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『アメリカはなぜ日本より豊かなのか』     全文公開:第7章の7

 『アメリカはなぜ日本より豊かなのか』(幻冬舎新書)が8月28日に刊行されました。
 これは、第7章の7全文公開です。

7 ハリス氏は、第二次トランプ政権を阻止できるか?


バイデン氏撤退、ハリス氏が登場
 7月21日、バイデン米大統領は、大統領選からの撤退を表明し、カマラ・ハリス副大統領を大統領候補に推薦した。ハリス氏は指名を受諾し、民主党大会で正式に指名された。
 仮に大統領選に勝っても、任期終了時には86歳になるというバイデン氏の「年齢問題」は、従来から指摘されていたが、テレビ討論会での失態などから、民主党内で一気にバイデンおろしが顕在化したのだ。ただし、本稿執筆時点では、事態は流動的だ。これからどうなるかを、全世界が注視している。
 女性であり、非白人であるハリス氏は、トランプ氏の対極にある人物だ。したがって、仮にトランプ対ハリスの対決になれば、候補者の違いは鮮明になる。2016年の大統領選(トランプ対クリントン)よりさらに明確になる。
 ハリス氏は、トランプ氏が民主主義と女性の権利に対する脅威であると、繰り返し主張してきた。他方、ハリス氏が行なってきた社会的弱者問題への取り組みは、高い評価を得ている。とりわけ黒人女性層の支持率が高い。具体的な政策では、妊娠中絶の権利擁護や、学生ローン返済の一部免除について、支持率が高い。
 トランプ氏はこれまで、相手の人格を傷つけるような侮辱的表現で対立者を攻撃することが多かった。それらの中には、性差別や人種差別と受け取られかねない表現もあった。同じような方法でハリス氏を攻撃すれば、有権者の強い反発を引き起こすだろう。それだけでなく、元カリフォルニア州司法長官から、どんな反撃があるか分からない。したがって、こうした方法を続けることには、慎重にならざるをえないはずだ。
 こうして、トランプ氏優勢で展開すると考えられていた今回の大統領選は、ハリス氏の登場によって、大きく変化した。この対決にアメリカ国民がどのような判定を下すかは、アメリカの進路に重大な影響を与えるだろう。

経済政策はどうなる?
 では、ハリス氏は、どのような政策を打ち出すだろうか?
 それを考えるために、トランプ政権とバイデン政権のこれまでの政策を振り返ると、つぎのとおりだ。 
 本章の3、4で述べたように、第一次トランプ政権は、対外経済政策において、孤立主義的な強硬策を打ち出した。とくに、対中政策において、高関税の賦ふ か 課などによって、米中経済戦争と呼ばれる対立関係をもたらした。
 これに対してバイデン政権は、国際協調路線を推進し、気候変動対策や脱炭素化などで、積極的な政策を進めようとした。また、同盟国の結束を重視した。ハリス氏も、この路線を引き継ぐだろう。
 ただし、4の最後で述べたように、対中政策に関しては、バイデン政権はトランプ政権の強硬策を引き継いだ。この流れは、民主、共和のどちらの党が政権を握っても続くだろう。
 国内経済対策では、トランプ政権は、コロナ期に財政拡大を行なった。また、FRBに圧力をかけて金融政策で大幅緩和を行ない、インフレの原因を作った。
 バイデン政権も、発足直後に大規模な経済再生プランを発表、成立させた。さらに、インフラ整備計画を2021年11月に成立させた。つまり、トランプ政権の政策と同様に、需要喚起策を行なったのだ。
 その後のインフレ率の高まりに対処するため、2022年3月にFRBは急激な金融引き締め策に転じた。しかし、依然としてインフレを完全に克服するには至っていない。
 結局のところ 、インフレに関しては、トランプ政権にもバイデン政権にも責任があると言えるのではないだろうか?
 今回の大統領選で、トランプ氏は、インフレを激しく批判する一方で、金利を引き下げるとしている。そして、労働者への大幅な減税を公約している。しかし、金利を引き下げたり大幅な減税をしたりすれば、インフレ圧力は高まるはずだ。ハリス氏は、こうした矛盾を含む主張に対して、正統的な反論を展開できるだろうか? そして、独自の財政・金融政策を提示できるだろうか?

