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はじめに、目次(『戦後経済史』全文公開:その5)


はじめに

私は、日本の社会や経済について、ある不思議な感覚を持っています。それは、かつては漠然としか意識していなかったものが、その後のさまざまな出来事の中で、否定しようのないほど明確な形を取るようになってきたという感覚です。
戦後日本経済の基本構造について本書で述べる考えは、私が昔から持っていたものです。ただし、それをどう評価すべきかについて、私の考えは定まっていませんでした。ですから、たとえば戦後50年目であった1995年の時点で、「日本は、これまでの経済構造を肯定してよいか? それとも否定すべきか?」と聞かれたとしたら、矛盾のない答えをすることができなかっただろうと思います。
しかし、いまでは、その問いに対して確信を持って答えを述べることができます。なぜなら、事柄の中核にあるものが、いまやはっきりと見えるから。だから、私は、それが何であるかを、いま語らなければならない。
本書を書きたいと考えた理由は、ここにあります。
1940年前後に生まれた私たちの世代は、仕事や生活を通じて、日本経済の大きなサイクルを実際に経験しました。社会に出たのは、日本経済が世界史でも稀に見る高度成長を開始した直後です。私たちの誰もが、それぞれの現場の第一線で、実働部隊の一員として、成長過程の一端を担いました。そして、日本製品が世界市場を制する有様を目の当たりにしたのです。しかし、退職期が近づくにつれ、日本が衰退し漂流する様を、なすすべもなく見なければならなくなりました。つまり、私たちは、日本経済が戦後辿ったサイクルの始まりと終わりを見たのです。ですから、われわれが経験したことを寄せ集めるだけで、戦後日本経済史が一冊できるでしょう。
しかし、本書は、さまざまの出来事の羅列的記録ではありません。私の個人的な回顧でもありません。私が本書で行いたいのは、これらの出来事を一貫した筋書の中に位置づけ、そこから得られる理解を通じて、「われわれはいまどこにいるのか」を正しく捉えることです。
この目的のために、冒頭で述べた考えを基軸にしたいと思います。経済学の言葉で言えば、日本経済の構造について一つのモデルを提示し、それを用いて戦後70年の日本経済の評価を行います。
そしてさらに、このモデルを用いて、日本が未来を構築するための手がかりを掴みたいと考えます。ただし、予め予告しておくならば、そこから得られる見通しは、バラ色の未来ではありません。本書が、ここ数年来流布されている期待プロパガンダの仮面を剥ぎ、日本の将来に対する警鐘になることを願っています。


   目 次

はじめに 3


プロローグ 13
   私は3月10日を生き延びた/「国家」に対する不信の原点/40年頃、革新官僚が国の形を変えた/金融・財政制度の大改革/戦後日本の企業は、戦時期に作られた/われわれはいまどこにいるのか

第1章   1945–1959
戦時体制が戦後に生き残
る  31
 1  焼野原からの再出発 32
   雑草のように生き延びる/軍国少年の遊び:スイライ/無傷で残った経済官僚/占領軍民主化政策の実態/鬼の居ぬ間の公務員改革/戦時テクノクラートの生き残りは、ドイツも同じ/農地改革は戦時改革だった/大企業の経営者は内部昇進者に/会社と運命共同体の労働組合/芦ノ湖は神秘の湖だった
 2  傾斜生産方式とインフレ 56
   基幹産業を再建する/インフレによって旧地主階級が没落する/ドッジを操った大蔵官僚/シャウプ勧告に中身はなかった/真の狙いは自営業者の懐柔/審議会制度の原型が作られる
 3  本格的な経済成長への助走 72
   朝鮮特需がもたらされる/価格方式と割当方式/通産省による為替管理/日銀による窓口規制/1940年体制下でこそ可能だった重化学工業化
 4  「もはや戦後ではない」 82
   神武景気と岩戸景気が始まる/我らがキャメロット
 5  戦後史観と1940年体制史観 90
   通説的な見方:非戦力化と民主化による再建/1940年体制史観:復興は戦時体制の最初の成功

第2章   1960–1970
なぜ高度成長ができたか?
  93
 1  高度成長が本格化する 94
   安保闘争とは何だったのか?/所得倍増計画と高度成長/急テンポの工業化/なぜ「昭和30年代」は懐かしいのか?/高度成長の影の面(1)石炭/高度成長の影の面(2)農業/高度成長の影の面(3)中小零細企業
 2  大蔵省で1940年体制の実像を見る 107
   「君は今日から通産省の人間だ」/大蔵省に引きずり込まれる/個性的な入省訓示を受ける/大蔵省の人々/大蔵省流万能スピーチ術/IMF・世銀総会で世界にデビューする/1940年体制を実像として見る/『21世紀の日本』を書いた
 3  高度成長のメカニズム 122
   一般的な見方/高度成長期は、重化学工業の時代だった/中国が鎖国していた/高度成長の制度的基盤(1)低金利と資金割当/高度成長の制度的基盤(2)財政投融資/大蔵省の一人勝ち/財投による低生産性部門への援助/財投を発明した知恵者は誰だったのか?/特振法とその挫折/日銀特融で山一證券を救済
 4  アメリカから見た日本 142
   白人が働いている!/目も眩むほど豊かなアメリカ/日本で1年勤務してからイェール大学に/ベトナム戦争とヒッピーの時代/日本は遠い世界だった

