率的にはできません。デジタルな形態になっていても、PCというローカルな端末に保存しているのでは、それを成長させていくことが難しいのです。
 アイディアを成長させるためには、文書がデジタル情報の形で書かれており、しかも、それがクラウドに保存されていることが必要です。そうでないと、以下に述べる仕組みはうまく機能しません。ただし、ごく最近では、AI(人工知能)のパタン認識能力が向上してきたので、手書きのメモなどについても、それをデジタル化して処理することが可能になってきました。これについては、第3章で述べます。

どうしたら成長させられるか
 浮かんだアイディアをすぐにキャッチできる仕組みを作った後で必要なのは、それらのアイディアが成長できるような仕組みを作ることです。
 これが第4章で述べる「アイディア農場」です。
 このために、第1章で述べた多層ファイリングの仕組みが重要な役割を果たします。ここで書き留めたアイディアからさらに新しいテーマを見いだしていきます。
 全体の体系を作り上げてしまうと、アイディアが出やすくなります。
 第5章で述べるような方法で全体の体系ができあがってくると、抜けている部分などについて、新しい考えが出てきます。この場合は、その考えをどこにはめ込むかがはっきりしているので、新しいアイディアを書き留めることは簡単です。それとこれまで書いたところとの反応で、さらに新しい発展が期待できるでしょう。
 これによって、「それまで続けていた作業がまた最初から始まる」ということもあります。
 モノを製造する現実の工場では、ベルトコンベアに乗って一方向に工程が進みますが、アイディアを作る工場では、「行ったり来たり、逆戻りしたり」といった過程が頻繁に生じるのです。これが、アイディア製造工場とモノを製造する工場との大きな違いです。
 こうしたメカニズムを活用するためにも、「とにかく仕事を始める」ことが重要です。そして、仕事を始めれば、仕事は完成します。

3.質問ジェネレーター

異質な考えに接する
「仕事をしながらテーマを見いだす」と述べました。ただし、テーマを見いだす方法は、それだけではありません。テーマ発見器はありませんが、その近似物を作ることはできます。以下に述べる「質問ジェネレーター」がそれです。
 この方法の要点は、異質な考えに接する機会を作り出すことです。自分1人の考えに閉じこもっていては、質問はなかなか出てきません。質問は、異質な考えに接することによって出てくるのです。その具体的方法を以下に述べます。

本を読んで著者に質問する
 異質な考えに接するために最も効率的なのは、本を読むことです。
 そして、そこに述べられている考えに対して質問をすることです。もっといえば、そこで述べられている考えに反論することです。それによって問題を掴むことができます。
 これは、普通考えられている読書法とは異質なものです。多くの人は、本から教えを受けようとしています。つまり、著者から知識や考え方を学ぼうというのです。
 しかし、ここで推奨している方法は、そうした受け身の読書ではなく、もっと積極的なものです。最初から喧嘩腰で本に臨むのです。本に対して批判的な態度で接し、異議を唱えようとするのです。
 私は、アメリカで大学院の学生として勉強していたとき、図書館の本を読んでいて、「この考えは間違っているのではないか?」といった類の書き込みがあるのを見て、大変興味深く思いました。考えてみると、昔から、多くの人が本に書き込みをしていました。
 なお、カレントトピックス(時事問題)については、新聞や雑誌の記事について、同様のことを行なうことができます。

講義とブレインストーミング
 異質な考えに接するためのもう1つの方法は、講義をすること、あるいは研究会のような集まりで発表することです。ここでの質問から、新しい発想が出てきます。
 私は、新型コロナウイルスの感染拡大で集会ができなくなるまで、毎月1回、特別講義と称して公開講義を行なってきたのですが、この大きな目的は質問を出してもらうことでした。
 あるいは、ブレインストーミングを行なって自分の考えを出し、それに対して質問をしてもらうことが考えられます。能力の高い人たちとのブレインストーミングなら、多くを期待することができます。ブレインストーミングについては、第7章で詳しく述べることとします。