不法移民流入問題が、民主党の最大の弱点
 本章の1で述べたように、今回の大統領選挙戦では、メキシコ国境からの大量の不法移民流入が最重要の争点となっている。
 トランプ政権は、不法移民の流入を防ぐため、メキシコとの国境に巨大な壁を構築した。バイデン政権は、政権発足直後の2021年1月に、この壁の建設を中止した。
 ところが、その結果、中南米諸国のみならず、中国やアフリカ諸国などからも膨大な数の不法移民が、メキシコ国境を越えてアメリカに不法入国するという事態になった。
 南部諸州の知事が彼らをバスで北部の大都市に送り込んだため、ニューヨークなどで不法移民が激増し、大規模な社会的混乱を引き起こしたのだ。
 「移民を歓迎すべきだ」というイデオロギーが先走りしてしまって、1の最後で述べたように、バイデン政権は周到な準備なしに国境を開き、その結果、混乱を招いてしまったと考えざるをえない。

ハリス副大統領は、不法移民対策で成果を挙げられなかった
 ハリス副大統領は、不法移民大量流入問題に対処する仕事を、バイデン大統領から託されていた。
 しかし、ハリス氏は、この問題で成果を挙げていない。
 それだけでなく、いくつかの行動が批判の対象となった。副大統領就任から南部国境を視察するまでに約5カ月もかかったことについて、共和党議員や一部の民主党議員から批判を受けた。さらに、21年6月にグアテマラを訪問した際には、(移民は)「来ないでほしい」と発言し、不興を買った。
 移民問題は、もともと難しい問題だ。トランプ氏のように「不法移民は絶対にノー」と主張すれば単純明快だ。しかし、イデオロギー的に「移民は歓迎」と言わざるをえない民主党としては、対処はどうしても複雑になる。不法移民問題は、原理的な意味で、民主党にとっての最大の弱点なのだ。
 不法移民問題以外でも、ハリス氏は、副大統領としての実績に乏しい。検事としてのキャリアを持つハリス氏は、もともと外交面の経験が少なく、副大統領就任以降も外交面で目立った実績を挙げていない。
 こうしたこともあり、副大統領時代の支持率は3割程度でしかなかった。民主党内にも、これまでの仕事ぶりに対する批判的な声がある。さらに、ハリス氏の幹部スタッフが相次いで辞職したことから、指導者としての資質を疑問視する声もある。

選挙というプロセスのバイアスを、ハリス氏が克服できるか?
 本節のはじめに、「ハリス氏が行なってきた社会的弱者問題への取り組みは、高い評価を得ている」と述べた。しかし、マイノリティのための政策は、原理的に難しい側面を持っている。対象とされるマイノリティは歓迎するが、受益者にならない人々は、逆差別であり、不当な恩典だと受け取って反発するかもしれないからだ。「黒人女性層の支持率が高い」と述べたが、それは裏を返せば、「白人男性からは支持されにくい」ということでもある。
 それに対してトランプ氏は、「強いアメリカを取り戻そう」と、アメリカ全体を対象にしたメッセージを送っている。本章の6で指摘したように、そうした政策の実際の効果は、アメリカを弱くするものなのだが、それにもかかわらず、選挙という場においては、簡単明瞭で扇動的なメッセージのほうが強いのかもしれない。
 ただし、ハリス氏は、選挙というプロセスが、右のようなバイアスを持っていることを熟知しているに違いない。だから、 これからの選挙戦で、国民の感情に訴えて扇動するのでなく、国民の理性的な判断を引き出すよう、努力するに違いない。それが成功するかどうかを、世界はかたずを吞んで見守っている。


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