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ルート分岐短編「友情は時の彼方へ」

フォロワーさんとのお話で盛り上がった上で、『帰って来た母親と鉢合わせした日和は竜牙に連れられたけど、竜牙が居なかったらどうなってたの?』って話に行き着いたので、19.別ればかりの人生はやり直しました。



 昨日、初めて友達に手料理を振る舞った。
 本当に久しぶりに麻婆豆腐を作って、とても喜んでくれたことがすごく嬉しかった。
 料理を教えてくれたおじいちゃんには本当に感謝しないと。
 人に振る舞うとこんな気持ちになるなんて、知らなかった。
 料理を初めて楽しいと思ってしまった。
 もっと勉強して、他の友人に振る舞ってみるのも良いんじゃないかなって波音と別れた後に思った時、自分は正気なのかと疑ってしまった。
 今まで、料理に対してそんなように思ったことはなかった。
 私の過去は、私にとって祖父と玲だけの世界だったからだ。
 だから、昨日の出来事はそれほど嬉しかったんだと……初めて実感した。
 そうして友達と過ごした時間が本当に楽しかった。
 宝物のようにキラキラと輝くような記憶とその気持ち。
 ……もう一度、誰かが自分の料理を食べて笑ってる姿を見たい。

「……今日の帰り、誰だろう……」

 日和はそわそわしていた。
 昨日作った麻婆豆腐をとても喜んでくれたのが心底嬉しくて、舞い上がっていた。
 ただし、舞い上がっているというのは無自覚だ。
 昨日の買い物で今日の分も準備はしてある。
 日和は再び料理を作る楽しみな気持ちを抑え込みつつ、終礼を迎えた。

「日和、私が送ってあげるわ」
「帰りは波音なんですね!よろしくお願いします」

 共に校舎を出て家へと向かう。
 日和が今日の食事で何を作ろうか、そわそわと悩んでいると波音が口を開いた。

「昨日も言ったけど、麻婆豆腐とても美味しかったわ。サンドウィッチの時も思ったけど、貴女って料理が得意なのね。普段から作っていたの?」
「そんな毎日作る事はあまりないけど、おじいちゃんはホテルの清掃員をしていたの。深夜に働いていたこともあって、そういう日は私が料理の担当をしてたんだ」
「成程それで……。貴女がよければまた食べたいわ。良いかしら?」
「勿論!ふふ、波音と食べるのは三度目だね」
「ええ、そうね。……ああ、今日は一応巡回もしなきゃいけないの。早めに切り上げはするから、貴女を送った後一度離れても良いかしら?」
「寧ろそれが波音のお仕事でしょ?準備して待ってるから大丈夫だよ」

 日和が誘う前に波音から提案され、日和の胸は余計に高鳴る。
 本当にこんな気持ちは初めてだ。
 他人に自分の料理を振舞う楽しさを知って、更に自分の料理で喜んでくれる人がいる。
 それがどんなに自分の心を温めてくれることだろう。
 こんな気持ちがあることを、知らなかった。
 こんな気持ちを自分が持っていることを、知らなかった。
 日和の表情は段々と明るくなって、笑顔に満ちて、そんな日和を覗く波音は同じく口角を上げる。

(日和、すごく良い笑顔してる。料理がそんなに楽しみなのかしら?それとも人に料理を振舞うことが楽しみなのかしら?ううん、どっちにしても表情が薄いこの子がこんなにも喜んでるんだもの。良い事よね)

 日和と波音は揃って歩くスピードが少しだけ上がった。
 違う理由であれ互いに今日の夕食が待ち遠しくなって、早くその時間に辿り着きたいと無性に気が急く。
 だからだろうか。
 あっという間に日和の家に到達して、二人は家の門扉を挟んで向かい合った。

「日和、貴女の料理とても美味しいから好きだわ。今日振舞ってくれる料理も楽しみにしてるから、気を張り過ぎないで作りなさいよ?怪我なくやりなさいね」
「ありがとう、波音。術士の仕事、頑張ってね」
「終わったら連絡するわ。それじゃ」
「うん、行ってらっしゃい」

