『日銀の責任』低金利日本からの脱却 全文公開:第4章の3
『日銀の責任 』低金利日本からの脱却 (PHP新書)が4月27日に刊行されました。
これは、第4章の3の全文公開です。
3 ー異次元緩和の本当の目的は、低金利と円安だった
国債購入による金利引き下げと円安
これまで述べてきた疑問は、「異次元緩和の目的は、物価ではなく、別のものだった」と考えれば、氷解する。
私は、異次元緩和が本当に行なおうとしたのは、以下のようなことだったのではないかと考えている。
1.国債の大量購入によって金利を引き下げる
2.金利引き下げによって、財政資金の調達を容易にする。さらに、外国との金利差を拡大し、円安を実現する
3.円安によって大企業の利益を増大させる
4.それによって株価を引き上げる
このように考えれば、さまざまなことが整合的に理解できる。株価が本当の目的として重視されていたことは、日本銀行が、OECDの対日審査(2019年4月)で強い批判を受けながら、ETFの購入という、中央銀行の政策としては大いに疑問がある政策を採り続けたことからも窺える。
では、右の目的について、結果はどうだっただろうか?
国債購入により長期金利が下落し、その結果、円安が進行した。このことは、データで明らかに確認できる。
10年国債の利回りは、2013年1月の0・8%台から、2014年2月には0・5%台に低下した。さらに、2014年末には0・3%台に低下し、16年初めの0・0%にまで低下した。
為替レートは、2012年12月の1ドル=80円台から、2013年5月には100円台になった。さらに、2015年には124円台まで下落した(なお、円安になったのは、日銀の金融政策だけによるのではない。2010年頃、ユーロ危機で資金がユーロ圏から流出し、「セイフヘイブン」と見なされた日本に流入して円高が進んだが、2012年頃からユーロ危機が収まり、日本への資金流入が止まって、円安への動きが生じていた)。また、株価も回復した。こうして、異次元緩和の真の目的と考えられるものは、ほぼ達成された。
2016年に、イールドカーブ・コントロールを導入
ところが問題は、国債を買い続けた結果、国債発行残高中の日銀保有分の比率が高まってしまったことだ。図表4─3に示すとおり、この比率は、2012年までは高くとも15%程度だったが、2015年末には30%を越えた。この政策は、それまでのペースでいつまでも継続することはできない。
そこで、2016年に政策手法が大きく変更された。
2016年1月に、マイナス金利が導入され、民間の金融機関が日銀に預ける当座預金残高の一部に、▲0・1%の金利が適用された。これによって金利が急低下し、10年物国債の利回りはマイナスになった。20年、30年の超長期国債の利回りも低下した。金融機関は利ざやを稼ぐことが難しくなった。
この事態に対応するため、日銀は2016年9月に「イールドカーブ・コントロール」(YCC)政策を導入した。これは、政策金利だけでなく、長期金利も直接の統制下に置く方式だ。10年国債の金利の目標値を0%と設定し、国債の買いオペによって、長期金利をその上下の一定範囲内に抑えようとする。
これによって、下がりすぎた長期金利を高くしようとした。つまり、このときには、イールドカーブの傾きを急にすることが目的とされた。
長期金利の直接コントロールは、市場原理に反することである。政策金利を決めれば市場の原理によってイールドカーブの形が決まり、したがって長期金利も決まるからだ。長期金利は市場で決められるものであって、無理にコントロールしようとすれば歪みが発生する。
長期金利の直接コントロールは、FRB(米連邦準備制度理事会)が1942年から1951年に実施したことがあるが、その後は、どの国の中央銀行も採用したことがないものだ。いわば、異端の金融政策なのである。
政策金利は、当座預金の残高のうち「政策金利残高」と呼ばれる部分に課される▲0・1%の金利とされた。そして、長期金利の目標値は0%とされた。
長期金利がコントロールされたことによって、日本経済の真の姿が見えなくなってしまった。このように、YCCは大きな問題をはらむものであった。
しかし、日本経済に格別大きな支障が生じることはなかった。むしろ、2016年からしばらくの間、日本経済のパフォーマンスは良好だった。これは、原油価格が2015年始めから17年中頃までの間、ほぼ1バレル=50ドル程度の水準にまで低下し、日本の交易条件が好転したことによる(ただし、マイナス金利の導入によって、金融機関の収支に問題が生じた)。
イールドカーブ・コントロールの問題が露呈
イールドカーブ・コントロール方式の問題が露呈したのは、2022年になって長期金利に強い上昇圧力が加わるようになったからである。
仮に物価の上昇が本当の政策目的なのであれば、2%目標は過剰に達成されたのだから、それが安定的であるかどうかにかかわらず、長期金利の目標値を見直すべきだろう。それにもかかわらず目標値が堅持されるのは、長期金利の抑制自体が本当の目的であることを示している。
異常な円安が進んだのは、日銀が長期金利を抑えたからだ。仮に異次元緩和の最初の方式を続けており、決められた額の国債を市場価格で買い続ける方策を継続していたのであれば、アメリカが金利を引き上げれば、日本の金利もそれに合わせて高くなったはずだ。
円安にはなるかもしれないが、実際に生じたような激しい円安にはならなかったはずである。異常な円安は、わずかに残された市場機能の悲鳴のようなものだったのだ。
2022年には多くの国の通貨がドルに対して減価したが、その中でも日本円の減価は際立っていた。これは、右のような金融政策の特殊性に起因するものだ。
急激な円安なのに日銀が金融緩和を続けた理由
以上で述べた見方からすれば、「急激な円安にもかかわらず、日銀が金利抑制策をやめようとしなかったのはなぜか?」に対する答えは、「低金利と円安が、真の目標だからだ」ということになる。言い換えれば、「物価の安定や賃金の上昇」は、そもそも本当の政策目的としては意識されていないからだ。
そして、「本来は、どのような政策が取られるべきか?」に対する答えは、「物価の安定や賃金の上昇などを、重要な目的として意識すべきだ」ということになる。そのためにとくに重要なのは、長期金利のシグナル機能を復活させることだ。
2022年のように経済に大きな変化が起きれば、それを反映してさまざまなマクロ変数は大きく変動せざるをえない。とくに金利は、最も重要な市場のシグナルである。これが大きく変動するのは、当然のことだ。どこの国でも、そうなった。ところが、日本だけは、金利の直接のコントロールを続けているために、それが起きなかった。
金利が上がれば、財政資金の調達が困難になるだろうと言われている。確かにそうなるだろう。しかし、それが市場のシグナルが要求することなのである。それに応じた経済政策と経済活動が行なわれなければならない。
第9章の5で述べるように、2022年10月にイギリスで生じたことが、まさにそれだ。財源裏付けのない無謀な経済政策に対して、市場金利が高騰し、年金基金が窮地に陥った。イングランド銀行が、限定的な救援しかしなかったので、政権は、政策を撤回せざるをえなくなり、ついには、政権が崩壊したのだ。
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