メモと対話する
 対話のメモを見直すことも有用です。他の人の考えに接すれば質問が出てきます。こうしたメモには、手書きのものが多いでしょう。これらは、写真に撮り、データベース化します。
 自分のメモを後から見ることは、しばしば有用です。状況が変わってその問題を新しい観点から、つまり、別人のような視点で、見ることができるからです。
 何週間も前のメモを見て、「こんなによいことを考えていたのか!」と自分で感心することもあります。そうしたものが見つかると、貴重な玉手箱を持っているような気持ちになります。ここで提案しているシステムは、昔から作家が書いていた「創作ノート」と同じものですが、AI(音声入力)とクラウド管理(グーグルドキュメント)によって、遥かに強力な仕組みになっているのです。これは、自分自身との対話、です。これをグーグルドキュメントのコメント機能の活用で進められます(第4章)。

私は質問をたくさん持っている
 私は質問をたくさん持っています。私が最も恐れるのは質問がなくなってしまうことですが、当面は恐れることはありません。質問が次々に湧き出してくるからです。本章の2で述べたように、仕事を進めていることが、問題を捉えるための最強の方法です。
 私は、子供の頃から、疑問を持ち続けてきました。例えば、つぎのようなことです。
 分数の割り算は、分子と分母を逆にして掛ければよいのはなぜか?
 夜が暗いのはなぜか? 星は無数にあるのだから、不思議なことだ。「宇宙が膨張しているからだ」という答えを知ったのは、ずいぶん後のことです。
 なぜメキシコとアメリカの間にはこれほどの豊かさの差があるのか? カリフォルニアに留学していたとき、アメリカの豊かさを見て、毎日のようにそう考えていました。いまに至るまで満足できる答えを見いだせません。
 友達同士で問題を作っていたこともあります。
 マーティン・ガードナーの数学パズルが面白かったのは、問題の設定が面白かったからです。私は、いまでもたくさんの質問を持っています。そして、さまざまな方法によって、これらの質問に対する答えを見いだそうとして努力しています。
 例えば、つぎのような質問です(これらは、新型コロナウイルス期以前の日本経済に関するものですが)。

 ・人手不足なのに、なぜ賃金が上がらないのか?
 ・日本企業の売上高は伸びていないのに、なぜ利益が増えるのか?
 ・日本の産業は元気がないのに、なぜ株価が上昇するのか?

漠然とした問題設定ではだめ
 原稿依頼やインタビューなどで、私がそれまで関心を持っていなかったこと、あるいは漠然としか意識していなかった問題を示されると、大変ありがたく思います。
 そのことについて関心を寄せることになるからです。
 ただし、それは、具体的なテーマを示された場合であって、「日本経済の問題点について」とか、「技術の新しい進展について」といった漠然としたテーマでは、このようなことにはなりません。「いかにしたら生産性を高められるか?」、「いかにしたら豊かになれるか?」では、問題の設定が広すぎ漠然としているため、答えを出すことができません。もっと操作可能な形で問題を設定しなければなりません。

クリエイティング・バイ・ドゥーイングのまとめ
 以上で述べたことを、図2―1と2―2で説明しています。
 文章の作成について多くの人が考えているのは、図2―1のような方法です。つまり、「まずテーマを見つけ、それから仕事に着手し、文章を徐々に成長させていって、完成する」という方法です。
 それに対して、図2―2に示すのが、「クリエイティング・バイ・ドゥーイング」の方法です。つまり、「とにかく始める」のです。なお、この際に、本章の3で述べている「質問ジェネレーター」の助けを借りることもあります。
 そして、第4章で述べる「アイディア農場」の仕組みによって、アイディアを育てていきます。さらに、第5章で述べる「アイディア製造工場」で最終的な完成品を作ります。
 重要なのは、一方向的な動きだけでなく、逆向きの動きもあることです。

画像5


第2章のまとめ

.テーマを捉えることこそ重要です。「質問を考え出すこと」といってもよいでしょう。これができれば、仕事の8割は完成したことになります。

.テーマを捉えるために最も有効なのは、「とにかく仕事を始めること」です。仕事をしていれば、そこからテーマや質問が生まれてきます。これが、「クリエイティング・バイ・ドゥーイング」です。

