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『「超」創造法 』生成AIで知的活動はどう変わる?

『「超」創造法』 生成AIで知的活動はどう変わる?(幻冬舎新書)が9月27日に刊行されました。
これは、第12章の3全文公開です。

3 AIは人間の仕事にどのような影響を与えるか

単純労働をAIが代替する

  2では、生成系AIが文章を書く仕事に、どのような影響を与えるかを考えました。本節では、もっと広く、AIが人間の仕事にどのような影響を与えるかを考えましょう。
 AIは、まず単純労働を代替します。これは、人手不足に対処するために、すでに進行しています。例えば、レストランの配膳ロボットの自動応答業務にチャットボットを導入するなどです。生成系AIの活用によって、人間に近い応答ができるようになるでしょう。
 介護分野におけるロボットの導入も進むでしょう。人手不足に対処するために、導入せざるを得なくなります。また、自動運転が可能になれば、トラック、バス、タクシーなどの運転手が必要なくなります。

ホワイトカラーにも影響が及ぶ

 機械による人間労働の代替は、産業革命以来、続いてきた動向です。それと同じ過程が、今後はAIによって進むことになります。AIの場合には、人間との代替がもっと広範に進むでしょう。
 ホワイトカラーの中には、特殊な技能を持つわけでなく、単なる仲介や取次ぎの役割しか果たしていない人々が多くいます。こうした人々は、AIによって代替されるでしょう。これは、業種のいかんを問わず起こるでしょう。日本では、とりわけ50歳台の人々が整理される可能性があります。
 では、経営者は大丈夫でしょうか? これらの人々が行なっているのは、経営戦略決定などの高度知的作業なので、AIには任せられないような気がします。
 しかし、AIのほうが正確にできる判断もあります。実際、不正取引の検出や不正会計処理の検出、信用度の評価などの分野で、AIの活用が急速に広がっています。これまでは人間でなければできないとされてきた仕事が、AIで代替できるようになっているのです。したがって、経営者であっても、決して安泰ではありません。
 なお、AIは大量のデータを処理する能力には優れていますが、他方で、人間が持つ直観や経験、洞察力などを代替することはできません。そのため、経営戦略や意思決定において、人間は引き続き重要な役割を果たすでしょう。
 ただし、その場合においても、人間に必要とされる能力やスキルは変わってくるでしょう。

士業は残るか

 弁護士や公認会計士、税理士などの職業は、法律によって資格が必要とされているので、職業そのものがなくなることはないでしょう。ただし、データや書類・資料の整理にAIを活用することによって、業務を効率化し、精度を向上させることができます。そうしたことによって生産性を上げられる人が伸び、上げられない人が仕事を失うことは十分にあり得るでしょう。
 AIによって自動化される仕事が増えれば、人間でなければできない高度な業務の重要性が高まるでしょう。例えば、弁護士の仕事においては、法律や判例の知識だけでなく、個々の事件に対する洞察力や判断力が求められます。
 医師については、今後、高齢者の増加に伴って、仕事がますます増えることは間違いありません。そして、医療分野でも、病気の診断や治療において、AIの利用が広がるでしょう。ただし、医師や看護師が持つ人間的な判断は不可欠であり、その重要性は増すでしょう。

専門的な仕事やクリエイティブな仕事は残るか

 AIは、研究開発などの専門的な仕事にも影響を与えるでしょう。
 研究開発の仕事においても、AIが人間を代替することがあり得ます。例えば、「マテリアルズ・インフォマティクス」と呼ばれるAI技術は、原子配列のような物性の特性をコンピュータ上で計算させたり、過去のシミュレーションデータや論文データを機械学習によって分析させたりすることで、新しい材料の探索を進めます。
 その際、計算科学や情報科学の力を借りて、開発をスピードアップさせます。そして、人間よりはるかに優れた能力を発揮します。
 また、これまで述べてきたように、生成系AIは、作曲、アート作品の制作、文章の執筆など、人間でなければできないと考えられていた仕事においても、人間を代替し始めています。グラフィックデザインやウェブデザイン、広告制作などの業務では、近い将来に大きな変化が生じるでしょう。

