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『入門 米中経済戦争 』:全文公開 第6章の8

『入門 米中経済戦争 』(ダイヤモンド社)が11月17日に刊行されました。
これは、第6章の8全文公開です。

8 巨大IT企業の問題は米中同じだが、政治体制が違う

米巨大IT企業は史上最高の利益
 アメリカの大手IT企業が空前の利益を上げている。2021年7月末に発表された4〜6月期(第2四半期)の決算によると、アップルは、最終利益が前年同期比93%増の217億ドルで、第2四半期の決算としては過去最高益だった。アルファベット(グーグルの持ち株会社)は、最終利益が185億ドルと2・6倍以上に伸び、四半期としての最高を更新した。フェイスブックは、利益が前年同期から倍増の104億ドル。マイクロソフトは、最終的な利益が46%増えて165億ドルだった。アマゾンの純利益は、前年同期の52億ドルから78億ドルに増加した。
 これまでもGAFAMと呼ばれる前記の企業群は華々しい成長を続けてきたが、このような状況を見ていると、あまりの利益の集中に言葉を失ってしまう。

アメリカ政府もIT企業を統制しようとしている
 アメリカも、巨大IT企業に対して何も制約を加えていないわけではない。実際、2020年には、グーグルとフェイスブックが独占禁止法違反の疑いで提訴された(フェイスブック提訴はその後取り下げられたが、再提訴された)。
 バイデン政権になって、アマゾンに批判的なリナ・カーン氏が米連邦取引委員会(FTC)委員長に指名されるなど、規制派が重要ポストを占めた。このことから、規制がさらに強化されるだろうとの見通しもある。
 トランプ政権はデジタル課税に否定的な立場をとっていたが、21年6月のG7では、アメリカは国際的デジタル課税を導入することに同意した。
 さらに、サードパーティークッキーの規制も行なわれている。グーグルやフェイスブックの重要な収入源であったターゲティング広告が、これによって大きな影響を受ける。
 そして、バイデン大統領は、21年7月9日、国内市場の競争促進のための大統領令に署名した。大企業による寡占市場や不要な規制で競争が抑制されている市場に関して、法令の執行強化や規制の撤廃を進めるよう、担当閣僚らに具体策の検討・実施を指示した。反トラスト法(独占禁止法)を所管する司法省と米連邦取引委員会に対しては、同法を積極的に執行するよう求めた。対象はITだけではないが、重点的に競争促進に取り組む市場に「インターネットサービス」も含まれている。
 バイデン大統領は、この40年間、国内で競争が抑制されてきたため、中間所得層が不要なコストを払わされたと指摘し、「競争のない資本主義は資本主義ではない。搾取だ」とした。そして、「独占企業や悪質な合併は許さない」と強調した。

怪物が現れたという認識では同じ
 このように、米中の政府とも、巨大IT企業の現状を放置するわけにはいかないと考えている。経済力がこの分野にあまりに集中しすぎている。ほかとの格差がこれだけ開いてしまうと、放置するわけにはいかない、限度を超えた、という認識があるだろう。
 アメリカ経済の急回復でGDP成長率が上がった。それでも、2021年4〜6月期の実質GDP成長率は、前期比・年率換算で6・5%増だ。
 それに対して、巨大IT企業の利益は、先に見たように、前年比50%増とか100%増というオーダーだ。あまりに大きな違いと言わざるをえない。
 成長企業においても、成果の配分がすべての従業員に及んでいるわけではない。アメリカの主要500社の最高経営責任者と従業員の報酬格差は、300倍にもなっている。こうしたことへの不満が、好業績の企業の従業員の中で高まっている。
 われわれでも、アメリカIT企業の著しい増益状況を見ると、コロナ禍で多くの人が苦しんでいるにもかかわらず、こうしたことが起きるのはなんともおかしいと、素朴に考えざるをえない。巨大IT企業がこれまではなかった怪物であることが、誰の目にも明らかになった。
 アメリカも中国も、これらの企業が新しい技術を開発し、経済を牽引することを認めている。それが国を強めることも承知している。米中が世界の覇権を争う中で、それが重要な意味を持つことも分かっている。
 しかしそれにもかかわらず、あまりの富の集中を放置すれば、社会的な不満が高まり、経済運営に支障が出るだろうという認識を、アメリカの指導者も中国の指導者も持たざるをえなくなっているのだ。

米中の政策決定機構の違い
 では、米中政府が同じ認識を持ちながら、両国のIT企業の利益や株価の動向に差が出てくるのはなぜか?
 アメリカの場合、政策を変えようとしても、本当にできるかどうかは分からない。少なくとも、直ちに大きな変化が生じることはないと、市場に受け取られている。
 それに対して、中国政府は、政策の方向づけを変えようと思えば、極めて強い強化策を直ちに実行に移せる。
 巨額の収入が得られると分かっているアントの上場を停止させたり、市場空前の罰金をアリババに科したり、ディディのニューヨーク市場上場直後にアプリの新規ダウンロードを禁止している。民主主義国家では考えられないような強い政策を、信じられないほどのスピードで実行しているのだ。
 アメリカ連邦政府は、これまで独占企業を自由に活動させてきたわけではない。それどころか、反独占はアメリカ経済政策の基本であり、スタンダード・オイルの分割など、極めて強力な政策を行なっている。情報関連でも、AT&Tの分割を行なった。また、IBMやマイクロソフトに対しても強い政策をとった。
 しかし、こうした施策は民主的プロセスを踏んで行なわれる。すぐにはできない。実際、前記の競争促進令に対して、アメリカの産業界は過度な介入だと、直ちに反発した。
 利益や株価における米中の差は、このような両国の政策決定プロセスの違いを反映したものだ。

米中どちらが正しいのか?
 米中どちらのアプローチが正しいのだろうか?
 中国のように果敢な政策をとって、巨大IT企業への富の集中を排除し、国民の不満をなだめるほうが社会を安定化させ、長期的な成長にとっては望ましいのかもしれない。
 しかし、独裁政権によるそのような政策は、しばしばいきすぎる。政策の実行は遅くとも、社会の合意を得つつ政策を実行するというアメリカのスタイルのほうが、長期的な成長にとっては望ましいのかもしれない。
「民主主義は最悪の政治形態だ。これまでに試みられてきた民主主義以外のあらゆる政治形態を除けば」というウィンストン・チャーチルの言葉を、われわれはこれまで信じてきた。しかし、巨大IT企業の問題は別かもしれない。
 米中のどちらが正しいのか。現時点では即断しにくい。ただ、世界経済がいま大きな実験を始めようとしていることは間違いない。


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