.テーマや質問は、異質なものとの出会いによって生まれます。これを積極的に行なおうとするのが、「質問ジェネレーター」です。


第3章 アイディアの材料を集める

 アイディアを成長させるためには、それをさまざまな情報と組み合わせる必要があります。したがって、外部から入ってくる情報を適切に管理する必要があります。
 私の場合、外部から入力される情報としては、つぎのものがあります。
 第1は、新聞記事です。これは、プッシュされてくる情報です。これについて、本章の1で述べます。
 第2は、自分が持っている問題意識に関連して、自らプルする情報です。これには、さらに2つのものがあります。第1は、ウエブの検索で得る情報。第2は、自分が持っているデータベースの検索です。これらについて、本章の2で述べます。
 本章の3では、写真メモの検索について述べます。

1.新聞記事の整理は簡単でない

保存した記事のほとんどは使わない
 新聞記事は有用な情報源ですが、保存整理することが著しく面倒な情報源でもあります。
 昔から多くの人が、「新聞切り抜き」に悪戦苦闘してきました。
 ITの進歩で状況は大きく変わってきたのですが、それでも厄介な作業であることに変わりはありません。
 新聞記事の収集・保存に関して最も重要なことは、「明確な問題意識なしに収集・保存しても、大部分は使うことがなく、忘れられてしまう」ということです。
 逆に、「後になってから必要になる新聞記事は保存しておらず、ネットで探しても見つからない」という場合が多いのです。
 新聞記事には重要と思われる情報が含まれていることが多いので、どうしても、「残しておきたい」という考えにとらわれます。しかも、本章で以下に述べるように、新聞記事の保存は、昔に比べれば、ずっと容易にできます。そこで、どうしても大量の新聞記事を保存することになってしまうのです。
 しかし、後になってから本当にその情報が必要になるかどうかは、将来の自分がどのような仕事をしているかにかかわるので、予測が難しいのです。
 このように考えると、新聞記事の収集・保存は、きわめて難しい仕事であることが分かります。

「プッシュ」される情報の選別は難しい
 ここで「新聞記事」といっているのは、文字通りの新聞記事だけではありません。雑誌記事や書籍の一部であることもありますし、ウエブに投稿されている記事であることもあります。「一般に公開され、プッシュされてくる情報」という意味です。
 どのような情報をプッシュするかの判断は、編集部や記者が行なっており、多くの読者の関心事に合うように内容を選んでいます。その判断が、私自身にとっても適当なものであるという保証はありません。
 本章の2で述べるのは、情報を「プル」しようとする場合です。この場合には問題意識がはっきりしているので、右のような問題がないのです。
 つまり、新聞記事の収集・保存が難しいのは、プッシュされてくる情報の中から、自分にとって(しかも現在の自分というよりは、将来の自分にとって)本当に必要なものを選別するのが難しいからだということができます。

最終的な体系をできるだけ早い時点で作っておく
 右に述べた問題に対処する1つの方法は、将来執筆すべき書籍の最終的な体系を、できるだけ早い時点で作っておくことです。つまり、第5章で行なおうとする作業を、早い時点で行なっておくのです。
 こうすれば、プッシュされてくる大量の情報のうち、その書籍に必要とされる情報だけを選別して保存することになります。
 したがって、不必要な情報をため込むことはないでしょうし、また、必要である情報が欠けているという事態を防ぐこともできるでしょう。
 もちろん、何もないところに最初から完全な体系が作れるわけではありません。したがって、作る体系は仮のものであり、作業が進むにつれて変わっていくでしょう。体系が変われば、集めた情報が不必要になることもあるし、必要な情報が不足するということもあります。そうした事態が生じるのは、止むを得ないことです。
 しかし、全く問題意識がない状態に比べれば、事態はずっと改善されるはずです。少なくとも、第2章で述べた「テーマ探し」をしっかりと行ない、問題意識を明確にしておくべきです。

