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『「超」創造法 』生成AIで知的活動はどう変わる?

『「超」創造法』 生成AIで知的活動はどう変わる?(幻冬舎新書)が9月27日に刊行されました。
これは、はじめに全文公開です。

はじめに

生成系AIは何ができるのか

 われわれはいま、人類の文明史における大きな曲がり角を見つつあります。
 ChatGPT やBing、Bard など「対話型生成系AI」と呼ばれる技術を一般の人々が使えるようになり、これまで人間にしかできないと考えられてきた知的活動の領域にAI(人工知能)が入ってきたからです。
 人間が仕事をする基本条件が、大きく変わろうとしています。印刷術の発明やインターネットの登場によって生じた変化に匹敵するような(たぶん、それ以上に大きな)変化が、これから起こると予測されます。
 ただし、この新しい技術は登場したばかりであり、それがどれだけの力を持つのかが、まだはっきりとは分かりません。
 一方では、多くの人々が、生成系AIをビジネスにどのように活用できるかを模索しています。他方では、自動的に文章ができてしまうので、それらの仕事に関係する人々が失業したり、学生が手抜きをして、教育上、悪影響があると危惧する人々がいます。
 このように評価は正反対なのですが、肯定的に捉えるにせよ否定的に捉えるにせよ、「生成系AIの能力がきわめて高い」との理解は共通です。「聞けば何でも答えてくれる魔法の仕掛け」と捉えられているのです。
 しかし、生成系AIは、本当にそれほどの能力を持つのでしょうか? これを検討するのが、「第Ⅰ部 ChatGPT を使う」の課題です。
 私が何度も実験を繰り返して得た結論を要約すれば、少なくとも現状では、生成系AIは、正しい情報を提供することができません。また、新しいアイディアを創造することもできません。
 生成系AIは自然言語(人間が普段使っている言葉)による問いかけに対して、自然言語での答えを出力しますが、その内容を信用することはできません(第1、2章)。安易に利用すれば、破滅的な事態になりかねません。これを正しく認識することが、生成系AIの利用にあたって最も重要な点です。
 このような認識のもとに、第1章から第5章では、知的活動に対話型AIをどのように使えるかを考えます。
 まずは、知的作業の中核ではなく、周辺作業の効率化に対話型AIを用いるべきです。資料の翻訳や要約、文章の校正などがその例です(第2、3章)。
 ただし、生成系AIの利用可能性は、これらにとどまりません。さらに進んで、知的作業の中核に用いることが考えられます。適切に巧みに利用すれば、知的活動の本質にかかわる変化が可能になります(第4、5章)。とりわけ重要なのは、文章を書く作業を効率化することです(第4章)。AIに創造はできず、それゆえに主人にはなれないのですが、知的活動の強力な助手になれるのです。

どうすればアイディアを生み出せるか

 生成系AIが出す答えが正しくない点については、今後の技術進歩によって改善が期待されます。しかし、AIに創造活動ができないことは、本質的な問題です。
 本書のエピグラフに引用した言葉で、フランスの数学者ポアンカレは、数学を機械に任せておくことはできないと述べています。数学を「創造的な仕事一般」と置き換え、機械を「生成系AI」と置き換えても、同じことが言えます。創造活動は、人間にしかできないのです(第5章)。
 人間は、生成系AIを使って周辺作業の効率を上げ、それによって節約できた時間を使って、創造的な仕事に専念すべきです。
 では、人間は、創造的活動をどのように行なったらよいのでしょうか? これが「第Ⅱ部 どうすればアイディアを生み出せるか」のテーマです。
 アイディアを出すための手法として、「考えをカードに書き出して、さまざまな組み合わせを試みる」という方法(マニュアル的発想法)がしばしば提案されます。しかし、このような機械的な方法では、アイディアは出てきません。
 かといって、何もないところに、アイディアが突如として天から降ってくるわけでもありません。新しいアイディアは、頭の中にあるさまざまな考えの組み合わせから生じるのです。アイディアは、考え続けることによってしか出てきません。
 そして、ある問題について深く考え続けていれば、偶然のきっかけで新しいアイディアが生まれます(第6章)。
 したがって、アイディアを生み出すには、頭の中を問題で一杯にし、仕事の環境を少し変えればよいのです。この具体的方法論を第7章から第9章で述べます。
 IT(情報技術)の発達によって、発想を助けてくれるさまざまなツールが利用可能になりました。とくに重要なのは、音声入力でテキストを書けるようになったこと(第7章)と、データをクラウドに保存して管理できるようになったこと(第8章)です。
 これらの利用によって、「何の準備もなしに、とにかく仕事を始める」という方法が可能になりました。アイディアのかけらが行方不明になることがないし、いったん書いたことを、あとからいくらでも書き直せるからです。
 これは、アイディアを生み出し、成長させるための最も効果的な方法です。これが、第7章で提案する「クリエイティング・バイ・ドゥーイング」(仕事をすることによってアイディアを生み出す)です。

単純労働者でなく、知的労働者に影響が及ぶ 

 生成系AIは創造ができず、また間違った情報を出すことがあります。しかし、だからといって、無視してよいことにはなりません。それどころか、これまで人間が行なってきた知的活動に甚大な影響を与えます。なぜなら、資料の翻訳、要約、文章作成や校正などの仕事を、人間とは比較にならないほど高速で行なえるからです。
 このため、多くの人が、「私の仕事は、AIによって代替されてしまうのか? それとも逆に、AIの活用によって価値がより高いものになり得るか?」という問いに直面しています。この問題に対して無関心でいるか、あるいは積極的に対応しようと考えるかによって、その人の将来は大きく変わるでしょう。
 企業もそうです。生成系AIが広く使われる社会において、企業活動の本質はどう変わるか? 新しい環境で成功する企業の条件は何か? という問いに、すべての企業が直面しています。この問いに対していかなる答えを見出せるかが、今後の企業活動に重大な意味を持つでしょう。こうした問題が「第Ⅲ部 生成系AIは社会をどう変える?」で論じられます。
 産業革命以来、機械が代替してきたのは、単純労働でした。しかし、生成系AIの場合には、知的労働に大きな影響が及ぶ可能性があるのです。これが、従来起こったこととの大きな違いです。また、職業そのものは残っても、生産性が上がるために失業者が出る、という事態も起こり得ます。
 問題は、それにとどまりません。本書の第Ⅰ部では、生成系AIの出力に誤りが多いことを強調しました。しかし、AIの能力が向上すると、ウェブの情報を正しく読めるようになるかもしれません。そうなると今度は、別の問題が生じます。ウェブ上の記事配信サイトの経営が成り立たなくなってしまうのです(第12章)。それを防ぐには、強力な規制が必要になるでしょう。
 生成系AIがもたらす問題として私が危惧しているもう一つのことは、それによって作られた質の低い文章がネット空間に溢れ、その結果、悪貨が良貨を駆逐してしまうことです。しかし、そうはならず、まったく逆に、人々が質の高い文章をこれまでより強く求めるようになることも考えられます(第12章)。
 そのような社会の実現を、私は強く望んでいます。

 2023年7月 野口悠紀雄


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