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緋き貴石(途中

永遠とも思えるような長い廊下の途中、彼はふと立ち止まる。
「…?」
微かな違和感。今まで気にも留めていなかった疑惑が浮かびあがる。
「…ここは何処だ…?」
記憶の断絶。何故、自分が今【其処】にいるのかがわからない。
辺りを見渡すと荘厳な装飾、燭台に灯る仄かな炎と、少し黴臭く淀んだ空気が鼻をつく。
おそらくここは、古びた城…【古城】なのだと、直感が告げていた。
しかし、何故?何の理由で私はここに足を踏み入れたのか。
記憶を辿ろうとしても、まるで深い霧の中を進むかのように、何も示してはくれなかった。
「アーミヤ!いるのか?」
いつも傍にいるはずの少女の名を叫ぶ。だが、その声は冷たい石の壁に反響し、消えていくだけであった。
「周りには誰もいない…のか?他のオペレーターも…?」
明らかに不自然だ。彼の目から見ても、その古城は見るからに安全という風には見えない。
それどころか、微かに源石の痕跡も見える。そんな場所にオペレーターを一人も連れずに侵入することなどありえない。
そんなことを考えているとふと、机の上に三枚の紙が置いてあるのが見えた。
「…招集券…?」
それは招集券と書かれたチケットであった。
表には先鋒、狙撃、特殊を示すロゴが描かれている。
その横に血で書いたような文字が見える。
「Keep your hopes up…希望を捨てるな…か。ぐっ…!」
文字に触れたとたん、右の手の甲に痛みが走る。痛みに目を向けると6本の傷のようなものがそこに刻まれていた。
…この傷と、文字が無関係であるということはないだろう。
だが罠であろうとなかろうと、こうしていても仕方がない、彼は意を決してチケットを切る
瞬間、破り捨てられたチケットは大きく燃え上がり、炎の中から見知った影が姿を現した。
「フェン!アズリウスにジェイ!…ッつ!」
直後、再び手の甲が焼けるように痛む。傷は薄い跡を一本だけ残し、消えていた。
疑問は残るが、まずは目の前に現れた彼らに喜ぼう。今、この状況においてこれほど頼りになるものもない。
「お前たち、どうやってここに?ロドスの状況は?」
いくつか質問を投げかけるが、…返ってきたのは沈黙のみ。
オペレーターはお互い顔を見合わせることもなく、虚ろな目のまま宙を見つめ、まるで亡霊のようにそこに佇むだけであった。
なるほど、幻影のようなものか。チケットに描かれたロゴに合ったオペレーターが姿を現すというわけだ…
そうであるならばここに留まっていても仕方がない。
彼…【ドクター】は古城からの脱出を図る為、歩を進めだした。


~林の中にそびえ立つ古城。
その佇まいは程よく朽ちている。
舞台の用意は着々と進み、
主演と主役を待つのみだ。
さあ、どうぞ開演のご準備を。~


~霧が立ちこめ、小隊は方向を見失った。
我々は果たして前進しているのか、それとも混沌に溶け込みつつあるのか。~
―迷霧の岐路

どれくらい歩いたのだろうか。数十分のような、数時間の気さえしてくる。
窓から見えるのは鬱蒼とした森だけであった。
直後、静寂を切り裂き、ボォーンという時計の音が鳴り響く。
「時計…」
古めかしい背の高い時計は17時を指し示していた。
「まだ17時…いや、あれが正しい時間を指し示しているとは限らないな…うん?」
突如、古城の中だというのに霧靄がかかりはじめた。
酷い獣臭が漂ってくると共に、霧の中に光る双眸が見える。
ヒューッと鋭い口笛が鳴ると共に、猟犬が目を血走らせながら飛び出してきた。
…敵性生物だとわかれば話は早い。
迫りくる死を前に、急速に頭が冷えてくるのがわかる。
「総員、戦闘準備!フェン、A2に展開。アズリウス、高台に陣取り討ち漏らしを仕留めろ。出撃準備が整い次第、ジェイいけるな。デカブツは任せたぞ。」
オペレーターは頷くことなく、だが迅速に、ドクターの指示通りに行動を開始した。