新聞記事を写真に撮って無限に保存できるようになった
 重要であると考えられる新聞については、ウエブ版を活用することが必要でしょう。これは、有料ですが、物書きにとっては、必要な出費です。
 詳しい情報はウエブで得られるのですから、その記事の見出しだけをメモしておけばよいことになります。テーマ別などに整理しておけば、後から引き出せるでしょう。
 また、グーグルフォトなどを使えば、写真を無限に保存することが可能になりました。そこで、残しておきたい新聞記事があったら、それを写真に撮るという方法が考えられます。
 ただし、大量の記事が保存されることになるので、それらの中から必要な記事をどのようにして見いだすかが問題です。
 最も単純な方法は、日付を頼りに捜すことです。
 これをもう少し改良することもできます。それは、「とにかく写真に撮る。そして、後からそれにタグをつけて分類する」という方法です。
 グーグルフォトでは保存してある写真にタグをつけ、検索することができます(「説明を追加してください」という表示に合わせて、テキストを入力する)。この機能はまだ不完全であり、タグによっては機能しないこともあるのですが、多くの場合、かなり便利に使えます。
 例えば、社会保障改革に関する記事であれば、「社会保障」などというタグをつけます。
 後になって社会保障関係の記事が必要になったら、「社会保障」というタグを検索すれば、その分類の写真が得られます。さらに詳しい情報を入力しておけば、それによって検索することもできます。
 こうして、新聞切り抜きの悪夢から逃れられるとともに、第2章の3で述べた「質問ジェネレーター」として利用することもできます。雑誌記事やホワイトボードなどに書かれた情報についても同様に処理できます。
 なお、タグをつけるのではなく、テーマごとにアルバムを準備し、該当記事をここに収納していくという方法も考えられます。しかし、右の方法では複数のタグをつけられるので、このほうが便利です。

短い文章を書いてツイートしたりnoteの記事にしておく
 以上の方法によって新聞記事データを保存することができます。しかし、実際には、蓄積はしたものの、それを後から効率的に利用できないということがしばしば生じます。貴重なデータが「宝の持ち腐れ」になってしまうのです。
 こうした事態を避けるために、つぎのような方法が考えられます。それは、当該新聞記事をもとにした短文(第4章でいう「たね」)を書き、それをツイートすることです。
 内容がツイートで収まりきれないようであれば、noteなどのブログに記事を出します。この場合にはかなり詳しい内容が書けるので、当該記事のURLも記録しておくことができるでしょう。
 後になってこれらのデータを活用する場合には、複数個のツイートや記事をまとめる形で文章を書いていきます。このプロセスは、第4章の「アイディア農場プロジェクト」の一部分ともなしうるものです。

外国語の文献を恐れてはならない
 外国語の文献を恐れるべきではありません。自動翻訳で簡単に読めるからです。
 中国語の文献も自動翻訳で読めます。ただし、中国語から日本語への翻訳はあまり正確ではありません。中国語から英語に翻訳するほうが正確に意味が取れる場合が多いと思われます。
 まず、ある程度の範囲を翻訳させて、おおよその内容を理解し、その中でとくに知りたいところだけを選んで翻訳にかけると、もっと正確な翻訳が得られる場合が多いように思われます。

2.自分のデータベースから検索する

Gmailはきわめて強力な資料アーカイブになっている
 私の場合には、電子メールの送信記録が、自分が作成したデータのアーカイブ(文書保管庫)になっています。アーカイブにしようと意識して情報を貯めたわけではないのですが、自然にそうなっていました。
 これを見て、「かつてこんなことを考えていた」ということが分かり、それを復活させて成長させることもできます。
 ただし、Gmailには雑音(勝手に送られてくる宣伝文など)が非常に多いので、目的のものをピンポイントで見つけ出せるとは限りません。有効活用のためには、いくつかのノウハウが必要です。
 まず有用な情報を見いだしたら、それにタグをつけておくことが有用です。
 また、Gmailの各ページをグーグルドキュメントにリンクづけて管理できると便利です。
 スマートフォンでは、Gmailの画面は開けるものの、私が試みた限りでは、個々のページは開けませんでした。もっとも、PCではこの方法によって個々のページを開ける場合もあるので、重要なメールについては、グーグルドキュメントに管理画面を作って管理することが可能です。

