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ルート分岐短編「『喪失』と『後悔』」

 目の前で、羽を携えた女性・ラニアは期待の眼差しを向ける。
その手には青空のような綺麗な石。
その石を、私は手に取るのか?
否、きっと私にはこの石を手に取る資格なんてない。
況してや、立場の差があるのだから。

「……ごめんなさい、ラニア…受け取れません」
「……そう。ならいいの…それが日和さんの選択ならば、私は応援するだけよ」
「ラニ、ア……」

 もう一度ごめんなさいを口にした。
それから、何日も通った女王は竜牙と波音の手によって葬られた。
目からは涙が溢れて止まらない。
あの日どうして彼女を受け入れられなかったのだろうか。
……彼女は妖だ。
その力を受け入れてしまえば術士の皆を更に裏切ってしまうんじゃ、と怖かったのだ。

 私は怖じ気付いてしまった。
この選択はこれで正しかったのか、私には何一つ分からない…。


***
 あれから誕生日を前日にして、とうとう女王が本性を現した。
その正体は、ずっと自分のそばで親友として居てくれた弥生だった。
どうして彼女が?
そんな言葉が頭に巡るだけ。
私は悔恨を浮かべながら結界に体当たりを繰り返す。

「…ぐ…っ!…うっ!…お願い、出して…出して!」

 期限は自分の誕生日、残り時間は1時間を切った。
日和が今までに見た中で、一番に熾烈な激闘が繰り広げられている。
 術士は疲弊し始め、特に波音は先ほどから火力が落ちている。
夏樹も竜牙も力は落ちてはいないが、動きは鈍くなっていた。
咲栂は氷を操るが、死にかけた手前一番ダメージを負っている。
 それをも嘲笑うかのように楽しむ弥生は、まるで玩具で遊ぶ子供だ。

「あっははは!!意外と皆しぶとすぎ!どこからそんな力出てるのぉ?」

 嗤う弥生はなんて恐ろしい存在だろう。
私は目の前で四人の強さを見てきた筈だった。
それなのにこの差は何だ。
どうして皆辛そうにしてるのか。
寧ろ、どうして弥生はまだまだ余裕そうに笑っているのか。

「私に…力は、無いの…?私は皆を助けてあげられないの…?お願い…ここから出して…私に、皆を、守らせて…!!」

 弥生による結界の中、目から溢れる涙は地面をパタパタと濡らす。
やはり自分は足手まといじゃないか。
邪魔をしているだけじゃないか。
ラニアには気を強く持つよう言われた。
皆を信じるよう言われた。
それでも。
この惨状は、あんまりじゃないか。

「う…ぐ…」
 波音は全身に酸を食らい呻き声を漏らす。

「くっ…そ…っ!」
 夏樹も酸を食らって倒れてしまった。

「皆…すまぬ…!」
 憑依換装をした咲栂は弥生の策略により体を固定され、動けずに苦虫を噛み潰す。

「後は貴方だけだね?」
「――ッ」

 遂には竜牙さえも危機を迎え、私は叫んだ。

「お願い!もうやめて!私の力、あげるから…もう皆に酷いことしないで!!」

 それはなんて薄っぺらい言葉だろうか。
皆は字の通り命を賭して戦った。
でも自分は?
守られ続けてきた私は?
単に必死になって叫ぶだけなの?
そんなことに、何の意味があるのだろう。
怪我をして、苦しんで、藻掻いて、そんな術士たちの姿を見てきたのに、自分はどうして守られたままでいるの?
私だって戦いたい。
皆のために出来ることがあるなら、頑張りたい。
自分が犠牲になることで皆が助かるなら、私だって皆のために命を差し出したい。

「……ねぇ、日和があんなかっこいいこと言ってるよ?」
「そんなものは関係ない。日和は俺が守る」
「でも…時間、そろそろだよね?」
「煩い、黙れ。何があっても守る…それが俺の責務だ」

 竜牙は諦めること無く槍を構える。
時間は刻々と近付いている。
自分の無力さだけに囚われて、私は悲観した。
どうして。
どうして私に皆を守る力がないのだろう。

『あの時ラニアの力を受け取っていれば』

そんな後悔が、頭を過ぎった。

「ふぅん……じゃあ、お兄ちゃんも皆と一緒にしてあげる!」 

 弥生の声を皮切りにまた激しい打ち合うような音が響いた。
弥生の、波音のような殴打を槍で見切る竜牙。
一切攻撃の手を止めず、抜くこともなく、獣のように獰猛で人を逸した姿に竜牙は立ち向かう。

「お願い、やめて……やめ、て……」

 気付けば、私は諦めていた。
結界を出ることも、術士を応援することも、ただ目の前の残酷な光景に涙するばかり。
時間は刻々と近付いて……弥生の手は、竜牙に触れた。

「竜牙っ――!!」

 呪いが解けた。
二人の体は分離して、竜牙だった姿は光を放って主に戻る。
それは術士の世界に巻き込まれる前、少しだけ見た置野正也の姿だった。

「くそっ…!!」

 正也の姿はがくりと膝を折る。
式神に戻った竜牙は遠くからぎりぎり見える手のひらサイズに変わって、弥生の容赦ない攻撃が振り下ろされる。

「待って!」

私は思わず声を上げていた。
――弥生の拳が正也に振り下ろされる刹那、竜牙は子供の大きさに変わって主の前に立つ。
正也を守った竜牙は遥か後方に打ち飛ばされた。

「竜牙!」
「……ばいばい、お兄ちゃん」
「もうやめて!!」

 竜牙の影を目で追う正也に弥生は再び腕を振り上げる。
もう嫌だ、これ以上は何も見たくない。
私は、叫んでいた。
全身から光を放って結界を壊し、無心で立ち上がって弥生へと駆け出す。
弥生の前に立って腕を広げて、私は弥生を止めた。

