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【さあ、新時代を始めようか】2023 J3第1節 松本山雅×奈良クラブ マッチレビュー

スタメン

待ちに待った開幕戦。松本山雅のシステムは中盤三角形の4-3-3。プレシーズンマッチ含めてキャンプを戦ってきた基本布陣であり、霜田監督のスタイルを発揮しやすいシステムでもある。GKは村山智彦とのポジション争いを制したビクトル。最終ラインは現状のベストメンバーであろう4枚が並んだ。注目されたボランチの人選においては、新キャプテン安東輝が2月末に長期離脱を余儀なくされた影響でパウリーニョと住田将が組む形に。そしてトップ下には今季の中心選手となる菊井悠介、前線には滝裕太・榎本樹・小松蓮の3トップ。経験や実績では渡邉千真が頭一つ抜けていることは間違いないが、前線からのプレッシングという観点では小松蓮は多士済々なFW陣でも強みを持っている部分。特に奈良相手には守備で主導権を握ることが重要だったため彼が起用された。

一方、J初挑戦となる奈良クラブ。こちらもシステムは同じ4-3-3だが中盤が逆三角形でアンカーを置く形になっている点で少し異なる。スペイン人監督が率いるチームらしく、スペイン風味の強い並びといったところか。ただメンバーを見ると、主力としてプレーしていた左サイドバックの加藤徹也、左ウィングの森俊介、G大阪から加入した有望株の高橋隆大などキーとなる選手が欠けている点が気がかり。


配置で殴るという新鮮な構図

試合開始直後、奈良はやや硬さが目立つ様子。ピッチコンディションも影響していたかもしれないが、らしくないミスもあり少し浮足立っていた感じ。一方の松本は落ち着いて試合に入れていた。キャンプで継続的に少ないタッチ数での止める・蹴るの練習を繰り返してきたことと、直前のトレーニングマッチでも勝利を重ねていたことで自信をつけたのか、プレシーズンマッチの神戸戦よりも明らかにボールの周りがスムーズ。
昨季と比べて顕著だったのは選手同士の距離感やポジショニングが整理されているということ。このあたりは霜田監督が明確な設計図をチームに持ち込んだ効果が早速ピッチに現れていたと思う。

まずはボール保持の局面から見ていく。
ビルドアップの主体となるのは2センターバックと2ボランチの合計4選手。サイドバックは大外に開いて高い位置を取るのが特徴的である。
松本の4枚でのビルドアップに対して奈良は1トップの浅川とインサイドハーフのうち1枚を前線に押し出して擬似的な2トップにしてプレッシング。ここに残りのインサイドハーフも合わせた3枚で松本のビルドアップを阻害しようと試みるが、常に3対4の数的不利になっていたためハマらない時間が続いた。

数的優位な松本のビルドアップ

特に顕著だったのは住田将が2センターバックの中央に降りていったときの対応。奈良は人を捕まえるのではなくパスコースを消す守備をしていたのだが、結果的にボールホルダーにもプレッシャーがかからずパスコースも埋めきれていないという中途半端な状態になってしまっていた。松本の最終ラインは大外のサイドバック、トップ下への楔の縦パス、ウィングへのロングパスと複数の選択肢を常に持てていたのでビルドアップで苦労した印象はない。苦しくなればGKのビクトルを組み込んで5対3とすることも可能だったので、なんとでもなったかなと。

試合を通して奈良は松本のビルドアップの起点となる最終ラインを潰そうとはしていなかった。どちらかというとコースを限定する守備をしながら、中央をしっかり固めるという印象が強かったように思う。考えてみれば奈良には、アルナウの高精度キックと浅川の裏抜けという一発で盤面をひっくり返せる武器があるのだから、多少自陣に押し込まれることも問題ないのかもしれない。自陣から丁寧に繋いでいくことも厭わないし、むしろ前線からハイプレスをかけて自分たちの配置を崩すことを嫌がっているように見えた。

