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『日銀の責任』低金利日本からの脱却 全文公開:第4章の6

『日銀の責任 』低金利日本からの脱却 (PHP新書)が4月27日に刊行されました。
これは、第4章の6全文公開です。

6 ーMMT(現代貨幣理論)は、やはりインフレで破綻した

国債発行で、いくらでも財政資金を調達できる?
 本章の3で述べたように、異次元緩和の本当の目的は、金利を下げることだったと考えられる。これによって円安を導き、企業利益を増加させることが第一の目的だが、金利低下は、国債による財政資金の調達も容易にする。これも、異次元緩和の(隠された)目的の一つだったと考えられる。
 長期金利が非常に低かったために、金利負担を考えない財政の大盤振る舞いが可能になった。とくに、コロナ禍におけるバラマキ政策がそうだ。これは、財政収支の問題というよりは、国全体として無駄な資源の使い方がなされてきたという意味で問題だ。
 これに関連して、MMT(現代貨幣理論)という考えがある。自国通貨で国債を発行できる国は、決してデフォルトしない。だから、税などの負担なしに、国債を財源として、いくらでも財政支出ができるという主張だ。
 これは、従来の経済理論に対する挑戦と言われたのだが、実は、新しい内容はほとんどない。これまでの経済理論の寄せ集めだ。唯一の違いは、こうした財政運営をすればインフレになることの危険を軽視したことである。
 従来の正統的な考えは、「国債を財源とすれば負担感がないので、財政支出が膨張しすぎ、インフレになる。だから、こうした財政運営を行なってはならない」というものだった。
 それに対してMMTは、「インフレにならないように注意すれば大丈夫」だと主張したのだ。いわば、最も重要な点をはぐらかしたわけだ。

コロナ禍での財政運営は、MMTが正しいことを示したように見えた
 ところが、コロナ禍では、MMTの考えが正しいかと思われた。各国が膨大な財政支出を行ない、そのほとんどが国債で賄われた。そして、中央銀行が大量の国債を購入した。
 日本でも、2020年度に巨額の財政支出が行なわれた。そして、その大部分が国債で賄われた。その最たるものが、全国民を対象とした、総額約12兆9000億円の特別定額給付金だ。
 それ以外に、持続化給付金、家賃補助などさまざまな給付金が実施された。雇用調整助成金の特例拡大にも、一般財源がつぎ込まれた。また、地方公共団体を通じて行なわれた休業補償などもあった。
 政府が思うままに、いくらでも財政支出を行なえるように思われた。MMTの魔法が実現したように思われたのだ。

危惧していたとおり、インフレが起きた。打ち出の小槌はない
 MMTは、国債依存の財政運営は、「インフレが起きない限り、続けられる」としていた。しかし、コロナの収束が視野に入って経済活動が再開されてくると、アメリカでインフレが発生してしまった。ヨーロッパでも、他の国でもそうだ。つまり、多くの人が危惧していたように、MMTは実際には機能しないことが証明されたのだ。
 経済学の教科書には、MMTが主張するような財政運営を行なえば、インフレーションが起きると書いてある。インフレが起きると人々の購買力が減少するから、インフレは税の一種だ。しかも、所得の低い人に対して重い負担を課す過酷な税だ。そのとおりであることが実証されたのだ。
 誰も負担をせずに、財政支出の利益だけを享受できるという魔法が実現できるはずはない。打ち出の小槌などありえない。ごく当たり前のことが実証されただけだと言える。
 MMTの主唱者であるニューヨーク州立大学のステファニー・ケルトン教授は、「支出を行なう際に、適切な措置が行なわれなかったからだ」と防戦しているが、説得性に欠けることは、否めない。

日本のインフレは海外要因によるから、アメリカとは違うか?
 では、日本でもインフレが起きたか? 確かに、インフレ率は高まった。
 しかし、「これは、アメリカの場合とは違う」という意見があるだろう。アメリカでは、国内で需要が増加し、また、賃金が上昇した結果、インフレが起きた。しかし、日本の場合には、インフレは国内要因で生じたものではなく、輸入されたものだ。つまり、原油価格も小麦価格も、海外要因によって上昇した。輸入価格の高騰によって、国内物価が受動的に上昇したのだ。「だから、日本のインフレはコロナで財政支出が増えたことの結果ではない」という意見があるだろう。
 MMTの支持者は、これまでも、日本がMMTの成功例だと主張していた。コロナ禍の財政支出に関しても、日本の場合には、「MMTが主張するとおりにして成功した」と言えるのだろうか?

円安は放漫財政の後遺症
 しかし、日本でも、「国債に頼る財政運営の結果、インフレになった」と考えることができる。その理由は、以下のとおりだ。
 まず、原油や小麦価格高騰などの海外要因が大きいことは事実だが、それだけでなく、円安が物価上昇に拍車をかけた。だから、仮に原油価格上昇などがなかったとしても、円安による物価上昇に見舞われていたことは、間違いない。
 では、なぜ円安が進んだのか? それは、アメリカが金利を上げたのに、日本が金利を抑えたからだ。では、なぜ日銀は金利を抑えたのか?
 日銀がこれまで大量の国債を買い上げた結果、当座預金が増加した。これに対して利子を支払っている。これは日銀の収益を悪化させ、日銀納付金の減少を通じて国民負担になっている。その意味で、コストはすでに発生しているわけである。金利を引き上げると、付利が増加するのだ。
 当座預金が巨額のものになっているのは、コロナ禍以前の期間から、巨額の国債を購入してきたからだ。このような意味で、円安は、財政支出を国債で賄った「ツケ」なのだと考えることができる。
 以上のことを逆に言えば、つぎのようになる。
 もし日銀が巨額の国債を購入しなかったとすれば、いまのように巨額の当座預金を抱えることはなく、したがって、金利を上げても日銀の収益が悪化することはない。だから、金利を引き上げただろう。そうであれば、円安にはならず、したがって、物価高騰も抑えられただろう。
 これまで、あまりに大量の国債を購入し、当座預金を増やしたために、日銀は金利引き上げを認めることができず、そのため、円安をコントロールできないのだ。いくらでも国債に頼ればよいという無責任な財政運営は、間違いなく、国民に負担を強いている。


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