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『データエコノミー入門』 激変するマネー、銀行、企業 :全文公開 第5章の6

『データエコノミー入門 』激変するマネー、銀行、企業(PHP新書)が10月15日に刊行されました。
これは、第5章の6全文公開です。

6 Google Plexの潜在的破壊力はあまりに大きい

Googleが新しい銀行サービスPlexを開始
 しばらく前から、「シリコンバレーの大手IT企業が銀行業に進出する」と言われてきた。前節で述べたApple、Facebook、Amazonの動きがそれだ。
 最近、そのような動きが活発化している。2020年11月、GoogleがPlexと呼ぶ新しい金融サービスを発表した。アメリカでは、2021年から正式導入される。
 普通・当座預金の口座開設、Google Pay決済、個人間の送金、利用データ分析に基づくサービスなどが、一つのアプリで利用できる。家計管理のパーソナル・ファイナンシャル・マネジメント(PFM)機能が付属しており、スマートフォンで撮影した領収書やGmailに送られたレシートを自動的に読み込み、カテゴリー別に家計簿にまとめてくれる。さらに、10万超の飲食店でアプリ経由の注文ができる。3万超のガソリンスタンドで給油が可能だ。毎月の口座手数料などはかからない。
 日本では、スマートフォン決済のpringをGoogleが買収することが話題になった。いずれ日本でも同種のサービスを提供するのだろう。

組み込み型金融
 以上のことを表面的に見ると、確かに、巨大IT企業が、銀行業務に参入している。では、これは、銀行業にとっての「黒船到来」なのだろうか?
 必ずしもそうとは言えない。なぜなら、前節で見たように、これはIT企業が独自で提供するサービスではなく、金融機関との共同作業だからだ。Google Plexの場合、シティグループなど11の銀行が提携している。そして、銀行業務を担当する。
 前節で述べたように、この仕組みの核になっているのが、銀行APIだ。これを通じてPlexは銀行口座にアクセスし、そのデータを利用する。これは、組み込み型金融(または「埋め込み型金融」、エンベデッドファイナンス:Embedded Finance)と呼ばれるものだ。
 Googleと銀行は、互いに自分が強いサービスを提供している。銀行は銀行業の免許を持っている。そのため、Googleは、銀行の業務免許を持つことなく金融サービスを提供できる。
 他方で、Googleは、非常に広い顧客との接点がある。全世界に数十億人という顧客を持っている。だから、金融機関から見れば、顧客を大幅に広げることができる。支店を通じてではなく、Googleを通じて銀行サービスを提供することになる。これは、銀行が銀行機能を外部の業者に提供するBaaSの一形態だ。
「銀行機能は必要だが、いまある銀行は必要なくなる」。これは、ビル・ゲイツが1994年に言ったとされる有名な言葉だ。BaaSでは、外から見る限り、銀行以外の主体によって銀行サービスが提供されている。ビル・ゲイツの予言が実現しつつあると言える。
 以上を考えると、本節の最初で「大手IT企業が銀行業に参入」と言ったのは、正確ではないことが分かる。正確に言うと、「IT企業が、銀行のライセンスを持たないでも、持ったのと同じようなことができる」ということである。
 したがって、Googleが日本でPlexを提供する場合には、銀行ライセンスを持った銀行と組む必要がある。どこを選ぶかが、今後の大きな課題となるだろう。

これまでのGoogle Payは、電子マネーを使いやすくする仕組み
 Googleはこれまで、Google Payというサービスを提供していた。これは、独立した電子マネーというよりは、複数の電子マネーを使いやすくするための仕組みである。日本でGoogle Payのアプリをダウンロードすると、楽天Edy、nanaco、WAON、Suicaなどが使える。
 電子マネーは、その電子マネーの口座に入金した残高がないと使えない。しかしGoogle Payの仕組みを使えば、クレジットカードから簡単に入金できる。どのクレジットカードを使えるかは電子マネーによって違うが、楽天EdyやSuicaの場合、日本で発行されているほとんどのカードが使える。しかも、支払いには、スマートフォンをかざすだけでよい。共通のQRコードができたようなものだ。
 Google Payは、UPI(Unified Payments Interface)を用いるアプリである。UPIは、Googleが開発したものではなく、インド決済公社が開発した仕組みだ。2016年4月にサービスが始まった。Googleは、UPIの仕組みを用いたアプリを開発し、最初は「Tez」という名称で2017年8月にインドでリリースした。2018年から、それをGoogle Payという名称にしたのだ。
 なお、FacebookもWhatsAppでUPIに対応している。

