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『2040年の日本』全文公開 第5章の2

『2040年の日本』 (幻冬舎新書)が1月20日に刊行されました。
これは、第5章の2全文公開です。

2 メタバース経済取引の可能性と問題点

「利用者から販売主体」になることの大きな意味
 企業がメタバースに大きな関心を寄せるのは、メタバースでの経済取引が可能になるとの期待があるからだ。
 これまでのゲームでも、経済取引があった。例えば、ゲーム内の戦闘で用いる武器などの売買だ。
 しかし、それらは、ゲームの提供者が利用者に向けて販売するものだった。したがって、参加者は、あくまでも利用者という形でしか経済取引に関与することができなかった。
 しかし、本章の4節で述べるNFTの技術を用いれば、一般の人々や企業が、自ら作ったデジタル創作物を、自ら販売して収益を得ることが可能になる。転売もできる。
 例えば、アバターが着る衣装などを売買できる。スニーカーなどは、すでにネット上で販売されている。メタバース提供者との共同作業を行なえば、スーパーマンのように空を飛ぶことができるマントを作成して、販売することもできるだろう。こうしたものは、かなりの高額で売れるだろう。これらを賃貸するサービスも考えられる。
 また、土地や建物に相当するものが作られ、現実世界における不動産と同様に取引できるだろう。そこでイベントを行なったり、パフォーマンスや催し物を行なったりすることもできる。あるいは、立ち読みができる書店を作ったり、ネットショッピングで購入する商品を確かめるための店舗を作る。そこでは、現在のような2次元写真ではなく、リアルな店舗におけるのとほとんど同じように商品を確認できるだろう(以上の点は、本章の3節で再述する)。

メタバース上での取引の秩序を確保できるか
 前項で述べたように、技術的な観点だけから言えば、メタバースで経済的な取引が行なわれる可能性がある。しかし、実際に経済活動を行なうためには、これだけでは十分ではない。
 仮想空間内での経済活動を行なうためには、つぎのような問題に関して、条件が整備される必要がある。
 ・複数のメタバースをまたいで使えるか?
 ・アバターの本人確認をどうするか?
 ・さまざまな不正行為(詐欺、契約不履行、盗難、コピー等)があった場
  合、あるいは破壊行為があった場合に、誰がどのように取り締まるの
  か。さらに、課税はどうするのか?

不正の取り締まりや課税が問題
 前項で述べた条件のうち、複数のメタバース利用や本人確認は、なんとか対応できるかもしれない。
 また、契約の遵守確保については、現在すでにインターネットを通じる国際的なクラウドソーシングが行なわれていることを見ても、高額の取引でなければ、契約を仮想空間の中で行なうことは、それほど難しくはないと思われる。また、エスクロー((注))の仕組みを活用して、取引の安全を図ることも考えられる。
(注)エスクローとは、つぎのような仕組みだ。売り手、買い手以外の第三者が、いったん売買代金を預かる。そして、品物が届いて買い手が確認したら、第三者が代金を売り手に支払う。メタバースのシステム提供者が、この第三者の役割を果たせばよい。

 さらに、ブロックチェーン上のスマートコントラクトを用いて、契約の実行を確保することも可能と考えられる。
 しかし、これだけですべての問題が解決できるわけではない。とくに不正行為の取り締まりは、決して容易な課題ではない。
 課税も難しい。経済活動で利益が発生すれば、課税が必要になるが、取引をどう把握するか? 取引に対する消費税、所得に対する所得税や法人税、社会保険料をどう課すか? などの問題が発生する。

警察権、司法権、徴税権が必要
 前項で述べた問題を解決するためには、究極的には国家のシステムと同じものをメタバース中に確立しなければならない。すなわち、警察権、司法権、そして徴税権が確立れる必要がある。そして、不正行為があったかどうかを調査して判断し、対処する必要がある。
 しかし、そんなことができるだろうか? これらの権限がメタバースの提供者に付与されたとしても、メタバースの提供者にそれを実行する能力があるだろうか? 常識的に考えれば、そんなことは不可能だと考えざるをえない。
 では、現実世界の国家権力がメタバースの仮想世界にも及ぶことになるのか? これも容易なことではなく、混乱が生じる可能性がある。

巨大なブラック経済圏が誕生するおそれ
 以上の仕組みが整備されずにメタバースでの経済活動が始まれば、さまざまな問題が発生する。
 例えば、メタバース内での課税が不十分にしか行なえないのであれば、メタバース内で収益をあげることによって、税負担を免れることができるかもしれない。そうなると、現実世界の資金をメタバースに逃避させる動きが生じるかもしれない。これに対処するのは、簡単ではないだろう。
 もちろん、仮想空間で得た収益を現実世界に持ち出せば、現実世界における課税の対象となる。しかし、現実世界への利益の持ち出しは、巧妙な方法で行なえる。例えば、有力政治家にメタバース内で賄賂を渡し、現実世界で、建設工事受注について便宜を図ってもらうなどの方法が考えられる。このような依頼が仮想世界の中で行なわれる限り、それを現実世界で実証して摘発するのは困難だろう。

テロリストグループが悪用するリスク
 中国の富裕層も、仮想世界内での経済活動に大きな関心を抱くだろう。中国政府による共同富裕の政策が打ち出されたこともあり、中国国内に巨額の資産を保有することが難しくなっている。中国は仮想通貨(暗号資産)の取引を禁止しており、メタバースへの接続も当然制約されるだろう。しかし、外国にいる代理人を通じて投資することは不可能ではないかもしれない。何らかの方法によりそれが可能になれば、巨額の資金がメタバースに流れ込む可能性がある。
 また、テロリストのグループが活用して、資金源とすることも考えられる。もちろん、こうしたことを防ぐために、アバター利用者の本人確認を厳格に行ない、確認できない場合はアバターを与えない等の措置がなされるだろう。しかし、どれだけの実効性があるかは、疑問だ。
 メタバースは、さまざまな夢を実現してくれる可能性がある半面で、多くの問題をはらんでいる未知の世界だ。
 従来のSNSと同じく、中毒性の問題や収集されるデータの活用の問題があるが、それだけでなく、巨額の脱税や巨大なブラック経済圏が誕生してしまうおそれもある。
 技術の進歩は早い。これまではSFの世界でしかできなかったことが、急速に現実化している。これに対応する仕組みの構築を急ぐ必要がある。



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