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ミュージカルのオタクが急にカバディにハマった話をします

 生まれて初めてハマったスポーツは、カバディだった。する方としてではなくてあくまで見る方ではあるけれど、それでも初めて面白いと思ったスポーツは、間違いなくカバディだった。

 すべての始まりは、カバディを題材として扱った漫画「灼熱カバディ」と出会ったことだった。ミュージカルの相次ぐ公演中止と就活に観劇もままならず、新しい物語に飢えていた頃だった。絵柄が好みであるというだけの理由で読み始めた作品。今までスポーツ漫画にハマったことは一度もなかったのに、どうしようもなく惹かれてマンガワンの第一話をタップした。

 読み進めるうちに、物語の面白さだけではなく、カバディそのものの面白さにも気づき始めた。
 まずはカバディのルールについて振り返ってみる。カバディは1チーム7人で行うスポーツだ。1人の攻撃手(レイダー)が敵陣に向かい、守備(アンティ)にタッチし、自陣に帰ることが出来れば得点となる。アンティは逆にレイダーを捕らえ、帰陣を阻止出来たら得点が入る。これを交互に繰り返していく。
 レイダーの視点でカバディを見ると、単身で敵陣に乗り込み、仲間の待つ自陣へと指一本でも帰ってくることが目標である。一見すると一対多数の構図に見えるが、そこには明確に仲間の存在がある。目標はゴールに到達することではなく、「帰る」こと。しかも前述したように、帰陣は指一本でも帰陣。このルールこそレイドの面白さを生み出していると勝手ながら思っている。

 上に貼った動画は、本場インドの試合の様子だ。かなりギリギリの、それこそ指一本レベルの帰陣が繰り広げられている。自陣に向かって手を伸ばす。カバディのルールは、何よりも人間の意地を可視化する。「手を伸ばす」という行為が、こんなにも意味を、ドラマを生み出すスポーツもそうそうないのではないか。
 手を伸ばすだけでなく、他にもダイナミックでアクロバティックな帰陣がたくさんあり、非常に見ごたえがある。
 次に、アンティの視点だ。アンティの目標は、仲間と連携してレイダーの帰陣を阻むことだ。灼熱カバディにおいても「連携」の大切さは繰り返し説かれた。

 上に貼った動画も、先ほどと同様にインドの試合動画だ。アンティは触られてはいけない。しかしレイダーを自陣に帰してはならない。そのせめぎ合いが熱さを生む。動画を見るとわかるが、アンティはレイダーを捕まえに行っているというよりもむしろ仕留めに行っている。灼熱カバディのPV冒頭でもカバディは狩猟が起源になっているとナレーションが入るが、カバディの試合はまさしく狩猟である。
 7人の連携が生む守備は「群れ」であり、まるで一つの生き物のようでもある。たった1人のレイダーという獲物を追うカバディならではだ。一方、3人など少人数で決まる守備は、群れとは違う連携、重みを見ることが出来る。
 そして驚くのは、スピード感とテンポの良さだ。同じ人間がやっているとは信じられないくらい、速い。目が追い付かない。

 灼熱カバディにハマり、インドのプロリーグの動画も見るようになったところで、昨年11月、朗報が舞い込んできた。カバディの日本代表によるエキシビジョンマッチが生配信されるというのだ。現在に至るまで私は生で試合を観戦できていないので、今のところこれが唯一フルでかつリアルタイムで見たスポーツの試合だ。

 試合を目で追ううちに、気づけば夢中になっていた。漫画だと選手一人一人に焦点を当てた描き方になることもあり、心情の描写も挟まれるから気が付かなかったが、とにかくテンポが速い。そして、レイダーとアンティ、どちらを見たら良いのか分からなくなる。ルールが分からないのではなく、どちらも異なる見所があるからだ。どちらが勝つかわからない試合展開、ローナ(チーム全員がコートアウトすること。全員アウトになった側は相手に2点加えたうえで全員がコートに戻ることが出来る)による一発逆転。そこには、ライブの良さがすべて詰まっていた。
 ちなみに当時エキシビジョンマッチの感想を書いてnoteにアップしたところ、本当に選手や審判の方にまで届いた(本当に「ギエア!」みたいな声が出ました。ありがとうございます)。この距離の近さも、競技人口の少ないマイナースポーツゆえの楽しさだと思う。

 そして、気が付いたのだ。私が普段メインでオタクをしているジャンル――舞台演劇と、ライブの面白さという点では共通していることに。
 私が今までスポーツに興味がなかったのは、勝ち負けのあるもの、所謂ゼロサムゲームに苦手意識があったからだ。だからこそ私はスポーツではなく演劇を観ながら生きてきた。
 しかしその認識を、カバディが覆してくれた。結果の前には必ず過程がある。確かに結果は勝つか負けるかしかない。しかしそこに至るまでには、数えきれないほどのドラマがある。どのプレイヤーも、勝つために手を、足を伸ばす。ラストシーンに至るまでの過程を楽しむのは、スポーツも演劇も同じだ。そもそも結果だけが大事なのだとしたら、私は何のために同じ舞台を二度三度と見ているのかわからなくなる。

 私は未だに生で試合を観戦できていない。確かに配信でも迫力とスピードを感じることはできた。しかし私はすでに演劇という別のジャンルでライブの良さを知ってしまっているのだ。何が何でも生で観戦したい。誰かと時間を、熱を、共有したい。

 まさかスポーツを生で観戦したいと思う日が来るなんて、夢にも思わなかった。これも、灼熱カバディと出会えたおかげだ。初めて興味を持ったスポーツが、明快さと奥深さを兼ね備えたカバディで良かったと思う。

 限られたコートの中に、理性的な駆け引きと意地のぶつかり合いが詰め込まれ、無限の広がりを見せる競技、カバディ。指先や足先から放たれる一閃を争うせめぎ合いから、体全体で魅せる大きな躍動まで、とにかく見ていて飽きない。YouTubeで一度試合の動画を見始めてしまうと、無限に見続けてしまう。まだまだこのカバディというスポーツから、目が離せそうにない。