【小説】機械王の寵愛

 私は波の音で目を覚ました。見慣れない天井が目に入って、私はここが海沿いのホテルのある一室だと思い出す。何とか日程を擦り合わせて、ようやく取れた休暇で、私は彼と休暇に来ていた。
 隣にいる彼は、まだ目を覚ましていないようだ。布団にくるまったその体が小さく上下している。ベッドから足が飛び出てしまわないように体を縮めて眠る姿を見て、私の口からは気の抜けた笑い声がもれた。
 私はゆっくりと体を起こす。床には鞄が、まるで投げ出されたように置かれている。昨日彼と二人このホテルになだれ込んで、二人とも荷物の整理もそこそこに寝てしまったのだ。
 バルコニーへとつながる大きな窓を開けた。柔らかな風が頬を撫でる。時計を見れば、まだ朝の五時半。夏とはいえ、まだ気温も上がりきっていない。私は海を望むバルコニーに出る。静かな波打ち際は朝日を受けて煌めいていた。
 後ろから、硬いものが擦れるような音がした。彼が起きたのだろう。彼もまたバルコニーに出て、私の隣に並ぶ。
「おはよう」
私は彼を見上げるようにしながらそう言った。
「おはよう、アリシア」
機械で合成された声で、彼は私の名前を呼ぶ。つるりとした漆黒の顔はヘルメットのようで、表情らしい表情は浮かばない。ときおり、彼にとっての目である視覚センサーがわずかに赤い光を帯びるだけ。
 彼はロボットではなく、紛れもなく人間だ。ただ脳を収めておく器を、有機物ではなく無機物にしたというだけの。今の時代、もはや体の代替品なんていくらでもある。わざわざ脆いタンパク質の塊を選ぶこともない。
 彼は背中から腕を伸ばす。その腕は彼の背中に格納された三本目の腕。三本の指を備えたそれは器用に部屋の中の冷蔵庫を開け、中から飲み物の入った缶を取り出す。腕はまたするすると縮まっていて、そして私の目の前に差し出される。
「あ、ありがとう」
私は彼から缶を受け取った。
「寝起きは水分を摂った方がいい」
抑揚のない声で彼はそう言った。
 私は彼が取ってくれた飲み物を飲みながら、隣に立つ彼を見上げる。
 太陽の光を受けて煌めく彼の姿が好きだ。朝日を浴びれば彼の体はいっそ神々しいまでに輝く。夕日を受ければ、黄昏の溶けるように輝く。
 夜に佇む彼の姿が好きだ。夜の闇とひとつになったような彼の背中は、まるですべてを飲み込む夜空にも見える。
 私は彼が、変異するその瞬間が好きだ。手を大きな鉤爪に変えた、その姿が好きだ。その巨躯がより強靭さを増してバネのようになった足で飛び上がる、その瞬間が好きだ。大きな鉤爪に変化させた手で敵を切り裂く、その手が描く美しい軌道が好きだ。

 まさしく、軍神の名に相応しい。

 ああ、この体を開発した甲斐があった。そしてこの体に宿った最初の魂が、彼の高潔なそれであって良かったと心の底から思う。
 
 彼がその身にまとう鎧は、私の自信作。私は国立研究所に所属していて、新しい「体」の開発リーダーとして働いていた私と、新しい「体」を得る最初の被験者になった彼。彼の使っていた体が壊れてしまったから、彼から名乗りを上げたのだと聞いた。
 私はその命を収める器を、自らの手で作り上げた。彼にいっとう似合う体を、もっとも強い体を。


〈機械王〉と呼ばれるこの私、アリシア・ワイズ。その愛の、すべてを注いで。




 後書きという名の言い訳は明日やります!寝ます!