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【課題と隣り合わせの勝点3】2024 J3リーグ 第1節 松本山雅×テゲバジャーロ宮崎 マッチレビュー

スタメン

待ちに待った開幕戦。
松本のスタメンには新しい顔ぶれが多く並んだ。
まずはGK。昨季はビクトルと村山智彦が不動だったが、開幕戦で神田渉馬を抜擢。プロでの出場経験がわずか1試合、しかも昇格を至上命題とし勝利にこだわると明言しているシーズンの開幕戦に抜擢するのは相当勇気ある起用だ。霜田監督の求めるスタイルにはビルドアップに積極的に関われるGKが必須だった。元々足元の技術には定評がある選手だったところに、セービング能力が付いてきたことで起用に踏み切らせたのだろう。
フィールドプレイヤーでは、新加入選手が6人並ぶ。馬渡和彰、高橋祥平、樋口大輝、山本康裕、安藤翼、浅川隼人だ。ベテラン組が全員スタメンに食い込んできたのは、”より高いレベルを知る選手を”という意図で獲得した意味が早速出ているのではないだろうか。

対する宮崎もスタメンの大半は新加入選手。そもそも退団が多かったという背景はあるが、実に8名が新加入選手だ。特筆すべきは若さで、クラブの方針として育成型に舵を切り、アカデミーの指導経験が豊富な大熊監督を招聘したことにも通づるが、獲得した選手の多くが20代前半。その中で異質であり補強の目玉だった大武はベンチスタートとなっている。


ビルドアップのお約束

大前提の話を少し。
以下にあるfootballistaの記事を読んだ人は多いのではないかと思うが、霜田監督が目指すチーム作り、そして「選手に任せる」ことについて書かれている。有料記事なのだが、無料で閲覧可能な部分だけでも相当おもしろい話が出ているのでぜひご一読をおすすめする。特に後編。

ここで書かれている話をもとに考えると、霜田監督は結構選手に任せている(権限委譲している)部分が大きいのだとわかってくる。チームとして目指すコンセプトは割とかっちりと定めるが、実際にピッチ内での細かい戦術は選手に任せる部分が多い。それはサッカーというスポーツが、プレーが止まることなく流れていき、相手がいて、流れの中で様々な変化が起こり得るという競技特性を持っているからだと思う。選手たちが常に監督やコーチの指示待ちスタンスでいては、刻一刻と状況が変わるピッチ内で後手を踏んでしまう。だからこそ、最終的な結果についての責任は監督が背負いつつも、選手たちに権限を委譲し柔軟な判断ができるようにしている。選手がバラバラにならないよう、全員で共通する考え方・コンセプトは落とし込みつつ。

となると、個人的に注目していたのは監督がどんなコンセプトを植え付けてきたか?である。開幕戦という最もコンセプトが表現されやすい試合ということもあるので、やや引いた目線から色々と見ていきたい。


まず見に付いたのは右サイドのビルドアップ。奇しくも新加入選手が並ぶサイドとなったわけだが、個々の技術が高いので顕著にコンセプトが出ていたと思う。
原則になっていたのは、「サイドでは前後の選手が連続して同じレーンに並ばない」というもの。キャンプでのレポートで、”選手の立ち位置”を整理したという話が出ていたが、そのひとつはここだと思う。
これはいわゆるポジショナルプレーにおいて大原則となる考え方なので、知っとるわ!当たり前じゃん!と思う人が多いと思うが昨季よりも再現度が高まっていたという意味合いも込みで聞いてほしい。笑

「サイドでは前後の選手が連続して同じレーンに並ばない」を少し噛み砕いていく。
「レーン」とは何を指しているかというと、ピッチを縦に5分割してできる5つの枠のこと。ペナルティエリア幅、ゴールエリア幅にそれぞれ線を4本引いてできる。一番外側を大外レーン、真ん中を中央レーン、その間をハーフレーンと呼んだりする。よく”ハーフスペース”と言われるのは、このハーフレーンにできているスペースのことだ。
そして「前後の選手が」というのは、ポジションが前後の選手同士がという意味。センターバックとサイドバック、サイドバックとサイドハーフみたいな組み合わせだ。

すでに出している画像を見てもらうと分かりやすいかと思うが、高橋祥平がハーフレーンでボールを持った時、馬渡和彰が大外レーンに位置を取る。その時に安藤翼が大外レーンにいてしまうと馬渡和彰と被ってしまいルールに反してしまうので、安藤翼は内側に入りハーフレーンに立ち位置を取る。
こうするとパスコースが生まれやすいというメリットが有る。馬渡和彰がダイレクトで安藤翼へパスを通すシーンが何回かあったが、あれは技術もさることながら、それぞれの選手の立ち位置が正しかったから成立したものだ。

