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花見小話・波音

「わぁ!話に聞いていた以上に咲いてるじゃない!今日は花見日和ね!」

声を上げる波音は笑顔だ。
波音自身は花に興味があるとは思ってたけど、正直そんなに反応するとは思わなかった。

「こっち側はあんたの家も通るものね。教えてくれてありがと」

ふふんと笑う波音は上機嫌だ。
俺は別にそこまで、特別花が好き……って訳じゃないけど、竜牙が好きだからよく見てる。
ついでに波音に教えたらこれなので、教えてよかったのかもしれない。

「……波音がそこまで桜が好きだと思わなかった」
「え?あー……まあ特別桜が好きって訳じゃないわよ?花は勿論好きだけど」
「……そうなんだ」
「お母様の生花とかで毎日は見てるけどね!でも私は、こういう自然な花が一番キレイだと思うわ」
「ふーん……」
「なんというか、この一瞬しかないじゃない?目に焼き付けておきたいのよね」

そんなものなのだろうか。
俺にはちょっと分からないけど、桜吹雪を浴びる波音は楽しそう。
冬眠から開けた春の日、暖かい日差しの下の波音はやけに上機嫌だ。
巡回前に教えといてよかったのかも知れない。


***
「君の名前は水鏡波音だ。16歳になるその日まで、誕生日の日に君は「高峰聖華」として生きるんだ。分かったかい?いいね?」

そう言われたあの日から、私は自分が何者なのか分からなくなっていた。
高峰聖華が消えた訳じゃない。
そんなことはわかってる。
それでも、まるで自分自身が捨てられたような気持ちがあった。
それは私が白い炎を灯すせいだ。
焔はあれから返事をしない。
私が、高峰家として後を継げなかったから……別の家の名字を名乗ることになっちゃったから……
そう思うと、涙はいつも流れてきた。
辛い。
苦しい。
母の期待に添えられなくて、ごめんなさい。
悪い子で、ごめんなさい。
私は、私は……――

「何をしている」
「え?」

ふいに声をかけられた。
誰だろうと顔を向けると、銀の髪を揺らす男の子がいる。
この人って確か再従兄の式神……だよね?

「こんな所で、珍しいな。一人で来たのか?」

公園の片隅。
蕾の桜が並んだ下で竜牙は不思議そうな表情をしてるけど、私こそどうしてこんな場所に居るのかと聞きたい。
式神は常に主のそばに憑いてるものだと思ってたのに。

「……ええ、一人で来たの。ちょっと、散歩」
「散歩という表情には見えんが……。そういえば霜鷹から色々あったと聞いた。師隼もお前を気にしている。大丈夫か?」
「……別に、問題ないわ」

嘘だ。
師隼と編み物はしてるけど、本当は未だに炎をまともに操れない。
火の術士の人間として、できてない。

「……一度躓くと、再び歩み始めることに時間がかかることはよくある」
「え?」
「時が解決する場合もある。お前は、何になりたい?」

じっと見られて言葉に詰まる。
私は何になりたいんだろう。
でも、そんなの、一つは決まってる。

「……お母様と同じになりたい」
「火の術士は力配分もそうだが、心を律するにも難しいと聞いている。目指すものがあることはいい事だ。だが、もっと目を向けるものがあるんじゃないか?」
「え…?」
「焔はどうした」
「…!!」

心臓が大きく跳ね上がった。
私は未だに焔に会えていない。
どうやったら会えるのだろう?
力も安定して出せないのに、未だに力を使うことが怖いのに。

「臆するな。お前の力はお前の味方だ。それを、信じてやれ」
「でも……」
「どんな形でもいい。まずは自分自身が大切だと思うが?」

そうだ。
私は怖がってる。
この力を、怖がってる。
だから焔は出てきてくれないんだ。
私が自分の炎を嫌いだから……

「……私は、水鏡波音。もう、高峰聖華じゃないの……。波音だったら、焔は出てきてくれる?」
「……そんなに、自分自身が嫌いか?」
「焔に会いたい。でも、このままじゃ会えないの…!どうやったら火の術士になれる!?どうやったら焔に会えるの!?」

竜牙の服を握りしめて叫んだ。
いっぱいいっぱいだった。

「焔に会えないことが、こんなに悲しいと思わなかった!お母様に褒めて貰いたい!すごいねって言われたい!お母様とおんなじ赤い火を使いたい!教えて、私……どうしたらいいの…?」
「……自分をそんなに下げるな」
「ふぇ…?」
「自分を認めて、上を見る術士で居ろ」
「自分を……みとめ…?」

竜牙が何を言ってるのか分からなかった。
子供には、難しい。
でも一番難しいと思ったのは、竜牙言うことを聞くことだ。

「自分を好きになれ。嫌いになってはいけない」
「そんなの……無理だよ……。だって私、もう、高峰聖華じゃないもん…!」
「……」

竜牙は目を見開いて、小さくため息をこぼす。
首を振って……何か考えてるみたいだ。
そして次の瞬間。

「おまじないだ」
「え?」
「お前が、お前を好きになる魔法を与える。水鏡波音が、お前を火使いの当主になる指標を表す魔法だ」

目を塞がれた。
耳元で囁かれた言葉は、言葉が難しい。
でも、私を助ける言葉だと思った。
あとは水鏡波音が頑張ってくれる。
その意味が最初は分からなかったけど、きっと私の望みを叶えてくれると思った。

「魂を分けるのは、本来私の仕事ではない。だが、それでお前が術士としての未来を歩めるなら」

それは私が私じゃなくなる感覚だった。
私は高峰聖華。
だけど別に水鏡波音がいるような感じ。
それでもいい。
私が、火の術士として、お母様に見てもらえるなら。
日常を過ごせなくても良い。
焔が式神として戻ってきてくれるなら。

私って誕生日の日だけしか居られないんだっけ。
だったらこの苦しみは、私だけの苦しみだ。
この桜も見ることはできない。
本当は綺麗な花とか、鳥とか、いろんなの見たいけど……いいの。
私は、全部波音にお願いする。

「……ここの桜はもうすぐで見頃になる。波音の目に焼き付けて貰うことだ」
「……ありがと、竜牙」



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