第3章   1971–1979
企業一家が石油ショックに勝った
 157
 1  ニクソン・ショックと変動相場制移行 158
   日独経済が英米経済に対して強くなる/ニクソン・ショックの勃発/変動相場制への移行
 2  石油ショックが勃発する 166
   日本にカルチャーショックを受ける/主計局に移る/石油ショックで日本は大混乱/総需要抑制策へ急旋回/月300時間超勤する/縦社会を再び横に移動し、大学に移る/大組織にいれば情報処理で特権を持てる/石油ショック後の世界を見る/70年代の世界と日本
 3  石油ショックと変動為替の意味 188
   価格が固定された時代から、変動する時代へ/日本式労働組合が石油ショックを克服した/日本型システム礼賛が定着する

第4章   1980–1989
金ぴかの80年代
  199
 1  ジャパン・アズ・ナンバーワン 200
   自動車と半導体でアメリカを抜き、世界一になる/日本の優れた経営が優れた製品を生む/不便だった海外との通信/子どもたちは、私たちと同じ豊かさを享受できるか?/留学生は日本人村を作って固まる/「金ぴかの時代」/日米貿易摩擦が激化する/プラザ合意で円高に/金融緩和から抜け出せず
 2  自由主義思想の復権 219
   冷戦の緊張が高まる/ベルリンからポツダムへの遠い道のり/ソ連が機能不全に陥る/市場主義の広まり/中曽根行政改革による三公社の民営化
 3  バブルが生じる 232
   財テクができないのは無能/地価の異常な上昇が始まる/株価も上昇する/絵画は壁にかけた土地???/ジャパンマネーが世界を買う
 4  時代に対する強い違和感を感じる 246
   日本は本当にそんなに強いのか?/勤勉が報われず、虚業が際限ない富をもたらす/土地問題の原因は、土地が少ないことではない/バブルだと警告したが、誰も耳を貸してくれない/バブルは1940年体制の最後のあがきだった

第5章   1990–1999
バブルも40年体制も崩壊した
  261
 1  バブル崩壊 262
   ニュートンが日本にもやってきた/株は下がるが、土地は下がらない/バブルが崩壊してバブルを知る/日本はアメリカより強いとまだ思っていた
 2  金融機関の不良債権問題 269
   不良債権の増加/山一證券破綻/長銀破綻/不良債権処理での国民負担10兆円強/回収不能額約100兆円/不良債権処理の税制上の扱い
 3  大混乱に陥った大蔵省 287
   大蔵省スキャンダル/大蔵省という名がなくなる/政治の人事介入を排除する/運命に翻弄された人たち/製造業は弱っていた

第6章   1980–
世界は日本を置き去りにして進ん
だ  301
 1  社会主義国家の消滅 302
   社会主義の影が残っていた旧東ドイツ/壁の撤去で美しい湖が現れた/しかし、「ドイツの時代」にはならなかった
 2  中国が工業化に成功する 308
   北京駅で見た悪夢の光景/国有企業改革で改革開放路線が軌道に乗る/強い技術力を持つ新しい企業が誕生する
 3  IT革命がもたらした経済活動の大変化 313
   IT革命とはコストの劇的な低下/製造業が垂直統合から水平分業へ
 4  90年代以降の変化は、日本にとっての大逆風 316
   日本経済の基礎が揺らぐ/私も大変化の意味を見抜けなかった
 5  長期的停滞に陥った日本 320
   アメリカには工場がない/日本はもはや「その他」!/日本経済は、90年代中頃がピーク/経済停滞はデフレのためではない
 6  21世紀になって日本は歴史の歩みを止めた 330
   アメリカ住宅価格バブルは、日本が資金供給した/円安という麻薬で製造業が国内回帰/住宅価格バブルの崩壊とリーマンショック/金融危機で最も打撃を受けたのは、日本の製造業/小泉内閣は何かを改革したか

エピローグ―われわれがいまなすべきは何か? 342
   バブルへの違和感/円安歓迎への違和感/日本人はトミーノッカーズになってしまったのか?/違和感の正体は、「働く必要がある」原則が成立しないこと/介護問題の解決には、高生産性産業が不可欠/竹やりとバケツで超高齢社会に立ち向かう/安倍内閣の経済政策は、戦後レジームへの執着
 おわりに 「頭の中にある40年体制」を克服できるか 359
 日本人の考え方はどう変わったのか―文庫版あとがきにかえて 363
   高度成長期は日本の黄金時代だった/高度成長期には、拡大が好循環を引き起こした/日本人は、世界に対する謙虚さを持っていた/働くことに対する日本人の倫理観が変わった/国際的な位置づけについての考え方が変わった/取り残されているという意識を持てなかった/移民を受け入れる国になれるか?/社会保障の負担の増加を直視できるか?/ゼロサムゲームでの調整ができるか?/中国に対していかなる態度で臨むのか?

   図表一覧 379
   戦後を振り返るための年表 380
   人名索引 393
   事項索引 401


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