 日和は家の中へ、波音はそんな日和に背を向け街の方へと向かう。
 この時の誤算は日和の家が今、鍵が開いている状態であることだろうか。
 日和が家の扉を開き、硬直し、道路へ投げ出され、そして家の中へ引き摺られていく……――その光景を、術士は誰も知らない事実となる。

◇◆◇◆◇

「妖だ。結界を張るよ」
「ええ、任せなさい。焔、装衣換装!」

 波音の掛け声に焔は波音の体に纏い、術士服へと変わる。
 業火の炎を纏った波音は両手に紅蓮を携えると地面を蹴り、目の前の妖へと飛び出した。
 商店街に現れたのは熊型の妖。
 濁った赤い毛並みの妖は術士を見るなり目の色を変えて迫りくる。
 小柄な波音はそんな妖の懐に素早く突っ込み、拳で腹を突き上げた。

「グオアアアアァァァ!!」
「――射る」

 その痛みと衝撃に妖は叫びながら天を仰ぐ。
 そこへ結界を張った玲が弓を番い、放った。
 水の矢は渦を巻きながら真っ直ぐに妖の殴られた直後の腹部を貫通した。
 それが決定的な一撃となったか、妖はさらさらと霧になって消えていく。

「ふん、でかいのは図体だけで骨が無いんだから。今日は早く仕事を終えたいの。邪魔をしないで欲しいわね」
「今日の波音はいつも以上に動きが鋭いね。なんかいい事でもあったの?」
「ふふん、昨日日和に麻婆豆腐をご馳走になったのだけど、今日も作ってくれる約束を取り付けたの。貴方の妹、最高の料理スキルじゃない」
「そうなんだ?いいなあ。日和ちゃんはずっと作ってるからね。どんな料理でも美味しいよ」
「基本的に術士という存在は明かせないとしても、日和の存在を隠されていたのってちょっと悔しいわ」
「あはは、ごめんって。日和ちゃんのお爺ちゃんと師匠<せんせい>が同級だったから知り合えたんだよ。師隼を通さないで依頼を受けてたからどうしても言えなくて……」
「別にいいけど。仕方がないとも思うし。ほら、さっさと巡回済ませるわよ」
「うん、そうだね」

 波音と玲は足早に町の中を巡る。
 妖の探知に力を広げることが苦手な波音であるのに、それほど日和の料理が楽しみなのだろうか。
 いつも以上に安定して探知を行っている波音の姿に玲は小さく微笑む。
 どうやら本当に、日和と波音でそれこそお互い親友と言える程の仲になったらしい。
 波音の珍しい姿を玲は楽しんだ。

 それからしばらく探索を続け、2,3時間が経過しただろうか。
 時刻は19時前となって、玲は「波音はそろそろ日和ちゃんの許に向かいなよ」と声をかけた。

「ん、そうね……じゃあ日和に連絡するわ」

 波音はスマートフォンを取り出し、日和に連絡を入れる。
 返事を待つ間も二人は揃って日和の家へと向かっていた。
 しかし。

「……ねえ波音、日和ちゃんから連絡来た?」

 開口一番に疑問を呈したのは玲だ。

「え?まだだけど」
「既読は?」
「……ついてないわね。どうかしたの?」

 ついには玲の足が止まって、腕を組む。
 真面目な表情は更に険しくなった。

「日和ちゃんって連絡に気付いたらすぐに返事するんだ」
「へえ……でも既読がついてないなら、気付いてないんじゃないの?どうせ料理に夢中になってるんでしょ?」
「その可能性もなくはないけど……いや、変だ。日和ちゃんに来る連絡はそもそも僕と隆幸さん――日和ちゃんのおじいちゃんしかないんだ。だからそれ以外の連絡が来たら絶対気にするんだよ。特にそうだけど、今仮に連絡が来たとして、それが誰であるのかって可能性を考えれば……」
「私……?」
「――やっぱり日和ちゃんに何かあったのかもしれない!」