GPTはGPT

 オープンAIとペンシルベニア大学の研究者が2023年3月27日に発表した論文(GPTs are GPTs: An Early Look at the Labor Market Impact Potential of Large Language Models)は、大規模言語モデル(LLM)がホワイトカラーに与える影響について、つぎのように予測しています。
 アメリカの労働者の約80%が、少なくとも10%の業務で影響を受ける。約19%の労働者は、少なくとも50%の業務で影響を受ける。高学歴で高い賃金を得ているホワイトカラーへの影響がとくに大きい。
 なお、この論文のタイトルは、なかなか洒落ています。GPT はGenerative Pretrained Transformer の略ですが、これは同時に、「汎用技術」(General-purpose Technology)という意味でのGPT でもあるというのです。汎用技術の例としてしばしばあげられるのは、蒸気機関や電力です。また、インターネットも汎用技術だと言われます。これらは、経済活動のさまざまな場面で使われるため、経済・社会全体の構造を大きく変えてしまうのです。ChatGPT が汎用技術であるとするなら、社会に対する影響はきわめて大きいことになります。
 「文章を書く」というのは、知的作業の一部に過ぎないような気がするのですが、実はそうでなく、知的作業全般の中で基本的な位置を占めているのです。
 なお、汎用技術については、つぎを参照してください:『ジェネラルパーパス・テクノロジー―日本の停滞を打破する究極手段』(アスキー新書、2008年。筆者と遠藤諭氏の共著)。

AIと人間との職の奪い合いではなく、人間と人間との職の奪い合い

 前記GPTs are GPTs の指摘で重要なのは、「作業時間が減る」ということです。
 AIの影響を考える際に重要なのは、「ある仕事が残るかどうかと、失業が生じるかどうかは別」ということです。
 したがって、仮にある仕事がChatGPT によって侵蝕されないとしても、それに従事している人々のすべてが安泰というわけではありません。
 それらの人々の中には、ChatGPT を活用することによって生産性を高められる人がいるはずです。それらの人々は、その分野の他の人々を駆逐するでしょう。このような事態が広範囲に発生する可能性があります。
 ホワイトカラーについても、このことが言えます。ホワイトカラーの仕事のすべてがAIによって代替されることはないとしても、ホワイトカラーの中の誰かがAIを使いこなすことによって生産性を上げ、「これまで2人でやっていた仕事が一人でできるようになる」といった類いのことが起きるはずです。そうなれば、残りの一人は余分になるわけで、職を失うことになるでしょう。
 こうしたことが、高度に知的な活動、例えばマネージメントの仕事や高度な金融サービスなどについて頻発するでしょう。
 「AIが職を奪う」と、しばしば言われます。確かにその危険があるのですが、それは、人間がいまやっている仕事がAIに取って代わられるというだけのことではありません。
 右に述べたように、AIを巧みに使う人が生産性を上げ、そのため他の人が失業するといった場合のほうが多いのではなかろうかと考えられます。つまり、AIと人間との職の奪い合いではなく、人間と人間との間での職の奪い合いが起こると考えられます。このように、ChatGPT が引き起こす影響は複雑です。
 確実に分かるのは、知的活動に関して、非常に大きな変化が起きたということです。それが、人々にどのような影響を与えるかについては、まだ分からない点が多いのです。

風が吹けば桶屋が儲かる

 「バタフライ・エフェクト」とは、気象学者のエドワード・ローレンツによる「ブラジルでの蝶の羽ばたきがテキサスに竜巻を引き起こすか?」という問題提起が由来の言葉で、「些細な出来事が、のちの大きな出来事のきっかけとなる」という意味です。「風が吹けば桶屋が儲かる」と同じようなことです。
 生成系AIの影響として普通検討の対象とされるのは、直接的な変化です。これまでの本書の議論でも直接的効果を取り上げました。
 しかし、生成系AIの効果は、直接的なものだけではないでしょう。思いもよらぬところに大きな影響が及ぶことは、十分あり得ます。
 生成系AIがある分野で引き起こした変化が、つぎつぎに連鎖反応を招き、最初に変化が起きた分野からは想像もできないところで、大きな変化をもたらすこともあるでしょう。
 生成系AIの登場は「些細な出来事」とは到底言えないので、それが巻き起こす雇用上の変化は、テキサスの竜巻や桶屋どころのものではないでしょう。
 ところで、以上では失業するとか仕事がなくなるというネガティブな面を中心に取り上げました。もちろん、これとは逆の側面もあります。実際、「風が吹けば……」は、桶屋の仕事が増えるというポジティブな変化です。
 生成系AIによる変化は、最初は文章を書く仕事に関して生じるのですが、それはつぎつぎに連鎖反応を引き起こし、さまざまな経済活動を大きく変える可能性があります。生成系AIは汎用技術であるために、こうしたことが起きるのです。
 例えば、生成系AIが翻訳を簡単にやってくれるため、日本人にとって言葉の壁が低くなり、海外との情報交換がより頻繁に行なわれるようになることが期待されます。これまで、日本は言葉の壁のために国際分業で遅れていましたが、この状況が変わるかもしれません。
 それによって日本と外国とのさまざまな分業関係が促進され、それが日本再生のきっかけになることもあり得るでしょう。このようなポジティブな変化が起きることを期待したいものです。


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