松本にとって試金石となったのは敵陣に入ってからの崩し。7枚が待ち構える奈良の守備ブロックをいかにして攻略していくか?の勝負である。

ここで抜群に効いていたのは榎本樹。初期配置としては左ウィングとして大外にいるのだが、大外で下川陽太がボールを持つと、スッと内側に入ってくる。サイドバックの寺村が付いていくには内側かつ遠いし、アンカーの可児は菊井悠介が気になって寄せられない、絶妙な位置(奈良からすると非常に厄介な位置)に降りてきていた。ちょうど奈良の守備ブロックのエアポケットのようなスペースを付くポジショニングもさることながら、下川陽太がトラップして顔を上げるタイミングで動き出して瞬間的にフリーになるマークの外し方は一見の価値あり。右ウィングの滝裕太も似たようなことをやっているのだが、榎本樹のオフザボールの動きは独特。なんとなくペナルティエリア内でマークを外してゴールを陥れるときの感覚に近い感じがする。ストライカー榎本樹だからこそできる起点の作り方かな?と思うし、その才能をウィングとして活かす霜田監督のアイデアに痺れた。

数的優位を作りながらビルドアップしたり、大外とハーフスペースを使い分けてサイドを攻略しようぜ!という試みは、霜田監督に限らず挑戦してきた部分である。ただ、体系的に理論立ててチームに落とし込み、相手がいる状態で表現できるレベルまで作り上げてきたのは間違いなくキャンプの成果。数名の偶発的なアイデアではなく、ピッチ上にいる11人全員が設計図を共有してプレーしていることが伝わってきて震えた。まさか松本山雅が配置の優位性で、構造的に相手を殴る日が来るなんて。どこか遠い別世界の話だと思ってたのである。


ポケットを叩けば得点が1つ

サイドを攻略したら最後は仕上げである。ビルドアップもレーンの使い分けも全ては得点を奪うという目的から逆算してやっている手段であり、いかにして得点を奪うか?という部分から目を背けてはいけない。

じゃあどうするんだという問いにチームが見せてくれた回答は「ポケットを取る」こと。ポケットとは一般的にペナルティエリアの左右のスペースを指すことが多いのだが、ここに侵入してクロスを上げることができれば高い確率でゴール前での決定機を迎えることになる。すなわち得点を奪うことから逆算したときに、決定機を何回作り出せるか、もう少し巻き戻ると相手のポケットに何回侵入できるかが重要になってくる。

印象的な崩しだったのは26:55~のシーン。藤谷壮のスローインから一連の流れが始まる。スローインを小松蓮が巧みなポストプレーで滝裕太へ落とすと、菊井悠介が反応して右サイド深い位置へ走り出しボールはそこへ出る。奈良の最終ラインがペナルティエリア内まで下がってクロスに構えたところ、滝裕太がペナルティエリア右角で止まって瞬間的にマークを外す。菊井悠介がそこへ折り返すと、後方から藤谷壮が猛然とペナルティエリア内へ突撃し滝裕太の柔らかいパスを受けてクロス。最後は都並の身体を張ったブロックに阻まれてしまったが、4人のスムーズな連動からポケットを取った理想的な崩しだったと思う。

この形でポケットを取る上で必要な登場人物は最低3人。
まずは裏を取る選手、今回で言えば菊井悠介。これによって奈良の最終ラインが下がらざるを得ず、加えてアンカーの可児をサイドに釣り出すことにも成功している。
次にペナルティエリア角を取る選手。これは主にウィングの選手になるはずで、裏を取った選手からパスを貰い、ポケットへのラストパスを供給する役割になる。
そして最後にペナルティエリアへの突撃してくる選手。今季のチームにおいてサイドバックの役割が特殊だと言われているのは、このタスクを担うことも一因にあるだろう。なんせ最終ラインの選手がペナルティエリア内まで侵入してくるのだから普通ではない。タイミングも重要で、早すぎても相手に読まれて滝裕太からのパスがインターセプトされてしまうだろうし、遅すぎたら滝裕太がボールを持った時点で潰されているだろう。ペナルティエリア角を取った選手との意思疎通が大事になってくる。