手書きのメモやノートも写真に撮って編集する
 紙のノートに書き留めたメモも、大変有用な情報源です。
 ただし、紙のノートなどに手書きで記入したメモは時間順になっていて、それだけでは内容別にまとめたりすることができません。これを編集し、アイディアを成長させるには、順序を入れ替えたりする必要がありますが、これまでは困難な作業でした。もう一度内容別に書き直していくことも考えられますが、面倒です。
 この作業は、現在でも決して容易ではありません。しかし、グーグルフォトを活用すると、以下のように、不完全ながら、手書きノートの編集が可能になります。
 まず、手書きノートやメモのうち、必要箇所を写真に撮ります。次のステップとして、2つのものがあります。
 第1の方法は、新聞記事の場合と同じように、グーグルフォトに保存してタグをつけておくことです。
 第2の方法は、内容ごとに、グーグルフォトのアルバムにまとめることです。つぎに、グーグルドキュメントに目次のページを作ります。そして、グーグルフォトのアルバムにある写真にリンクを張ります。こうして、目次にある構成に従った写真メモを組み上げていきます。
 なお、これらがある程度成長したら、どこかで手書きメモをテキストファイルに直す必要があります。
 このようにして、これまで悩まされ続けてきた紙情報の扱いが、能率的にできるようになりました。
 ただし、現在では、紙に書かれている(あるいは印刷されている)文字を自動的に認識して、それで検索してくれるまでには至っていません。したがって、写真を撮っただけでは完結せず、右に述べたような手続きが必要です。
 グーグルレンズなどのOCR(文字認識)機能が使えれば、この作業を自動化できるのですが、現在のところ、グーグルレンズは手書き文字を正確に読めるまでにはなっていません。したがって、この作業は手作業で行なうしか方法がありません。
 近い将来に、写真を撮るだけで、その内容を認識して検索してくれるようになるでしょう。それまでは、悪戦苦闘が続くことになります。

3.写真のメモを検索できるか?

メモの写真は自動的にはアルバムにしてくれない
 以上では、写真に撮った新聞記事、資料、メモなどについて、タグをつけたり、アルバムにまとめたりすることを考えました。
 ただ、もっというなら、目的の写真を、キーワード検索によって即座に引き出せるようなシステムが望まれます。
 グーグルフォトは、アルバムを自動的に作ってくれますが、それは主として人間の顔についてのもので、写真の属性に沿ってアルバムを作ってくれるわけではありません。例えば、新聞記事だけを自動的にアルバムにするということは、現状ではできません。
 すでに述べたように、「メモ」というアルバムを作り、そこにメモ写真を手動で入れるということは可能です。ただし、これもかなり面倒な作業です。

AIによる画像認識を利用して、写真を検索する
 ところが、アルバムを作るのと同じこと(あるいは、もっと効率的なこと)が、実に簡単にできるのです。これはAIによる画像認識機能を利用した方法で、ごく最近可能になったことです。そして、きわめて応用範囲が広い重要なノウハウです。
 その方法を以下に説明します。
 グーグルフォトでは、不完全ながら、画像の検索が可能になりつつあります。
 すでに、人物については、顔を認識し、個人ごとのアルバムを自動的に作成してくれます。また、「花」、「山」、「川」、「海」、「建物」などが写っている写真も検索します。さらに撮影地を検索ワードとして入れると、正確に該当写真を引き出します。この機能を使うと、メモ、名刺、新聞記事、領収書などの写真を検索し、整理することができます。
 この検索機能はまだ不完全であり、本来引き出すべきものを引き出さないなどの問題がありますが、うまく使うと、かなりの整理能力を発揮します。

紙のメモ用紙に「メモ」と書いておく
 第1の方法は、紙のメモ用紙に「メモ」と書いておくことです。
 場所はどこでも構いません。手書きで構いません。ただし、読めるようにはっきりと書きます。いくつも書いても構いません。
 このメモ用紙にメモを書き、それを写真に撮ります。これは直ちにグーグルフォトに格納されます。格納された段階で検索をしてみましょう。
 画面上部にある検索ウィンドウに「メモ」と入れると、いま撮影した写真を含み、「メモ」と記入されている写真が日付順に表示されます。そこで日付を頼りにして、目的のメモを見つけ出すことができます。
 このように、グーグルフォトは手書きの文字であっても、ある程度は認識してくれるので、それをタグとして用いて、写真を検索できるわけです。ただし、どんな文字列でも認識してくれるというわけではありません。
「メモ」、「MEMO」などという文字列は認識します。20201010など、日付を表す数字を入れても認識してくれます。また、人名を検索キーワードにすると、その人の写真をすべて表示します。
 第2の方法は、「メモ」、「MEMO」、「超メモ帳」などと印刷された文字と一緒に撮影することです。印刷された文字は、手書きの文字よりは、確実に認識してくれます。