「思ったよりあっけなかったな。」
若干拍子抜けした結果に終わり、思わず呟いてしまう。
このようなところに現れる存在だ、普通ではないと身構えてはいたのだが…
敵性生物は血を流すことなく、塵一つ残すことなく、まるで最初からそこにはいなかったかのように掻き消えていく。
いつの間にか眼前の霧は晴れており、石畳には見慣れないものが転がっていた。
「…なんだこれは」
【それ】は古い楽譜の残片だった。音符はぼんやりとかすれて読めず、果たしてこの曲がどんな物語を綴っているのかは彼には分からなかった。
『おはよう、こんにちは、そしてこんばんは。』
「!?」
突如、背中から声を掛けられる。
男の声だった。
振り向き、即座に距離を取り、身構える。
だが声の主は暗闇に紛れ、こちらから顔を確認することはできない。
『ん?んんん?』
どうやら男はこちらの顔を観察しているようだ。
次の瞬間、男は弾んだような口調で話しかけてきた。
『久しぶりの再会になったな、わが友よ!まさかこの城でお前と鉢合わせするとはな。宝探しか?それとも人探しか?』
まさか…その姿は見知った男…【キャノット】であった。
「どうしてお前がここにいる!?」
想定外の人物の登場で、一瞬頭がパニックになる。
そんなドクターの姿を見て楽しむように、キャノットは饒舌に語り出す。
『ん?俺についての話が聞きたいって? いい話は高いぞ、兄弟。まぁ、俺は商人だからな。商機さえあればどこへでもってやつだ。』
商機?正気?何を言っているんだ?この男は。
突然の出来事で自分の正気さえ疑ってしまう。
そうしていると男は突然、興奮したように声を荒げた。
『ああ!?持ってるじゃねぇか。それだよそれ。そいつを俺にくれりゃイイモノをやるぜ。』
男が指さす先、いつの間にかドクターの手には緑色に淡く光る、三角錐が握られていた。
『そいつぁ源石錐。俺はそれを集めてるんだ。その対価として俺が集めた商品を売ってやるって取引だ。俺は源石を貰う、お前は商品を貰う、それだけだ。余計な心配しなさんな。』
男はそういってこちらの反応も見ずに、ズラリと【商品】を並べだした
「一体これはなんなんだ?宝石のようなものから、まるでガラクタのようなものまで…取引に応じることに意味はあるのか?」
王冠のようなものから、サイコロ、壊れた機械のようなものまで様々なものがあるが、どれもこの探索には荷物になるだけでまるで役に立ちそうだとは思えない。
『こんなもんがなんの役に立つかって?お前が買って試してみりゃいいじゃねぇか!』
身も蓋もない…仕方ない、だが源石錐も持っていても邪魔なだけなのも確かだ。
「じゃあ…このサイコロを貰いたい。」
できるだけ荷物を軽くしようとドクターは品物の中で一番小さなサイコロを選択する。
『まいどあり!あぁ友よ、初回サービス記念だ。一つ忠告してやるぜ。この先、ここで出会う奴全員を警戒しろ、劇団のメンバーがその中に隠れてる。』
「劇団…?」
『あぁ、クリムゾン劇団。とち狂った芸術家軍団で、残忍な悪党さ。まっ!話はここまでだ!次からはきっちり支払いはしてもらうぜ。』
「あぁ、助かったよ。ありがとうキャノット。」
男はくっくっと笑いながら闇へと消えていった。
それにしても
「クリムゾン劇団か…」
ドクターの脳裏にはある男の姿が浮かんでいた。
「先に進めばわかることか…」
彼は気づいていない。脱出路を探していた筈が、いつの間にか古城の奥へ奥へと誘われていることに。
いや、彼は知っているのかもしれない。彼が、どうしてこの古城へと足を踏み入れたのか。その本当の理由を…

~夕陽の残光が庭園を照らす。だがそれは決して希望を象徴する色ではない。
道に迷われたお客人よ、どうぞお入りなさい。古城はあなたがたを歓迎いたします。~
―落陽の庭園


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