 不安を募らせた玲は足元に水を湧かせて地を滑り出す。

「え!?ちょ、待ちなさいよ!」

 玲の足元に湧いた水は足と地面の接着面を0にし、それこそ水の上を滑らせる。
 玲は体が水に弾き飛ばされないようバランスを取るだけでいい。
 この時の玲のスピードは恐ろしく早いのだ。
 波音は置いてかれまいと玲の体にしがみ付いた。
 向かう先は金詰日和の家、身を屈めて更に速度を上げた玲は一目散に家の門扉を開けて玄関のチャイムを鳴らした。

「日和ちゃん、日和ちゃんいる!?」

 声をかけても返事はない。
 寧ろ家の窓からは一切光が漏れていない。
 それこそ誰も居ないように。

「玲ったら一度落ち着きなさいよ!」
「くそ、一体――」

 緊急事態であると捉えた玲は焦りに任せて日和の家の合鍵に手をかける。
 するとゆっくりと扉が開いて――中から幽霊のように暗い空気を纏った女性が姿を見せた。

「……どちら様ですか?」
「……っ!?」「!?」

 その姿に玲と波音は息を呑む。
 女性の髪はずっと放置されているかのように荒れ、顔も蒼白で虚ろな目をしている。
 声も明らかに沈んでいて、何より気になったのは……頬に黒みを帯びた血痕が付着していることだ。

「今、取り込み中ですので……急ぎでなければ帰って頂きたいのですが」
「ぁ……すみません、日和ちゃ――娘さんの、友人です。彼女はいますか?」

 あまりにも異質な姿に玲は用事を忘れるところだった。
 あくまでも平然を装い、女性に声をかける。

「娘……いえ、私には娘なんていません。家を間違えているのでは?」
「そんな筈――」
「――んな訳ないでしょ!貴女が日和の母親ね!?ふざけた事言ってないで早く日和を出しなさい!」
「ちょっと波音」

 母親の返事に玲は驚き、その言葉を遮って波音は日和の母、雪羅に詰め寄る。
 その身体を止める玲だが、雪羅は首を傾げ虚ろな眼差しを向けた。

「何を言っているのかさっぱり分かりません。うちには娘なんていません。お引き取りを。出来ないのならば警察を呼びます」
「ちょっ、ふざけ――」
「――波音、一旦引こう」
「あ、こら玲!離せ、離しなさいよ!!」

 明らかに異質な様子なのに毅然とした態度を取られ、玲は波音を回収して引くしかなかった。
 ガルル、と今にも食って掛かりそうな波音を押さえつけ、玲はスマートフォンを耳に当てる。

「竜牙、そっちはまだ巡回してる?」
『しているが……どうした?』
「日和ちゃんの家、様子が変なんだ。母親が帰ってきてる。ちょっと助けて」
『……今すぐ向かおう』

 今日の竜牙は確か夏樹と一緒に駅近くまで巡回していたはずだ。
 思考を止めない玲は少しだけ波音と共に二人が現れるのを待った。
 風を扱う夏樹が居れば道という道を通らない竜牙でも幾分早く到着することだろう。
 普段であれば30分以上はかかる距離だが……相当全速力だったのだろう、二人は息を切らして10分程で合流した。

「玲さん、波音さん、お待たせしました!」
「ありがとう、夏樹」
「日和の様子は?」
「分からない。でも呼び鈴を鳴らしたら日和の母親が出てきたんだ。自分の体に結界を張ってる竜牙なら、あの2階の窓から何か見えない?日和ちゃんの部屋なんだ」

 玲は急ぎで飛ばした夏樹に感謝を伝えつつ、竜牙の問いに答える。
 他人の家を覗くという提案に一瞬顔を歪めた竜牙だったが、今は緊急事態だ。
 「……分かった」と低い声で返事をし、竜牙は門を足場に屋根へ上り、2階の窓を覗く。