そしてこの「サイドでは前後の選手が連続して同じレーンに並ばない」という原則は、ポジションチェンジしても同じ。
例えば下図のようなシーンがあった。

高橋祥平がボールを持った時、大外レーンにいる安藤翼がボールを受けようと下がってきた。その時馬渡和彰はどうするべきか?大外レーンに立っていては被ってしまうので、安藤翼の動きを見て内側・すなわちハーフレーンに立ち位置を変える。常に三角形を維持し続けるような立ち位置を取り続けると思えばイメージしやすいかもしれない。
この動きは、馬渡和彰が内側に入ることがきっかけになり、安藤翼が大外レーンへ出ていくこともあるだろう。

要するに周りの選手の立ち位置や動きを見ながら『自分はどこに立ち位置を取るべきか』を判断する必要があるということだ。首を振って周りの状況をインプットし続ける必要があるし、周りの動きを見て迷うことなく自分が動くべき立ち位置を判断できなければいけない。そして当然ながら認知・判断のスピードも求められる。
この一連の動きは今季のチームにおいて特別なものではなく、本当に基本中の基本となるもの。いわば土台なので、これができない選手はなかなか使われないと思う。裏を返せば、チーム編成の段階でこういった認知・判断を迷いなくできるような戦術理解度の高い選手を揃えたとも言える。ベテラン選手が揃って先発していたのはこうした側面もありそうだ。

この動きは基本形で、実は応用編があると思っている。
それは三角形ではなく菱形を作ること。菱形=三角形を2つ合わせるということなのだけど。
先程の3人の関係性にもう1人加えて、4人で縦に被らないような原則を守っているとキレイな菱形が作り出せる。こうするとボールホルダーは常にパスコースを3つ持てることになりビルドアップが安定するという理屈だ。

キャンプ中にレポートされていたりYoutubeにも取り上げられていたのだけど、縦パスを落としてスルーパスで裏を取るという動きが、まさにこの菱形に当てはまってくると思っている。
上図でいえば、高橋祥平から安藤翼へ縦パスを入れて、安藤翼が山本康裕に落とす。そして山本康裕のスルーパスで馬渡和彰もしくは安藤翼が裏を取るようなイメージだ。この形は左サイドでも近しいものを見せていたし、選手間の距離が昨季よりも近くなっており、相当意識して取り組んできたことがうかがえる。
崩しの基本形になってくるかもしれない。


プレッシングのお約束

続いてはプレッシング。昨季からずっと言われているが、このチームの生命線はプレッシングである。ここが機能しなくなると苦しい試合展開になってしまう。

とはいっても考え方はシンプル。相手のセンターバックに対して浅川隼人と菊井悠介が2トップに近い形でプレッシャーを掛けていく。そこに連動するように住田将と山本康裕のダブルボランチが思い切って前に出ていき、相手のボランチをマンマーク気味に捕まえるというもの。コンセプトは昨季から大きく変わっていない。中央へのパスコースを遮断し、相手のビルドアップを外へ外へ追いやっていく。そしてサイドへパスが出たら、複数人の選手で囲い込んで奪い切るという所までが一連の流れである。

浅川隼人と菊井悠介が迷いなくプレッシングに出ていた時間帯は、ボランチも当然のことながら迷いなく前に出れていて宮崎を相当に苦しめることができていた。

そしてプレッシングがハマっていた時間帯で先制点を取れたのは幸先良いスタートだったと言えるだろう。
滝裕太がふわっとした山なりの軌道のクロスを上げて、相手DFの目線を変えたのは効果的だった。意図的かどうかは分からないが、上を見るしかなくボールウォッチャーになってしまうシチュエーションを作り出したことで、その後の処理がスムーズに運べなかった。


1プレーで狂った歯車

しかしプレッシングがうまくいっていたのは25分くらいまで。宮崎の変化によって脆く崩れてしまう。

前半27分頃のシーンが象徴的。
左サイドバック吉田が大外から、安藤翼の背後を通って内側にポジションを変えたのである。ボランチの横に立ち位置を変えたことで困ったのは安藤翼。自分がマークしていた選手が視界から消えてしまい、自分の背後になってしまったことで、継続してマークしてよいかどうか迷うようになってしまった。

元々プレッシングは中央へのパスコースを塞いでサイドへ誘導し、サイドで奪い切ることを想定して設計されている。相手の左サイドへ追い込んだ時に奪い所になるのは左サイドバックだ。
しかし、その左サイドバックがサイドからいなくなってしまう(=移動してしまう)となると話が変わってくる。松本は奪い所を失ってしまい、宮崎としてはプレッシングをかいくぐる術を見つけたことになる。
こうして松本のプレッシングはガタガタと崩れ始め、空振りしていく。
DAZN時間32:30あたりの時間帯で崩された形、これはまさに同じやられ方だ。

