毒親からの解放ストーリー (21)

 四月、無事入学式が終わった。徳島での母のいない生活が始まった。見張られていない生活は初めてなので、心地良いのか悪いのか、自分でも判らない。とてもおかしな感覚だ。
自由に振る舞い、誰からも命令されない生活をするということが、なんだか自分を不安にさせるのだ。これで良かったと自分に言い聞かせながら下宿生活に慣れていくしかない。

一年生は教養課程なので、高校の延長の様だが、一般教養の科目ばかりだけではない。実験や実習があると、その度レポートを書かなければならないのでかなり忙しい。レポート提出をさぼってしまうと、翌週はそれらの提出物が増えてしまうので、手を抜くわけにはいかないのだ。だから高校生の時に描いていたような華やかな大学生活を求めることは出来ないと悟った。

 学費は父親が出してくれることになっているが、生活費は、奨学金とアルバイトの収入を充てなければならない。だから食事は自炊だ。一人暮らしをしてみて身に染みたことがある。
 中学の時から母の手伝いをやらされていた。高校生になってからは、お金を持たされ、買い物から夕飯の支度など、家事全般をやらされるようになった。はきり言ってその時は負担に感じていた。しかし今はこう考えることが出来る。『家事が出来るという事は生きる力を持つ』と言う事なのだと。

 だからこの件については、鬼の様な母であっても感謝をしている。しかし母のいない楽しい学生生活を送れるはずだったのに、大学の授業が忙しくてエンジョイできないのは誤算だった。入学してまもなく同じ神奈川県出身の小田さんと言うクラスメイトに誘われて文芸部に入部した。

 彼女の家はお父さんが、鎌倉でクリニックを開業していて、一人娘の和子さんが跡取りとして医者になることが義務付けられていたらしい。でも小さい頃から本が好きで、本当は、絵本作家になりたかったそうだ。だから晴れて医学部に合格できたので、念願の文芸部に入って、いつかは絵本を出すのが夢だと言っていた。

 彼女の話を聞いて、どこの親も多かれ少なかれ子供に親の理想を押し付ける存在なのかと思ってしまった。子供が大事なら、子供の夢を尊重してあげるのが、親の愛と言うものではないかと私は子の立場から思ってしまう。

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