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『アメリカはなぜ日本より豊かなのか』     全文公開:第7章の3

『アメリカはなぜ日本より豊かなのか』(幻冬舎新書)が8月28日に刊行されました。
 これは、第7章の3全文公開です。

3 「もしトラ」に備える

「もしトラ」に備える必要がある

 本書執筆時点で、11月のアメリカ大統領選挙でトランプ前大統領が勝利を収め、第二次トランプ政権が成立するのではないかとの見方が広がっている。
 仮にそれが現実になった場合、アメリカ国内のみならず、世界に大きな影響が及ぶのは必至だ。しかも、日本は、その中でとりわけ大きな影響を受ける国の一つだ。
 事態がどう推移するかは、多くの複雑な要因に依存しているので、本書執筆時点で見極めるのは不可能に近い。ただし、第二次トランプ政権が成立した場合に、いかなる対応をすべきかというシナリオは、いまから考えておく必要がある。

対外コミットメントの後退
 第二次トランプ政権が成立した場合にまず起こりうるのは、アメリカの対外コミットメントの後退だ。
 第一次政権時代の2019年11月に、トランプ政権は、地球温暖化対策の国際的な枠組み「パリ協定」からの離脱を国連に正式通告した。パリ協定によって、巨額の支出を迫られる一方で、雇用が失われ、GDPが減少するというのが、その理由だ。
 第一次政権時代には、WTO(世界貿易機関)からの脱退を示唆したこともある。再選すれば、WTOからの脱退論が再浮上する可能性もある。
 安全保障面でのコミットメントの後退は、さらに深刻だ。
 現時点では、ウクライナとパレスチナで深刻な戦争・紛争が起こっており、これらに対するアメリカの対応が大きく変わることが懸念される。とりわけ、ウクライナに対する軍事的支援が大きく減らされる事態は、大いに考えられる。
 また、トランプ氏は、NATO(北大西洋条約機構)加盟国が防衛費をさらに負担しない限り、アメリカはロシアによる将来の攻撃からNATO加盟国を防衛しないと、2024年3月に述べた。
 こうした問題にどう対処するかは、きわめて難しい。全世界的な対応、とくにヨーロッパ諸国の連携が重要な課題になるだろう。

対中強硬策をさらに強める?
 第一次トランプ政権の重要な経済政策は、中国との貿易戦争、とくに、政策的な高関税の賦課(ふか)だった。これは、バイデン政権下でも続いた。仮に第二次トランプ政権が成立した場合、中国に対する貿易上の政策をさらに強める可能性は十分にありうる。
 中国製の自動車、とくにEV(電気自動車)について輸入規制が強まるのは、ほぼ確実だ。これは、トランプ再選いかんにかかわらず、進められるだろう。
 連邦議会には、100%を超す税率の関税を課し、中国メーカーがメキシコで生産した場合も対象に含める案がある。トランプ氏は、再選した場合には、中国の自動車メーカーがメキシコで生産した車に「100%の関税を課す」としている(注)。

(注)日本経済新聞「米政権、保護主義に傾倒」「米、中国EVの流入阻止」2024年3月30日

中国に大きな変化があった
 ただし、第一次トランプ政権の時代に比べると、中国の状況が大きく変化していることに注意が必要だ。当時は中国のIT(情報技術)産業が急速に成長しており、とくにAI(人工知能)による画像認識技術で、アメリカを圧倒しつつあった。
 そして、このままでは中国が世界の脅威になるという懸念が強まった。これは当時のマイク・ペンス副大統領の演説が強調したことである。それはアメリカだけではなく、全世界的に強まった考えだった。したがって、中国による世界支配を未然に防ぐために、第一次トランプ政権が高関税を課しただけではなく、さまざまな戦略物資の対中輸出禁止措置をとったのも、理由がないことではなかった。
 しかし、第6章で述べたように、これに関して、その後に大きな変化があった。
 こうした変化が、アメリカの政策にどのような影響を与えるのか? 2018年当時のような中国の成長に対する危機感は薄れたかもしれない。だが、中国共産党は、イデオロギー的な面では強さを増した。アメリカは、これにどう対処するのだろうか?

日米経済問題はどうなるか
 仮に第二次トランプ政権が発足すれば、日本との間でもさまざまな問題が起こりうる。
 例えば、日本製鉄のUSスチール買収問題だ。2024年4月12日に、USスチールの臨時株主総会で買収案が可決されたが、本書執筆時点では、買収が実現するか否かは不透明なままだ。トランプ氏はすでに反対の姿勢を明らかにしているし、バイデン政権も同じ姿勢だ。
 つまり、アメリカのかつての基礎産業を、日本に取られることに対するアメリカ人の心理的な抵抗は、イデオロギーの違いを超えて強いと考えられる。
 ただし、これが日本経済に悪影響を与えるかというと、そうとも言えない。もともとアメリカにおいて鉄鋼業は衰退産業であり、それを日本企業が獲得することに、どれだけの経済的な意味があるかは疑問だからだ。
 この問題以外にも、日米間で経済面での摩擦現象が起きることは、十分に考えられる。

防衛費負担問題にどう対処するか
 第二次トランプ政権が、在日米軍の負担削減と日本の防衛費増大を求めることは、十分にありうる。これにどう対処するかは、きわめて難しい問題だ。
 ただし、同様の問題は、韓国や台湾においても生じる。さらに、程度の差はあるが、インドネシアを始めとする東南アジアの諸国や、オーストラリア、ニュージーランドなどについても同じような問題が生じうる。
 そこで、アメリカと同盟諸国の負担削減の問題に関しては、日本が独自でこれに対処するのではなく、日・韓・台という利害を共有する国と地域がこの問題を共同で考えていくことが必要だろう。

日本は取引材料を持っているか?
 安全保障の費用分担について、アメリカに対してひたすらお願いするというだけでは能がない。取引しうる何らかの材料があることが望ましい。つまり、日本は守る価値がある国であることを、アメリカに納得させる必要がある。
 台湾は明らかにそれを持っている。それは、最先端半導体の製造技術だ。アメリカは、安全保障上の観点から、台湾自体の安全保障に強い関心を持っている。そして、台湾の半導体受託製造企業であるTSMCのアメリカ招致を決めている。
 では、日本はこれと同じような取引材料を持っているか? とくに、先端技術の面で、それを持っているか? 残念ながら、現状では、そうしたものが見つからない。こういったものを作り上げていくための地道な努力がなされる必要がある。


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