球速と肘に掛かるトルクの関係

お久しぶりになります。

大学院の課題などが重なったり、身の回りの環境変化などもあり、しばらくこちらの更新をサボ…多忙なため更新できていませんでした。さて今日はタイトル通りの論文をレビューしていきたいと思います。

近年のMLBでのトミージョン手術の増加は球数制限などがされた後も起こっており、最近は平均球速の上昇によって起こっているという主張がメインストリームになってきたように感じます。

そんな中でこの論文が昨年公開されました。

Fastball Velocity and Elbow-Varus Torque in Professional Baseball Pitchers

タイトルの通りMLB投手の直球の球速と肘内側側副靭帯(UCLまたはMCL)に掛かるストレスの指標と言われている肘内反トルクの相関性を見た研究です。

研究したグループ(Slowik et al.)は、American Sports Medicine Instituteのグループで、トミージョン手術の権威であられるドクター James R. Andrewsや、野球の研究論文を読んでいたら名前を知らない人はほぼいないであろうFleisig博士がおられる施設です。

概要

この論文の大まかな概要ですが、タイトル通り球速と肘に掛かる内反トルクの相関性を見たものになります。ただ、それだけであれば過去にも同様の論文がたくさんありますが、この論文の新規性はbetween- and within subjects(被験者間と被験者内)の両相関を見たという所にあります。これが何を表すかは後述します。結果としては、球速と肘内反トルクの被験者間相関はR²=0.076, P=.03という弱い正の相関、被験者内相関はR²=0.957, P<.001という非常に強い正の相関となっていました。つまり、個人内において球速を上げることで肘の内反トルクも上昇し、トミージョン手術の原因となるUCL損傷に繋がる可能性があるのではないかという結論です。

被験者間相関と被験者内相関

この論文の目玉ともなっている、被験者間と被験者内相関についてもう少し詳しくお話をしていこうと思います。

球速と肘に掛かるトルクの関係性を見た研究はこれまでにありました。しかし、有意な相関が出ていなかったり(Post et al. 2015)、そもそも球速とUCL損傷の関係性についても相反した結果が出ていたりしていました。(Bushnell et al. 2010, Keller et al. 2015) そこでこの研究では被験者間と被験者内という2つの見方から相関を見ています。被験者間というのは、対象者全てのFastball(直球)の球速平均値から見ているようですが、この研究でミソとしているのは被験者(個人)内比較で、投球したFastballを低速群、平均値、高速群に分けて相関を見ています。

なぜこういうことをしているかと言いますと、そもそも球速というのは様々な個人差の要因を受けます。身長や体重はもちろんのこと、セグメントの長さ、筋力、メカニクスetc... つまり、被験者間の相関ではそういった様々な要素が影響する為、単純に比較しても相関が出にくいわけです。最近の研究では身長と体重の影響に関しては正規化していますが、それでもその他の要素に関しては排除できません。

そこでこの研究では被験者(個人)内相関を取ることで、それを解決しました。当たり前ですが、個人内であれば実験中に突然腕が伸びたり(セグメントの長さが変化)、筋量が突然増えたりすることは考えにくいです。また、投球メカニクスも大きく変わることは少ないでしょう。つまり純粋な球速と肘のトルクの関係を見ることができるのです。その結果、被験者内比較では非常に強い正の相関が出ました。つまり、球速が上がれば上がるほど、肘のトルクも上昇していたのです。

球速の速いことだけが良い投手の条件ではない

また、この論文では考察で平均球速と投手の成績(防御率やWHIP,WAR)の相関を見ることで、球速の速さだけが、良い投手の条件ではないと結論付けています。つまりこれらから、この著者たちが言いたいことは以下のようになります。

「球速を上げようとすることは、UCL損傷の可能性を引き上げるばかりで、その分投手成績にはつながるとは言い難い。投手として成功する為には、球速を上げるだけではなく、他の要素(例えば打者との駆け引きや変化球の習得など)が重要なのではないか?」

確かに、MLBで活躍した日本人投手である上原浩治選手も、平均球速を大きく下回るFastballで並みいるメジャーリーガー強打者達を打ち取り、WS優勝胴上げ投手となりましたし、今年ALのサイヤング賞候補に挙げられ、2位という得票を得た前田健太選手もメジャーリーガー投手の平均球速からは遅いのです。

以上のように、今回紹介した論文では球速と肘に掛かるトルクの相関を見ることによって、UCL損傷の要因を明らかにしようとし、その結果、やはり球速の上昇は損傷に繋がりやすいのではないか?という結論に至っていました。もちろん球速が速い投手は非常に魅力的ではありますが、投手として重要なのはそれだけではないので、どうやれば打たれにくく出来るのか?という観点で様々な様々な練習に取り組むことが重要なのかもしれません。

さて、ここからはこの論文のデータを見て私個人が気づいたことを記していきたいと思います。若干、著者の主張と違うことや、自身の研究に関することも含まれますので、以下は有料とさせていただきます。

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