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④オンライン大学院生!ロンドンメトロポリタン大学 会議通訳修士課程で学ぶ

前回は、ロンドンメトロポリタン大学会議通訳修士コースでの前期モジュールと授業の内容について書きました。今回は、その中で毎週提出する課題前期課程の試験について書いてみようと思います。

(前期課程の逐次通訳編は、今回で完結です。)

毎週の提出課題

逐次通訳の二つのモジュールそれぞれ、毎週課題(宿題)が出され、提出していきます。まず一つ目の課題は、自分が興味を持った時事問題(その週内)について調べ、用語集を作成し、与えられた時間内でのスピーチを作成することです。それを録画し、動画形式で提出することが求められます。これは、「パブリック・スピーキング」の練習です。実際の通訳とは全く関係がないように思えるのですが、何かについてリサーチし、理解し、他の人にわかりやすく伝えるという作業は、実は通訳者の仕事そのものだと気がつかされます。毎回のスピーチは、英語と母国語で作成し、各自が自分のスピーチを撮影します。それをアップロードし、動画のリンク形式にして提出します。そして、それらの動画はクラスメート同士で視聴できるようになっています。そのため、二つ目の課題は、自分が選んだクラスメートのスピーチを訳出し、それを録画した動画のリンクを提出することです。この訳出動画は、必ず「初回の訳出パフォーマンス」を録画&提出すること、と厳しく言われます。そのプレッシャーは半端ではありません。要するに、練習してブラッシュアップされた訳出ではなく、プレッシャーも含め、より仕事の現場に近い環境が設定されます。これを「1回目」「2回目」「3回目」の訳出と分けて録画し、それを視聴し→問題点を明確にし→原因を分析して→自分なりの改善策を見出します。そのプロセスでの自分の学びを「反省・改善策」として、自分の言葉でカメラに向かって話していきます。そしてこの動画も提出することが求められます。これを毎週繰り返し行っていきます。ここで重要なのは、自分の作成するスピーチや、反省の動画は、「読み原稿を見てはいけない」というルールです。これは実際にやってみると、なかなか手強いものだと気がつきます。自分のスピーチのテーマの理解はもちろん、スピーチの構成がしっかりとしていないと、あっという間に中身のない言葉だけのまま、時間が過ぎていきます。しかも、カメラに向かって目線を合わせ、録画しているという緊張感も半端ありません。しかし、この課題を繰り返すうちに、プレッシャーの中でも自分のスピーチを簡潔に、わかりやすく話す、というプロセスに慣れることこそが、通訳者のパフォーマンスそのものなのだと、気がつかされるのです。訳出をしている時の瞬発力も鍛えられます。ちなみに、この「反省を言語化する」ことは意外に有効だと感じました。反省だろうと何だろうと、スピーチとして皆に公開するわけですから、構成にも気を使います。じっくりと反省スピーチを練り上げる作業によって、表面だけを見ていた時には気づけなかった、奥底に潜んでいる問題に気付くことが何度もありました。

授業の中では、各自が課題として作成したスピーチを発表していきます。そして、発表したクラスメートのスピーチをメモし、各言語ごとにブレークアウト・ルームに分かれ、訳出練習していきます。このブレークアウト・ルームには、言語ごとのチューターの先生が入り、訳出の精度やデリバリー全体を細かく指導をしてくださいます

「通訳者としての聞き方」

またコースリーダーのダニエル先生から勧められた、自分が英語で作成したスピーチを日本語に訳す(またはその逆)練習も、大きな収穫がありました。もともとは自分が作ったスピーチとはいえ、訳出するとなると、自分が本当に伝えたかったことは何なのか、より明確にする作業を強いられます。すると自然に、自分の発した言葉ではなく、自分の伝えたかった「メッセージ」の方に意識が向くのです。他の人のスピーチだと、どうしてもその人が発した「言葉」だけを頼りにしてしまいがちです。でも、自分のスピーチだからこそ、言葉から自由になって訳を考えることができます。その作業を通して、「言葉に囚われない」「アイディアを訳す」ことが体感できます。すると、他の人の発言でも、常に言葉のその奥にある「アイディア」や「メッセージ」を探しながら聞くようになっていきます。これが、「通訳者としての聞き方」だとあらためて気がつくのです。

通訳者としての非言語コミュニケーション

私は日本の民間通訳学校で学んだこともありますが、その経験と比較すると、ロンドンメットの大きな特徴は、通訳者の非言語パフォーマンスも大変重要視していることだと思います。授業の中では、訳出するときの姿勢(座り方、呼吸、足の位置まで)、目線、声のトーン、自信がある態度か、イントネーションなども、細かく指摘されます。もちろん、訳出の大前提として「正確さ」「分析力」は最重要事項です。しかし、それだけでなく、言葉以外の要素を常に意識するよう指導されます。これはまるで、鏡張りの部屋でバレエの基礎訓練をしているような気分になりました。通訳者の仕事が対面であれ、オンラインであれ、現場でのプレッシャーに強くなるため、常に「オン・ザ・スポットライト(注目に晒される)」「アウト・オブ・コンフォートゾーン(心地いい領域から出る)」を意識することも、通訳者にとって身につけるべき大事な要素として訓練されるのです。


