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#065 AI がプレスリーの新曲を創る時代に著作権はどうあるべきか

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2週間ほど前、突然すごい AI が発表されました。

過去の有名なアーティストの曲を学習させると、あたかもそのアーティストが創ったような新曲を生成するシステムです。

特筆すべきはそのクオリティの高さ。この AI が作り出した曲のサンプルを聴いて本当に驚きました。

今回発表された Jukebox という AI

今回ご紹介したいのは、先月4月30日に突如発表された Jukebox という AI です。

Jukebox
https://openai.com/blog/jukebox/

上記のページから、特に私が気に入った代表的なデモ曲のリンクを以下に貼っておきます。是非聴いてみてください。

「エルビス・プレスリー」
Rock, in the style of Elvis Presley - OpenAI Jukebox by OpenAI https://soundcloud.com/openai_audio/rock-in-the-style-of-elvis-4
「ケイティ・ペリー」
Pop, in the style of Katy Perry - OpenAI Jukebox by OpenAI https://soundcloud.com/openai_audio/jukebox-novel_lyrics-78968609
「フランク・シナトラ」
Classic Pop, in the style of Frank Sinatra - OpenAI Jukebox by OpenAI | Open AI | Free Listening on SoundCloud https://soundcloud.com/openai_audio/jukebox-265820820

どうでしょうか?
どの曲も素晴らしい完成度で、これらの曲が上記のアーティストの未発表の新曲ですと言われたら、ウソだと見抜くのは難しいと思います。

これらの曲を作るために、人間が入力したのは
・歌詞
・曲のジャンル
・アーティスト名(誰っぽい曲を作るか)

の3点のみ。メロディ、コード進行、伴奏、歌声、等々、すべて AI が自動的に生成しています。

もうこれは音楽の世界のディープフェイクと呼んでも良いかと。

これまでの自動作曲との大きな違い

今回のシステムがこれまでの自動作曲システムと大きく異なるのは、AIがまるごと1曲すべてを作ってしまっているところです。

これまでも自動作曲システムはいろいろありましたが、その多くは、そのアーティストっぽい「楽譜データ」(音符の列)を出力するものでした。
これは、曲データを一旦音符データの列にして AI に認識させることで、計算量を減らすことを目的としていたと思います。

しかし、今回のシステムでは、そういう変換をすることなく、いきなり人間の耳に聞こえるオーディオデータを1曲まるごと生成しています。

特定のフレーズだけでなく、伴奏している楽器の音一つ一つや、歌っているアーティストの声まですべて自動的に作ってしまっているのに加え、プレスリーやシナトラなどの昔のアーティストの曲に関しては、当時のレコードで聴いているような、劣化した音の雰囲気まで再現できています。

これは本当に大きなブレークスルーだと思います。

この Jukebox を作った OpenAI とは何者なのか

このシステムを作ったのは、サンフランシスコに拠点を持つ OpenAI という研究所。

About OpenAI
https://openai.com/about/

組織として正式に立ち上がったのは2015年だそうです。テスラのイーロン・マスクさんも出資している非営利団体です。
立ち上げ時に既に1000億円程度のお金が集まっていた模様です。

イーロン・マスク氏ら、AI研究組織「OpenAI」を創設--人類への貢献を目指す - CNET Japan
https://japan.cnet.com/article/35074857/

AI作曲と著作権

さて、こうした曲を AI が自動的に作るようになってくると、気になるのは著作権の話。
日本では、JASRAC のような著作権管理団体がアーティストからの信託を受け、ある曲が CM などに使われた際の料金の徴収と再分配を行っています。
では、AI が作成した曲を CM に使ったりする場合、そのお金の流れはどのようになるのでしょうか?

日本の著作権法と著作権の分類

まず、音楽に関する著作権について簡単にまとめてみます。

著作権の種類

著作権は、まず大きく
・著作者の権利
・著作隣接権 (C)

に分けられ、更に上の「著作者の権利」は
・著作者人格権 (A)
・著作財産権 (B)

に分けられます。

(A) 著作者人格権

著作者人格権とは、「一身専属的な人格的利益」を保護するための権利です。
以下のような権利が著作者人格権に相当します。

・公表権: その著作物を公表するかどうか、また、公表する場合には、その時期や方法を決めることのできる権利
→ 例えば、誰かが勝手にある人の日記を勝手に Web で公開してしまったら、公表権の侵害になります。
・氏名表示権: 著作物を公開する際にどのように名乗るかを決めることのできる権利。
→ 本人がペンネームで公表したい場合に、別の人が勝手に本名を公開することはできません。
・同一性保持権: 著作者の意に反して、内容や題名を勝手に変えさせない権利
→ 例えば、出版社が勝手に小説のタイトルを変えて出版したりしてはいけません。

ちなみに、著作者人格権は、他人に譲ったり売ったりすることはできません。

さて、AI作曲の場合、まずこの著作者人格権の扱いが問題になります。
著作者が誰かはっきりしないので、そもそも著作者人格権が誰の権利になるのかがわからないのです。

(B) 著作財産権

次は著作財産権。自分の作った著作物を勝手に他人が使うことを禁止して、著作者の利益を守るための権利です。
こちらは、著作者人格権とは違って、他人に権利を売ることができます。

具体的には、以下のような権利があります。
(実際には、これら以外にもたくさんあります。)

