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『経験なき経済危機』:第5章の3

経験なき経済危機』が、ダイヤモンド社から刊行されます。

10月28日から全国の書店で発売されます。

これは、第5章の3全文公開です。

3 マネーが急増している

アメリカでも日本でもマネーが急増
 マネーは、実際に急増している。
 アメリカは、2020年3月の時点ですでにそうなった。銀行預金が3月に急増した。つまり、マネーが急増した。企業が借り入れた資金を、支払い準備のために手元資金として預金したからだ。
 預金は、20年3月末で約14兆ドル(約1500兆円)と、19年12月末から8989億ドル(約100兆円弱)増えた。3月だけで7615億ドル増加した。
 日本では、3月時点では目立った増加ではなかったのだが、5月に急増した。
 5月のマネーストック統計によると、M2(現金、国内銀行などの預金)平均残高の伸び率は、対前年比5.11%となった。M3(M2にゆうちょ銀行など全預金取扱金融機関の預貯金を含めたもの)の伸び率は、同4.13%となった。これらの伸び率は、04年4月の現行統計開始以降の最高記録だ。
 すでに述べたように、マネーが増えたのは、営業自粛などによって売り上げが急減し、企業が支払いに備えてマネー(流動性)を確保する動きが強まったからだ。そして、こうした資金需要に対応して、政府が緊急融資、納税猶予、給付金などの施策を講じたからだ。
 金融機関の貸し出しの状況を見ると、つぎのとおりだ。
 総貸出平残(都銀等)の対前年伸び率は、12年11月まではマイナスだった。異次元金融緩和の導入に伴って伸び率は上昇したが、それでも17年と19年を除けば、2%未満だった。
 ところが、20年4月に急に3%を超え、そして5月には6.6%という高い伸び率になったのである。銀行貸出平残高(銀行・信金計)の伸び率も、5月には対前年比4.8%になった。これらの伸び率は、データが開示されている1992年7月以降で最高だ。総貸出平残(銀行・信金計)は、対前年比で25.8兆円増加した。2019年5月には約8.2兆円の増加だったのだから、かなり大きく増えたわけだ。

6月にはマネーがさらに増加
 6月には、マネーの増加率はさらに顕著になった。
 日本銀行が7月9日に発表した「マネーストック速報」によると、6月のマネーストック(M2)の対前年同月比伸び率は、7.2%となった。M3の対前年同月比は5.9%増だ。
 マネーストックの対前年伸び率といえば、これまで2%台程度であり、高くなっても3%程度だった。異次元金融緩和で「マネーがじゃぶじゃぶ供給されている」といわれることが多かったのだが、実際にはそのような状態にはなっていなかった。コロナによって、日本経済がこれまでとはまったく異質の経済になったことが分かる。
 6月におけるマネーストック(M2)の対前年同月比増加額は74.5兆円(平残ベース)だ。4月までは対前年比20兆円から30兆円の増加だったので、それに比べて、増加額が40兆円ないし50兆円増えたことになる。

マネーに対する需要は増え続けている
 日銀が2020年8月12日に発表した7月のマネーストック(通貨供給量)速報によると、M2の対前年同月比伸び率は7.9%。
 M3の残高は、1452.7兆円だった。対前年同月比伸び率は6.5%だった。残高も伸び率も、統計が始まって以来の最大の値を記録した。
 対前月比増加率(年率換算)は、5月、6月に22.4%、27.8%という異常な高さになったあと、7月には9.7%になった。
 つまり、マネーストックは、5月、6月に急増し、7月はその高原状態での増加が続いていることになる。7月の伸び率は、5月、6月ほどの高さではないが、なお、平時に比べればかなり高い率だ(20年1月までの年率換算対前月比増加率は、2~3%程度だった)。
 日銀が8月11日に発表した7月の貸出・預金動向(速報)によると、全国の銀行(都市銀行、地方銀行、第二地方銀行)の貸出平均残高は、対前年同月比6.4%増の499兆1023億円だった。地銀と第二地銀が合計で対前年同月比5.1%増の264兆2769億円と、1991年7月以来の高い伸び率だった。一方で都市銀行は同7.8%増の234兆8254億円と、6月から伸び率が縮小した。大企業が資金調達手段を社債やCP(コマーシャルペーパー)の発行に切り替えているためといわれる。