ビッグデータの活用で、Plexの料金は、きわめて低くできるはず
 Google Plexでは、銀行と提携して、銀行の預金や口座振込の機能をスマートフォン上の操作で利用することができる。したがって、提携銀行が十分多ければ、店舗での支払いや、個人間、企業間の決済、送金に用いることができるはずだ。その際、資金の受け取り側では、特別の機器は必要ないはずである。
 手数料がどうなるかは現時点では分からないのだが、原理的には、他行向け振込でもゼロにすることが不可能ではないと思われる。決済データをビッグデータとして用いて信用スコアリングを行なうことが可能であり、その収入を充てることができるからだ。
 GoogleはPlexを発表した際の声明で「第三者へのデータ販売、ターゲティング広告のためにユーザーの取引履歴を共有したりすることはありません」と表明している。しかし、「ビッグデータとして利用しない」とは言っていない。
 マネーのデータを用いると、信用スコアリングを行なうことができる。それを用いて融資事業を行なえば、膨大な収益を上げることができる。これは、中国の電子マネー、Alipayがすでに確立しているビジネスモデルだ。そこからの莫大な収入があるので、顧客に手数料を求めなくても済む。仮にゼロにしなくても、従来の手数料よりは大幅に下げることが可能だろう。
 個人情報保護との関係はどうか? 匿名あるいは仮名情報とすれば、ビッグデータとしての利用は可能と思われる。

Googleはデータに貪欲
 これまでGoogleは、貪欲にデータを求めてきた。Google傘下のサイドウォーク・ラボが2017年に発表したトロントのウォーターフロント地区再開発プロジェクトを見ると、それがよく分かる。
 あらゆるデータをサイドウォークが集め、そのデータを活用して、都市を運用することを計画した。個人情報は、もちろん厳格に保護される。公共の場で収集したデータは、匿名化して、個人を特定できないようにする。第三者へのデータの販売は絶対に行なわない。
 もっとも、このプロジェクトは、2020年5月に断念を余儀なくされた。「カナダはGoogleの実験マウスではない」とか、「監視資本主義の植民地化実験だ」などと、データの利用について不安に思う人が、増えてきたからだ。
 しかし、サードパーティークッキーの廃止など、これまでのビッグデータビジネスが行き詰まりをみせているいま、新しいビッグデータ源の開発はGoogleにとって喫緊の課題であるに違いない。そのGoogleが、金融サービスに参入しながらそのデータを活用しないことなど、考えられないことだ。

Google Plexがコンビニ銀行に与える衝撃
 仮にGoogle Plexが手数料ゼロの(あるいは、非常に低い)銀行サービスを提供すると、既存の銀行には多大な影響を与えるはずだ。
 とくに問題となるのは、ATMを使った振込だ。ATM口座振込の手数料がかなり高いなかで、料金がゼロあるいは非常に低い送金・決済が可能になる。しかも、スマートフォンの操作だけでできるので、銀行窓口やATMの所在地まで出向く必要もない。だから、ATMの利用者は激減するだろう。
 既存の銀行にとっても大きな影響があるが、とくに問題となるのは、ATM収入を主たる収入源とするコンビニ銀行だ(コンビニ銀行については、第7章の3参照)。Google Plexのようなサービスが広く使われるようになると、コンビニ銀行が生き残るのは至難の業だろう。
 このように、Google Plexの影響はあまりに大きい。バイデン米大統領は、2021年7月9日、大企業による寡占の弊害を正すための大統領令に署名した。その中には、「大手IT企業による消費者金融市場参入の影響の調査」も含まれている。アメリカでは今後、Plexのようなサービスは規制されるのかもしれない。しかし、それは他方において、消費者が利用料の安い金融サービスを利用できなくなることを意味する。




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