「真夏の夜の夢」のミシェル・ファイファー
映画は終わりが肝心(その4) ポランスキイの「マクベス」で述べたように、私はシェイクスピアの喜劇で最高傑作は『12夜』だと思っているのだが、名が知られているのは『真夏の夜の夢』(A Midsummer Night's Dream)だ。
妖精が登場する夢の世界だから、映画化にはもっとも適している。実際、映画も沢山作られている。
ここで取り上げるのは、1999年のアメリカ映画、A Midsummer Night's Dreamだ。
時点は、19世紀初頭に置き換えられている。また、舞台も、原作はアテネ近郊だが、この映画では、イタリアのトスカーナ地方になっている。
広大な邸宅で、シーシアス公爵とアマゾン国の女王ヒポリタの結婚式の準備が行われている。
話の筋は他愛ないものだが、4人の男女の「四角関係」がややこしいので、説明しておこう。
イジアスは、一人娘ハーミアをディミトリアスに嫁がせる約束をしていた。しかし、ハーミアはライサンダーと恋仲で、彼と結婚したがっている。
公爵から父親に従うように言われたハーミアは、ライサンダーと駆け落ちする計画を立てる。それを打ち明けられたハーミアの親友ヘレナは、この秘密を、慕っているディミトリアスに話してしまう。
夏至の夜、ハーミアとライサンダーは森に逃げ、ディミトリアスは二人の後を付けて森に入る。つまり、ライサンダーもディミトリアスもハーミアに夢中になっているのだ。ヘレナはディミトリアスを追って、自転車で(!)追いかけて、森に入る。
妖精の王オベロンと女王タイタニアが登場。そして、いたずら好きの妖精パックも登場。パックが媚薬を使っていたずらをしたため、ライサンダーもディミトリアスも、ヘレナに夢中になってしまう。
突然2人から愛されるようになったヘレナは戸惑う。逆に、2人に捨てられたハーミアは怒り心頭。
そのあと、いろいろなことがあって、最後は、めでたし、めでたし、になる。
この映画の素晴らしさは、舞台装置の豪華さだが(本当の芝居では、こうはいくまい)、それにも増して、キャストの豪華さだ。
タイタニアは、ミシェル・ファイファー。
私は、「キャットウーマン」以前のファイファー、とくに、「危険な関係」(1988年のアメリカ映画)の主人公、貞淑で頼りないトゥールベル夫人を演じるファイファーがとても好きだが、この映画のタイタニアのあでやかさもいい。まさに、タイタニアそのもの。
雷鳴の中を、輿に乗って登場する場面は、何度見ても素晴らしい。
ドタバタ騒ぎが終わって、オベロンとも仲直りし、ガウンの裾を引きずって退場していく場面を見ると、「ああ、夢が終わってしまう・・・」という気持ちになる。
ヘレナを演じるキャリスタ・フロックハートは、1997年、TVシリーズ『アリー my Love』で主役のアリー・マクビールを演じて、大ブレイクした。この映画でも、いい味を出している。
ヒポリタ役のソフィー・マルソーは、フランスの大女優。この映画では脇役だが、颯爽とした乗馬姿はさすが。
パック役は、 スタンリー・トゥッチ。 私は、この映画を見るまでは、パックは子供だと思っていた。多くの人は、そう考えているのではないだろうか?
実際、私が持っている『シェイクスピア全集』の挿絵でも、パックは子供の姿だ。
しかし、この映画のパックは、中年男。オベロンより年上に見える。最初は違和感を持ったが、トウッチの演技を見ているうちに、不自然に感じなくなった。
映画の最後、パックは、何の変哲もない掃除夫として、夜中の街を掃除に出てくる。そして、最後の有名な台詞:
If we shadows have offended,
Think but this, and all is mended,
That you have but slumber'd here
While these visions did appear.
もしも皆様、お気に召さぬとあれば、こう思し召せ。夏の夜のうたた寝に垣間見た夢幻に過ぎないと。
帽子を取って挨拶すると、頭に角が生えている。
A Midsummer Night's Dreamの全台詞は、MITのサイトにある。
最後に述べておくと、邦訳の『真夏の夜の夢』は誤訳だ。
Midsummer とは夏至のことで、夏至は6月21日頃だから、「真夏」ではない。この喜劇のタイトルは、正しくは、『夏至の夜の夢』だ。
北半球では、夏至に昼が最も長くなる。イギリスのように緯度の高い国では夜になっても明るいので、騒ぎたくなる。そこで、夏至の時期に祭を行う。たき火をたいてその周りを一晩中踊り明かしたりする。
だから、A Midsummer Nightと言えば、「バカ騒ぎ」というイメージがあり、A Midsummer Night's Dreamは、そうしたバカ騒ぎを描いているのである。
そして、夏至の日には妖精の力が強まり、祝祭が催される。このため、劇中に妖精が登場するのである。
さすが野上弥生子は、チャールズ・ラム、メアリ・ラム『沙翁物語』(岩波文庫、1932年)で、この劇のタイトルを『夏至祭りの夜の夢』と訳している。また、福田恒存も、せいぜいの抵抗として、『夏の夜の夢』とし、その理由を「解題」で述べている(新潮文庫、1971年)。
ただ、『真夏の夜の夢』はあまりに一般化してしまったので、いまさら『夏至の夜の夢』だと主張しても、何のことか分からないだろう。だから、仕方なしに、(「間違い、間違い」と心で唱えながら)『真夏の夜の夢』を使った。
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