この形は再現性を持って左右どちらのサイドでも繰り出されていたので、チームとして仕込んでいるのだろう。自分で書いていても思ったのだが、ポケットを取ろうと思うと3人~4人が同じ設計図を描けていることが前提のチームアタックが必要だ。誰かが欠けたら単発の裏抜け、突拍子もないサイドバックの駆け上がりに終わってしまう。ポケットを取りましょう、と言うのは簡単だけど実際に刻一刻と状況が変わる試合中に息を合わせてプレーするのってめちゃくちゃ難しい。逆に言えば、高難易度の連携プレーだからこそ、完成度を高めていけば相手も簡単には止められない。ぶっちゃけ分かっていてもハマったら終わりの必殺技に昇華できる可能性も全然ある。ポケットを叩いたら得点がひとつ、みたいな。(しょーもなくてすみません。笑)


プレッシングの真価はまだ見えない

奈良相手にはボール非保持の展開、特にプレッシングの真価が問われると想定していたが、実際のところは少し違った。たしかにアンカーの可児を抑えながら窮屈なビルドアップを強いることはできていたが、昨季の藤枝や福島と比べると曲者感はやや見劣りする部分もあった。背景として失点して歯車が狂ってしまい、必要以上にボールを持ち過ぎたり縦に急ぎすぎた側面があったことは否めない。また、左ウィングの森、右ウィングの高橋が不在だったことも大きい。時折、アルナウからのロングフィードを起点にしてサイドで1対1の局面が生まれていたが、嫁阪と金子はともに独力で突破していくキャラクターではない。もし左右どちらかにドリブルを仕掛けてくる選手がいたら、松本の最終ラインは試練を迎えていただろう。この点、松本にとっては幸運だった。

より選手のクオリティが高かったりJ3の強度にも慣れていて練度の高いポゼッション型のチームと相対したとき、どれくらいのプレッシャーを掛け続けられるかは注目していきたい。その点、次節の岐阜は個の質はJ3でも随一で、庄司というスペシャルな選手を擁している。良い試金石になることだろう。

ボール非保持で今後に向けて収穫だったのは5人交代制の有効活用。
前線とサイドの消耗が激しいサッカーをしているので60分くらいから全体的に足が止まり始めていたのは事実。そこに対しての打ち手として、5人交代枠をフルに使って前線を総入れ替えし、サイドやボランチもフレッシュな選手を入れてプレッシングの強度を保つ事ができたのは大きな収穫だ。おそらく今季は控え選手にも一定の出番が回ってきそうだ。

最後に、特筆すべき選手として菊井悠介に触れておきたい。
今季副キャプテンに抜擢され、安東輝の負傷で開幕戦で腕章を巻くことになった。2年目の生え抜きの選手がゲームキャプテンを任されているのは記憶になく、新時代の到来を感じさせる。
ビルドアップの局面に顔を出したかと思えば、サイドの崩しに関与し、フィニッシュにも絡んでくる。ピッチを所狭しと駆け回り、常にボールに関わり続けるプレーは文字通りチームの心臓。
ボール非保持となれば、プレッシングの旗振り役として行く・行かないの判断を下す。自分が出ていくときにはボランチに一列上がって潰しに来るようジェスチャーし、チームが疲れていると見ればプレッシングの強度を落としてテンポをコントロールする。
今季は菊井悠介を中心にチームが形作られていくという確信を持てるだけの圧巻のパフォーマンスだった。推しが活躍するって最高。


総括

書きたいことが多すぎて得点シーンに1ミリも言及していないことに気づいたので、ここで少しだけ。笑

先制点は相手のクセを分析した上で、してやったりのPKゲット。こういった良い意味でもずる賢さもあっていいと思うし、分析スタッフも含めた全員で勝ち取ったシーズンファーストゴール。
村越凱光の2点目はゴラッソ。あえて村越凱光から見て右側にドリブルで突っかけて、体重が乗った瞬間に利き足である左側に切り返してズドン。シュートの振りも速くてすごいのだけど、シュートコースを作り出すまでの流れが美しくて、努力が報われて本当に良かったと心から思った。

新監督、180度違うスタイルでの開幕戦という評価の難しい試合だったが、素直に完封勝利したことを喜びたい。霜田監督に言わせれば完成度の50%にも達していないのだけど、勝つことで選手が自信を深めることはスタイルの浸透に一役買うだろうし、周囲の反応を好意的なものに変えていくエネルギーにもなるはず。たかが1勝、されど1勝ということで。

壁にぶつかってもトライを止めない姿勢。今季も最後はこれで。


俺達は常に挑戦者



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