「……!」

 窓の中は薄暗い。
 それでも部屋の異常さは一瞬で見抜けた。
 部屋の中は酷く荒らされ、人が蹲っている。
 否、人が何かを掴んで威喝している。
 何を掴んでいるのかはベッドの死角になって分からないが、想像は容易で、その怒号が部屋から少しだけ漏れていた。
 その神経は手の先に向けられていて、きっと竜牙でなくとも窓の外には一切気付くことはないだろう。

「なにか分かった?」
「玲、窓を破る!お前の全力を使って部屋の中を水で満たしてくれ!」
「はっ!?」

 竜牙の声に驚きの声を上げる玲だが、竜牙の動きは早かった。
 玲の返事を待たずして槍を取り出し、窓に向けて叩きつける。

「夏樹!あたし達は家に突っ込むわよ!」
「えっ!?あ、はい!」

 竜牙が槍を振り翳す前に波音は夏樹と共に家の中へとなだれ込んだ。
 玄関の鍵は開いていたことが幸いか、靴を履いたまま階段に足をかけると硝子が砕け散る音が響く。
 強い衝撃を与えられた窓は激しい音を立てて崩れ、玲が全力で操る水が日和の部屋に流れ込んだ。
 その勢いに母親は飲まれ、手に掴んでいたものが離れた。
 竜牙は流水の中へ突っ込み、【それ】を回収する。
 部屋の中に流れ込んだ水は玲の許へ、流れに合わせて竜牙と【それ】は外へと戻された。

「……」
「竜牙、それ……」
「……ああ」

 竜牙の腕の中のものに、玲は言葉を詰まらせる。
 竜牙もそれ以上は何も言わず、水が引いて部屋の中へ突撃した波音と夏樹が戻るまで、夜の静けさのようにそれ以上の会話はなかった。

◇◆◇◆◇

「私のせいだわ……私が、最後まで見送らずに巡回に出たから……」
「波音のせいじゃない。でも、こんなことになるなんて……」

 日和の体は竜牙に抱えられたまま、神宮寺家へと運ばれた。
 竜牙が乗り込んだ時には既に体の硬直が始まっていて、寝かされた姿はずっと変わらない。
 別れる前とは格段に姿の違う、変わり果てた姿となった日和を囲んで誰もが沈んだ顔を向けていた。

「正也は、大丈夫?」
「……一応。今、竜牙は眠ってる。さっきまで平常心を保ってたけど……多分起きたら、もう駄目だと思う」
「日和さん、なんでこんな……」

 日和が受けた傷は明らかなる虐待の跡だ。
 擦り傷に打撲、切り傷、見るに堪えない傷の数々。
 それらが日和と別れ、巡回している間につけられただなんて誰が想像できるだろうか。
 日和は母親を拒絶していた。
 いくら母親は行方不明という扱いを受けながら国外にいるとはいえ、その人間が帰ってくるとは誰も想像がつかず、その結末を予測するのも難しい。
 家に行けば日和の料理があると思っていた。
 明日はまた違う表情をして全員の前に立っていることだろう。
 そんな未来も、摘み取られてしまった。

「部屋に行ったら……あの母親が居たわ。腹が立って、殴りたかった……でも、できなくて……」
「僕も……すみません。妖があんなに弱々しい姿をしていて、何もできませんでした」

 波音も夏樹も大きく肩を落とす。
 日和の母、金詰雪羅は妖と成り果てていた。
 直前まで既に冷えていた日和へ暴力を働いていた母親は、玲の水を受けて日和が手から離れたことで弱体したのか、波音と夏樹が部屋に入った時には衰弱し、父も夫も居ないことに意気消沈して弱り果てていたらしい。
 既に亡くなった姿を探し、見あたらず居ないことを呻いていた妖はそのまま攻撃を受けることなく霧散して消えてしまった。
 目的も吐くべき感情も失った妖は生きる意味すらも失い、姿の維持すら出来なくなったらしい。
 それが報告を受けた師隼と狐面による後の調査の結果だった。 
 残されたのは日和の遺体と少女を囲む術士達のみ。
 そこへ現れた姿はひとつ、言葉をこぼす。

