見出し画像

『アメリカはなぜ日本より豊かなのか』     全文公開:第7章の2

『アメリカはなぜ日本より豊かなのか』(幻冬舎新書)が8月28日に刊行されました。
 これは、第7章の2全文公開です。

2 移民が増えれば、インフレは収まる?

FRBの利下げと移民の深い関係
 2024年、世界中の関心がFRBの利下げスケジュールに集まっている。アメリカの政策金利は、インフレ退治のために2022年から急速に引き上げられた。インフレが鈍化すればこれを引き下げる予定なのだが、早すぎるとインフレを再燃させてしまう危険があるので、タイミングが難しい。
 ところで、この決定に対して、アメリカへの移民急増が影響を与えると言われる。
 移民と利下げは、一見したところ、何も関係がないように思われる。「移民が増えればインフレが収まる」というのだが、「風が吹けば桶屋(おけや)が儲かる」という類いの話のようにも聞こえる。
 しかし、これはもっと直接的な経済のメカニズムの話なのだ。
 第1章の2で述べたように、今回のインフレは、2021年のアメリカで、コロナ禍からの回復に伴って、経済活動が急回復し、労働需要が増えたことによって生じた。労働供給が追いつかなかったために賃金が上がり、それがインフレをもたらしたのだ。だから、インフレ抑制のために重要なのは、労働供給を増やすことだ。
 ところで、移民が増えれば、労働の供給が増える。だから、インフレ退治に役立つ。利下げをしても、それがインフレを加速することにはならないということになる。

移民の増加は労働力を増やし、アメリカ経済に望ましい影響を与える
 本章の1で述べたように、移民の急増は、いまアメリカ社会を揺るがしている大問題だ。
 そして、バイデン大統領は、国境の壁の建築を再開するという決断に追い込まれた。
 これを見たトランプ氏は、「私の政策が正しいことが証明された。バイデンはそれを認めて謝罪すべきだ」などと述べている。
 トランプ氏だけでなく、多くの人が、これは、バイデン政権の失政であると考えている。移民問題は、大統領選においてトランプ氏への強い追い風になり、バイデン大統領は苦しい立場に追い込まれているとの見方が強い。
 しかし、前項で述べたように、移民の増加は労働力を増やし、アメリカ経済に望ましい影響を与えていることも認識されているのだ。
 アメリカ労働省が2024年4月5日に発表した3月の雇用統計によると、非農業部門就業者数の前月比増加は約30万人となった。3カ月間の就業者増加数は月平均で約28万人。これは、2010年から2019年平均の18万人を大きく上回る。2023年12月から増加ペースが高まっている。
 CBO(議会予算局)は2024年1月、同年の流入数推計を、これまでの121万人から、330万人に引き上げた。雇用統計でも、国外生まれの働き手が急増した。2022年末から2024年3月までの増加は、221万人にのぼる。
 労働力の供給が増えるので、企業は賃金を引き上げずに従業員を確保できる。移民は、低賃金の仕事に就くことが多いため、雇用者数は大きく伸びているが、賃金の伸びは弱まっている。
 FRBのジェローム・パウエル議長は、2024年4月3日にスタンフォード大学で行なった講演で、移民の増加が2023年のアメリカ経済の成長率を押し上げ、労働市場のひっ迫緩和に寄与したとした。
 また、バイデン政権で経済政策を担当するラエル・ブレイナードNEC(国家経済会議)委員長は、2024年4月5日、テレビで「移民はつねにアメリカ労働市場の力強さの一部だ」と強調した。
 もっとも、こうした見方にはFRB内にも異論がある。FRBのミシェル・ボウマン理事は「供給サイドの改善がインフレ率の低下を継続させるかどうかは不透明だ」とした。
 今回のインフレは、人手不足によって賃金が高騰したことからもたらされたものだ。それが、移民の増加によって緩和されることになる。つまり、経済活動は活性化するが、インフレにはあまり気を遣わなくてもよいことになる。そうであれば、利下げのスケジュールを早めても、インフレが再燃することにはならないだろうということになる。
 移民の増加が利下げのタイミングにどのように影響するかは、さまざまな要因によるので、簡単ではない。しかし、基本は移民が労働力不足を解消して、インフレを緩和するということだ。
 不法移民の問題は、人道上の観点と社会不安の観点から論じられることが多い。もちろんそれらは重要な問題なのだが、それ以外に労働力の供給増加という、きわめて重要な経済的な意味を持っているのだ。
 移民の急増は、短期的には社会的混乱をもたらす。しかし、長期的に見れば、労働力増加というプラスの効果を持つ。混乱だけをもたらすわけではないのだ。混乱は一時的なもの、そして、対処しうるものだ。それに対して、労働力増加は、長期的に持続する効果だ。要は、どのようなスピードで移民を受け入れていくかだ。
 それについて適切な政策を見出せれば、大統領選において、移民問題を民主党への追い風にすることもできるだろう。

日本も、移民が人手不足を解消することを認識すべきだ
 以上で述べたことは、日本にとって他人事ではない。それどころか、重要な意味を持っている。
 日本では、移民に否定的な意見が強い。実際の政策でも、移民を事実上禁止し、ごく例外的にしか認めていない。
 その根拠は、移民を認めれば、治安が悪化するというものだ。この立場の人たちは、いまアメリカの都市で起きている混乱を見て、「われわれが危惧したとおりだ。日本でも移民を認めれば、あのような事態になってしまう」と言うかもしれない。
 しかし、これまで述べたように、移民が労働力を増やし、経済に望ましい効果を与えるということも、アメリカでは現実に生じているのである。移民反対論者は、そのような効果を軽視している。その結果、日本は、深刻な労働力不足に見舞われているにもかかわらず、移民に対して否定的な政策を取り続けてきた。
 日本の将来を考えると、労働力不足問題は、ますます深刻化する。とくに介護においてそうだ。移民政策の見直しは、焦眉の課題だ。




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?