後半に入ると松本も少し修正を入れてくる。チーム全体のプレッシング意識を少しだけ自重するようになった。浅川隼人と菊井悠介が無理にGKまで追いかけ回すことはなくなり、相手センターバックにも毎回厳しく寄せなくなっていく。下手にプレッシングに出ていって、前半同様にかわされて決定機を作られる方を嫌がったということだろう。

個人的には、これは試合をより難しくしてしまったと思っている。

松本の修正としては、左サイドバック吉田が大外にいるときは安藤翼がマークし、内側に入ってくると山本康裕が監視するというものだった。松本の立ち位置を大きく崩さずに対応しようとするとこうなるよねという感じ。
しかし、山本康裕が吉田に気を取られすぎると、本来山本康裕が見るべきだった坂井がフリーになってしまう。そして時間とスペースを得た坂井から逆サイドの楠へ大きなサイドチェンジが出るようになり、楠と樋口大輝が1対1を強いられるという場面が増えていく。前半は坂井を山本康裕が抑えていたので出てこなかった大きな展開だ。
何度も書いているように松本のプレッシングの目的はサイドに追い込んでボールを奪い切ること。せっかく相手左サイドへ追い込んだのにサイドチェンジされてしまったら全く意味がない。意味がないどころか、最もやらせてはいけないタブー。

当然ながら松本もヤバい!と思ってすぐに応急処置。プレッシングに出ていた菊井悠介が自重して坂井をマークするようになる。ところが今度は菊井悠介がマークしていた左センターバック辻岡が自由になり、そこからサイドチェンジだったりで自由に組み立てられてしまう。

松本側も必死に生まれた傷口に対して応急手当を施しているのだが、もぐらたたきのように一方の傷口を塞ぐと別のところが決壊するという流れで、楠へのサイドチェンジ(交代出場した阿野へのサイドチェンジ)を何度も何度も許してしまう。

1点を返されたプレーも左サイドから侵入を許したところからやられているし、後半は相手に主導権を握られ続けてしまった。前半12本後半3本というシュート数にも表れている。

開幕戦ということで相手選手の特徴や実力が未知数だったというエクスキューズはあるだろう。しかも若い選手が多いとなれば材料は限られてくる。結果的に試合のキーマンとなったボランチの坂井はリーグ戦デビューでスカウティングが難しかったはず。

ただ、試合中の対応力や柔軟性は昨季から継続して磨いてきた部分のはず。選手に権限委譲している意味はここにあるし、経験豊富な選手を多く獲得した背景にはプレーの引き出しの多さがあった。昨季のウィークポイントを潰すような方針で積み上げてきた中で、開幕戦から同じ弱点を突かれてしまったのは残念の一言。J3だからと侮るなかれ、試合中にシステム変更や選手の立ち位置変更・役割変更などの修正を加えるのは当たり前になってきており、いかに後出しジャンケンを続けられるかゲームになってきている。
神田渉馬のビッグセーブに救われて勝利こそ手にしたが、素直には喜べないオープニングゲームだった。


総括

ひとつ前の項でも書いたプレッシングの空振りに加えて、ビルドアップも前半途中から苦しくなっていた。
センターバックやボランチがボールを持った時、縦のパスコースを切ってしまえば最後に選択されるのはサイドバックなので、そこへ強烈なプレッシャーを掛けて自由にさせなければ松本のビルドアップはノッキングさせられる。今季は前線に高さのあるFWがいないのでロングボールを放り込む選択肢もない。攻略法がバレてからは自陣から抜け出すのにも苦労するようになった。宮崎の追い込みも完璧ではないので時々抜け出せてはいたけど、再現性があったかと言われると微妙だ。

また、チーム全体の運動量が落ちてくる65分以降に如実にトーンダウンしてしまう課題も継続。ベンチにFWとトップ下を入れていなかったように、今季も不動になりそうなポジションがある。その影響を受けて途中交代でサイドの選手を入れ替えても、前線の核となる2人が疲れ切っているのでテンポが上がらないという状況も変わらず。
まあ両サイドの4人の消耗が激しいスタイルなので、サイド総とっかえで交代枠4枚を消費してしまっていて、1トップとトップ下を交代させてる場合じゃないというのが理由な気もするけども。

開幕戦から攻守に課題が露わになったやけだが、昨季から継続路線を敷いているので対策されやすいのは当然といえば当然。それでも高いハードルを上回っていかなければ昇格はおろか勝利も難しい。

と色々書いてきたが、まだ1試合しか消化してないので評価を下すには早すぎるので、開幕5試合くらいは様子を見るべき。
65分以降にトーンダウンするならそれまでに3点差つけて試合を決めてしまえば良いし、選手に権限委譲しているならば、実践を積むことで経験が集合知に昇華していって試合中の柔軟性が増すかもしれない。
より連携を深め、細部にこだわって、相手を圧倒して勝利することを期待していきたい。

俺たちは常に挑戦者


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