「東独にいた」が面白すぎるので語りたい

 こんにちは、雪乃です。今日はタイトルの通り、漫画「東独にいた」について語ろうと思います。今までも単行本ごとの感想(マガジン「漫画の感想文」からご覧いただけます)は書いてきましたが、今になって読み返してみると錯乱した状態で書いていたので、一旦いろいろと整理しておきたい。

あらすじ

 「東独にいた」の舞台は、1985年の東ドイツ。ヒロインのアナは、本屋を営む日系人の青年・ユキロウに密かに恋心を抱いていました。
 そんなアナの職業は、軍人。「神軀兵器」と呼ばれる改造兵士であるアナは、多目的戦闘群・通称MSGに所属し、超人的な身体能力を駆使して反体制派のテロリストと戦っています。
 一方のユキロウにもまた秘密が。彼の正体は、反体制組織「フライハイト」の頭目「フレンダ―」でした。ユキロウの正体が明らかになるシーンで、1話は終わります。

 国を愛するがゆえに国を守ろうとするMSGと、国を愛するがゆえに民衆による変革を目指して暗躍するフライハイト。イデオロギー的に対立する両者の戦いを中心に、冷戦下の情勢や各国の思惑が絡んだ重厚な歴史ものです。

 というわけで、これからおすすめポイントを大きく3つに分けて語っていきます。

重くてしなやか!迫力の超人バトル

 「東独にいた」の大きなおすすめポイントは、何と言っても超人たちの迫力あるバトルシーン。改造人間であるMSGだけではなく、「違う顔」と呼ばれる最強の殺し屋やフライハイト屈指の戦闘力を持つ女性・ヘラなど、驚異的な戦闘力を持った登場人物たちが熾烈な戦いを繰り広げます。

 「東独にいた」のバトルシーンは、スピード感に溢れていてテンポが良いのに、とても重みがあるのが好きなところ。軍人と反体制組織の争いが物語の軸になる以上、命のやり取りは避けて通ることはできません。しかしどの登場人物にも共通しているのが、生きるため、生かすために戦っているということ。単純な勧善懲悪で割り切れる展開ではありませんが、それぞれの陣営が守るべきもののために戦うという意味ではある種すごくヒロイック。超人的でありながら人間的で、しかもそのバトルが冷戦下の東ドイツという仄暗い時代設定をまとうことにより、奥行きある人間同士の「闘争」を描き出しています。

 「東独にいた」が描く超人たちの強さは、肉体的なものばかりではありません。MSGに所属するイシドロ大尉は行動心理学の天才ですし、殺し屋「違う顔」の武器は「声」。フライハイト幹部であるエミリアは頭の中だけで暗号を復号できる頭脳の持ち主。強さのベクトルは多種多様です。あらゆる強さを土台とした、大きな時代のうねりを感じさせるしなやかな作劇が本当に鮮烈で大好きです。

若者たちの群像

 「東独にいた」で好きなのが、若者たちの描写なんですよね。これはフライハイト側の方で描写が顕著です。

 自由を望み、フライハイトに所属する若者たち。彼らのうち何人かは闘争の中で「誰かを残して旅立つ側」になり、もう一方は「残された側」になる。そんな、反体制組織に所属する若者たちの日常が描かれています。

 彼らもフライハイトに所属している以上、苛烈な闘争の中に身を置いていることは確か。しかし作中で描かれる若者たちの群像はどこか爽やかです。
 タイトルである「東独にいた」の言葉通り、いつの日か東ドイツが過去になったとき、彼らは何を思い、闘争の日々をどう振り返るのか。それを見届けたい一心で「東独にいた」を読んでいると言っても過言ではありません。だから皆、頼むから死なないで。私からのお願いだよ。9話読んだあとしばらく立ち直れなかったからね。

アナとユキロウの関係

 「東独にいた」の何が好きって、これなんですよ。アナとユキロウの関係。この物語の始まりはここですからね。

 アナは軍人。ユキロウは反体制組織のリーダー。イデオロギー的には正反対の二人ですが、この二人がいずれどこかで同じ場所に落ち合ってしまえるような危うさを孕んでいて、その関係性が本当に好き。この関係のしんどさが味わえるのが1話~3話です。アナとユキロウ、正反対の世界に生き、冷徹にやるべきことをなしているはずの2人が、互いの人間的な部分を意図せずして引き出し合ってしまうところがしんどくてしんどくて。アナの言葉に、冷徹な「フレンダ―」でも温和な「ユキロウ」でもない表情を見せるユキロウの描写は必見。

 そしてやっぱり読んで欲しいのが15話。初読どころか何度読んでも泣く回です。互いの中に在った、ありえたかもしれない未来像が提示され、それでも2人がそれぞれが生きていくべき「今」を選択する。「もしもここが西ドイツだったら?」「もしもアナが軍人でなかったら?」「もしもユキロウが反体制派でなかったら?」――そんなあらゆるifを内包した、「人生がもう一つあったら」という表現が大好きです。

 「人生がもう一つあったら」、選択したかもしれない「今」と、そこから生まれ得た「未来」。でも人生はひとつしかない。「今がすべて」「引き返すことはできない」という、作中でリフレインされるテーマを決定づけるのが15話なので、後生だからここまで読んでください。お願いします。単行本3巻までです。

おわりに

 「東独にいた」における、漫画でしかできない表現を駆使しながらも漫画を超えた演出も大好きなのですが、この辺はとにかく「読んで」としか言えません。語彙力がないのでうまく表現できないのですが、「文字」の使い方がとにかくすごいんですよ。単純なナレーションやモノローグを表すだけではなく、登場人物の思考の形や脳内の回路そのものが文字によって可視化される未体験の漫画表現は、1人でも多くの方に触れていただきたいです。

 そして好きなのが食事シーン。ジャムを瓶からスプーンですくって食べるアナ、向かい合って食事をするアナとユキロウ。サンドイッチを食べるクロード。車の中で軽く食事をするビアンカとネオ。どれをとっても、「東独にいた」の食事シーンは人間がすごく生きているんですよね。何かと超人の多い作品ですが、彼らもしっかり人間なんだな、と思わせてくれる描写の数々です。

 他にも語りたいことは色々ありますが、長くなってしまうのでこの辺で。

 あと、これは完全に余談なのですが、「東独にいた」ってシモン・ストーレンハーグの画集「ザ・ループ」と時代がギリギリ被っている気がするんですよね。「ザ・ループ」も1980年代が舞台のSF作品なので。超技術が登場するもう一つの1980年代が描かれた作品が2作品あるの面白いな~と思いました。「ザ・ループ」の舞台はスウェーデンですが、あの世界線の東ドイツがどうなっているのか気になります。

 色々と語りましたが、「東独にいた」は歴史に詳しくなくとも存分に楽しめる作品です。バトルもストーリーも人間ドラマもすべてが面白い最高の作品なので、超おすすめです。よろしくお願いします。

 本日もお付き合いいただきありがとうございました。


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