「……ひとつだけ、日和を救う手立てはある」
「…!?」「師隼?」

 師隼の言葉に誰もが顔を向け、反応を示した。
 その中で正也だけが苦い顔を見せる。

「それって……」

 竜牙と魂が合わさり、竜牙の記憶を見てしまった正也には師隼の提案が只事ではないように感じた。
 それは二人の存在を知ってしまったからか、それとも師隼が生きる意味を竜牙を通して理解してしまったからか。
 それをも理解しているだろう、師隼は竜牙の姿をした正也に向けて頷く。

「ああ、『理<ことわり>』を書き換える」
「どういうこと?」「なにするつもりなの?」

 師隼の言葉が理解できず波音は首を傾げ、玲は師隼の言葉に疑問を投げかける。
 
「失敗は許されない。だが、"この世界"においてはまだ書き換えは行われていないから…今ならまだ間に合う。お前達はこの出来事を忘れた中で、別の未来へと選択できるか?その覚悟だけが、日和の命運を伸ばせる」
「――私、やるわ。何があっても絶対日和が生きられる未来を求める。こんな終わり、嫌よ!」

 真っ先に師隼の提案に乗ったのは波音だった。
 親友としてか、それとも最後に別れた責任であるのか、目尻の涙を拭って立ち上がる。

「僕だって…こんな未来は嫌だ。師隼の話に乗れば、日和ちゃんが生きてる未来に行けるの?」

 次に声を上げたのは玲だ。
 師隼は「それはお前達の選択によるが」と一言付け加えつつ、頷く。

「僕は……まだまだ日和さんの人となりが分かりません。それでも、人一人も救えない術士に、意味なんてあるのでしょうか?こんな未来を見るくらいなら、もっと日和さんが助かる未来を進みたいです」
「俺は……」

 夏樹さえも受け入れ、残るは正也のみだ。
 決めきれない正也に師隼は一つ忠告を入れる。

「竜牙が起きる前に、決めた方が良い。竜牙はきっと目が覚め、日和の姿を見た瞬間……式神から逸脱することだろう。私としても、そんな姿は見たくない。それに……」
「……?」
「お前だって、その『気持ち』に抵触してしまっているだろう?」 
「……!……分かった」

 正也も頷き、師隼は全員を見回した。
 そして青の目を向けて口を開く。

「逅国神使の力を以て、今この瞬間に一つの理を書き換える。ひとつ未来を違えた『今』は無きものとして、時を戻そう。今は――そう、少女・金詰日和の存在が認知されたその時だ」  

 師隼が言い終えると同時に師隼の体は掻き消え、代わりに大きな鳥の姿が現れる。
 その変化に誰もが表情を変え、しかし反応を示す前に鳥は大きな神々しい光を放って周囲の視界を遮った。

◇◆◇◆◇

 祖父を失い、玲と波音に慰められた。
 日和の不摂生を玲に叱られ、日和は再びと知らず波音に麻婆豆腐を振る舞う。
 そうして迎えた翌日。
 昼食後に波音は玲と竜牙に声をかけた。

「ねえ、今日は誰が日和を送るの?」

 玲と竜牙は互いに顔を見合わる。
 先に口を開いたのは玲だ。

「波音がしたいんでしょ?」
「なっ…!それは、まあ、否定しないけど……ううん、私はいいわ。どっちかにお願い」
「ならば、私が行こう」

 波音が断ったことに驚きつつ、竜牙は自ら申し出、受け入れる。
 それから放課後となって、波音と玲は共に巡回へと向かうこととなった。



「……今日の帰り、誰だろう…」

 日和はそわそわしていた。
 昨日作った麻婆豆腐がとても喜ばれたのが心底嬉しくて、舞い上がっていた。
 ただし舞い上がっている、というのは無自覚だ。
昨日の買い物で今日の分も準備はしてある。
 日和は楽しみな気持ちを抑え込みつつ、校舎を出た。

「今日は、竜牙ですか?」

 校門の柱に身を預けるように、竜牙は目を瞑り腕を組んで寄りかかっている。
日和は横から顔を覗くように竜牙の顔を見た。

「ああ。おかえり、日和」

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