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「あなたは、どう生きたい人なの?」と心を寄せる

埼玉県・上尾市で「パパサロン」が生まれた。

いつもはママと子どもたちが集まる、つどいの広場「あそぼうよ」に、
パパたちが子連れで集まった。
ママたちも参加OKで、ボランティアの保育者さんもいたので、
総勢50人ぐらい。
「初めて」に少しの緊張感があるも、2ヶ月の赤ちゃんから、6歳までの子どもが、たくさんいて、ワイワイと、とても良い空気が流れていた。
ちなみに、私の夫は、仕事で参加できなかった。仕事でなくても、そういう場に、すっと行ける人ではないので、参加しなかったかもしれないと思う。

印象的だったのが、
「イクメン」が気合いを入れて集まったのではなく、「普通のパパ」たちが声をかけ、集まった
という話。

実際、なかなか普段できない子どもの話をしたり、聞いたりしてみたい、
ママと子どもが行っている施設をのぞいてみたい、
ママに「行って!」と言われたので断れず、
など、参加するパパの動機もそれぞれのように感じた。

「イクメン」という言葉が「良い夫」「良い妻」を求める

そこで、気づいたのが「イクメン」という言葉の裏にある恐ろしさ。
これは「良い夫」「良い父」という型を求めている。
それは、つまり「良い妻」「良い母」を求めることと同じ。
私は、子育てを始めた頃、知らず知らずのうちに、「良い母にならなきゃ」と苦しくなっていた。そして、同じように思い、子育てが大変になっているママの話も、たくさん聞いた。

「良い母」は自分を苦しめるし、
さらには、自分の思う「良い母」からはずれた、他のママを、責めたり、追い詰めたりすることになってしまう。
そして、「良い母」は、今、目の前にいる子ども自身を見失う。

「あなたはどう生きたい?」と心を寄せる

「良い夫」「良い妻」をお互い目指したり、
求めたりするのではなく、
「私は、どう生きたいのか?」を言葉にして伝える、
「あなたはどう生きたい?」と心を寄せる。

それが、一緒に生きていくことにつながるのではないかな。

イクメンとして発信してきたオリラジのあっちゃんが、
脱「良い夫」宣言したら…という記事。

https://dual.nikkei.co.jp/atcl/column/17/101700129/120600002/?ST=mobile

「Noが言えるようになると、YesやWantが自然と出てきた」
義務感でやる家事、子育てをやめたら、
自然に自分のやりたい子育てが生まれたという。

「私」を主語に「ただ、話し聞き合う」
それは「自分を語る言葉」を探す場所となる

「あなたはどう生きたい?」の答えを言葉にすることは、とても難しい。
子育てをしていると、どうしても、自分は、あと回しになる。
小さな子どもの命を目の前に、それを考える余裕はなくなる。
家族を支えていかねばと、必死で働き、それどころではない。

そもそも、子育てをしている人に
「子どもを、どう育てたい?」とは聞いても、
「あなたは、どう生きたい?」と聞いてくれる人はいない。

私は、1年半前に、ママがつくる子育てサロン「みんなのコッコロ」を
立ち上げた。
自分に必要な場所として、
「あなたは、どう生きたい?」を聞きあえる場所として。
そこで、普段、言葉にできない自分の気持ちに気づくことができた。

そして、今日、生まれた「パパサロン」も、
「イクメン」になるためのサロンではなく、
「自分は、どう生きていくのか?何が幸せなのか?」を言葉にできる場所をつくっていくのではないだろうか。

プログラムがあるわけでも、専門家がいるわけでも、
テクニックを駆使したコミュニケーションを使うでもなく、
「私」を主語に「ただ、話し聞き合う」
この社会にあるようでない、貴重な場所として。

「純粋に自分を語る言葉」を見つけるのは簡単ではないけれど、
受け止めてくれる人がいれば、
それを探す自分になれる。
そんな、はじまりの場所として。

迷いなく「自分を生きる」子どもを、先生に

何よりも、目の前には、
迷いなく「自分を生きる」子どもたちがいる。

今日のパパサロンで、「子育てをして、どう?」というテーマに対して、
あるパパが、
「子どもは、先生。自分がどう生きるか?を思った時に、
 子どもが、迷いなく、自分を生きていた」

と話した。
これこそが、子どもと一緒にいて、教えてもらう一番大事なことだと、
とても感動した。

ただ、多くのパパは、「子どもの手本になりたい」と言った。
そこには、我が子に幸せになってほしいという「願い」と「愛情」がある。
だけど、背中を見せて「手本」となるより、
「子どもは、先生」とお互いに学び合うほうが、
子どもも親も気楽にやれるのではないだろうか。

父の「家族を支える責任」と母の「孤独」の溝

もう1つ、多くのパパが
「家族を支えるんだと、仕事に責任が生まれた」と言った。
ママの立場として、一緒に子育てをしてくれる「心強さ」を感じながらも、
父としての「役割」を背負わされてる感じがした。
気づかぬうちに、命を育む場所から疎外されて。
さらに、ママが感じる「孤独」との溝に切なくなった。
夫婦の間に生まれた溝は、その2人のせいではなく、
「父親なんだから」「母親なんだから」というもっと大きなものが、
つくっている気がした。

新しい関係を作り直す

また、一緒にいるからこそ生まれる「孤独」がある一方、
未婚やシングルとなり子育てする人が、
誰にも頼れず、背負う深い「孤独」があることも思った。

どちらの苦しさも、時に、子どもへ向く。
失われる命がある限り、心の底にある悲しみの塊は消えない。

そんな中で
「あなたはどう生きたい?」と心を寄せあえる場所と想いが、
新しい関係を作り直す

投げずに、そう、信じてやっていきたいと思う。

#子育て #子育てサロン #パパサロン

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