約束

※注意
ゲ謎の二次創作妄想SSです
一応後日談的なアレソレです


8月某日 うだるような暑さだった。
街中だというのに蝉の鳴き声がひっきりなしに鳴り響く。
煙草を吸おうにも噴き出す汗と、なによりマッチを見るのすら暑苦しくて、胸ポケットにしまい直す。
どこかで涼をとらなければ命に関わるな、そんなことを思いながら回りを見渡すと、見慣れない喫茶店が目に入った。
最近できたばかりなのか、外観は新築同様で、入り口にある食品模型も色鮮やかに陳列されている。
冷たい珈琲でも頼むか、と考えていたところ、ふとある模型が目に留まった。
緑色のソーダに、真っ白いアイスクリームが乗っており、その上に真っ赤なサクランボが鎮座している。クリームソーダと呼ばれるそれは最近、若い子らの憧れとなっている、らしい。
腕に巻いた時計に目を見やると、まだ取引先に向かうまで時間がある。
少しくらい休んでいっても構わないだろう。
ハンカチで汗を拭いながら、扉を押し開けた。


カランコロン、と鈴が鳴ると、すぐさま人懐こそうな笑顔のウエイトレスが席へと案内してくれた。
昼下がり、時間も時間なのか席はまばらではあるが、若い男は自分くらいなものだった。
ほう、とメニューを眺めていると
「ご注文はいかが致しましょう。」
と声を掛けられる。
あの人懐こそうなウエイトレスだった。
アイスコーヒーで、と言おうとしたが、どうしても店頭で見たクリームソーダが脳裏にちらついて仕方がない。
甘ったるいものが飲みたい気分ではない。…が、口は自然とクリームソーダを注文していた。


色鮮やかな緑色のメロンソーダに、真っ白いアイスクリーム、ちょんと乗った真っ赤なサクランボ。
いかにも女子供が好きそうな飲み物だ。
なんだって俺はこんなものを…
特別好きでもないクリームソーダを前に思わず本音が零れる。
それでも、何故か無性に気になったのが自分でも不思議なものだった。
そういやどっかの誰かが妻とどうとか言ってたな。あれはどこのどいつだったっけか。
なんてくだらないことを考えながら、細く長い銀色のスプーンでアイスクリームを掬う。
合成着色料で彩られたソーダを口にする。
何か特徴があるわけでもない、単調な味が口に広がった。
「…甘いな。」
自分のあべこべな思考に思わずくっくっと笑ってしまう。
ふと、何かが頬を伝った気がした。
灰皿を手元に寄せ、胸ポケットから煙草を取り出す。
一服してから出ていくか…なんて考えていると、
「お客様、大丈夫でしょうか。お医者様を呼びましょうか。」
なんてウエイトレスが心配そうに声をかけてきた。
何を…と言おうとしたところで、自分が涙を流していることに気が付いた。
自分でもぎょっとする。それは自分の意思とは反対にとめどなく溢れ出てくるようだった。
大丈夫、お気になさらず。とだけ伝え、テーブルの上のクリームソーダを見る。
手がぎゅっと熱くなるのを感じた。
いつか、誰かとした…


それはきっと、忘れてしまうほど些細な約束だったのだろう。
だけどきっと、思い残してしまうほど大切な約束だったのだろう。
俺は煙草を胸ポケットにしまい直し、再びクリームソーダに口をつけた。
「…甘い。」
いまだ零れ落ちる涙とはうらはらに、不思議と心は落ち着いていた。


8月某日 うだるような暑さだった。
街中だというのに蝉の鳴き声がひっきりなしに鳴り響く。
だけど少し涼んだおかげで体は随分と楽になっていた。
煙草を口にくわえ、マッチを擦る。
ふうと吐き出した煙は、雲一つない青空へと昇っていき、やがて風に乗って消えていった。


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