前期モジュールの試験

10月に開始した前期課程は、クリスマス休暇をはさんで、1月下旬に修了試験があります。私が履修した二つのモジュールは①逐次通訳(英語→母国語)と、②逐次通訳(母国語→英語)でしたので、試験も2科目となります。どちらも、それぞれの言語のスピーチ(約6~7分)を一気に聞いてメモを取り、その場で訳出したものが採点されます。

ちなみにロンドンメットでは、ずっと長い間、コース開始から逐次通訳と同時通訳を平行して進めていたそうです。しかし、それが2019年から変更となり、現在は前期に逐次通訳を学び、後期から同時通訳がスタートする現在の形式になっています。また、②逐次通訳(母国語→英語)も2019年から新しく加わったモジュールとのこと。そのため、②のモジュールは試験対策の過去問が少なかったのがちょっと困りました。

オンラインで逐次通訳試験ってどうやるの?

前期修了試験も、全面的にオンラインで行われました。①逐次通訳(英語→母国語)のモジュールでは、試験当日、決められた時刻に、あらかじめ指定されたZoomリンクに受験する学生全員が集合します。試験の最初にスピーチのキーワードが公開され、それをもとに学生は、内容について各自で10分間のリサーチが許可されます。その後、訳出する英語スピーチ動画のリンクが、チャット機能に貼り付けられます。学生は、各自のPCからそのリンクにアクセスし、各自で動画を再生して聞き、メモを取り→訳出して録音したものを→あらかじめ用意されているクラウドのフォルダーに即時アップロードして→完了です。一連の作業の間、学生は全員がZoomを「ミュート」にしていますが、カメラは「オン」の状態です。そのため、各自が訳出する様子が録画されています。これは、本人がその場で訳出していることを試験官が確認するためです。この時、訳出だけを録音するのではなく、スピーチ動画の再生開始時から録音することが求められます。つまり、スピーチを聞いて、自分が逐次通訳を完了するまで、一連の流れを録音したものを提出するのです。そうすることで、訳出部分だけを何度も録音し直すことができなくなります。最終的には試験官が、自分のアップロードした音声ファイルを確認し、問題がなかった時点で、退出(ログアウト)が許可されるという仕組みです。同じことが②逐次通訳(母国語→英語)の試験では、言語別に行われました。

※この試験の方法に関しては、ロンドンメットの会議通訳コースリーダーのダニエル先生のブログに詳しく記されています。


逐次は続く、どこまでも。

ここまで前期の逐次通訳の授業について書いてきました。結論として、私の逐次通訳パフォーマンスは飛躍的に伸びました!と喜んで言い切りたいところですが。。。現実は、そんなハッピーエンドとはほど遠いところにいます。まだまだ課題があります。むしろその課題をはっきりと思い知らされるために授業を受けたという感じです。お恥ずかしいのですが、正直なことを言うと、コース開始前の私は「もっと早く上手くなりたい!」「何か効率的な方法を知りたい!」とそんなことばかり期待していました。ところが、コース開始後すぐに、目の前に果てしなく続く長い道のりが見えて、愕然としたのでした。授業の回を重ね、課題と向き合っていく中で、短期間で解決できるような「付け焼き刃」的対策など存在しないのだと悟りました。小手先のスキルを追い求めることでは何も解決しないのだと。それでも、少しでも前に進みたいのなら、自分の問題の根っこを見極め、それが少しでも改善するよう「意識して」日々トレーニングを継続することしかないようです。それが「一番確実な上達方法」だというのが、私が出した答えです。このコースのように、集中して量をこなすことは、短期間では可能かもしれません。でも、前期課程を修了した今、私がこの学びを活かせるかどうかは、通訳訓練を「継続すること」のみにかかっています。

そのために私にとって大事なのが、一緒に学んでいる仲間です。その大切な仲間たちと、また分野を問わず、何かを学び続け、前に進もうとしている方々に、私の学びをシェアしていきたいと思っています。

現在、ロンドンメットの会議通訳修士コースは、後期課程に入っています。同時通訳訓練の始まりです。そこでの学びも、次回以降のシリーズで書いていこうと思っています。


※もしこれを読んで、ロンドンメトロポリタン大学の会議通訳修士コースにご興味を持たれた方がいらっしゃいましたら、ぜひコメント欄、またはTwitterのDMにご連絡ください。その他、質問、感想などありましたら、お気軽に!

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