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「ハンガーゲーム」は、ローマ帝国打倒の物語り


 映画「ローマの休日」がヒットした一つの理由は、アメリカ人の心の中にあるローマ共和国崇拝だ。実際、ローマをテーマとしたハリウッド映画は、山ほどある。最近では、「ハンガーゲーム」(2012年)。

 これは、ベストセラー小説を元にした映画で、日本ではあまり注目されなかったが、アメリカでは驚異的な興行成績を挙げた。 「ハンガー・ゲーム2」は、13年度全米第1位。全世界興行収入は歴代第10位。第1作目の「ハンガーゲーム」が歴代第14位だった。

 主演のジェニファー・ローレンスは、フォーブス誌の「2015年、最も稼いだ女優」で第1位を獲得した。収入は5,200万ドル(約62.4億円)!

 ジェニファー・ローレンスは、かつては「X-MEN」シリーズのミスティーク役のような端役をやっていたのだが、抜群の演技力で、すでにオスカーを獲得している。
 「ハンガーゲーム」シリーズも彼女だけで支えているような感がある。共演している大女優ジュリアン・ムーアも押され気味

 物語の最初から、「殺し合いゲームに参加させられるなど、なんという可哀そうな運命!」と、60億円以上稼いでいることなどすっかり忘れて、感情移入してしまう。これぞ「演技力」というものであろう。あっぱれ!

 ゲームに勝ち抜いて人気者になり、反乱国のテレビ宣伝役を引き受けるのだが、決められたとおりの台詞をかなぐり捨てて、感情を爆発させる場面のすごい迫力!

 ところで、「ハンガーゲーム」がなぜローマかといえば、つぎのようなわけだ。

 映画の舞台は、巨大独裁国家パネム
 「パネム」というのは、古代ローマを揶揄して使われる表現panem et circenses(パンとサーカス)からきている。だから、この映画が描くのは、未来に出現したローマ帝国なのである。スノー大統領がカエサル+オクタビアヌスである。

 最先端都市キャピトルが、12の貧しい隷属地区を支配する。隷属地区とは、ローマ帝国における「属州」だ。キャピトルには、特権階級が住む。
 隷属地区は昔は独立国だったが、キャピトルに征服された(属州もそうだ)。

 「キャピトル」というのは「議事堂」という意味だが、語源は、ローマにある「カピトリーノの丘」だ。この丘は、ローマの七丘で最も高い丘で、ローマの中心地。ローマの最高神であったユピテルやユノーの神殿があった。
 類似性はそれだけではない。外観も似ている。アメリカの国会議事堂は、「新古典主義」と呼ばれる様式の建築だ。これは18世紀中頃から19世紀初頭にかけてヨーロッパで支配的になった様式だが、古代ローマの復活を夢見たものだ。

 映画「ハンガーゲーム」では、隷属地区から、年に1回、若い男女が選ばれ、殺し合いのゲームを行う。最後に残った1人が勝者となり、一生楽に暮らせる。これは、勝ち抜けば自由市民となり富と名声を得られたという、ローマの剣闘士そのものだ。

 ローマを描いた映画は、昔からあった。そして、1960年代頃まで、これらは歴史劇であった。
 例えば、「シーザーとクレオパトラ」(1945年)。クレオパトラは、ヴィヴィアン・リー
 あるいは、「クレオパトラ」(1963年)。クレオパトラは、エリザベス・テイラー
 あるいは、「聖衣」(1953年)。主人公は、ジーン・シモンズ、リチャード・バートン。「クオヴァディス」(1951年)。主役は、デボラ・カー、ロバート・テイラー。

 ところで、 ハリウッド映画のテーゼは、「共和制ローマ=民主主義=善帝政ローマ=独裁=悪」である。
 しかし、実際の歴史では、ローマ帝国のあとにローマ共和国が作られたわけではない。
 いうまでもないことだが、逆に、ローマ共和国の後にローマ帝国が出現したのだ。
 そして、悪の権化ローマ帝国は、この後も延々と続いた。民衆が独裁者を倒して、そのあとに新しい共和国ができたわけではない。ローマ帝国は、次第に衰退しただけである。

 映画「クオヴァディス」では、暴君ネロは倒れるが、実際の歴史では、ローマ帝国はこれで終わりになったわけではない。
 「聖衣」では、反抗した主人公はカリギュラに敗れてしまう。歴史がそうだったのだから、歴史劇である以上、他に描きようがないが、観客としては、どうしても不満が残る。なんとかして帝国を滅ぼしてほしい

 ではどうしたらよいか?
 答えは簡単だ。ローマ帝国で反乱が起こり、悪の権化である帝国が倒され、共和国が成立したことにすればよい。
 ただし、新しい共和制ローマ建設の物語は、SFにならざるをえない。幸いなことに、80年代以降、CGなどの映像作成技術が進歩し、SFシーンを簡単に作れるようになった。
 こうして、1960年代頃までのエキストラ大量動員型スペクタクル歴史劇は、SFに移行したのだ。それが「ハンガーゲーム」なのである。
 実は、まったく同じ構造の映画として、これより前に作られたものとして、「スターウオーズ」がある。これついては、回を改めて述べる。


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