僻地旅 北キプロス編

最初に断っておくが、こんな国は存在しない。この国を認めているのは全世界でトルコだけだ。

北キプロスとは、地中海に浮かぶキプロス島の北部地域のこと。色々あってキプロス島では南北紛争が起こり、北をトルコ、南を欧州が応援し、今は分裂状態にある。世界で南北が分かれているのは現在北朝鮮とキプロスだけだ。

だが北朝鮮と違い同じ北側でも北キプロスは非常にマイルドだ。レストランやお土産屋がひしめき猫ちゃんがにゃーにゃー泣くキプロスのキャットストリートを通り抜けると、いきなり「国境」は訪れる。関所を越えればそこはもう北朝鮮、違った北キプロスだ。「やべえ、北キプロスの判子押されたらトルコ以外の国に入国出来なくなるんじゃないの・・」と緊張感MAXで行ったら、税関のおっさん3人はとにかくのんびりしてて、「日本人?珍しいね。今ね、庭の裏に梅生えてるから食べてみなよ!」と無邪気に梅的な何かを薦めてくれる。え、ああ、はい・・と思い恐る恐る口にいれるとこれが想像以上にみずみずしくてうまい。「美味しい!」と本音を伝えると、税関職員は孫を見るおじいちゃんの優しい目線で冷蔵庫からボールいっぱいの梅的な実を沢山出してくれた。えーっと、私はこの38度線越えていいんすかね?結果パスポートは見るだけで判子は押されなかった。この実が何だったのかは未だに謎だ。

さて、越えたは越えたで私の中にはピン!っと何か張り詰める音が聞こえた。何せここは世界で国として認められていない地域。もし私がここで殺されようものなら遺体は日本に引き渡せられないし、問題が起きても国際刑事裁判所は介入出来ない。というか日本の外務省が諸々手出し出来ない。絶対に間違いは犯せない。そんな張り詰めた面持ちで38度線を超えたが、超えた先にはブーゲンビリアが大木に咲き誇るなど、非常に長閑な光景が繰り広げられていた。紛争地域というのはそもそもそういうものなのかもしれない。国同士が争っていても、そこには市民の日常がある。庭でトンカントンカン大工作業をするどこかのお父ちゃんのカナヅチの音を聞きながら、私は歩みを進めた。時が止まっているようだ。日差しは熱いが風は心地よい。なんだかんだ地中海気候だよな〜と癒しすら感じ余裕をこいたその先に。

鎌倉の大仏もびっくりなどでかいトルコ国旗がお出ました。おっと、ここは確実にピリッとするポイントだ。緊張感がパねえ。街のどこからも拝める山肌にははっきりくっきりとトルコの赤字に白い三日月と星が描かれている。38度線を越えた人物に「ここトルコの縄張りですけど?あんたそれわかってここきてます??」と挑戦状を突きつけてくる。ひええ。街の至るところはトルコ国旗とケマルアタチュルク像で溢れており、先程いた欧州的光景ばかりのキプロスとは空気が違う。鉄格子というのは文化を真っ二つに割る力があるのだとまざまざと感じた。レストランに入ればそこはトルコ色満々のケバブ祭り。ちなみにそこのケバブは今まで食べたケバブの中で一番うまかった。ここを支配したい、表向きには支援したいトルコの本気度を感じる。

そんなものものしい地域だが、住民は非常に柔軟で、「買い物は毎日ボーダー超えて南に行くよ〜」という人もいれば、「北キプロスのパスポートだとどの国にも行けないから南キプロスのパスポートも持ってるよ〜」という。彼女が南キプロス出身で、「デートの待ち合わせは毎日ボーダー」というメンズもいる。ボーダーの意味とは。住民は気軽にボーダーを越えちゃうし、それを誰も気に留めない。金正恩が聞いたらどう思うのだろうか。

だだ、国が関わると若干ややこしくて、この地域でどんなにスポーツが出来ても五輪選手にはなれないし、国連職員になりたくてもその資格はない。その辺の不条理さはあれども、人々はこの状況を受け入れ強く生きている。人間は元来強い生き物なのだと教えてくれる場所だった。

ただ、じゃあこの地域に何かあるかというと別に何もなく、観光地では決してない。ハイライトはボーダーか自称北キプロス政府の政府庁舎くらいだ。鉄格子周辺の空気の違いや国連が仲介して生じた緩衝地域などを前にしてはおお、と感じるが、所詮ただの空き地なのでザッツオールである。ということで、キプロスにきたら是非北も見てみれば?とは思うが期待値は高めてもいけないし、くれぐれもトラブルに見舞われないよう最新の注意を払ってもらいたい。









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