・複製権: 著作物を沢山の人に売るために、本に印刷したり、CDに焼いたりする権利。
・上映権: 著作物である演劇を上演したり、音楽を演奏したりできる権利。
・公衆放送権: 著作物を電波やインターネットで放送できる権利。
・二次的著作物の創作権: 著作物に「翻訳」「編曲」「変形」「脚色」「翻案(小説の映画化など)」などの行為を加えて、新たな著作物を作る権利

要は、著作物を多くの人に届けてお金を得るために必要な一般的な権利のことです。

AI作曲の場合、著作者が誰なのか、という問題に加えて、二次的著作物を勝手に AI が作成してしまってもいいのか、という問題が新たに生じるように思います。

(C) 著作隣接権

最後は著作隣接権
これは、著作者ではなく、著作物を演奏する実演家(役者さんや歌手など)や、レコード製作者、放送事業者に認められる権利です。

例えば、身近なところだと、以下のような権利があります。
・録音権: 自分の演奏の録音を許可するかどうかを決められる権利。ライブの音や映像をスマホで勝手に録音・録画すると怒られるのはこの権利を侵害しているからです。
・複製権: レコードやCD、テレビ放送などを複製する権利。この権利が譲渡されていない場合は、勝手にCDをコピーしてはいけません。
・テレビジョン放送の伝達権: テレビの放送を大型ビジョンなどで大勢の人に見せる権利。勝手に街頭テレビを設置したりすると怒られます。

著作隣接権は実演家に与えられた権利なので、AI作曲とは直接関係ありませんが、仮にロボットが人間の指示によらずに独自に与えられた楽譜を演奏したり、音楽に合わせて踊ったりするような場合は、その実演家としての権利がどうなるのかは考えないといけなくなりそうです。

そもそもAIが作った曲は著作物なのか

…と、ここまで著作権のいろいろについて見てきましたが、そもそも著作権法の一番最初に以下のような記述があります。

「著作物とは、思想または感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術または音楽の範囲に属するもの。」

問題になるのはこの文章の前半部分で、AIが作った曲は「思想または感情を創作的に表現した」ものなのか、という点です。
そもそも AI が作った曲が著作物に当てはまらないのであれば、AIの作った曲は最初から著作権法の範囲外ということになってしまいます。

なかなか難しい問題になってきました。

AI が作曲した曲の著作権は誰に帰属するのか

こうした状況の中で、2014年にある興味深いサービスがローンチされました。
(現在はこのサービスは終了しています。)

ヤマハ、VOCALOIDでの楽曲制作を支援する会員制クラウドサービス「ボカロネット」を発表 | Musicman
https://www.musicman.co.jp/business/14170

ヤマハの音声合成技術「VOCALOID」をクラウドベースで実装し、Webブラウザから「歌詞」と「ジャンル」を入力すると、その場で曲を作曲し、歌ってくれるというサービスです。
仕組み自体は OpenAI の Jukebox とほぼ同じ。

このシステムがリリースされたときの、システムが作曲した曲の著作権の扱いは以下のようになっていました。

・歌詞の著作権は利用者に帰属する。
・歌詞とジャンルを入力して生成されたメロディの著作権はヤマハに帰属する。ただし、非商用利用であれば、その著作権は利用者に無償で許諾する。(商用利用の場合は別途相談)

なるほど、落とし所としては悪くないように思います。

ツールとしての AI 作曲

このように、人格や意思を持たない AI に対して著作権を与えるのはなかなか難しいです。
そのような状況においては、間に人を介することで著作権の問題をクリアする、というアプローチが有効なのではないかと思います。

ツールとしてのAI

AI が作った曲をそのまま世の中に出すのではなく、あくまで人間のアーティストがその AI を「作曲ツールの1つ」として活用し、人間がその曲を作ったことにする、という考え方です。
この場合、アーティストは、AI を開発した会社とそのツールの利用許諾契約を結ぶことになるでしょう(既出のヤマハの例に似ています)。そして、その契約の中で、AI を作った会社が、生成した曲の著作財産権をアーティストに譲渡する。
そうすれば、アーティスト側は、リリースされる音楽の著作財産権を行使できます。

実は、これまでも、楽曲制作ツールの中には自動的にコード進行やドラムパターンを生成したり、そのコード進行にあったフレーズをつくってくれたりするものがあります。
まずは、こうした楽曲制作ツールとしての進化を通して、我々の気がつかないうちに AI システムが音楽業界に入り込んでくるのではないでしょうか。

まとめ。

(1) 2020年4月末に、サンフランシスコに拠点を持つ OpenAI という研究所が、Jukebox というかなり完成度の高い自動作曲システムを発表しました。著名なアーティストの過去の作品を学習させることで、歌詞を入力するとその歌詞をつかったそれらアーティストの新曲を創り出すことができます。

(2) AIが作曲した曲の著作権については、現在の法律では扱えない部分も多く、これから議論が進んでいくものと思われます。特に、「著作物」の定義に関して、AIには「思想」や「感情」が存在するのか、という点が悩ましいように思います。

(3) 直近のところでは、こうしたAIツールは、人間が創作活動を行うためのサポートツールとして産業界への導入が進んでいくように思います。もしかしたら、我々の知らないところで既にAIが作曲した曲が流通しているのかもしれません。

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(ここに書かれている内容はいずれも筆者の経験に基づくものではありますが、特定の会社・組織・個人を指しているものではありません。)

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