「もう、やめて……」
「日和……」
「弥生、酷いよ……弥生も友達だけど、私……皆も大切なの!これ以上は……――」

 その時、遠くで音楽が聞こえた。
それはスマホのアラーム、弥生が準備しておいたのだろう、日付が変わったことを知らせる音だ。

「――大丈夫、もう……必要ないよ」「え……?」
「日和、誕生日おめでとう」
「……!」 

 弥生はにこりと笑顔を向ける。
でも、全然人らしさを感じない。

「だめじゃ!日和、逃げろ!!」

 遠くから弥生に足止めされて動けぬ咲栂の声が聞こえた。

「日和!」

 背後から正也の声も聞こえた。
それなのに、私の体は動かない。

「日和っ、私と一緒に、なろっ」

 弥生の満面の笑みが私を覗いて、目が合った。

「ハッピーバースデイ、日和」

 そんな一言が耳を撫でて、私の意識は閉じた。
それが、私の最期だった。


***
「すごい…胸がざわつく……あはっ、あはははっ!」

 弥生の高まっていく心に合わせ、笑い声は高笑いに変わっていく。
長い長い目標が達成され、弥生は余韻に浸っていた。
駆り立てられるように進んできた妖としての邪の道が成就し、大きな達成感は弥生の今まで使いすぎていた思考を停止させる程、大きな存在へと変わる。
 一方で玲は諦めたように項垂れ、竜牙も焦点の合ってない目を虚空に向けて黙っている。
波音も夏樹も沈黙し、そんな中で……一人だけが呻いた。

「……たんだ……」
「ん?」
「金詰を、失った……一番、だめなことだったのに……」

 それは小さく呟くように。
しかし新たに力を得た弥生よりもどす黒く、威圧感を放つように何かが渦巻いている。
恍惚と浸っていた弥生は笑みを崩さぬまま兄へと視線を向けた。

「金詰は、失っちゃいけなかった……!もういい。全部、どうでもいい。ただ……弥生、お前だけは、許さない!」
「正也――!」

 正也は怒りを込めた声で立ち上がり、槍を構える。
顔を上げた竜牙は正也の豹変に目を見開き、その名を呼んだ。

「竜牙の後悔も、頂戴。俺はもう、どうだっていい。弥生さえ倒せば、どうでもいい。もうやめよう。全部全部、やめてしまおう」
「落ち着け、正也――ぐっ!!」

 辺りの暗い空気が正也へ集約されていく。ボコボコと音を立てて正也の周りの土が浮き上がり、正也の式神である竜牙も異様な気に攫われて土へと変化していく。

「咲栂、何が起こってるんだ…!?」
「あやつ……!!いかん、女王が増えるぞ!」
「なっ…!?」

 換装が解かれ、玲はその姿を凝視した。
土は正也の体に付着し、新たな姿を作り出す。
人の姿をしていた正也は虎のような姿へと変わり、式神・竜牙へと変貌していく。
しかし銀の髪とは程遠く、髪も衣服も黒い染みを纏っている。

「――ああ、負の感情が勝ったようだ。ははっ、君の感情は日和が起因しているのか…!それは珍しい」

 弥生はその様子に好奇の目を向けていた。
妖へと変貌していく正也を見ているのは、金詰蛍だ。

「消えろ。くたばれ。……こノ世界の秩序ヲ乱した、報いを受けロ!…………?……いくら妹でモ、容赦はしナイ!……オ前にハ、裁きヲ与えル…!」
「……ふむ、置野正也の意識と式神・竜牙の意識が混在している…?融合率は私達より上かもしれない!素晴らしい発見だ、これこそ研究の賜物と呼ぶべき事象か!強き意識同士の憑依換装だからこそ行える、私達やキメラのような合成ではない自然の理!素晴らしい!素晴らしいぞ!」

 新たなる妖の前に金詰蛍は弥生の姿を借りて目を輝かせる。
目の前では土により肥大化した槍が刀となって振り上げられ、断罪の時が目の前に迫った。
それでも、好奇の目は止められない。
それが研究者の性であるのだから。
大きな怒りをぶつけるように、正也は槍を振り下ろす。
辺り一面に真っ赤な鮮血を飛ばしてその姿は霧と化し、消えていく。
そして役目を終えた妖となった正也もまた、手先や足先からゆっくりと霧散していく。
その頬には一滴の涙を伝わせながら。
涙は頬を撫でて地面へと向かい――地にも落ちず、何も残さず消えた。

「あ……」
「……」
「……」
「……」

 その一部始終を目に焼き付けた玲は、動けなかった。
同時に五人の姿が消え、壮絶な終わりを迎えた。
後には何も残っていない、ただざらついた気持ちの悪い空気だけ。
日和だけでなく、正也と竜牙すら失う未来など、誰が想像しただろうか。
ただ咲栂は静かに、目を瞑り黙祷を始める玲を抱き締めた。

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