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『日銀の責任』低金利日本からの脱却 全文公開:第4章の4

『日銀の責任 』低金利日本からの脱却 (PHP新書)が4月27日に刊行されました。
これは、第4章の4全文公開です。

4 ー異次元緩和は日本経済を活性化しなかった

企業利益は増えたが、賃金は上がらず
 前節で見たように、金利と為替レートは、大規模緩和の導入直後から大きく変化した。こうした変化によって、企業利益と賃金は、どのように変化したか?
 これらの長期的な動向を見ると、図表4─4、4─5のとおりだ。給与・賞与の総額は、90年代中頃に頭打ちとなり、それ以降はほとんど横ばいを続けていた。2013年以降も、この状況に大きな変化はなかった。つまり、異次元緩和が給与・賞与の総額に影響を与えることはなかった。

 賃金分配率(給与・賞与の対付加価値比)も、長期的に見てあまり大きな変化はない。ただ、2013年以降、低下傾向が見られる(正確に言えば、賃金は、従業員一人当たりの給与・賞与である。ここでは、これらの用語を厳密に区別せずに用いている)。
 ところが、企業の利益は、2013年頃から顕著に増加したのだ。営業利益で見るか経常利益で見るかで、若干の差がある。経常利益の場合に、増加がより顕著だ。

企業利益が増えたのは、円安のため
 仮に円安によって輸出数量が増えたのであれば、それによって国内の生産活動が増加し、賃金は上昇したかもしれない。
 しかし、本章の5で説明するように、実際には、円安になっても輸出数量は増加せず、単に円建ての輸出額が増えただけだった。だから、国内の鉱工業生産指数はほとんど一定で、変わらなかった(これについては、本章の5で再述する)。
 その一方で、円安になれば輸入価格が上昇する。これは企業の原価を増大させる。しかし、企業はそれを売上に転嫁し、最終的には消費者に転嫁した。したがって、利益が増えたのだ。
 これによって、「企業利益が増えれば、賃金も増える」という日銀の認識(本章の1参照)は、正しくないことが分かった。
 実際には、物価が下落した年のほうが、経済パフォーマンスはよかったのである。2017年には原油価格が値下がりし、1バレル=50ドル、あるいはそれ未満になった。この年には、企業の付加価値が増加し、そのため、給与・賞与も経常利益も増加した。そして、この年の消費者物価指数の伸び率は、0・5%でしかなかった。
 だから、日銀が考えたのとは正反対に、「物価上昇率が鈍化すれば、賃金が上昇する」という事態が生じたのだ。

輸入インフレで物価が上がり、実質賃金が低下
 2021年秋以降には、2017年とちょうど逆の事態が生じた。
 世界的インフレが日本にも輸入されて国内物価を高騰させた。しかし、賃金の伸びはそれに追いつかず、実質賃金は大きく低下した。「物価が上がれば賃金も上がる」との説明は、そうならなければ、賃金分配率が大きく下がってしまうということを論拠にしていたので、物価上昇の原因が何であったとしても適用できるはずだ。
 だから、2022年の物価高騰についても、賃金は上がるはずだった。しかし、そうはならなかった。これによって、大規模金融緩和の論理が誤りであることが、誰の目にも明らかになった。

アベノミクスで日本の地位が大きく下がった
 大規模金融緩和によってもたらされた低金利と円安というぬるま湯的環境の中で、日本企業は付加価値を増大させる努力を怠った。
 その結果が、一人当たりGDPの推移に明確に表れている(図表4─6参照)。

 図表4─6は、貴重な10年間を日本が無駄にしてしまったことを、はっきりと示している。この図こそが、大規模金融緩和の成果を最も分かりやすく示す成績表だ。
 日本が成長せず、他国が成長した結果、日本の相対的な地位は、信じられないほど低下した。2012年に、日本の一人当たりGDPは、アメリカとほとんど同じだった。そして、カナダ(図には示していない)、アメリカについで、G7で第3位だった。しかし、2022年には、日本の一人当たりGDPはアメリカの45・7%でしかない。
 2012年に日本の一人当たりGDPはドイツ、フランス(図には示していない)、イギリスより1割以上高かったが、いまは7割程度でしかない。
 2012年に日本の一人当たりGDPはイタリアより4割高かったが、いまはほとんど同じで、G7での最下位国を争っている。2012年に日本の一人当たりGDPは台湾の2・3倍だったが、2022年には追い抜かれた。韓国も、近い将来に日本を追い抜くだろう。そうなれば、図表4─6に示した国の中で、日本は最下位になる可能性が高い。
 そして、日本は先進国の地位から滑り落ちる。この状態を何とか阻止しなければならないが、そのためには、金融政策の大転換が不可欠の条件だ。
 いまや、大規模金融緩和政策の誤りは明白だ。しかし、政策転換ができれば、条件は大きく変わる。日本はまだ、回復する潜在力を持っている。金融政策の転換がその第一歩になることを望みたい。


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