特別定額給付金の影響で個人の預金も増えている
 なお、6月には、個人の預金も増えている。
 これは、国民1人当たり10万円が支給された特別定額給付金の影響だ。特別定額給付金の支給は5月から開始されていたが、6月になって支給が本格化したためだ。
 第4章の1で述べたように、家計調査によると、世帯員2人以上の勤労者世帯で給付金が15.1万円支給されている。他方、2020年6月の預貯金の純増は50.3万円だった。これは、19年6月の37.4万円より12.9万円(34.5%)も多い。19年6月の37.4万円がボーナス月における普通の貯蓄行動を表しているとすると、20年6月にはそれより12.9万円も多くなっているわけだ。これは、給付金15.5万円の83.2%に当たる。
 つまり、多くの世帯は、特別定額給付金のほとんどを貯蓄に回し、例年より貯蓄を多くしたことになる。
 右に述べたように、全国の銀行(都市銀行、地方銀行、第二地方銀行)の貸出平均残高は、対前年同月比6.4%増の499兆1023億円だった。増加額でいえば、30兆円程度だ。
 他方で、特別定額給付金の総額は12.8兆円だ。6月にこの半分程度が支給され、それが預金増になったとすると、全体で6兆円ほどの個人預金増があるはずだ。したがって、前記30兆円の増加の5分の1程度は特別定額給付金の影響ということになる。
 このように、特別定額給付金は、預金の増加に決して無視しえぬ影響を与えていることが分かる。

マネタリーベースも増大
 日銀が2020年8月4日に発表した7月末のマネタリーベース残高は576兆3027億円となり、4カ月連続で過去最高を更新した。
 平均残高は対前年比9.8%増の566兆7600億円で過去最高。内訳では、日銀当座預金が同11.0%増の448兆1294億円で過去最高を更新。伸び率は18年2月以来の大きさとなった。
 このほか、紙幣は同5.8%増の113兆6847億円、貨幣は同1.3%増の4兆9459億円だった。
 こうなったのは、新型コロナ対応特別オペの利用増や、国庫短期証券の買い入れ増で日銀当座預金の増勢が続いているためだ。

短期国債で賄っている
 ここで、財務省の2020年6月の「財政資金対民間収支」を見よう。
 6月には、一般会計の収支尻がマイナス5.1兆円と、散超になっている(散超とは、国と民間の間で生じた現金の受け払いが国から見て支払い超過の状態。その反対が揚げ超)。19年6月のプラス0.1兆円に比べると、散超幅が大きく拡大している。
 これは「その他支払い」によるものだ。ここには、特別定額給付金などが含まれている。特別会計では、財政投融資の収支尻がマイナス5.2兆円と、19年6月のプラス0.5兆円から散超幅が大きく拡大している。
 一般会計と特別会計を合わせると、19年より散超が約10兆円増えて、15.3兆円の散超となっている。なお、この値は、5月にも14.6兆円とほぼ同じ値だった。7月には、2.3兆円程度に縮小している。
 6月は、国債の受け取り超過は、19年6月とほぼ同じ0.9兆円だ。この値は、5月には8.0兆円だった。7月には10.6兆円になっている。
 それに対して、政府短期証券は、6月に39.3兆円の受け取り超過になっている。この値は、5月には16.5兆円だった。7月には17.1兆円になっている。このように、長期国債よりは政府短期証券による資金調達のほうが大きくなっている。なお、本章の1で見た日銀の短期国債保有状況は、これより約1カ月遅れている。発行されてから日銀が買うまでにタイムラグがあるからだろう。
 以上の結果、財政全体では、6月に15.8兆円の揚げ超だ(昨年は3.8兆円の散超だった)。日銀が短期国債を買い上げているものの、短期金利に上昇圧力が加わっている。
 なお、財政全体の揚げ超幅は、5月が9.9兆円で、7月は25.5兆円だった。



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