母の後悔 (38)

 そして、それは私にとっても助けになったはずだ。今は残り少ないであろう彼の人生を手助けしてあげなければ、きっと私は後悔してしまうだろう。そう思うと、私の心は、納得できたし、決心もついた。 

 三十数年前に夫が行方不明になった時には、色々とその原因を探したて、相手を恨み、ののしりもしたけれど、今はそんなことはどうでも良いことだ。私が望んであの人と結婚して家族になったのだから、私が彼の後始末をきちんとして子供達に手を煩わせないようにすることが、この結婚に対する自分なりのケジメなのだ。

 そんなことを考えながら、ベッドに横たわっている夫を見ていると、一瞬だけ目が合った。私は反射的に小さく頭を下げて、心の中で久しぶりと、挨拶をした。夫は食い入るように私を見ながら、なぜだか安堵の表情を浮かべたのだった。
 私と家族を捨てて、沖縄に渡って三十年後、こんな姿になって再会した夫がどのような月日を過ごしたのかを想像する気も、興味もないが、彼に対しては憐れみの感情だけが私を揺さぶる。この感情はこの人とある期間共に過ごし,この人の子供を産んだということに関係しているのかもしれない。

 しばらくの間黙ってベッドサイドに置いてある、折り畳みの簡易の椅子に座っていたが、再び目をつぶり眠りについた夫を残して、そっと部屋から出て行った。帰りに入院の手続きをして、看護師さんや,夫を助けてくれた人達にお礼をしてからホテルに帰った。子供達には状況を説明してから、こちらに来た時にこれからのことを決めなくてはならないだろう。

 自分のバカみたいに人が好いというか、博愛主義的な部分に呆れながら、もう一人の自分がこう言っている。
「そうしなければ死ぬときに後悔してしまうから仕方がないのよ」
 そして頭の中では後悔という文字だけがグルグルと回っていた。
                             了


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