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『入門 米中経済戦争 』:全文公開 第6章の2

『入門 米中経済戦争 』(ダイヤモンド社)が11月17日に刊行されました。
これは、第6章の2全文公開です。

2 中国共産党はIT企業規制を強める
――アリババ、ディディにも規制

圧力はアリババ本体にも及ぶ
 当局の圧力は、アントに限定されず、アリババ本体にも及んできた。
 アリババ集団によるネット通販セール「独身の日」が、2020年11月12日深夜0時に終了した。セール期間中の取扱高は前年比86%増の4982億元。19年の2684億元を大きく上回った。
 ところが、セール終了前日の10日に、規制当局である国家市場監督管理総局が、独占的な行為を規制する新たな指針の草案を公表した。取引先の企業にライバル企業と取引しないよう「二者択一」を求めることは法律違反に当たるとしたのだ。これを受けて、11日に香港株式市場でアリババの株価は前日比9・8%安となった。
 その後、アリババに対する政府の規制は現実のものとなった。アリババは21年4月10日に、独占禁止法違反で182億元という記録的な額の罰金を科された。
 21年3月期の通期の売上高は7173億元で、前年同期比32%増だった。しかし、21年1〜3月期は、罰金の影響で純損益は55億元の赤字に転落した。四半期ベースでの赤字は上場後初めてだ。

テンセントにも規制
 中国当局の規制強化が及んでいるのは、アントやアリババだけではない。中国のハイテク企業に共通の現象だ。
 テンセントが2021年5月に発表した21年1〜3月期決算は、純利益が477億元で、前年同期に比べ65%増となった。アリババとは対照的だ。株価は2000年を通じて上昇を続け、21年2月中旬に760香港ドル程度となった。ところが、それがピークで、その後株価は下落を続け、5月末に600香港ドル程度となった。2月の高値からは2割近く低い。
 好業績でも株安になるのは、中国政府の監視強化のためだ。4月末には、中国人民銀行から呼び出しを受け、金融監督を全面的に受け入れるよう指導を受けた。5月には、運営するアプリが個人情報を違法に収集しているとして、是正を命じられた。
 規制強化の影響は、ほかのIT企業にも及んでいる。バイトダンス(字節跳動科技)は、中国事業の上場計画を凍結した。

ディディの株価が上場直後に暴落
 規制はさらに広がった。中国の配車アプリ最大手、ディディ(DiDi:滴滴出行)の株価が、2021年7月6日、一時25%も下落した。
 ディディは、6月30日に、ニューヨーク証券取引所に上場したばかりだった。時価総額は約670億ドルを超えた。これは、15年のアリババのニューヨーク証券取引所(NYSE)上場以降、中国企業として最大のIPOだった。
 その直後に、株価が暴落したのだ。その後も下落が続き、6月30日の上場初日に付けた高値(18・01ドル)からの下落率は、7月9日で実に39%にも達した。
 こうした異常事態が発生したのは、中国当局がディディに対する規制を強化したためだ。
 中国サイバースペース管理局(CAC)は、7月4日に、ディディが個人情報の収集と利用に関する規制に違反しているとの見解を発表した。そして、同アプリを中国のアプリストアから削除することを指示した。
 この命令に伴い、人気の配車アプリ・ディディが中国のアプリストアから削除されたのだ。アプリストアから削除されたというのだから、すでにダウンロードされているアプリは使えるのだろう。しかし、このままでは、今後の利用者は増えない。命令だけでこれほど手荒なことができるとは、民主主義国家では想像もできないことだ。
 中国当局は、これに先立ち、7月に入ってからディディなどIT企業3社に対して、国家安全上の理由による審査に着手していた。企業が保有するデータの国境を越えた取り扱いに関する管理を厳格化し、すでに海外で上場している企業への監督も強めるとした。
 そして、7月6日には、中国企業の海外上場の規制を強化すると発表した。情報セキュリティー確保の規定を見直して、企業が保有するデータの越境を厳しく監視し、中国の証券取引法を域外適用するための制度を整備するとしたのだ。
 また、教育産業のエドテックは非営利への転換を求められた。

中国IT企業が海外から資金調達できず、技術開発資金が減る
 中国企業は、ニューヨーク証券取引所にIPOするケースが多い。これまでの10年間、アメリカのIPO市場は、中国のハイテク企業にとって魅力的な資金調達の場だった。米中対立が続いている中でも、中国企業のIPO意欲は強く、件数と調達額は過去最高ペースだった。
 しかし、いま、米市場でのIPOに暗雲が垂れ込めている。中国国内の規制強化であっても、IT企業にとっては重荷になるから、外国投資家が投資しにくくなる。
 これまで、アリババやテンセントなどの巨大IT企業は、有望なスタートアップ企業に投資をして、その成長を助けてきた。そして、そのことが両社の時価総額を増加させてきた。こうしたプロセスによって、中国のIT産業が発達してきたのだ。
 しかし、株安が続くと、これができなくなる。これは、中国の技術開発に大きな影響を与える。それは、中国の長期的な観点から考えると、決して望ましいものではない。
 そのことは、中国共産党としても十分認識していることだろう。したがって、今回の決定は、単なる偶発的・一時的なものではなく、周到な検討の結果行なわれたものだろう。その意味でも重要なものだ。


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