メモや新聞記事などを引き出すための検索語
 グーグルフォトを開き、上にある検索ウィンドウに「paper」と入力します。すると、メモ、名刺、新聞記事、領収書などの写真を、日付ごとに引き出してくれます。写真の画像に「メモ」とか「新聞」という文字がなくとも、引き出します。
 そこで、この中から、日付や画像を頼りに、目的の写真を見いだすことができます。ずっと以前に撮った写真でも引き出してくれるので、便利です。
 検索語としてどのようなものを選ぶかで、結果に差があります。
 一般的にいうと、同一概念であっても、日本語のキーワードよりは、英語のキーワードのほうが、引き出す写真は多くなるようです。
 例えば、「paper」でも「紙」でも大体同じ対象を引き出しますが、「paper」のほうが引き出す写真が多いように思えます。
 メモ、名刺、新聞記事、領収書などを引き出すための検索語として、かなりうまく機能するものとしては、「paper」の他に、つぎのようなものがあります。
 name card(name cardsでは機能しません)、memo、receipts、名刺、メモ、領収書、新聞など。

機能しない検索語も多い 
 「山」という文字が入っているメモを検索しようとして「山」を検索語として入力すると、山が写っている写真を引き出してしまいます。「花」、「川」、「海」などについても同じです。
 また、「札幌」などの地名を検索語としても、札幌で撮影した写真を引き出してしまい、写真に「札幌」という文字が写っている写真は引き出しません。
 そこで、写真に写っている文字を検索したい場合には、抽象的な言葉、あるいは数字を選ぶのがよいでしょう。
 名刺にある人名や企業名を検索語として入力すると、うまく引き出す場合もありますし、「一致する結果はありません」になってしまう場合もあります。
 また、メモに「あああ」などのメタキーワードが書き込んであっても、「一致する結果はありません」になります。多分、グーグルフォトの辞書に、この言葉が登録されていないからでしょう。
 このように、現在のところ、キーワードによる写真検索はかなり限定された機能のものですが、この機能は急速に進歩しているため、近い将来に、さらに便利に使えるようになるでしょう。

写真メモは、漫然と眺めていても意味がある
 以上では、検索などの方法により、写真で保存した情報を後から見いだす方法について述べました。
 写真メモは、こうした方法以外にも利用法があります。
 ピンポイントで目的の写真を見いだすのでなく、時間があるときに、記録した写真メモを漫然と眺めるのです。とくに、「質問」を出す必要があるとき(つまり、アイディアが出てこないとき)に開いて眺めるのは有効です。
 重要な記事やメモを見いだすことがあるかもしれません。それがきっかけになって新しいアイディアが発展していくこともあるでしょう。
 いまは忘れてしまったけれどもかつては重要と判断したことが残されているのですから、万人用の「重要ニュース一覧」の類よりはずっと役に立つことは間違いありません。
 なお、機密にする必要のある情報(パスワードなど)を、このシステムで保存することには、慎重である必要があります。デジタル形態で保存する場合には、グーグルフォトにはアップせず、外付けハードディスクに記録し、これを通常はインターネットから隔離しておくほうがよいでしょう。


第3章のまとめ

.新聞記事は有用な情報源です。これを活用するには、つぎのような方法があります。
   (1)見出しのリストを作っておいて、本文はウエブ版を活用する
   (2)記事の写真を撮っておく
   (3)短い文章を書いて残しておく

.自分のデータベースから検索することも重要です。
   (1)Gmailはきわめて強力な資料アーカイブになっています。
   (2)手書きのメモやノートも写真に撮って、検索したり編集したりすることができるようになりつつあります。

.写真のデータの検索は発展途上の分野であり、つねにできるわけではないのですが、工夫によってかなりのレベルの検索が可能です。




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