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『2040年の日本』全文公開 第5章の1

『2040年の日本』 (幻冬舎新書)が1月20日に刊行されました。
これは、第5章の1全文公開です。

第5章 メタバースと無人企業は
どこまで広がるか

1 メタバースがもたらす巨大な可能性

「仮想世界への没入」がメタバースの価値ではない
 メタバースに対する期待が急速に広がっている。世界のさまざまな企業がこれに向かって走りだした。メタ(旧フェイスブック)は、2021年8月に仮想空間サービスHorizon Workrooms を始めた。利用者が自分のアバターを作り、「メタバース」と呼ばれる仮想空間の中で人々と交流したり、会議をしたり、買い物をしたりする。日本でも、「バーチャル渋谷」などの試みがある。
 第4章の3節で述べたように、メタバースの中核技術は、テレプレゼンス、デジタルツイン、ブロックチェーンの3つだ。テレプレゼンスは、遠隔技術とVR技術からなる。多くの人は、テレプレゼンス技術の中のVR技術を重視する。それによって、現実の世界ではない仮想世界に入り込み、その世界に没入して、現実世界を忘れて時間を過ごせることがメタバースの価値だと考えている。
 そうした要求に応えて、今後さまざまな世界、例えばアマゾンの源流やアフリカの奥地、南極への探検や火星旅行などを体験する空間が作り出され、人気を呼ぶだろう。私も、そうした世界を覗いてみたいとは思う。
 しかし、このような利用がいくらでも広がるとは考えられない。その理由を以下に述
べよう。

「可処分時間」には限度がある
 第一の理由は、当然のことながら、いくらメタバースに没入していたいといっても、一日中そこにいるわけにはいかないことだ。
 人々がメタバースで過ごせる時間には、限度がある。だから「可処分時間」という概念が重要になる。
 とりわけ子供たちに対しては、メタバースで過ごせる時間に強い制約をかけることが要請されるだろう。そうしないと「メタバース中毒」になって、仮想世界から出られなくなる子供が続出することが危惧される。
 だから、メタバースは、いくら広がったとしても、現実世界のごく一部を占めることにしか、なりえない。

「アバターにされる」ことへの拒否反応
 これまで喧伝されているメタバースに私が拒否反応を示すもう一つの理由は、自分がアバターにされてしまうことだ。
 これをどう受け止めるかは、人によって異なるだろう。「アバターという自分とは異なる存在になることによって、自由に振る舞えるし、会議で率直な意見を出すことができる」という考えもある。しかし、私は、こうした考えが理解できない。
 私は、漫画のキャラクターのような存在にされることに対して、人格を否定されたような感覚を持つ。そのように考えてアバターに拒否反応を示すのは、私だけのことではあるまい。
 アバターになれば自由な意見を出せると言うが、漫画のような世界で真剣な話し合いができるだろうか? 仮面を被らなければ本当の意見を言えないというのは、困ったことだ。
 漫画顔教授の講義を聴いて、永遠の真理を学んでいる気持ちになれるだろうか? ひょうきん顔の親友に、深刻な悩み事を相談できるだろうか? こうしたことができる人もいるだろうが、私にはできない。
 米ナイアンティック(位置情報アプリなどを提供している企業)のジョン・ハンケCEOは、「メタバースとはディストピアの悪夢だ」と言った。彼も、私と同じような考えを持っているのだろう。

メタバースには「現実逃避」以外の可能性がある
 しかし、以上で述べたことは、メタバースが無価値だということを意味しない。なぜなら、メタバース=VRではないからだ。
 メタバースには、VR以外に、テレプレゼンス技術の中の遠隔技術とデジタルツイン技術、そしてブロックチェーン技術が含まれている。私は、これらの技術の潜在的な価値はきわめて大きいと考えている。医療分野での可能性を第4章で述べたが、その他の分野でも、大きな可能性があるはずだ。
 なお、VR技術についても、アバターという形を通じてしか利用できないわけではあるまい。アバターを使うのは、現在のコンピュータの情報処理能力の制約によるのだろう。将来コンピュータの処理能力が向上すれば、テレビ会議の3次元版を利用できるようになるだろう。

ファブレス製造業や「デジタルツイン」技術
 遠隔技術には、現実の経済活動に関連の深い利用法がある。「メタバース」という言葉を使っているわけではないが、しばらく前から、つぎのようなことが行なわれている(これらについての詳細は、拙著『リモート経済の衝撃』〈ビジネス社、2022年〉を参照)。
・スマートグラスによる遠隔支援
・ARグラスやMRグラスの利用
・デジタルツイン工場

 ファブレス製造業が提供するのは、「モノ」ではなく、設計という「情報」だ。だから、仮想空間内で専門家を雇い、詳細まで設計させることが可能と思われる。これが仮想空間における主要産業の一つになる可能性もある。
 また、ドイツの自動車メーカーBMWは、「デジタルツイン」の技術を用いて現実の工場のデジタル複製物を作り、生産工程を管理する仕組みを導入している。
 こうした利用技術が今後さらに開発され、情報の交換や、人と人との結びつきが大きく変わるだろう。メタバースは、生活と仕事を根本から変える潜在力を持っているのだ。
 本章では、このような立場から、メタバースの可能性について考えることとしたい。


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